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schiele,schiele,schiele.

私の仕事は、消滅した音を採集し、分類し、真空のガラス瓶に詰めて、ラベルを貼ることだ。

この埃をかぶった収蔵庫には、無数の瓶が並んでいる。例えばこれには、「十九世紀の娼婦が、客のコートの裏地を爪でひっかく音」。隣の小瓶は、「日露戦争で死んだ兵士の、母親を呼ぶ最後の声」。どれもきちんと処理を施され、真空状態で永久に保存されている。私はこの静寂の図書館の、唯一の司書だ。

採集は困難を極める。私は時間の地層に潜り、記憶の堆積物を掘り起こし、所有者不明の感情の化石から、かろうじて響きの痕跡を削り出す。音は湿度と光に弱い。特に、愛情に起因する音は、採集した瞬間に蒸発してしまうことが多い。

だから、作業に感情は不要だ。それは事務仕事であり、ルーティンでなければならない。私はラベルに、乾いたインクで事実だけを記す。「音源」「年代」「状況」。それだけだ。

ある日、私は自分の過去の地層から、一つの音を掘り当ててしまった。

それは、かつて愛したひとが、眠りに落ちる寸前に漏らした、小さな溜息の音。

採集は成功した。私は慎重にそれを瓶に詰める。だが、ラベルを書く手が止まった。

「愛したひと」と書けば、それは嘘になる。愛はすでに消滅している。「溜息」と書けば、それは不正確だ。あの響きには、安らぎと、諦めと、明日の朝には忘れてしまう些細な憂いが、完璧な比率で混ざり合っていた。どんな言葉も、あの音の輪郭を歪ませ、殺してしまうだろう。

言葉は、罪だ。

言葉の一つ一つは、死骸を飾るための、出来の悪い造花だ。

私は何日も、ラベルのない瓶を前に座り続けた。

真空のガラスの中で、名前のない音は、かろうじて生きている。だが、私が名前を与えた瞬間、それはただの「記録」という死体になる。

私は結局、ラベルを書けなかった。

その代わり、収蔵庫の奥、誰の目にも触れぬ場所に、新しい棚を作った。

そこには、ラベルのない瓶が、これから増えていくだろう。

名前を与えられず、分類もされず、ただ「在る」だけの音たち。

誰にも理解されず、誰にも聞かれることなく、永遠に真空の中を漂い続ける、完全な孤独。

それこそが、最も誠実な保存の形式だと、私は今、信じている。

読めば読むほど稚拙な文。私の言葉に対する過ちと罪が折り重なる。私から言語を奪い去ってください。

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