白い世界 - the white world- 第2部
第2部
再びヤマデラへ
シロ-は久しぶりの潜航に緊張していた。地上を歩くと最近では植物に目がいくようになった。それはネオア-スの連中が居るであろうサドゴ-ルドが植物再生の実験上であることと無関係ではない。シロ-はどうしたら地上に出られるのかを真剣に考えるようになったのだ。また蒸着シ-トから入ってくる植物シグナルの意味も自分なりにいろいろ試して研究したが、これはよくわからなかった。健康そうな植物から強いシグナルがくるわけではなく、もちろん弱々しい植物からシグナルが弱い訳でもないのだ。シロ- はヤマデラから戻るとレベル7に認定された。レベル6のヒトの中で管理局部署でなく自分からの申請で単独探査が認められるものとして新設されたレベルだ、好きな時に出られるのはいいがレポートはしっかり求められるので単独行動も良し悪しだ。しかし、明らかにシロ-への期待は大きく、様々なデ-タ取りの依頼もされた。滞在時間が長くいられるシロ-は時間変化デ-タも積み上げられる。
帰ると必ずミウにも報告し、地上の太陽を潜航ス-ツを通してでも感じられることやネオア-スが求めているものは何なのか、など想像レベルのことも含めて多くを話し、ミウはそれを楽しそうに聴いている、そんな日々が過ぎていった。そしてシロ-はミウに結婚を申し込み、ミウは涙を流して喜びそれを受け入れたのであった。
ミウとシロ-の結婚式は身内だけで行うことにしたのだが、リンにも連絡をした。リンにとっても自分の兄の結婚式なのだ。レナも知っていることをリンが知らないのは良くないと判断しリンにも話したが、彼女は拍子抜けするほど驚かなかった。結婚式は自宅で簡素ではあったがミウはドレスを着た。考えてみると太陽に晒されていない我々は色が白い。シロ-は名前の割に色は日に焼けている方かもしれない。潜航の影響だろうか。比べてミウは透き通るような白さを持つ。シロ-はミウのドレス姿を目にし、嬉しくなった。酸性の中和対策に日常的に目にする炭酸カルシウムの白さでない、活き活きとした白さ。しかし、今日のミウの表情は少し赤味を帯び美しさを引き立てた。兎にも角にも、シロ-達は幸せの中、結婚式を挙げたのだった。
シロ-達の新居はミウの家のすぐそばに借りることができた。式の次の日にミウの家に滞在するリンはシロ-らの新居を訪ねた。
「新婚さんの新居に、式の翌日訪ねるなんて、ほんと野暮ね、私。」
シロ-達は大笑いで
「まあそうだよなあ、でもありがとう、リン。ミウの両親も喜んでくれて盛り上がったよ。君の歌で。」
ミウも「ほんと、そうね。泣いちゃったわ。」
リンも嬉しそうに「歌をあんな気持ちで歌えるなんて、私も経験できて感謝だわ。」
シロ-はヤマデラの様子を聞きたく、リンに
「あっちはどう?サイトウさんとか、ネオア-スの連中を見かける?」
リンは「そうね、サイトウさんには飲み屋でよく会うわ。ネオア-スの連中?特に大学にいた連中は今いないのかも。構内で見かけないし。」
シロ-がこちらに戻って半年くらいだが、すでにあいつらはどこかに行ってしまったのか?サドゴ-ルドに行ってしまったということか?
「大学の建物内はみたか?」
リンは「ごめんなさい、そこまで確認してないわ。ただサイトウさんも最近、ネオア-スは大人しいと言ってたし。」
シロ-はゆっくり頷き、「だとするとあいつら、やはりサドゴ-ルドかな。」
リンは首を振り、「さあ、こちらにいる可能性は?」シロ-は「う-ん、わからないなあ、ただ、今のあいつらはヤマト地区なんてどうでもいいみたいな感じだと思う。地上を乱暴にでも目指すなら、サドゴ-ルドの方が大事だろう。」
ミウはシロ-を心配そうに見て、「サドゴ-ルド。」と呟く。シロ-はミウの手をにぎると、「大丈夫さ。俺たちは関係ない。俺は正規の政策に則って、地上を目指す。あいつらと関わることはもうないだろう。ただ、」
「ただ、何?」ミウが促すと
「サドゴ-ルドの植物相には興味がある。いずれ調べてみるつもりさ。いずれな。」
リンは「植物ねえ。研究のためなら管理局に試料はあるんじゃない?」
シロ-は「いや、今の植物相は相当変化していると思う。昔のも重要だが、現在のものと比較したい。」リンは不思議そうにシロ-を見る。「何で変わっているのがわかるの?」シロ-は続ける。
「実際、ヤマト地区の上の植物相がだいぶ変わっていたからさ。」
「でも、植生観察はあまり有用でないと言うことでサドゴ-ルドでの植物再生プログラムは終了して放置されたのよ。まあ空気浄化は続いているとは聞いてるけど。」
「そこさ、軽く管理されている植物相がどうなっているか。地域差もあるけど、ある程度は人工的な管理もあると面白いことが起こる可能性もあるだろう。どんなふうに変わっているか、或いは何もしないでおく方が良かったなんてこともあるだろう。」
「確かに、そうかもしれないわね。サドゴ-ルドは実験区域での観察が中心だけど、管理外の自然の植物相とはだいぶ違っているかも。ヤマトではソウルへの中継点くらいしかサドゴ-ルドの認識はないけどね。」
シロ-は苦笑いして
「まあとにかくしばらくはここで調査だよ。」
ミウは真剣な顔つきから少しホッとしたような表情になり2人にお茶を注いだ。
リンは一口飲むと「ところで音楽祭の話は聞いてるでしょう?今ヤマデラの会場の準備が進んでいるのよ。」
ミウは楽しそうに、「今度は私も出るわ。フル-トに磨きをかける。リンに歌ってもらいたいけど。」
リンは笑って「別に演奏は一人1つだけとの規定はないから大丈夫よ。」
ミウは自分で手を叩いてから、リンと両手を合わせてはしゃいだ。「やった!」
「シロ-も行くでしょ?」ミウが誘うと「そりゃ行かなくちゃな。いつだ?」と返すと、
リンは「あと3ヶ月。」というと、
「3ヶ月か、その後、少しでいいからサドゴ-ルドへ行ってもいいかな、ミウ。」ミウは不満そうだったが、「まあ、どうせ行くんでしょうから、ついでのあるこの機会でいいんじゃない。」
「ありがとう。じゃあ、それを目指して俺も備えるから、二人もしっかり備えろな。」
ミウとリンはやれやれと苦笑いするだけだった。
結婚の翌週、シロ-は潜航で一人地上にでた。シロ-は川のそばの植生がどのようになっているかを見たいと考えていた。海岸付近を実は見たいが、距離があり過ぎる。降雨の酸性度はだいぶ下がってきているし、河川水もだいぶ酸性度は引いて来ていて、設置された水の浄化システムへの負荷は以前より下がった。一方で下げ止まりの傾向もあり、このくらいの酸性度で植物は更生しうるのか、懸念はある。
しかし、川のそばに来るとシロ-は活力を感じた。水源のそばでこれなら地上住まいが可能になるのは近いのではと思えてくる。飲料水の確保を考え、ヤマト地区では山間部に石灰を撒くことなど地道にやってきていることも効果があったかもしれない。シロ-は自分が活き活きとしていると感じた周辺の植物から一部サンプルを取り、分析してみようと考えていた。ミヤマ博士はあまり役立たないと言っていたが、今後、サドゴ-ルドに行った時などの機会に比較もできるのではと考えたのだ。植物については自分が感知しうる性質が何かどうかもシロ-には関心事である。何かしら自分の能力が役立つのではと考えたのだ。
管理局に戻ると、シロ-は採取した植物の分析をミヤマ博士に頼んだ。同じ種で昔の遺伝子配列との違いを見いだすことや光合成などの機能の変化などいくつかの解析指標について相談した。
ミヤマ博士は、結構活き活きとしたサンプルに目を輝かせ、「君が楽観的になっているのもわかる気がしてきたよ。まあしばらく待っていてくれ。」と言って研究室にサンプルを持って行った。
シロ-は帰りにミウと待ち合わせて、買い物をし、以前サイトウも連れて行ったレストランに行き食事をした。ミウも馴染みの店だが、贔屓の食べ物は微妙に違う。
「地上はどうだった?」ミウは興味深々でシロ-に聞く。
「いろいろ見ると面白いよ。植物も元気に生えているものもある。活き活きとした植物の周りはやはり石灰が撒かれていたりする。酸性化した水の中和が必要なのはまだある程度は必要なのかな。いや耐性のものもあるに違いないんだけど。」
「変化とかわかるの?」
シロ-はサンプルをとって分析することなども話す。
「でもミヤマ博士が面白いと思っているのなら見込みありそうだね。」
さあどうかなとも思うがとりあえず期待してみようと考えていることなどを話しながらミウと乾杯する。
「そっちはどう?演奏曲とか決まった?」
ミウは笑いながら「まあ候補をたくさん試しているわ。リンの歌とも合わせるから。彼女の方の希望も入れたりするからあと2-3週くらいかかるかな、決まるには。結婚式休みと有休でリンが1ヶ月ヤマトにいてくれるのはよかったわ。」
シロ-にはよくわからないが何曲かは演奏するんだろうから候補を結構な数試すのは必要なんだろうと何となく思った。
「リンはオカリナも吹けるんだろう?やらないのか?」
ミウは少し考えて
「リンはあまりオカリナを吹かなくなったのよ。レナの影響でね。わかるでしょ。二人とも吹いたら、区別つくひとはつくでしょうけど、どっちかわからなくなる。以前音楽会でレナをリンの方も認識していた。そして思い出したのよ。昔オカリナを吹いていた姉妹。レナは歌うのが好きじゃなかったのよ。なのでリンはオカリナを控えるようになった。小さい頃そうだったように。」
なるほどそう言うことか。それで前聞いたらリンは複雑な表情だったんだ。
「レナは出るかな?」
ミウは首を振り
「出ないと思う。言ったでしょう?レナが以前リンを見た時の話、あれは芝居ではなかった。あまり関わり合いたくないのよ。お互いに。それはリンもそう。連絡はし合ってもリンのフィールドにはレナは入って来ないわ。」
まあそんなこともあるんだろう。シロ-は話題を変え、自分も楽器をやってみようかと思い始めたことなど気楽なことをミウと話した。
ミヤマは研究室のメンバーにサンプルを渡すと、シロ-から頼まれた指標の変化の解析に関して指示を出した。「今日は火曜だから来週の月曜日に結果の議論をしよう。一部のDNAは保存しておいてくれ。」
ミヤマは部屋を出ると地下に向かった。地下2階にはミヤマの以前の研究室を全て移管した施設がある。ここには様々な歴史的試料があり、今の地上の植物と比較すれば多くの情報が得られるだろう。ミヤマが部屋に入ると何人かの研究者が作業していた。そのうちの一人はかなり痩せ型であるが、顔を赤くしながら試料や分析機器と格闘していた。
「ミヤマ、以前のサンプルで試したが、やはり思った通りだ、いい兆しだ。」話したのはバル博士だった。「やはりそうか。地上のサンプルで再度見れればな。この今回のサンプルで進むかな。」とミヤマ博士も目を輝かせた。
音楽祭まで3週間という時期にシロ-とミウはリンに連絡を入れるとヤマデラに出発した。シロ-は2回目だが、途中酸性度が低いところで、地上に出る部分があるので、ミウも臨時防護服を持った。潜航は生活圏の復活を目指した活動であり、潜航蒸着ス-ツを着るが、臨時防護服は一般の人が一時的に地上には出る時に着るものだ。出る必要のある箇所でも販売され、使い捨てなので高価である。
ミウは初めての地上に興奮気味だった。
「10分くらいであまり距離もないし、商業荷物の運搬もされているのでヒトも多い。潜航って言う感じはあまりないけど、光は太陽光だよ。」
ミウは初めての太陽光を防護服越しに感じた。基本的に日中の太陽光は地下生活者には厳しいので朝方或いは夕刻時に限られていた。
「今はあまり強くないけど、日中はすごいんでしょうね。」
シロ-は笑って
「そう見たいだよ。俺も1番強い時間帯は知らないけどね。」
潜航も10時から15時は避けて行われている。一般通行は6時から8時、16時から18時だ。冬場は7時から9時、15時から17時になる。
二人はゆっくりめの予定で出発していて、ヤマデラ地区の西端の地区に入ったところにいた。ミウは少し気分悪いと言ってきたので、宿泊することにした。よくあることで休養施設もある。二人は管理局の宿舎に立ち寄り部屋を取った。
「ごめんなさい。このくらい大丈夫だと思うんだけど。どうしたのかしら、私。」
シロ-は「良くあることみたいだから気にするなよ。この辺り、よく見てないから俺は少し見て回るのに丁度いいかな、とすら思っているんだから、不謹慎でごめん。」
ミウは軽く笑うと「美味しいものとかあるかしら。私はそっちだな。」
シロ-は
「少し散歩して探してくるから休んでろよ。」
というと管理局宿舎から出た。
この辺は確かB区だったか?
D区の科学実測棟にも寄れたら寄ろうとシロ-は考えていた。あそこにある植物試料も何があるか確認したかったのだ。ヤマデラ地区はいろいろな植物が民間レベルで栽培が試されてもいる。蕎麦の栽培が盛んで、地下適応品種が幾つもある。大豆料理も美味しい。B区はヤマト地区との連絡地区でもあるので変わった店もあり、夜、気分が良くなったミウとシロ-は食事に出た。ミウは食欲もあり、シロ-がホッとしていると「ヤッホ-」と急に声をかけられた。リンだった。「迎えに来てくれたのか?」
シロ-が笑うと、「だって心配じゃない。身重だし。」シロ-がキョトンとしていると横から「おめでとうございます、シロ-さん。」サイトウだった。「サイトウさんも来てくれたんですか?でもおめでとうって?身重って言った?」
「えっ?ミウ、まさか貴方言ってないの?」
「?」
「ごめんなさい、シロ-、言ったら一緒に来れないかもと思ったから。あのね、妊娠したらしいの、私。」
「えっ?、ほんとに?」
ミウは探るようにシロ-を見ると
破顔し、泣き出した。
「えっ、シロ-、ごめんなさい、私。」
「いや、ありがとう、ミウ、本当にありがとう。嬉しいよ、もちろん、ヤマトで聞いてたら来ることは考えたけど。一緒でないとさらに心配だったろうし。」
ミウも泣き出した。
「ごめんなさい、すぐ言うべきだったわ。でも喜んでくれて嬉しい。」
二人は抱き合った。リンももらい泣きしながら、「全く、貴方達は。私達から聞くのが最初なんてね。」
シロ-はリン、サイトウにも来てくれた御礼を重ねていい、4人で楽しい夜を過ごした。
実はリンとサイトウも付き合い出したらしいのだが、まだ試行期間とリンは言い、
「ほら、私は恋愛ベタだから。」とのことだった。サイトウはしきりに苦笑いしていた。
「ここはヤマデラの中てもB区のはずれなので中心部まではまだかかるわよ。でもゆっくり行っても音楽祭の2.3日前には楽に着くわ。途中でも練習しましょう。」リンがミウに話すと、「効率的に準備してくれるため来てくれたのね、ありがとう、リン。」
リンはにっこりする。以前よりリンは快活になったとシロ-は感じた。サイトウのおかげか?シロ-は野暮な話はしないでおくことにした。
「サイトウさん、途中で科学実測棟に寄れますか?」
サイトウは意外そうに
「D区のですか?なんでまた?」
「試料を見たいんです。標本などあれば。」
サイトウは
「わかりました。まあ私の顔で入れるでしょう。」
シロ-は夜はミウと今後の出産までのいろいろな話をして寝るのはかなり遅くなった。
プラネタリウムと音楽フェス
シロ-は次の朝は早く起きることにしていた。最初眠気もあったが、少し外を歩いていると爽やかな気分になってきた。地下照明はヤマデラの方が人に優しいと聞いているので、光の性質によるのかもしれない。B区は建物が少なく、岩場のようなところが結構ある。地面の表面にはコケが生えている場所もある。シロ-が、光ゴケがあるかもしれないななどとぼんやりとコケの部分を眺めていると、何か岩場の向こうに気配を感じた。シ-トを着ていないのであまり植物への感度は高くないのだがと不思議に思っていると、その方向からムチのようなものが飛んできて、慌ててシロ-は後方にジャンプしてかわす。ムチは植物のツルのようであり、シロ-が居た場所に一度突き刺さると、またそこから抜けて戻っていった。
なんだ?俺の枝の伸長のようなものかもしれないが、誰がこんなことを。シロ-は近くの盛り土の陰に隠れながら様子を伺う。こんなことができるのは?
今度は2つのムチが左右から向かってくる。シロ-はホテル方向に駆け出しながら来る方向に、拾った石を投げぶつけると勢いがなくなりムチは地面に落ちる。シロ-はすかさずムチを踏み付けようとするが間に合わずムチはまた戻っていった。しばらく次の襲来に備えるが気配が消えるのをシロ-は感じた。今のは、バル博士の新作か。俺のようなことができる奴が他に?シロ-は足下にムチの一部が落ちているのを見つける。石の衝撃でちぎれたか。やはり植物のツルみたいだが。シロ-はポケットに入れると、相手について考え込みながらホテルへの道を帰った。戻っても、しばらくこのことは黙っていようとシロ-は考えていた。特に身重のミウに心配をかけたくなかったのだ。しかし、警戒はしなくていけなくなった。
B区は以前よりだいぶ開発されていた。B区で前回は小さな住宅内の小部屋くらいの宿舎しかなく、そこに泊まったが今回はホテルがあるようになった。ミウとリンが演奏の練習をしている間にシロ-はサイトウとB区監視棟に連れて行ってもらい、周囲を見た。かなり建物も増え、あと植物地域もかなり増えていた。
「朝も少し散歩して、コケが生えているのも見ましたが、他にも結構植物ありますよね。ああいう植物はどこから持ってくるんですか?」
「地上から持ってきたものもありますが、地下栽培で改良したものもあるでしょうね。大学から依頼されて実験的に植えている部分も多いです。前から植えてあったものが目立って来ましたね。10年あればシラカバとかだいぶ成長しますから。」
「そう言えば、白い幹があるのがわかります。」
ミウの調子が戻りゆっくり移動することにして、B区からD区に入るとすぐのところにある科学実測棟が見えた。すぐそばのホテルに部屋をとると、すぐに科学実測棟に向かう。サイトウのおかげで、歓迎されて入ることができた。案内者のハセガワと言う男は市民向けの科学啓蒙活動もしているということで、現在設置中のプラネタリウムを見せてくれた。「地下からはもちろん星は見えませんが、地上での夜空の情報はあまり知られていません。星について知る機会はあまり無いですから。でもこれは絶対受けますよ。」と熱弁する。シロ-も確かにそうだろうなと思いつつ、「あのう、この辺りの植物の標本とか、試料とかないですか?自分は植物に興味があって。」
ハセガワは「そうなんですね。大きくはないですが、3階にヤマデラの植物生態の資料があります。」と言うと階段を上りかけたので、シロ-は「あっ、大丈夫です。適当に見て帰りますので。」というと、ハセガワはにっこりして「そうですか。では何かありましたら呼んでください、1階にいますので。」ハセガワが去ると、サイトウと一緒に3階に上がった。「プラネタリウムは面白そうですね。しかし、大きくはないと言ったが、なかなかどうして、これは結構大きな資料館ですよ。かなりありますね。」サイトウは3階の資料室に入りながら感嘆して話す。
シロ-も結構あるなと思い、頷きながら、部屋を見渡していた。ちょっと調べてすぐわかるような感じではなさそうだなあと思いながら、ヤマデラ地区の植物として分類されているところを見ていると、傾向としてくらいだが、先日から潜航中に活き活きとしていた植物と感じていた植物種に近い標本を見つけた。「サイトウさん、ヤマデラ地区は継続的な潜航はしてないんですよね。地上観測デ-タに植物関連のものありますか?」
サイトウは「あったと思いますよ。調査員のシロ-さんがいえば見せてくれますよ。地区間協定も結ばれていますから。」
シロ-はこれは何かわかる可能性があるのではないかと思い始めていた。
1階に戻るとハセガワがいて、「いかがでしたか?」と聞かれる。
「いやあ良く整理されていて素晴らしいですね。また来てもいいですか?」
「もちろんです。あ、そうだ。今夜時間あったらプラネタリウムの試写にきませんか?関係者向けなんですが、是非感想を伺いたい。」
シロ-は喜んで、「そりゃタイミングが良かったです。是非、妻と友人も連れてきていいでしょうか?」
「もちろんです、では18時においでください。」
シロ-、サイトウは御礼を言って科学実測棟を出た。サイトウは「プラネタリウム、楽しみですね。ミウさん達も音楽会前のいい息抜きになりますよ。」
正にその通りで、ミウ、リンは大変喜び、「星が見られるなんて、ほんと素敵。ありがとう、サイトウさん。」
サイトウは「いやいや先方のご好意で、私のおかげと言う訳ではないですよ。」
と恐縮していたが、シロ-はサイトウの紹介が無ければこのようなことはないと思うと言って一緒にサイトウに御礼を言い益々恐縮させた。
夕方、早めに食事を済ませて4人は科学実測棟に向かった。プラネタリウムは科学実測棟の横に別館を作り置かれていた。仰向けに寝そべって見られるようにした客席に4人は座り見上げた。それは現在も地上で見られるであろう星空だった。シロ-は夜に潜航すれば、こんな星空が本当に見られるのかと考えると潜航時間の変更を直訴しようかと思ってしまうほど目を見張る素晴らしい夜空だった。
「きれい、地上に出たくなるわね。」とミウはシロ-の手をにぎり呟く。
「そうだね、星はきれいだ。夕方の潜航では幾つかの星が見えるくらいだけどね。」
プラネタリウムは時間変化や流れ星も映し出し、音楽も星の印象を盛り上げている。でも、これは、オカリナ?ミウも感じたらしい。「シロ-、このオカリナはレナかも。」声をさらに低くして、「関係しているのかしら?」
「わからない、でもそうかもしれない。」地上を目指すことを皆に勧めるために?まあ悪いことではないけど。そうだとすると巧妙だな。シロ-はもしそうだとすると自分もおそらくミウ達も乗せられてしまっているとも感じていた。それほど気持ちを揺さぶられていたのだ。
「まあそうだとすれば笑うしかないな。」シロ-は本当に笑ってしまっていた。笑いごとで済めば良いがと苦笑いしながらもシロ-は不安を感じていた。
プラネタリウムが終わると、リンも「あの音楽、演奏者、わかった?」と聞いてきた。シロ-は頷き、「でも素晴らしかったな。」というと「そうね。心が洗われたわ。」とリンも下を見ながらしみじみと言った。「想像以上でしたね。ハセガワさんに御礼言っておきますよ。」サイトウが言うとシロ-は「ごめん、サイトウさん、俺たち出ているよ。ハセガワさんによろしく。」というと、低い声で「ネオア-スの連中が絡んでそうだ。ホテルのロビーで待っている。」とサイトウに言うと早足でミウ達を追った。サイトウはそれを呆然と見送った。
ホテルのロビーにいると半時間後くらいにサイトウが帰って来た。「驚きましたよ。どうしてわかったんですか?ハセガワさんに挨拶に行ったら、少し離れた関係者席にレナさん、まあリンさんでないでしょうから、居ました。向こうが気がついたかわかりませんが。」シロ-が音楽のことをサイトウに言うと「そうでしたか。いやあ、でも、いいイベントだったと思いますよ、あれは。」
シロ-も頷くと、「ほんと、そう思いますよ。裏事情とかないことを祈りますね。」
「ところで、シロ-さん。」とサイトウは急に真面目な顔になりシロ-に言った「何か心配事ですか?あまりリラックスしているように見えませんが。外では周囲を気にされてますし。」
シロ-は諦めてサイトウには朝の散歩での襲撃の話をする。サイトウは非常に驚いたようだったが、
「その時はシロ-さんは見ること無しに相手の気配を感じたんですね?シロ-さんの細胞の改造型でシ-トを作製したのでしょうか?それでシロ-さんは自分の細胞からの信号か何か感知したのか。」
シロ-はしばらく黙ってから、「わからないんです。「自分を感じたのか、どうも違ったような気もするんです。さらに飛んできたのはこんなツル状のものです。」シロ-は採取したバラのツルのような破片を出して言う。「これが飛んで来たんですか?シロ-さん、これ分析させてください。」
シロ-はほほ笑みながら、「こちらから依頼しようと考えていたところです。よろしくお願いします。」
シロ-とミウは、リン、サイトウの案内で散歩に出た。D区の街中を進むと繁華街が続くようになった。「いいわね、飲んだり食べたりでなく、服やアクセサリーの店も多いわ。さすがヤマデラ、文化地区と呼ばれる訳だわ。」とミウははしゃいで見回った。リンやサイトウの様子は幾分誇らしげに見えた。
この地区は硫酸系の酸性度が高かったので石灰での中和でできた石膏成分を使った彫刻なんかもある。
サイトウとシロ-は後方から前の二人について行くようになってから、「しかし、レナさんとリンさんはよく似てますね、当たり前なんでしょうが、でも以前よりはあれはリンさんでないとわかるようになった気がします。」サイトウが言うと、笑いながら、シロ-は「早速ノロケですか?ご馳走様です。」と返すとサイトウは頭をしきりにかいて照れていた。
しかし、俺はあの二人は以前からなんとなく区別がついていた。これは付き合ってからわかるものと違う感覚的なものだ。それは何故なのか?先日植物の本を読んでいて、少し手がかりめいた記述があった。
レナとリンが微妙な違いは何から来るのか。植物細胞では遺伝子を含有するミトコンドリアや葉緑体のような小器官が周囲環境で細胞内での分布が変わったりする。彼女らの出生の段階の中で、おそらく1卵生双生児のような分割が伴う現象の際に小器官分布が変化して違いが生まれたのかもしれないとシロ-は今は想像している。植物はいろいろな戦略で環境に適応している。おそらく地上でも。
音楽フェスの前夜、リンとミウは最後の調整練習をしようとしていた。
「思い出すわね。6年前のこのフェス。」とリンが言うと「ええ、本当に貴方の演奏でのレナの驚きもあったけど、私もいろいろ思い出した。」
ミウは空を仰ぎ呟いた。ミウもレナがリンに出会した音楽会でリンを思い出したのだ。
そう私達は思い出した、とミウは回想する。そして、ミウだけはわかっていた。自分がシロ-を守るべきなのだと言うことを。レナは父のミヤマが大好きで、ミヤマの言うことは全て聞くような子だった。リンはレナとは違ったし、ミウはリンが好きだった。リンは私がシロ-を好きなのも幼い頃から知っていたのだ。リンはミヤマとバルの話を聞いて、難しいことはわからなかったがシロ-が大人に利用されることを心配していた。そのことをリンはミウに相談していた矢先にレナからリンは遠ざけられた。6年前にリンをみたミウはリンが心配していたことを思い出し、シロ-が狙われると予感し、そしてその後はリンと連絡をとり連携していたのだ。
3年前の音楽フェスはレナは出なかったがヤマトで開催されたこともありミウは参加していた。
「今回、レナも出るかしら?」リンがミウに言うと、ミウは「どうかしら。昨日までは出ると思わなかったけど、出演してあのプラネタリウムで聞いた曲を演じるかも。」と答えると、フル-トでその旋律を奏でた。
「確かにね。まあ何ごとも音楽だけの話で済むことを願いましょう。」リンはその旋律に乗せて発声練習を始めた。
音楽フェス当日、リンとミウの二人は受付1時間前に会場入りした。シロ-も彼女らに合わせて一緒に行き会場周辺をぶらぶらしていた。サイトウは開演時間の午後から来るとのことだった。10時には受付が始まり、配布パンフレットを見ると、夕方、最後から2番目にレナが出ることがわかった。
フェスは13時開演でリンとミウの出番は13時半からである。16時にリンはネオア-スのバンドとしても出る。シロ-が周辺を歩いていると、声をかけられた。「シロ-さん、いらしてたんですね。」それは以前のヤマデラ滞在中に行きつけになっていた飲み屋のマスターだった。「お久しぶりです。覚えててくれましたか。今日はお店は?」と聞くと
マスターは笑って、一つの屋台を指差す。「出張出店ですよ。音楽も聴けるし、一石二鳥ですよ。」
「いいですね。今日は店は何時から飲めます?」
マスターはついて来いという仕草をすると、
「今からにしますか? 久しぶりにいろいろ話しましょう。開演までだいぶある。」
二人はグラスを合わせて乾杯し、飲み始める。ヤマデラの変化について話すと、「この半年は早かったですよ。飲み屋に来る建設労働者の数も多かった。ヤマトやサドからも来たんでしょうね。まあ技術を学ぶ場にもなるんでしょう。これから復興に向け、更に建設業は増えるでしょう。」シロ-は頷くと「そうでしょうね。でもあまり急ぐのもどうかとも思いますが。」
マスターはそれを聞くと「貴方はハヤトが話した通りの人ですね。シロ-さん。まだ平和ボケしている。」シロ-は驚いてマスターを見るとマスターは帽子を上げ顔を見せた。
「全く貴方は相も変わらずですね。まあいいです。貴方は貴方しか貢献できないことがある。我々は実行部隊なのでそうはいかない。計画立案が大事なんです。貴方には思想的にも近づいて欲しかったんですがね。」
シロ-は「マスターはバル博士とも知り合いなんですか?」むしろ落ち着いてマスターに話す。
「バル博士は恩師でね。あまり話すと、賢い君は勘づくと思ったので隠してたんですが、流石ですね。わかりましたか?」マスターは楽しそうに続ける。
「前は君の安全が心配だったので、集会行きも止めたんですが、貴方の積極的な貢献でこちらの技術も高まった。俺たちは地上に行きますよ。」
シロ-は「健闘を祈りますよ。でもあくまで平和的にお願いしますよ。」
マスターは「もちろん私はそのつもりだが、まあ集団行動は難しいところもありますんで。それに私は今や本当の実行部隊からはほぼ退いてるんです。でもやるべきこと、やってはいけないことはわかっている連中だ。まあ見ててください。」シロ-は「名前を聞いていいですか?」
「ネオ、俺こそがネオア-スの創始者、指導者なんです。シロ-さん、君だけには教えとくよ。もうグループ内でも知っているやつはほとんどいないがね。これからも付き合ってくれるかい?」
シロ-は「もちろん。敵か味方かわからない相手と飲むなんてスリリングだ。」
「大したひとですね、貴方は。」ネオはシロ-にウインクした。
開演5分前に席に行くとサイトウがすでに来ていた。「シロ-さん、え?もう飲んでます?しょうがないですね。まあ私も酒持参ですが、シロ-さんの分もありますよ。」シロ-はサイトウからグラスをもらい、乾杯する。
「しかし、すでに満員ですね。」サイトウは驚きながら周囲を見る。「知っていますか?レナが出ますよ。」シロ-がサイトウに言うと「そうらしいですね。楽屋にも来てますかね?」真面目な顔で考えるそぶりをする。「さあ、ほぼ最後の方なので、ミウ達が出くわすことはないようにも思いますよ。」シロ-は舞台を見ながら答えた。13時になり音楽フェスが開演となった。
シロ-が楽しみにしていたリンとミウの演奏は素晴らしかった。相当練習はしていたけど、この完成形はすごいな、とシロ-は素直に感じた。リンのバンドであるネオア-スも会場を大いに沸かせた。
終わりに近づき、レナのオカリナ演奏になる。最初は少しざわついていた会場も途中からは雑多な音は収まり、皆、音楽に集中している。情感溢れる音色、旋律、泣いている者も結構いた。最後はプラネタリウムに使われていたBGM。レナの演奏はスタンディングオ-ベイションとなり、拍手は鳴り止まなかった。フェスのトリは別のバンドだったが、完全に喰われた形となり、最後の盛り上げの曲の演奏だったはずが、最後に曲変更でバラ-ド調の曲に変えられた。バンドの判断みたいだが、客の反感を最低限買わない配慮のようだった。これは正解だったろう。
音楽フェスでのレナの演奏の成果か、プラネタリウムは翌日の一般公開日から連日の満員となった。さらにレナは退場する前にプラネタリウムの宣伝をした。サイトウは「タイアップって言うんですかね。これはやられました。」とのちに苦笑しながら脱帽していた。プラネタリウムは皆の中に地上への憧れ、回帰の思いを募らせていく。
フェスから5日ほどしてホテルのロビーで待ち合わせたサイトウは「参りましたよ。法律上悪いことはしていないのですが、プラネタリウムはヤマデラ地区管理局内ですでに問題視されて来ています。」サドゴ-ルド行きを計画してヤマデラで準備していたシロ-にこぼした。
「不穏な感じですね。運搬業者の話も通してヤマト地区にも広まっているでしょう。ヤマトから苦情が来るかもしれません。」
リンがミウとやってくると「ヤマト管理局から苦情はもう気送管郵便で来たようよ。」と書類をサイトウに渡した。ヤマト管理局はヤマデラのプラネタリウムを市民の地上への憧れを扇動すると上映禁止を要求とある。
「参ったな。地上に出ることを考えていくにはヤマデラの地上にヒントがあると思ってヤマデラでの潜航を要望しようかと思ったけど。これで申請などしたら、プラネタリウムに感化された危険人物扱いになることは間違いないな。」今度はシロ-が言う。
ミウが「どうするの?」と聞くと「こうなると今はサドゴ-ルドには行けないな。今、地上進出に関係するような動きをすると活動家と疑われるよ。サドゴ-ルドは地上帰還に向けた研究を全体でする地区みたいなものだから。」
シロ-は仕方なく、ヤマデラで出来ることをしようと当面は管理局と科学実測棟に通いヤマデラについての情報を整理することに主たる作業を切り替えた。しかし、やはりいずれは現在のヤマデラの地上を見る必要がありそうだと将来計画は考え続けるつもりではいた。
その日の夜はシロ-とサイトウはプラネタリウム会場周辺の様子を見に行った。まだ上演は続いていたが、すでに今日を入れてあと3日間の上演で終了するとのこと。正面玄関ではその3日間の入場券販売の整理券を配っていた。二人は中に入ると吹き抜け階段の2階部分の踊り場に上がり下を眺める。知った顔がいないかと思ったが一望したところいない。二人がキョロキョロしていると、プラネタリウム会場の出入り口のドアが開き、終了の案内アナウンスが流れた。その瞬間、シロ-は内部に感じた。「いる!」シロ-が呟くと、サイトウが「何がです?」、というので、あの朝の感じのことを思い出したことを言う。「ということは、この会場に。」退出中も中はかなりの薄暗い感じなのであり、座席も階段状なので隠れることは結構できるが、逃げることはできないはずだ。観客がほぼ出終わった頃シロ-は中に入る、当然、相手もわかっているはず。
「今夜は前とは違うぞ。はっきり確かめてやる。」シロ-は今回服の下に蒸着シ-トを身に付けてきた。「来る!」左右からムチが飛んでいた。シロ-の枝状の剣が飛び、ツルを引き裂く、いや、ムチが枝に巻きつきながら進んで来る。やばい、シロ-は枝剣を体から切り離し、横に飛ぶ。壁にムチが刺さる。危なかった。次はどうする。「?、気配が消えた!」シロ-はプラネタリウムの中央の機械部分には飛び出す。サイトウが「シロ-さん、危ないですよ。」シロ-は気配が消えたことを言うと、ここにも裏口がありそうなことを言う。
「ここもですか?後で徹底的に調べてみます。」
くそ、ただ、今回、相手がはっきりわかった。
シロー達はしばらくヤマデラに滞在を続けることにしたが音楽会から10日後に、ヤマデラ管理局にシロ-宛てに郵便物が来た。ミヤマからで、中身は地上ド-ムの設計図とミヤマ博士の手紙だった。手紙の内容は遺書のようであった。
シロ-へ
私が君に直接話す機会がもうないかもしれないので、不躾ながら、まだ話していないことや私の考えを伝えたい。
送った図面の地上ド-ムはこれから進むべき一つの選択に過ぎない。管理局の依頼で作成したが、まずはこれを作って地上に出ることはやはり必要だろう。蒸着シ-トの開発が、革命的な結果を生んだように。
蒸着シ-トの高度化は進んだが、本体つまりヒトとの適応も重要なことがわかった。シロ-のように耐性の細胞から作製した蒸着シ-トを他の人にも着られるようにする。シロ-の細胞に植物の性質を入れたのは何故か、耐性の強化がもちろん狙いだ。一方でそれはシ-ト細胞を本体の体からのシグナルと繋げて、分化を初期化して、朝方のタケノコの成長を制御するように細胞を量子ビット化、つまり量子情報の基本単位にする可能性を試すことでもあった。でも本体の体の方でもその仕様がないとできない。
シロ-の場合には体全体がその仕様になっている、つまりはシロ-は量子コンピュータの体を持っているようなものだ。40兆程度はあるヒトの細胞が量子ビットとして機能すればこれは途方もないことた。バルが本当に知りたかったのはここだ。植物形質の獲得は地上への適応どころか、大きなシステム操作にもつながる。宇宙を目指す際のシステムや生命維持にも使えるかもしれない。量子レベルの信号のやりとりは時空を超える。
私も最終的には宇宙を目指すことには異論はない。ただ段階を踏んで行かないとダメだ。結果オ-ライの宇宙進出ではどこかで終止符が打たれるだろう。失敗どころか滅亡になるかもしれん。
シロ-が地上の植物サンプルの分析を持ち込んだ時、私は別の分析アプローチを取り入れた。耐性に関係する遺伝子の変化だ。サンプリングした場所に新しく入りこんだものにはポプラの種のものがあり、古典的にゲノム配列がわかっていたので解析は極めて早かった。そしてシロ-の中にある配列と類似するものも見た。明らかに適応を遂げている。生命はしたたかだ。地上に戻れる日は来るだろう。でもそれは一時の成功であって、更に先を考えないとダメだ。
地球は別の営みの過程に入ってしまった。
地上での復興の中で、更に宇宙を目指すのだ。バルに気をつけろ。私はこれから彼に会うが、もう彼はかつての彼でない。
以上
ミヤマ
シロ-は地上ド-ム設計図をよく見てみた。大規模だができないものではない。ただこの建設は潜航レベルの時間では出来るはずがない。シロ-のようなレベル7の潜航レベルの作業者を持つ建設業者が行う必要がある。シロ-は自分の細胞の研究を急いでいたハヤト達の気持ちもわかる気がしたが、ミヤマの懸念はもっともだ。「どうするかだな。」
さらに半月が経ち、資料の整理の合間に
シロ-はホテルのベッドで天井を見ていたが、ミウが息を切らしながら入ってきて、
「ハヤトがリ-ダ-となり、管理局に地上ド-ム建設の着手か、地上ド-ムの設計図を渡すことを要求してきたそうよ。」と言うとテ-ブルの上に広げられた設計図を見る。「シロ-、これって?」
「ご明察。地上ド-ムの設計図だよ。そこの手紙と一緒にミヤマ博士から2週間くらい前に来た。」
「えっ?」
ミウは驚いた顔で「見ていい?」
と聞くとシロ-は頷いた。
ミウは手紙を一通り読み、設計図を少し眺めると
「でも何故管理局に要求を考えることが出来たのかしら。設計図作成を知っていたと言うこと?」
「さあ、どうだろう。ミヤマ博士が管理局の命で設計図を作成したのかどうかもわからないし。
例えばレナが設計図の情報を知り、ネオア-スにリ-クしたとも考えられる。でも
ミヤマ博士が俺に送った理由は?
俺が渡してしまったらどうするつもりなんだろう。」
ミウは「ミヤマ博士は5日後にヤマデラで講演会が予定されてたらしいけどキャンセルだそうよ。」
「そうか。」とシロ-はため息をつきながら言う。
ミウが「渡すの?」
「とりあえずはしないな。そもそもここにこれがあることは管理局もネオア-スも知らないはず。しばらく静観するよ。ミウ、誰にも言うな。リンやサイトウさんにも。」
「わかったわ。」
地上を目指す試練
シロ-は、ネオの飲み屋を訪れ、交渉の余地についてネオとの話の中で探りを入れた。決裂は戦闘に入ることを意味する。ネオは悩ましい顔で「プラネタリウムの方法やメッセージは間違っていない。何故当局がこんなことを弾圧することにこだわるのか。それに何故ハヤトはこんなタイミングで管理局に要求なんか。」
シロ-も腕組みをして、「管理局は穏便に済ませたいはず。もしかすると、バル博士が関わっているかも。」
「それは間違いないだろう。でもどうもハヤト達とバル博士は上手くはいっていないらしい。あまりにバル博士が過激なためだ。しかし、一方でハヤト達も焦っている。」
「煽られてやり始めたんだろう。ヤマトはバルが関わっているから強気にやるのだと思う。」
「バル博士は行方不明になってからこちらと接点はないと聞いていたが、でも何かあるとするとその辺か?」ネオもハヤトの動きには懸念があるようだ。
レナは管理局がミヤマ博士に地上ド-ムの設計図を依頼していることを知っていた。総務課にいればあらゆる情報が入ってくる。
更に最近、ミヤマ博士が会議を無断で欠席しているとの話も伝わって来た。
レナは焦りを感じていた。バル博士の協力によりネオア-スでレナの細胞で蒸着シ-ト開発を続けてきたが、シロ-の蒸着シ-トの性能に感化され、レナの蒸着シ-トでも形態変化誘導を試した。成功はしたものの、レナはシロ-と対峙する羽目になってしまった。シロ-も気がついているはず。
管理局とネオア-スの交渉を諦めたレナは直接父ミヤマを訪ねることを考えたがヤマトに問い合わせるとミヤマはヤマデラに来て、プラネタリウムの視察のあと大学に行き講演するとのこと。レナは音楽会の3週間後に開催するというミヤマの講演を聞き、その後交渉することを考えた。しかしミヤマの講演はキャンセルされた。大学の理系棟を探して見ると、蒸着シ-ト用の培養シ-トの研究室でバル博士に出くわす。
「バル博士?父は何処?」
「レナか?君はミヤマ博士側だったね。ミヤマは俗物になりすぎ適応出来なかったよ。」
「え?」
そういうとバルは銃を向けレナを撃った。
「何故?」とつぶやくように話すとレナは事切れた。
「君はシロ-には本気で向き合えない。いずれシロ-側に着くことは目に見えている。大丈夫だ、細胞は生き続ける。地上でない空を目指すのだ。」
バルは全く表情を変えず呟くと、研究室に戻り机に向かった。そして、ハヤトに手紙を書き、
「わしは時間を無駄にはしない。地上ド-ムなんて作る時間があったらロケット建設を早く始めるべきなんだ。全く、何もわかっていない。とにかく研究室に来るように。」と郵便で伝えた。
そして、バルは、ヤマデラを去った。
シロ-はハヤトから突然呼び出されて面食らっていた。しかし、ハヤトから研究室でレナの遺体を見つけたことを聞き、何を話そうか整理する時間もなく理系棟に向かった。さらにバルの伝言も知る。ハヤトは机に臥していた。
「シロ-、何でだ?何か悪いことをレナはしたか?
未来を目指していただけだ。」臥したままハヤトは呟く。「ハヤト、急ぎ過ぎるな。暴走は絶対にするな。」シロ-はハヤトに近づき、肩に手を置こうとした瞬間、後ろから羽交い締めにされ何かを嗅がされ気を失った。その後、ハヤトから連絡があったことをシロ-から連絡を受けていたヤマデラ地区警察に、大学の研究室内で倒れていたシロ-は見つけられ病院へ搬送、同時に発見されたレナの遺体は警察に運ばれた。
数日後、シロ-は病院から退院した。ミウと歩きながら、シロ-は考えていた。たとえ設計図をハヤトに渡してもすでに遅いか。殺したのがバルでも管理局でも奴にとっては同じことだ。
二人でホテルに戻ると、サイトウが待っていた。ハヤトが以前ヤマデラに来た部隊を再びヤマデラ内で集結させつつあることを知らせた。
「シロ-さん、退院早々にすいません、これはもう始まります。ヤマト地区管理局が設計図渡すことにしても、やはりネオア-スの自由にはさせないでしょう。ヤマデラ警備隊がB区で配備されます。シロ-さんも加わってもらえますか?ヤマトからの要請もあります。ヤマト側からも援軍は来ます。」
そんなサイトウにシロ-が「わかりました。集合地点を知らせてください。」と言うと、サイトウは頷いて「申し訳ないがお願いします。また来ます。」と言って去って行った。その後、ベッドに横になり、天井を見ながら、シロ-は「チクショウ、何か手はないか?」と独り言を吐いた。何で、こんな連鎖的にことが運んでいるんだ。ポイントポイントにバルがいることもあるが皆軽率に過ぎないか。プラネタリウムの上映、音楽祭のタイミング、地上ド-ム設計図の存在、ここまでは、地上進出と言う意味では起こるべくして起こっていることだ。これをスピ-ドアップするか、いっそある過程はスキップしても更に先に進むのか。話し合えば済むことだろう?
シロ-は常時、ボ-ガンを携帯するようになった。レナは亡くなったが、バル博士やネオア-スの連中が何を考えているのもさかわからない。
次の日、外からホテルに戻るとミウが郵便を持って待っていた。それはバル博士からのものだった。
シロ-へ
レナを失って私も悲しい。
レナが撃たれたのは君の責任だ。君が、こちら側に完全に来ることを拒否し、レナも君には逆らえなくなっていた。君らの兄妹愛に足をすくわれる訳にはいかない。
私は君らを越えていく。
明朝8時に以前、レナと一戦交えた場所に来たまえ。新しいものを見せてやる。
バル
ミウは憤りを顕にして、「行く必要はないわ。罠よ、シロ-。」
「あ-.わかっている。しかし、行かなくちゃ。レナの死の責任を取らせる。」
「なら、お願い、サイトウさんらにも報告して。」
サイトウには知らせ、彼はシロ-の援護に警護チ-ムを出した。しかし、シロ-は、ありがたいが、しばらくは自分だけに対峙させてくれるように伝えた。
どんな手段を講じてくるのか読めないため警護チ-ムに犠牲をだしたくなかったのだ。
翌朝、B区郊外の岩場に向かう。サイトウらは一つ後ろの盛り土の陰から見守った。
シロ-はゆっくり進むと突然、真横からムチが飛んできてシロ-の右脇腹をかすめた。「何?」
今のはレナのムチ?バカなレナは亡くなったはず。もしこんなことが他にできるとすればリンだが、リンではない。そもそも気配が違う。一体これは、と今度は左から来た、シロ-の枝剣が一寸間に合い、ムチを切り裂く。これはレナの細胞だが操っているのは、誰だ。
こうなったら接近戦だ。シロ-は走り出した。相手からは左、右と仕掛けられるが、シロ-の枝剣の方が速い。シロ-は岩場の頂を陣取り、眺める。
「?、カムイ?」
カムイは一寸笑うと、シロ-に向かい、「どうだ、シロ-、驚いたか?蒸着シ-トを操れるのは、お前達兄妹だけでないことがわかったか。これからは皆が使える。」
シロ-はカムイが頭に巻いているヘアバンドで全て理解した。そうか、脳の微小な量子信号をやりとりできるようにしているのだ。バルの奴、とんでもないことをしてくれた。シロ-はあまりヒトを憎んだことはない、レナを撃ったバルの考えも理解しようとすらしていたが、もはや抑えられない。「俺たち兄妹の体を弄ぶな!。」シロ-の枝剣が両腕からカムイに向かう、カムイもツル状ムチを繰り出す。シロ-の枝剣にムチが巻き付く、次の瞬間、枝剣の木部が弾け、枝剣内部が現れた。シロ-は枝剣の中に蒸着シ-トの細胞自体も伸長させていたのだ。そこにムチが巻きつくと大きな叫びと共にカムイは倒れこんだ。
「うわあ」。
シロ-は息を切らしながら、「バル、絶対許さない。」
サイトウら警護チ-ムが駆けつける。「シロ-さん、何が起こったんですか?」
「ヒトの一部を盗んだ奴に持ち主と持ち主遺族の怨念を波動でぶつけてやりました。持ち主なら信号逆流でも同調を試みられますが、偽の制御は双方向性はないのではと思ったんです。俺の感じるのはあくまで同族の気配なんでね。」
サイトウは少し笑いかけてから、「さすがシロ-さんですが、相手はこれ量産してきますよ。」と頭のバンドを見て真剣な顔になる。
カムイが行ったレナ細胞の操作の件は瞬く間にヤマデラ地区はもちろん、ヤマト地区にも知らされた。
シロ-の反撃内容については極秘扱いであったが、シロ-だけは対峙しうることは漏れ伝えられた。しかし、ヘアバンドが量産されるかもしれないことはかなりの危機感を与えた。
ヤマト地区からミヤマ博士の郵便が速達できた。
シロ-へ
ミヤマだ。
バルが開発したであろうヘアバンドはレナやお前の細胞への連絡を中継する2種融合細胞シ-トを作製し、自分の思考信号と同調させるものだ。簡単な指示だけなら充分な機能を果たす。このヘアバンドは量産といっても融合細胞はオ-ダ-メイドで時間もかかる。融合は上手くいかない場合もあり得る。所詮バンド部分を越えれば別々の個体細胞なので信号だけリセット出来れば機能しない。
シロ-がカムイに対してやったみたいに衝撃を与えなくていいなら、同調波動を送りリセットすれば止まる。シロ-にはもちろんできるがリンにもできるはず。
ミヤマ
サイトウから、集合はB区の監視棟との連絡が入ってシロ-は向かう。ミウはただ「気をつけて…」とだけ告げるだけだった。ハヤト達はD区科学実測棟に集まりつつあった。プラネタリウムは今や地上を目指す思想の上でシンボル化されてきていた。ハヤト達の部隊は多くの人数を集めたようであったが、大部分の一般のひとはデモだと思って参加しているようでもあった。そして、B区監視棟からは拡声器により警告がなされた。「ヤマデラでは武装したデモは禁止されている。これをただのデモだと考えている諸君は即刻退去するように。地区内の安全のために、30分以内に武装解除しないなら、強制退去執行に入る。一般の参加者は即自主退去しなさい。30分後に前進を続ける部隊があれば一掃する。
半分以上の集団は危険を理解し、後退していった。しかし、1/3の集団はやめなかった。その中にはヘアバンドをつけた者が何人かいた。しかし、最前列の武装を見ると、銃はほとんど無く、ボ-ガンの様なのが目立つ。そして警告からきっかり30分後にハヤト達ネオア-ス側から、ボ-ガン様の武器によって矢が放たれた。対する管理局の部隊は銃が中心であったが、狙いは手足に限るように指示が出ていた。武力の差は圧倒的であるが、ネオア-スは自分らの大義をアピールするのが狙いなのか、抵抗を続ける。管理局側は早期に死者は出さずに解決を図る目論みである。
シロ-は銃でなくボ-ガンを持ち、ネオア-スからの矢を防ぎながら進んだ。ハヤト周囲にいるヘアバンド武装の奴らもボ-ガン片手に向かってくる。管理局側の部隊は銃の威嚇で進行した。ハヤト達の部隊は威嚇で逃げ出す者も多かった。ハヤトの周囲の集団を除けばだが。
シロ-はボ-ガンを上手く除けながら、ハヤトを見つけ、近づくように進む。シロ-に気がついたヘアバンドの奴から突然ムチ様のものが放たれるが、シロ-は落ち着いていた。枝剣を右手に形成し、内部のシ-トも一緒に前方に少し伸ばし枝剣内部から波動の放出を念じると、向かってくるムチは萎えて落ちてしまう。あまりの呆気なさに、ヘアバンドをした連中は怖気付き逃げ出してしまう。波動を放つだけなら彼らに接触すら必要はないのだ。しかし他のメンバーは衝突を止めない。もはや設計図などはどうでもいいのではないか?シロ-はハヤトを見つけるともうやめるように促す。しかし、
「シロ-、何故邪魔する?」とボ-ガンを向けてくる。
「邪魔だと?何の邪魔だ?すでに目的もない、武力デモじゃないか。設計図はいらないのか?」
ハヤトは苦笑いすると
「そうだな、もう設計図はついでの理由だな。ただ頭に来ているんだ。無力な自分に。」
「レナが見たら失望するぞ。彼女はこうならないように大学に乗り込んだんだぞ。」
「うるさい、お前にわかるか。お前こそ何の為に管理局側にいるんだ。」
「秩序のためだ!設計図なら渡してもいい。協力して地上に出よう。だが、急ぎすぎるな。」
ハヤトは虚しそうな顔をすると
「シロ-、お前には消えてもらうぞ。お前のようにヒトとしての進化に希望をもたらすものがあっては、実行を急ぐ大義がなくなるんでね。さよならだ。シロ-。」
ハヤトの指示で同時にシロ-に向け矢が放たれて行く、シロ-は跪いた姿勢になると、両腕から枝が伸びて、矢を弾くと、そのままハヤト達に向かって枝が走っていく、
「そこまで。」リンの声だ。枝剣の伸長をシロ-は止める。
「間に距離のある矢の攻撃で良かった。切りかかってたら全員に枝が刺さってたわ。」
リンはハヤト達を諭した。
「争うことはない。目指す方向を一緒に見ましょう。貴方達も気がついているかもしれないけど、すでにシロ-の他にも耐性シ-トが出て、早期にレベルが上がるヒトは出ている。地球と折り合いをつけてから先に進みましょう。それでいいでしょう?シロ-だけじゃない。人は皆の中に希望は見い出せる。」
ホ-ル内にリンの声が響くと、その後、静寂がどのくらい続いただろうか。
「それだけじゃないわ。例え地球が選んでくれなくて、時間切れになるようなことになっても、それでももがいて行く。だってそうやってヒトと言うより生物というものはそうしてここまで来たんじゃない?」
ハヤトはボ-ガンを落とすと、
「まあ、それも理屈だな、リン。みんな、まずは皆で地上に出られるように協力していこうか?せっかく生きている俺たちが命を無駄にすることはない。レナも衝突を避けるためにこっそりことを運ぼうとしていたんだから。思い出したよ。」
ハヤトと戦っていた者達は、ハヤトの投降に戸惑っていたが、その場から方々へ散り、何人かは捕まった。
ハヤトは警護チ-ムに囲まれて連行された。見ていたシロ-にサイトウは「投降したとはいえ、一戦交えてるのであまり軽くない罪になるかもしれませんよ。申し訳ないですが。」
シロ-は呟くように「潰し合わなかっただけで充分ですよ。」と言うのが精一杯だった。
シロ-達がD区の管理局でハヤト達の取り調べ手続きなどをしている頃、ヤマデラ地区の東側F区にあるサドゴ-ルドに繋がる通常連絡路に現れた者がいる。大学でシロ-が会ったこともあるフジナミだ。ショルダーバックを抱えている。
「ついにできたぞ。皆を驚かせてやる。バル博士なんて問題じゃない。ふっふっふ。」
フジナミはバル博士の持ち込んだ融合細胞を使ったヘアバンド式の細胞の形態形成誘導の実行責任者だった。シロ-、レナの細胞には元から植物系の細胞小器官があることが、彼らの細胞からの蒸着シ-トに特異性を持たせているなら、一定時間体内から信号出せれば蒸着シ-トを操れるかもしれない。フジナミは量子信号を増幅化できる葉緑体をカプセル錠剤化したものを作った。飲んで15分で神経細胞周辺で機能できるようにした。「試験は実戦でやれば良い。」フジナミはハヤト達が集結している方へ向かったが、途中で、現場を後にした連中に会う。
「お前達、どうしたんだ?交渉は上手くいったのか?」
「あ、フジナミさん、どうもこうもシロ-達の応戦に負けましたよ。ハヤトは投降しました。」
「そうか、カムイが敗れた時点で、少し静観すべきだった。少々焦り過ぎたな。」
フジナミはハヤトをどうするかを含めて考える必要があるなとしゃがみ込み考え始めた。
その5日後シロ-とミウがA区の繁華街に昼食をとりに出ると、パン屋から出てきたリンに会った。これからハヤトに面会しに行くとのこと、「ほら、一応私は近親者だからね。」あとでサイトウも来るらしいが、昼間で、妊婦のミウも一緒ということで、お酒のないレストランに入る。
「差し入れにパンをと思ったけど渡してくれるかな。」照れ臭いのか俯きながらリンが話す。「大丈夫だよ。サイトウさんもいるしね。」ミウが励ますように話しかけると、リンは顔をかしげ、「彼はハヤトに近づくの反対なの。思想犯はヒトに感染させるって。」と心配そうだ。
「それは間違ってない。確かに洗脳とは言わないまでも影響はするだろうね。」シロ-は言葉を選んで話している感じだ。
ミウはそんな会話には気づかないようにメニューをみながら、「ここは結構美味しそうだよ。私は大豆中心でいくわ。」と明るく振る舞った。サイトウが来るまでに3人は食事を終えていて、サイトウは忙しそうにやって来ると「申し訳ないです。急ぎの用務が多くてゆっくりできそうにありません。また後でゆっくり。」と珈琲だけ飲んでリンと一緒に管理局の拘置所に向かった。サイトウは去る前にシロ-には相談したいことがあるとのことで後で宿舎に行くと言い残した。
二人になるとシロ-はミウとミヤマ博士のことを話し出す。
「ミヤマ博士の手紙が無ければあんなに自信を持ってハヤトに立ち向かえなかった。しかし、ヤマトの管理局に拘束されていたとは。何を管理局は考えているのか見えないよ。」
ミウは目を見張ると「そんなことないわ。ある意味拘束と言うより匿ったのだと思うわ。ミヤマ博士自身の安全と情報漏洩の危険を避けたのだと思う。」
シロ-は時たまミヤマ博士の行動を不審に思ってもいたがミウの言う通りかもしれない。更に今やレナもいなくなり、ハヤトもこれで我々の側と言えないことはない。
シロ-はミウと買い物をした後宿舎に戻り、一階のカフェでサイトウを待った。待っている間もいろいろ考えてしまう。ハヤトは今後どうなるのか。彼らが目指したいものをどうやって実現すべきなのか。
そこにサイトウが戻る。「シロ-さん、すいません。待たせてしまいましたね。」
「いや、いろいろ考えていたんで大丈夫です。ハヤトはどうでしたか?リンとは話しましたか?」
シロ-は二人の様子が気になっていた。
「リンさんの話をハヤトさんは静かに聞いてましたよ。リンもネオア-スなんてバンド組んでいるくらいなんで思想的には近いですからね。」
シロ-は自分も考えは彼らに近いことは認識しているのでリンの話は自分でも言うような話だろうと想像した。「上手く協同したいですが、まだこだわりもあるでしょう。まあ打算的でなく、落としどころをどうするかなんですよね。」とシロ-が言うと、サイトウはうなづきつつ、「ところで、まだ、大団円ではないかもしれないんです。」
シロ-は驚き、「え、でも主要なメンバーは投降したんじゃないんですか?」
サイトウはポケットから書類を出して眺めながらシロ-に説明を始める。
「サドゴ-ルドで、この1ヶ月内で薬剤封入用カプセルの大量納入があったそうです。何のためかはわからないんですが。同時に植物生理学専攻の研究者が何人もヤマデラからサドゴ-ルドに向かっていたことが知らされました。そして、そんな中なので、大学に最近サドゴ-ルドから帰った連中はいないか調べました。その中でフジナミと言う奴が浮かびました。」
シロ-は驚いて、「フジナミですか?あいつは医者ですよ。この前会った時は誠実に研究しているようでしたが。」
「あいつは、もともとバル博士にも習っていて、前の集会の直後からサドゴ-ルドに向かったらしいんです。何か企んでますよ、彼らは。」
そう言えば、俺の細胞の培養室のそばであいつには会ったのだった。何か既にやっていたのかもしれない。「明日、大学に手を入れます。手遅れにならないように。」
「私は参加出来ませんか?」
サイトウは苦笑いしながら、「シロ-さん、これはヤマデラの管理局の面子をかけて行います。結果は知らせますから待っていてください。この前って、大学で会ったんですよね?何か言っていましたか?」
「あいつは元々治療志向でしたから、肺疾患対応について進めていました。」
サイトウは「何か治療薬ができたとか言うのであれば大変ありがたいですが。」
シロ-は次の日1日は科学実測棟で試料の確認に努めた。そこに慌ただしく、警護チ-ムが大学から帰ってくる。大学の手入れなので押収品はこちらで調べるようだ。どうやら連行された者はいないようなので事前に察して逃げたのだろう。
シロ-はサイトウを探し、見つけたが、あまり話せそうになかった。それよりも押収されたものを見たかった。前に会ったハセガワを見つけたので声をかけて状況を尋ねた。「押収されたのは医療関連試薬や書類の数々ですが、特に目立ったのは、カプセル錠剤とレナ細胞の生産性の向上だ。細胞を増やすのは分かりますがカプセル錠剤が何なのかわからないんです。今分析をしていますが。」
ヤマデラの管理局の研究開発部門では、どのくらいわかるのだろう。ミヤマ博士がいれば心強いのだが。そこへサイトウがやって来る。
「シロ-さん、どうやらかなり良くない知らせになりそうです。カプセル錠剤は植物成分ですが、生体内吸収を早める工夫もされています。植物成分は葉緑体を改変してあり量子信号の増幅作用があります。何を狙ったものか分かりますよね?」
シロ-は天を仰ぐ。もうそんなものを作ったのか。おそらく、ヘアバンド無しで、レナ細胞を操る気なのだろう。しかし、ちゃんと機能するかどうか。
「もう、実用化までいっているんでしょうか?」
シロ-はサイトウに不安気に尋ねた。
「まあ、あれだけあれば、おそらく試行はした上で生産しているでしょう。逃げた連中がどのくらいの人数かわかりませんが、皆で使われると対応は難儀になる。」
「と言うか、また衝突が起きるんですか?狙いは何に?」
サイトウは両手を広げてお手上げな感じをだす。
大学関係、サドゴ-ルド、、あの人が何か知っているかもな。
サドゴールドへ
シロ-がネオの店に行くと、ネオは一人で飲んでいた。
「シロ-さん、先日は活躍されたそうですね。争いを最小限に食い止めた。大したもんです。少しは運動も下火になるでしょうね。」
「そう思いますか?皮肉ですよね?」シロ-がいい返すとネオは苦笑いして
「少しは、と言ったんです。少し。人は止まることをしたら終わりです。結果的に進歩だったと見えることしか皆は注目しないけど、いろいろ人類は試行錯誤するものです。私も常に試行錯誤です。」
シロ-はここは推測をぶつけて行くことにする。
「ネオさん、貴方、サドゴ-ルドでフジナミを助けてたんですよね?」
サイトウは楽しそうに笑い、シロ-の話に聞き入る。
「貴方は元々医者だし、研究設備の紹介も簡単なはず。フジナミにとんでもないことを企てさせた。何を始める気ですか?」ネオは黙って酒を飲み干してから、シロ-の方に体を向けて、「私は何もしていないし、今のネオア-スが何をする気かなんて、全くわからない。ネオア-スは次世代を考える組織だったはず。人間だけの利益を考える訳ではなくて、地球の将来をな。でも人がいなくなったら元も子もない。地球との共存だ。君やレナさんは正に希望だ。それを更に発展させると言う意味では、そんな技術は益々重要なものになるだろう。この間のヘアバンドも良かったがね。」
シロ-は黙って聞き続ける。
「シロ-さん。特にもう争いごとを求めることは誰も望んでいませんよ。」
「でも明らかに戦いの準備の跡が大学で見つかってますよ。」
ネオは首を振りながら
「更に高度な技術力を増すことは、争いを防ぐためでもある。抑止力にもなります。」
シロ-は呆れ気味に
「結局は戦いの種です。ヒトは本当に進歩しない。私が何のために自分の細胞をネオア-スに使わせたか、わかりますよね。」
「君のような奴ばかりではない。押さえ込んでくる相手に刃向かうのは普通だ。その時の手段だ。」
「何をする気ですか?」
ネオはお酒を飲み干すと
「さて、店じまいです。また来てください。」
と言うと店の奥に引っ込んだ。
次の日からネオの店は休みに入った。
休みの看板を店前で眺めていると、いつの間にか横にフジナミがいた。
「フジナミ、お前。」シロ-は驚き、一歩退く。
「休みか、残念だなあ、久々にここで飲みたかったが。シロ-も馴染みか?」
「フジナミ、お前、大学にいるんだろう?手入れがあったと聞いたが大丈夫だったのか?」
シロ-は落ち着きを取り戻し、遠回しに探りを入れる。
「ああ、なんか騒ぎがあったらしい。俺の所属元とは違ったけどな。なんとか細胞をいじっていた部署があったみたいだな。」
「無事で良かったな。お前の研究は進んでいるのか?」
「ああ、薬品開発は昔と違って今は合成が難しい。自然からの抽出でよくサドゴ-ルドに行くんだ。シロ-は行ったことあるか?」
「行きたいとよく思っているんだ。どうなところだ?」
「素晴らしい!学問するにはベストだ。シロ-も行ってみるべきだ。なんなら手配を手伝ってやるよ。」
「ほんとか?頼むよ。しばらくはここにいるから。」
「ok、俺は大学か、この店が開いてたらここにいるから捕まえてくれ。じゃあな。」
フジナミはゆっくり、大学方向に向かって歩いて行った。
その後、ヤマデラの管理局に行くと、サイトウが慌てて駆け寄ってきた。
「シロ-さん、ネオア-スから宣言文が管理局に来ました。ヤマトにも届いたそうです。来たのはサドゴ-ルド独立区からです。」
「独立区?」
「そうです。宣言文は独立宣言文なんです。」
シロ-は、これを狙ったのか?と呆然とした。
「ヤマトは何て言ってます?ヤマデラはどうするんですか?」
サイトウも考え込んだ様子で、
「ヤマトは認めない方針ですが、ヤマデラは検討中です。そばにあって、サドゴ-ルドの微妙な立ち位置、管理にも困っている部分もあり、自治してくれるならそれもいいとの意見もあります。」
シロ-はサドゴ-ルドが面倒なことになると自分の調査にも影響することなども考えながら、
「独立って言ってもどういう状態を彼らは考えているんですか?」
サイトウは微笑して
「鋭いですね。シロ-さん、正にそこですよ。あいつらサドゴ-ルドを研究学園自治地区として、ヤマト、ヤマデラ、ソウルに、自治地区内の研究ブロックを貸し出すようです。また物品には関税かけたり、知財も自治区に使用権を残すように強制する。一方で、物や人の出入りも管理するので、ヤマデラとしては、それは助かるとも感じています。」
「知財って、発明とか、開発したものはその人のものって、そう言うやつですよね?そんなにサドゴ-ルドは進んでいるんですか?」
サイトウは悔しそうに口を開く。「ええ、街中で便利なものは大抵は大学で研究開発しているが、試作や肝心のところはサドゴ-ルドでやっているみたいです。秘密が守りやすいですから。実際、最近のあの錠剤も何なのか全くわからないわけで。」
そう言えば、あのプラネタリウムもレナの曲を使うくらいだから、ネオア-スがサドゴ-ルドで開発したのかもしれない。
そうだ、そもそもがわかっていなかった。「そもそも誰が出した宣言なんですか?」
サイトウは真面目な顔になり、「それがヤマデラ地区大学のクサカベと言う教授ですが、錠剤で追っているハセガワの上司だった人です、更にバル博士との共同研究歴もありますね。」
また別の人物の登場か。「その共同研究にはミヤマ博士は?」
「誘われたが入らなかったようです。」
袂を分かったのは本当なのかもしれないが、ミヤマ博士への誘いはありそうだなと思いながら、シロ-は管理部の出方を知りたかった。
「ヤマデラはどうする気ですか?」
サイトウは鼻を掻きながら申し訳なさそうに
「静観だそうです。ヤマトの出方を見ようと。武力行使なんて考えられません。ヤマトに比べてヤマデラはサドゴ-ルドがお隣さんなので。ヤマトが無茶しなければいいんですが。」
サイトウの希望もむなしく、ヤマトは強便姿勢だ。独立宣言の撤回と代表者の投降を要求した。
サドゴ-ルドからはすぐに気送管郵便で拒否の連絡が回る。
「ヤマトは警護部隊をサドゴ-ルドに派遣するそうです。ヤマトとしてはヤマデラと合同の暫定自治管理部を置く方針。ヤマデラは反対も賛成もしない回答をヤマトに返しています。」
「気になるのはソウル地区の考えですかね?」
「それは大丈夫です。ソウル地区管理部とはヤマトもヤマデラもサドゴ-ルドで何かする場合には、相互了承を得る協定がありますが事後でも直ちに連絡すればokなんです。」
シロ-はヤマトに自分の役割の指示確認とミヤマ博士の考えの共有を依頼した。
シロ-は、その次の日、ハヤトの面会にリンと行った。ハヤトは独立宣言の話は以前からあったので、それ自体には驚かなかったが、
「バルは間違いなくサドゴ-ルドにいる。人殺しを匿う場所が独立宣言とは、治外法権とでも言うのか。」ハヤトは非常に憤り、自分は迎合しないとキッパリと話した。
「ハヤトはクサカベと言う向こうのリ-ダ-を知っているのか?」
シロ-はハヤトにストレートに聞く。
「会ったことはある。レナの細胞の蒸着シ-トの試作品の会合で会った。しかし、彼はスポ-クスマンで、ほとんど技術開発には関わってない。裏で動いているのはバルだ。」
「フジナミと言うやつは?」
ハヤトは苦笑いすると
「知ってるよ。バルの腰巾着さ。とはいえ頭は切れる。でも彼は名誉欲が強すぎる。どう転ぶかわからない危うさがある。」
シロ-はさもあらんと思う。
「ハヤト、サドゴ-ルドに入りたいんだけどいい手はないか?」
ハヤトは考え込むと
「今は状況が変わっているかもしれないが、やはり大学施設に潜り込むのが一番かな。人の循環が早いので怪しまれない。何か技術を持ち込んで開発の場所をして提供してもらうんだ。独立宣言の話が広まらないうちに入るといい。」
「伝手はないかな?」
ハヤトは口をへの字にすると、
「リンのネオア-スのメンバーにシオリっているだろ?アイツがいいんじゃないか?」
リンがびっくりして
「何でシオリを知っているの?」
ハヤトは白けた顔で
「気がついてないか?彼女は俺達のスパイさ。まあ俺が捕まり、体制側から距離を置きたがっているけどね。」
リンは微笑しながら、「つまり、兄の彼女か。」
「まあそう言うことだか、サドゴ-ルドで研究を続けてもいる。まだヤマデラにいるから話してみるといい。今日来ると思う。」
シロ-とリンは管理局のカフェでシオリを待った。
しばらくすると、帽子にマスクと言う、いかにも顔を隠している風貌の女が現れ、リンに気がつくと走り出す。リンが慌てて追いかけ、腕を掴むと
「待ちなさいよ、シオリ、貴方はハヤト達の仲間なのね?」シオリは俯いままだ。リンは続ける。
「今はそれはどうでもいいの。ハヤトと話して、協力してもらいたいの。」
「え?」初めてシオリは声を発する。
ハヤトの前に来ると、ハヤトとリン達を交互にシオリは見ながら戸惑って
「何なの?」シオリは判然としない様子だ。
シロ-がハヤトを促すと、ハヤトは、
「シオリ、彼らには俺たちのことは話した。特に隠すことではないしな。ところでいつ頃お前はサドゴ-ルドに戻るんだ?」
シオリは寂しそうに「早く帰れとでも言うの?
貴方がいないネオア-スに戻る気はないわ。かなり様子も変わったし。大学やめる潮時かも。」
ハヤトは真面目な表情になると
「いや、帰ってほしいわけじゃないんだ。彼らに協力してやってほしい。サドゴ-ルドに潜入させてやってくれ。」
シオリはシロ-が誰かをようやく認識した。「貴方、シロ-なの?何故サドゴ-ルドに?」
「間違った方向にいかないように。事を穏便に片付けたいんだ。できるかどうかわからないけど。相手の懐に入らないと何も見えない。」
シオリは呆然としながら「貴方に何か出来る?敵視されている貴方に。ネオア-スが貴方と和解するとは思えない。」
「和解することは一つの方法だが、ほかの方向性もある。戦う必要があればしょうがない。ただ皆が戦いを望んでいるわけじゃないだろう。君だって。」
シオリは「私はまだネオア-ス側ではあるのよ。裏切るかもしれないのよ。」
リンが応じる「貴方は選べる。それはいいんじゃない。ただ、今貴方がいる側は、今のハヤト側でしょう?」
シオリは笑顔になると「全く敵わないわね。貴女の単純さには。まあだからスパイとしてきたヤマデラでも楽しかった。バンドのネオア-スこそ私の目指すネオア-スなのかもとすら思えた。」
「シオリ、、」リンは涙ぐんでしまう。
「いいわ。でもどうするの?私は一介の研究者で研究室周辺はウロウロできるけど、他は荒れている箇所も多いし、あまり行ったりしない。変わった行動は怪しまれるし。」
「君の研究室周辺で植物細胞を扱っているところはないか?」
「植物細胞なら、少し離れているけど大学教授レベルが滞在しているアカデミア棟があるわ。私は時たま行って、微生物培養のための純化水をもらっているわ。」
「そこにフジナミと言うやつは?」
「フジナミって、あのフジナミ特任教授?そう言えば、あの人はヒト細胞メインなので別のアカデミア棟Aに入っているはずだったのに、ここ数ヶ月は私の行くアカデミア棟Bでよく会ったわ。」
「そこだ!」シロ-は思わず叫ぶと、ハヤトを見る。ハヤトは頷くと「シオリ、そこにシロ-を連れて行ってくれ。」
「私も行くわ。」リンが切り出す。「何だって?」
シロ-はびっくりすると「絶対ダメだ、危険すぎる。」
リンは笑いながら
「何言っているの貴方だけの方が危険だわ。妻帯者とはいえ、男一人とシオリだけで行かせられないわ。ミウのため、そして兄貴のためにね。」
シロ-は、呆れながらも、そのことに気がついていなかったので、ハヤトにも済まない気持ちになる。「あ-.いや、確かに心配されると困るけど。」
「大丈夫、私のバンドはサドゴ-ルドでも有名だから、私とシオリにバンドマネージャーの貴方がついて来たことにすればいいのよ。」
シロ-は早速ミウに計画を伝え、理解を求めた。リンが一緒と言うことである程度安心したようだが心配もかなりしていた。
「大丈夫、必ず無事帰ってくる。二世の顔もしっかり見なくちゃ。」とシロ-が言うと少しだけ微笑んだ。
サイトウにも計画を伝え、ヤマデラ管理局の支援もお願いした。サイトウは他の何よりリンの心配をしていたのには、シロ-は済まない気持ちもありながら、笑うしかなかった。リンの同行は俺やミウのためでもあるのだから。
サイトウに話した2日後に3人はサドゴ-ルドに向かう。経路は最も多くの人が往来する道を選び、堂々とサドゴ-ルド入りをすることにする。シロ-は相手に知られているので、マネージャーらしくかなりの変装を施した。サドゴ-ルドまでの間には宿舎はなく、シュラフで野宿だが、キャンプサイトは用意されている。サドゴ-ルドとヤマデラの間はまだ整備がされていないので中和剤の石灰が残しっぱなしのところが多いがそんな中シロ-は経路に生えている植物、コケ類などにも目を配る。こんなチャンスが来るとは考えていなかったが、植物変化を観察、情報を採取することにも利用した。到着まで2泊は必要になったが、なんとかサドゴ-ルドに辿り着く。
シオリの研究拠点はかなりヤマデラ地区寄りにあったので、すぐに着く。
「まずは少し片付けを手伝って、周囲のコンドミニアムには誰もいないみたいだわ。まあ状況が不安定なのでヤマデラに皆帰ったんでしょうね。」
研究者には独立したコンドミニアムが
提供されているらしい。
「中央の方がコンドミニアムの数は多いし、教授レベル用のアカデミア棟もあるわ。この辺りは街外れなんだけど、小さなス-パ-はあるし、あ、まだあるかどうか確認ね。」
3人でス-パ-に向かうと、まだ店は営業していた。品揃えはあまりないものの何とか生活はできそうだ。シロ-は店の中を見渡し、レジを見て驚愕する。「ネオ、、」リンもシロ-の目線を追い驚く。
ネオは最初からシロ-達に気がついていたらしくこちらを見ている。リンは自分からレジの方に一人向かい、「マスター、何で貴方ここに?」
ネオは真面目な表情を崩さず「ヤマデラの景気が悪いんだ。リンさん達は?」リンは笑いながら
「バンド活動よ。こちらでコンサートできないかと思ってね。ネオア-スはサドの方が人気ありそうだし。」
「連れの方は?」
「ああ、シオリはバンドメンバーだけど、彼はマネージャー。」
シロ-は帽子を上げ軽く挨拶する。
「今時コンサート聞く物好きがいますかね。独立宣言の話聞きました?物騒な感じですよ。」
「こんな時こそ必要なのが音楽よ。わかってないなあ。まあいいわ。そこのパンとこのジャム、そんでそこの水を3リットル頂戴。」
3人はス-パ-を出る。
「まるで私達を待っていたかのようね。」
シロ-は微笑んで、
「これはむしろ吉兆だ。こういう状況なら俺たちから仕掛ければすぐに相手は反応するだろう。事を動かしやすい。」
リンは呆れて
「シロ-は楽観的ねー」
シオリはくすくす笑い、
「そうね、コンサートするなんて聞いてなかったし。」
「あ、あれは話のタネとして言っただけで、、」
「いや、やろう。いい機会になる。向こうにとっても、こっちにとっても。」シロ-が言うと、リンとシオリは目をお互いに合わせた後、シロ-に頷き返す。バンドと言ってもリンのボ-カル、シオリのリュ-トの他は客演で打楽器が入るくらいなので、リンとシオリでネオア-スは名乗れる。
二人は早速、バンド演奏の曲をピックアップして、練習も開始する。シロ-は周辺を歩いて調査、ス-パ-にも行った。2日後に行くとレジにネオはいないで別の女性がいた。シロ-はその店員に「すいません、一昨日買えなかったものが納品されたかを確認したいのですが。」と聞くとその店員は怪訝な顔をして「一昨日はこの店やってませんけど、昨日の間違いでは?」と返され、一寸言葉に詰まってから、シロ-は落ち着いて、「すいません、そうだ、昨日です。コンクリートブロックがサイズが合うの無くて。」と言うと「そうですか、昨日から仕入れないので昨日ないと今日もないです。」
とにっこり返された。「そうですか、ところて、この店で働くにはどうしたら?」
「私はバイトです、人件費はアカデミア棟の運営費の流用なので、アカデミア棟の教授の誰かに言えば考えてくれますよ。」とかなりあからさまな返事を返された。シロ-は礼を言って店を後にすると、「面白くなってきた。」とひとりごちた。
シロ-はシオリのコンドミニアムに戻るとス-パ-の話をした。二人とも驚いていたが、「おそらく今日も監視はしてたはず。誰かいなかった?」
「いや、怪しい感じはなかった。おそらく休みの日はああやってネオが出て通常も監視はあったのだろうが、ウチらが現れたのでむしろ監視を別の形にしたのかもしれない。アカデミア棟の方の途中に人が立っていたよ。通じる道は全て。」
シオリは「窮屈な感じだけど、文化活動は止める必要はないわ。コンサートの開催のビラを貼る許可を取りに行きましょう。」
3人は連れ立ってアカデミア棟の方に向かう。途中、確かに監視しているような人はいたが声をかけられることもなかった。
アカデミア棟Bの1階ゲ-ト先にある受付に行くと、今日いる教授はクサカベ教授だけとのことで、会ってもらえることになる。
「出来過ぎだな。よりによって独立宣言出した教授しかいないなんてことあるか?」シロ-は笑いながらリンに言う。「シロ-、緊張感持ちなさいよ。どんな会話になるか、全く読めないわ。」
「なあに、俺たちはネオア-スバンドの話だけすればいい。リンもシオリもそれだけだぞ。」
二人は頷く。
受付の女性が案内すると言って受付サイドから出てきてくれる。会議室のような部屋に案内され、
「しばらくお待ちください。」と言って下がって行った。
木製の椅子に3人は腰掛けると、反対側のドアが開き、初老の男性とベテランの事務員のような女性が入ってきた。
「お待たせしたね。君らはコンサートをしたいとか。それはいい考えだね。サドもうヤマデラ並みの文化地区を目指したいのだ。今、プラネタリウムを併設したホ-ルも建設中だが、以前から講演などで使ってきたオ-プンスペースの講堂があるのでそこを使いなさい。ネオア-スと言うと、あの思想グループと関係あるのかね?」急にクサカベはやや真面目な口調になる。リンは「グループとは直接は関係はしていません。共感する部分はあるとは思いますが、あくまで私達は音楽バンドなので。」と説明する。クサカベはニコニコして
「結構、結構、そうでなくては、音楽はね。君らには独自の思想があるのだろうね。ビラを貼るのは所定の場所に、置く場所も決められているので従うように。いつ開く予定かね?」
「準備は曲の練習だけですので2週間後を予定してます。」横からシロ-が入る。クサカベは少し興味深そうにシロ-を見て、「結構、では準備万端で迎えられるように。では失礼。あとの問い合わせなどはこちらのサヤマにお願いしなさい。よろしく。」とサヤマに向かって言うとサヤマはクサカベに頭を軽くさげた。
「私はサドゴ-ルドで支援活動しているサヤマです。もとはヤマデラで大学運営に従事していましたが、サドゴ-ルドでの研究者支援のためにこちらに来て3年が経ちます。籍はヤマデラの大学ですが、仕事上はヤマトからも支援を受けてます。こちらは物価が高いんです。ソウル地区からのものは品は良いんですが。滞在はどのくらいされますか?」
「彼らは音楽バンド仲間ですが、少し私の研究にも関わるかもしれないので、そうなると1.2ヶ月いるかもしれません。」シオリが応えると、
「そうですか。わかりました。まずはコンサートまでを支援することでいいですね。貴方はシオリさんですよね。しばらくヤマデラに行かれていたと言うことですが、またヤマデラには戻るのですか?」
シオリは少し考えると、「分かりません。戻る必要があれば戻りますが、今はここでやることで頭がいっぱいです。」
サヤマはにっこりすると、「若い方は希望に満ちていていいですね。分かりました。皆さんをしっかり支援させていただきます。」
サヤマは眺めていた書類を閉じると一礼して、「何かあれば受付に言って私に伝言、あるいは呼び出してください。」と言うと部屋を出て行った。
帰り際に、受付で講堂使用の許可申請をし、2週間後の日程を確保する。そして、今後のことを3人で話し、すぐにビラを作って撒くこと、シオリはサドゴ-ルドに来る途中でシロ-達に話した研究をとにかく進めるので、コンサート関連の雑務はシロ-とリンで請け負うことを決めた。
その後はシオリは研究ブ-スに詰めて、リンとシロ-はビラの作成に入る。食事や買い出しはリンとシロ-で交代で行う。夜はほぼリンとシオリは曲の練習、シロ-は時間を見つけて観察したサドゴ-ルドの植生、採取サンプルの整理をして過ごした。
シロ-は、ヤマトやシラカワで地上に出た時の様子をよく反芻する。こんな地球の状況を生んだプラント事故直後がどのようだったかは知らないが、酸性環境ではあるものの、ある程度の植物は生き永らえてきたのだ。また自然界ではより食物連鎖が上位の生物がやはり滅んでしまった。海がどのくらいやられたのかにもよるが、少し薄いが酸素はある。また金星のような状態にまでには環境変動が行かなかったのは幸運だった、しかし、やはり長時間この環境に滞在するには人は耐えられない。それに気になるのは地上の気象状況だ。地区により地上での気候がだいぶ違うようだ。ヤマト地区のようにはヤマデラで地上観測をしないのは、危険な状況だからだ。科学実測棟が必要だったのも直接出られないからだ。何故かこのヤマデラ地区は地上の雲行きがいつも良くないことが多いと言う。嵐もよくあるそうで、晴れ間が出ることがあるのかもしれないがかなり少ないのだろう。
そうして過ごすうちに、あっと言う間にコンサート前日になる。3人は講堂でリハーサルを行なっているとサヤマが現れた。「準備は上々のようですね。何か必要なものとかありますか?」リンは「よくヤマデラでは会場を盛り上げるのに放水するんです。消防用でいいので借りられませんか?」サヤマは呆れて「水を撒く?そんなもったいないことを?」
シオリはサヤマに「ノリが良くなると、皆熱狂するんです。少し頭冷やすくらいなので大して量はまきませんよ。」とリンが言うと、サヤマはため息をついて「わかりました。まあいいでしょう。文化地区になるためだと思いましょう。」
リンはサヤマに頭を下げて「助かります。頑張りますから見に来てください。」
シロ-は会場を見渡し、演奏中の様子を想像した。
「何人くらい来るかな?」
これにサヤマが反応し、「講演会だと200人くらいですね。ここはいっぱいで800人入ります。コンサートは初めてなのでわかりませんが。200人入れば大成功でしょう。ソウル地区に続く経路そばまでビラは貼ったりしましたので結構来るといいですね。じゃあ。」サヤマは講堂から出て行く。「さあ、どんなコンサートになるか、楽しみだなあ。」とシロ-が二人に向かって言うと、リンとシオリは指でサインを交わし合った。
コンサート当日、開場は昼だったが、朝から講堂入り口には人の列ができていた。シロ-は結局前日から会場に泊まり、早朝にリンとシオリが朝食を持って来てくれた。二人が来た時には会場前に人はいなかったのだが朝食を終えて外を見ると列が出来始めていた。
「結構すごいな、これは。皆、音楽、文化に飢えているのなら、まだ健全なんだが。思った通りこいつらは、、」シロ-は意味ありげにリンやシオリの二人に頷くと、演奏をしっかりやってほしいと激励し、何か起こっても落ち着いて対応しようと話す。二人ともその意味することはわかっていた。「やはりそんな感じなのね。わかったわ。なんとかできるでしょう。最後はトンズラしましょう。」と言って笑う。シオリは「やれることはやったわ。後は楽しみなだけ。」と手を出すとリン、シロ-と手を重ねた。「オ-ケ-.行こう!」とシロ-が言うと二人は頷いて壇上に出た。
コンサートは始まった。すごい拍手で迎えられた、、会議はほぼ満席、この講堂始まって以来の快挙だろう。一曲目は、テンポの速い曲で、バラ-ドも織り交ぜながら9曲をやる。そして、最後の曲のコ-ルをし、代表曲を歌う。そして、 カ-テンコ-ルに入ると、それは起こった。アンコールの手拍子の中、観客の中に上着を脱ぎ、蒸着シ-トの姿になる者が見える。そしてムチ状のものが会場を旋回する。演出と思った観客は興奮して歓声を上げる。会場の最前列で振り回しているのは何とネオだった。
リンとシオリは気にすることなく現れて歌い出す。そこに次から次へとムチが降り降りてくる。シロ-は打楽器を演奏しながら、枝剣で応戦する。リンは上手く交わしながら歌い続け、シオリは壇上の道具の陰に隠れる。シロ-は皆がヘアバンドをつけてないことにも気がついていた。やはり錠剤か。一部シロ-はリセットする防戦も行なったが
リセットするにも距離が少しあるのと、数が多すぎる。全ては無理だ。あまりの数に徐々に避けづらくなり伏せて転がりながらの防戦となった。
しかし、リンやシオリは落ち着いていた。目で合図を交わすと、シオリが道具の陰から飛び出し、コンサートで時たま行う水散布のホ-スを掴むと、やや高めの方向に散布した。霧のような雨が降ってくる。
「シロ-、頼んだわよ!」
シロ-は雨の中伏せながらも両手を上げ、枝剣を伸ばすと途中から木部が弾け枝剣内部が現れると、一瞬で、飛び交っていたムチはしなり落ちる。
観客はざわめくと共に、すぐにパニックになり散り散りに去って行った。
リンらが蒔いたのは微生物を含めた水だった。
微生物シャワーはシオリの発案だ。サドゴ-ルドに向かう道すがら、シロ-はフジナミの錠剤のことをシオリに話したのだ。同時に多くの相手に信号を届ける手段が何かないかをシオリに聞いたところ、試してみる価値があると彼女の専門の微生物の利用を思いついたのだった。そして、微生物の
中でも葉緑体を含むミドリムシを散布することでシロ-のシグナルの伝導ができるのではと考えたのだ。微生物の増殖生産はなんとか間に合った。
観客席最前列で跪いているネオは呆然としていた。
「ネオ、どうする?」シロ-が叫ぶと
ネオは大声で笑いながら
「こんなにあっさり武装解除させられるとは、負けたよ、シロ-。完敗だ。まあある程度は予想していたが、やられたよ。もう後は酒でも飲んで暮らすよ。」シロ-はネオに近づいて肩に手をかける。
「いや、貴方にはそんな暮らしは似合わないし、そんなことはさせませんよ。我々にはすることがたくさんあるんですよ。こんなことをしでかした貴方はそれをすることが義務です。」
ネオは真面目な顔になり、しばらく黙ってから
「まあ牢屋では酒も飲めないだろうし、交渉条件としては悪くないな。」
「今日の観客は貴方の指導力で集った仲間ですか?」
「あ-,昔からの知り合い、飲み屋の常連さ。バルやフジナミ、ましてやクサカベのような権威主義者にはネオア-スはまとめられない。私がまとめるしかなかった。フジナミの発明も通用しなかったことで、サドゴ-ルドは元の研究開発地区の体に戻るだろう。」
「元々サドゴ-ルドは充分魅力的です。独立って何からの独立だったんです?ただ誰かが権力欲しかっただけです。必要ないです。」
「そうだなあ。混沌さこそが何かを生む源かもな。しかし、大きなことをするには結集しないと。」
「結集は、強制しなくてもしますよ。もっと信じましょう、皆の思いを。」
「俺が言うべきセリフだったのかもな。すまん、シロ-、いつの間にか俺は変わってしまったのかも、」
「皆、迷ってばかりです、貴方だけじゃない。皆、少しずつは間違っているものです。」
ヤマトの警護チ-ムがサドゴ-ルド入りし、暫定駐留したが、その後はヤマデラの部隊と連携し、元のサドゴ-ルドの状態に戻すように動いた。ヤマデラの大学運営のスタッフもサドゴ-ルドに入り、研究運営を支援し、混乱は早めに収束を迎えた。クサカベは失脚、驚くことに事務のサヤマは全く今回のクサカベらの動きに特別な役割はしていなく黙々と事務対応していたらしい。元々ヤマデラの大学運営スタッフなので復興に向けた協力も円滑なようだ。
結局、バルやフジナミの姿は見つけられなかったが規模的に人を多く扇動できるのはネオくらいなので、ひとまず安心して良いだろう。二人はソウル地区なのか?
ヤマデラでの騒ぎの後、すぐにヤマトとヤマデラ地区が連携して地上ド-ムの建設計画を立ち上げて2年が経った。ヤマデラ地区の地上に地上ド-ムを建設。長期滞在施設を内部に整備し、科学探査、研究開発だけでなく、観光事業としても活用し始めた。
今後は宇宙を目指す研究も地上で進めていく。また、もし宇宙を目ざすならソウル地区と連携する必要がある。これは政治力が鍵になるだろう。加えて宇宙を目指すには植物体形質が必要。サドゴ-ルドでの研究にシロ-達は参加している。シロ-自身はサドゴ-ルドとヤマデラの間に生長していた植物の環境適応について更に解析を進めていた。
また他の研究にも協力している。その協力研究のため、今、シロ-は眠っている。体の細胞は周囲の植物と細胞でつながり、代謝制御を訓練しているのだ。ミヤマ博士はヤマト、ヤマデラの地上ド-ム内の科学研究の最高責任者になった。ヤマトからバルに会いにヤマデラに行こうとしたミヤマはヤマトの管理局に拘束されたのだ。設計図の在処をミヤマが管理局に言わなかったためだ。バル博士のヘアバンド開発についての速達郵便はヤマト地区の上層部が緊急でミヤマ博士に教えを請うたことで間に合ったのだ。この関与によりミヤマ博士は管理局から恩赦申請で無罪となっていた。
ミウは傍らにもうすぐ2歳のシンジを置き、ド-ムの外を見た。「見て、シンジ、本物の星空よ。本物の。あそこに出て行くことになるのかしらね。まあ後はお父さん達に任せて、私達は目の前のことをやりましょう。外には中和剤で撒かれた石灰が飛んでいるのか吹雪のような世界の向こうに星が見えるようになった。白い世界の向こうに。
第3部構想中です。