戦争と私
ガッタンゴットンと馬車に揺られながら、隣に座る兄の様子を窺う。さっきから兄の機嫌が頗る悪いのだ。皇太子が来たことを話し、皇家に抗議文を送ってほしいと言ったところまでは普通だった。でも、皇太子からドレスを貰うと言った途端、兄はブチ切れた。そして切れ散らかした兄は、直接皇帝に抗議すると言って家を飛び出し、慌てて私も付いてきてイマココ状態である。
「お兄様、突然皇帝陛下を訪ねても大丈夫でしょうか?お約束もしてないのに…」
「大丈夫だ。今日は朝から会議があるから、その時間に陛下へ抗議する。フィリエ殿下も参加する会議だから、その場で糾弾してもらおう」
「はぁ…」
参ったな。こんな大事にしたかったわけじゃない。ただ皇太子の寝起きドッキリを回避したかったから、ちょっと抗議文を送ってもらおうとしただけなのに。
「皆さんのお仕事を邪魔してしまうのでは?その、お兄様がちょっと抗議文を書いてくれるだけで私は満足なのですが…」
「それじゃあ駄目だ。この際はっきりしておこう。ミィだってもう年頃の女の子なんだから、婚約者でもない男と仲良くするのは外聞が悪い。この機会に、あいつ等全員我が家の立ち入りを禁止しよう」
「それは聡明な決断ですね!是非皇帝陛下に直訴してください!」
「任せろ」
さっきまでの不安は消え去り、頼もしい兄に心強さを感じながら、私達は皇城へと向かった。
皇城に到着し、使用人に案内された部屋に入ると、広い会議室には沢山の貴族が集まっていた。知ってる人達ばかりだが、なんだか雰囲気が殺伐としていて居心地が悪い。
「お兄様、今日の会議って結構重要なお話だったんじゃないですか?」
「そんな事はないよ。ミィより重要な事なんて俺にはないから」
兄になくても国にはあるでしょ。どうしよう?こんな雰囲気の中、私と元婚約者達の話をされるのは気まずい。また後日、日を改めたい。のんびりお茶しながら、他愛無い話に混ぜ込んで苦情を言ってほしい。
「ん?」
会議室を見渡していると、マーシャを見つけた。どうしてマーシャがここにいるのか悩む前に、マーシャの隣に座る人物に目が釘付けになった。
「ジェルミー様!!」
「え?」
何かの資料を見ていたジェルミーが顔を上げ私を見た後、驚いたように立ち上がった。
「ミィニャ嬢!?」
ジェルミーに名前を呼ばれ、私は喜色満面でジェルミーの元へ向かおうとした。が、兄に腕を掴まれ、強引にジェルミーとは離れた席に座らされてしまった。
「お兄様、邪魔しないでください!」
「今はジェルミーと話してる場合じゃないだろ。もう直ぐ皇帝陛下がお見えになるから、ミィは黙って俺だけ見てて」
「そんな…」
兄に文句を言おうとしたが、丁度皇帝が会議室に入って来た。皇帝の後ろには皇太子とノールも居て、会議室を見渡せば元婚約者達も居た。なんだかただの会議にしては皆の表情が険しい。
「それで、どうだった?」
皇帝が重々しく口を開くと、スフィンが椅子から立ち上がった。
「芳しくありません。このままでは近々攻め込んで来るでしょう。あちらの兵や武器からして、小さな諍いではすまないかと」
「そうか…戦争は避けたいところだが、奴等は頑固だからなぁ…」
戦争という言葉に心臓が跳ねる。嘘でしょ?前世でだって経験した事はないけど、その恐ろしさは充分知っている。
「お兄様…」
不安になって兄の服を掴むと、兄は心配したように私の顔を覗き込んできた。
「ごめんな、頭に血が上って議題を忘れてた。出ようか?」
「いえ、大丈夫です。…戦争なんて、急過ぎませんか?」
「いや、前々から兆しはあったんだ。シュノアートとは元々諍いが絶えない関係だし、いつ戦争になってもおかしくはない」
「シュノアート?」
シュノアートとは、我が国のお隣さん、シュノアート帝国の事だ。仲が悪いとは知ってたけど、戦争する程とは思わなかった。しかし複雑だ。シュノアート帝国と戦争か…
「奴等の要求は一つ。聖女を渡せの一点張りで、他は一切話に応じません。シュノアート帝国が何故ミファナ・アンガーを知っているのかについて調べているのですが、今のところなんの手掛かりもありません」
「聖女は今まで国外に出たことはなかっただろう?ルーディス・アンガー、聖女から何か聞いたことはあるか?」
「いえ、姉上は国内旅行はよくしていましたが、他国に行った事も関わった事も今まで一度もありません」
「そうか…」
私はダラダラ流れる冷や汗を止められず、ポケットに入れていたハンカチで必死に冷や汗を拭う。どうしよう。この戦争、私が原因じゃないよね?




