蒲公英
僕は花屋をしている。フラワーショップ、というより花屋、もしくは園芸店の方がしっくりくるような店だ。オーナーと言っても、形ばかりの三代目。従業員はこの店の二代目で腱鞘炎持ちの父と、初代で腰痛持ちの祖父だけ。母は五年前に他界し、男ばかりの味気のない店だ。
子どもの頃、男が花屋だなんて格好悪くて友達にばれるのが嫌で仕方なかった。でも、親父の背中とは凄い影響をもたらすもので、あんなに恥ずかしがっていた職業に気がついたらついていた。とはいえ、この職業が好きかと訊かれたら、素直には頷けない。
高校をでて、服飾の専門学校に行った。でも、卒業した所でろくな就職口が見つからず、実家に泣きついたって言うのが、もしかしたら、いや、本当の所は僕の実情ってやつだ。親父の背中云々は……ごめん、ちょっと格好つけすぎた。
とにかく、生きる為には何かしら働かねばならない。
今となってはこの花屋の仕事ももう七年。少しずつ慣れては来ている。フラワーアレンジメントの教室に通い、園芸の勉強もかなりした。今や、たいていの植物の事は訊かれて困る事はないし、誕生花や花言葉にだってくわしい。見た目より辛い日々の重労働も、手を切るような冷たい水も、もう平気だ。
ただ、一点。文句があるとすれば……。
「嫁さん欲しいなぁ」
僕は今日も店先に植木を並べながら、思わず呟いた。
そう、ここはフラワーショップではなく園芸店。訪れるのは、家庭菜園やガーデニングを趣味にしているお年寄りや主婦ばかり。恋の予感何か欠片も落ちてない。
そういや、若い女性と話したはいつが最後だっけ……。
「お兄ちゃん! ばいば~い」
その時、僕の背中を叩いたのは、小さな手だった。
振り向いて、僕は苦笑いする。若い『女の子』と話すのなら、毎日しているか。
可愛らしい声が飛び跳ねている。片手には道端で摘んだのだのか、黄色の可愛らしいタンポポが握られていて、跳ねるのにあわせて一緒に揺れていた。
「いってらっしゃ~い」
僕は彼女達に手を振り返した。彼女達は「きゃ~」なんて声をあげ、僕に元気よく手を振りながら走って行く。僕は立ち上がり、彼女たちが駆けて行った方向を向いて、うんと背筋をのばした。
店の四軒隣にある彼女達の学校。
よつば幼稚園
そう、うちの店は幼稚園児の通学路。若い子となら毎日会っている。ただし、うんと、若い子だけど。
僕は母親達と一緒に賑やかに園に入っていく彼女たちを見送り、溜息をついた。
こりゃ、嫁さんもらうのはまだまだ先になりそうだな。
季節は春。
世間は恋の季節かもしれないが、園芸店には忙しい季節。
今年の春も例外なく。僕はそんな風に半ばあきらめていた。
彼女が現れたのは、そんな何も変わり映えのしない日々の中だった。