白い世界 - the white world- 第1部
第1部
地上での接触
地上とつながる上の岩盤から滴り落ちる水滴は、確かに水だが、そのままでは飲めない。炭酸カルシウム、つまり石灰で中和しないと飲めないのだ。今の世界での資源の価値は環境に適応するための必要度で決まる。石灰が貴重資源になるとは。。昔はレアメタルが文字通り希少価値あったが、今や石灰が重要交易対象である。ここヤマト地区は二酸化炭素固定化技術で、石灰使用と二酸化炭素放出のバランスを取れる技術を有し、経済的にも環境的にも折り合いをつけている。
石灰は、私は見たことはないが、昔は学校で使われていたらしい。しかも白い線を引くだけで使用されていたらしい。今では考えられないが。
石灰は無尽蔵にあった。しかし河川、海洋の酸性化が進み、地下に住むハメになった今、地下でも水を得るのにこの白いものに頼っている。
シロ-は学校に通いながら、ヤマト地区の石灰の掘り出し、売買の地域サ-クルに入っている。食いっぱぐれなく学校にも大学まで行ける。大学に行くのは地上の清浄化事業に入るためだ。以前火星の地球化の事業というのがあったらしいが、バカな話だ。今の地上は火星と言うより金星だ。前から備えておくのは酸性社会だったはず。どうでもいいが。
今、大学に入って学び、トレ-ニングしているのは耐酸性バイオ蒸着シートとその強靭化のためである。そして地上に出た時に地上環境からの酸化物から体を守るための備えだ。一昔前にできた自分の細胞からの再生細胞生産と遺伝子編集技術は技術革新を起こし、耐酸性のバイオ蒸着シートにより現在の地上で5分間の自由活動を可能にした。一方で前に10分作業してきた先輩は3ヶ月苦しみ亡くなったそうだ。
「おい、シロ-、行くぞ」カムイに話しかけられ
「おう」と椅子から立ち上がる。
「聞いたか?ハヤト先輩、ダメだったらしい。」
「あ-、聞いた。なんでも変な活動家集団に出くわして時間食ったらしい。」
「変な活動家?環境活動家か?」
「おそらく、その一種なんだろうが、わからんな。人より地球には良いことをするらしい。」
「地球に良いこと?それ言ったら人類滅亡じゃん。」
「いや、そうでもないらしいんだけど。。」
と話しながら二人は部活棟に向かった。
二人は大学の授業の後、大学内の部活棟にある施設で耐酸性シートの調整と対応トレーニングをしているのだ。
部活棟に向かう途中から心地よい音楽が聴こえてきた。
「レナかな?」
オカリナの調べは部活棟の2階の教会堂からだった。長い黒髪のカ-キ色のワンピースの少女が正面のレリーフ台の前に拝むように座って奏でていた。やはりオカリナを吹いているのはレナだった。
「レナ、実はハヤトさんが亡くなった聞いたんだけど。」
と言いにくかったがシロ-が切り出すと、レナは微笑んで
「兄さんは死んでないわ。でも捕虜になったみたいね。実際には捕虜のフリしているだけのような気がするけど。」
「?」
「なんか環境活動家と出くわしたって聞いて、それは兄さんにとってはむしろチャンスだったのでは?と思ったの。わからないけど…。ただ地上で行方不明になったからって即死亡と言うのはないわ。誰も兄さんが危害を加えられたのを見てないみたいなの。ねえ、ネオア-スって知ってる?」レナは傍らにオカリナを置きながらも撫でるように触り続けている。
「今、楽器と言えば、地下に伸びた大樹の根元から作るこのようなものばかりだけど、こういうものって、より人を自然に回帰させるような気分にさせると思わない?」
シロ-、カムイが黙っていると、「人は自然と共生できるように生きてきたとも言えるし、自然を制御できるように歯向かってきた面もあるでしょう?その長年の歪みが今の状況を生んだ。人類の人口増加にも合わせてきた。でも今の人口は世界で1億もいない。この状態を維持するというのがネオア-スの考え。」
「維持と言うのが、本当に今のままと言うのは困るけど。」
レナは頷きながら立ち上がり、
「そうよね。やはり、より快適に、安全に、を望むわよね」
「兄さんは試してみたい、と言っていたの。ヒトは前に進む何かが必要。ネオア-スに、それがあるのか?画像か何かでただ洗脳みたいなことして夢見心地にさせてわがまましているだけじゃないのかどうか」
シロ-には、あまり夢見る趣味はないが、オカリナの音色はそのような気分にさせられる。そしてそんな心地良さは前向きな気持ちにさせてくれる。とりあえず明日までは頑張ろうと、そんな気に。
カムイは「地上に出たら、夢見るどころか、5分のカウントダウンと、何か貴重なものが落ちてないか、くらいしか考えてない。こんな生活が孫の世代まで続くなんて、ぞっとするとはそのネオア-スの方々は考えないのか?」
「確かにね。兄が試しに組織潜入みたいに入ったとしても動機はやはり現状維持とか組織の理念うんぬんでなく、何かいい話がないか、と思ってのことだろうしね。」
レナはオカリナを拾うと教室の後ろから手を振る友達に手を振りかえした。
「ミウ達が来たから行くわ。二人はこれから潜り?」
潜りとは地上に出ることなのだが、シロ-はクビを横に振って、「いや、これからトレ-ニングで、明日の朝に潜りだ。」
「そう、気をつけてね。もしかすると武器を持たせられるかもしれないから。」
レナは大学に通いながら、ヤマト地域管理機構の総務部に勤めている。管理機構には総務や人事の他に管理局があり、その中に潜航管理部、地上調査部、警備部、技術系の部門として生物医学関連の研究開発部門、環境関連の安全管理部門、警備保護管理部門がある。総務部には管理部門から状況情報が逐一入るので、今の世の中の動きには敏感になる。
「ありがとう、気をつけるよ。」
二人はまだ潜りの研修1週が過ぎたところである。レナには話さなかったが、今日から更にトレ-ニングの段階が上がり、特例であるがグループ潜航に同行することになっている。それぞれ自分の細胞を使用した耐酸性バイオ蒸着シ-トは薄い保護スーツの下に体に密着させて着るが蒸着シートだけでも潜航服としては機能する。二人は潜航スキンコ-ドがレベル5になるとのこと。レベルは6段階になっている。4以上が地上で5分の滞在が可能なレベルになる。レベル3以下は潜航といっても調査は出来ない。レベル4はグル-プ行動、レベル5はバディ行動が許される。レベル6になれば単独行動ができる。それらはまずはバイオ蒸着シ-トとの相性で決まる。シロ-は最短の1週間でレベル5になった。うまくいくと来週にはレベル6だ。このようなケ-スはまれで通常レベル5には1ヶ月、レベル6はかなりまちまちで、3ヶ月から半年間はかかり、結局なれない人もいる。バイオ蒸着シ-トには太古の地球環境に耐えたシアノバクテリアの性質が入っていて、これが耐酸性をも生み出す。しかし、一方で石灰化を起こす。この石灰化が遅い人ほど長く潜航できる。戻ったら、石灰化を助長し洗い流すことでコ-トを脱ぎ、石灰は中和反応活動に再利用される。うまくできたシステムだ。
潜航管理部のトレ-ニング管理室に行く。グループ内でも安全確認のためバディが組まれる。カムイとバディを組むのかと思ったら、見知らぬ奴がいた。
「君がシロ-君?僕がバディのハヤシだ。こちらはリュウ、よろしく。」
シロ-は少し慌てながら
「よろしくお願いします」
と挨拶、考えてみれば、新人2人でバディを組むことは普通はないのだろう。有事の際の対応が何もできないのではどうしようもない。
「君らは1週間組みか?二人してとは珍しい。
レベル5で急にすることが変わる訳ではないが、巡視中、周囲を見ることにより注意するように。」
「はい」二人は同時に答えて、蒸着ル-ムに入った。自分のバイオシ-トを蒸着、そしてその上に保護ス-ツを着る。保護スーツはあくまで身内認識のためで、この地区はマリンブルーのス-ツになる。番号も振られ、シロ-は24、カムイは25, ハヤシは34、リュウは37だ。最後に目の保護のゴ-グル、シュ-ズを履く。地上への出入りは大きなブナの洞を改変したゲ-トを通じて行う。
地上に出ると、いつものことだが、気温を感じる、湿気もまあまあ、二酸化炭素の濃度は人には少し苦しいが、植物は適応しているのは周囲を見ればわかる。雨は降っていない。しかし、温暖化の影響か、いつも曇っている。太陽光は遮られているが、植物はある程度の光で生命維持には利用できているのだろうか。
少なくとも大型動物はいないと思うが、野犬くらいの生き物はいるかもしれず、いきなり襲われると避けきれないかもしれない。物陰に注意しながら進む。
何故このような巡視をするのかは、管轄領域の確認とかさまざまな意味合いはあるが、一番重要なのは生物種の変化、観察である。地上に適応する可能性を常に探るため、区画化したフィールド内の主に植生についてを見ている。
このような地上に耐えるバイオ蒸着シ-トに使用する細胞であるが、耐性遺伝子を単に入れればいいとかいうとそうでもないらしい。細胞側の適応の問題で、実際細胞を育てて生存に耐えたものを選択して使える細胞を増やすらしい。かなりの個人差がここで現れてシ-ト作成に適さない人も結局いるようだ。他の人の細胞由来のものを着用することも可能だが、それも適合性による。シロ-はこれまでも潜りをしているが、今日のフィールドは雰囲気が少し違う。この程度のところは4-6人で見るのが普通だと思うが、周囲には他にも10人くらいいる。これはハヤトさんが襲われた、おそらく拉致された?ことと関連するのか?訓練といえども潜航の機会は貴重なので調査記録はとり、地上調査部に提出する。記録は紙とえんぴつだ。結局これが一番長持ちするやり方なのだ。記載していると皆が北側のけやきの木の方向を見上げているのに気づいた。木の上に2人の人、服装が我々と明らかに違う、緑のス-ツ?
いや皮膚が緑なのか?口笛が鳴ったかと思った瞬間、背中側の建物の上からネットが落ちてきた。
「うわっ?」その上ネットの外から両腕を縛られて、そのまま捕虜みたいな状態にされてしまった。
「何するんだ!」カムイが大声で抵抗するが、リ-ダ-格のように見える背の高い奴からは
「黙って着いて来い。5分以上かかっても知らんぞ」と脅され、強引に引っ張られて走るように連れて行かれる。ちくしょう、時間制限もあるこの状況だと最早従うしかない。
その見知らぬ連中に先導されついていくと、横穴から入る彼らの住居らしいところに辿り着いた。更に奥に入ると、そこは鍾乳洞になっていた。そして、急に明るいスペースに出た。そこでは壁中が何やら光っていた。
「驚いたかい?これは光ゴケっていうんだ。」先導者の中心にいた奴が話しかけてくる。
初めて見るが地上にはシロ-の知らないことばかりなので、美しさを愛でるより頭の中に記録しなくちゃと言う気持ちが強かった。
「我々はネオア-ス、聞いたことがあるかもしれないが、我々はこの地上世界とそのまま共生していくことを望んでいる。我々の言う共生とは、植物との同化、共生だ。」
「ミトコンドリアのようになるのか?」
シロ-は基礎生物学で学んだ細胞の構造を思い出していた。ミトコンドリアは今や細胞の生命維持に不可欠な細胞内器官だが太古に細菌が入り込んで共生状態になったとされている。
「悪くない例えだ。実際には葉緑体を我々に共生させる。技術的にはほぼ完成しているが、あまり適応者がいない。」
なるほど、葉緑体もそもそもミトコンドリアのように植物細胞に入り共生状態になったとされるがそれを我々にするのか?
「適合しないとどうなる?」
「いい質問だ。具体的には葉緑体とそりが合わないのか細胞が壊死してしまうことが多いかな。ただバイオシ-トレベルだが。」
シロ-はしばらく辺りを眺めていたが、ふと隅の方をみると、多くの小部屋が洞窟内に作られているのに気づいた。
もしかしてあれは牢獄か?
シロ-の視線に気づいたのかそのリ-ダ-のような男はシロ-に向けて話し出した。
「気がついたかい?あれは簡単な住居だが牢獄としても使える。中はそんなに悪くないぜ。光ゴケもあるから暗くないし。しばらく過ごすといい。」
そう話し終わるとアゴで後ろの奴に合図が出て、そいつらに僕らはその悪くない牢獄に放り込まれた。
中にはシャワー室もあり、外からあいつが言うには
「ス-ツを脱いで、バイオシ-トを流すといい。着替えも置いてあるだろう。」
確かに洗い流したいが、それをしたら、ここから抜け出すにはあいつらに従わないといけなくなる。まあしょうがないか。いずれにせよ、ここから数分以内で、帰れるとも思えないしな。
どのくらい寝ただろう。まあ暇なのでいろいろ考えごとは出来た。洞窟内の構造などメモしたりもできた。おそらく3日目くらいになるのか。ぼ-っとしていると突如、皆が部屋から出されて研究室のような部屋に連れて行かれた。そこには頭を剃って坊主にし、アイパッチを右目にした白衣の初老の男がいて
「君らが洗い流したシ-トから一部細胞を再生して、またス-ツを作製した。24番、君、名前は?」と切り出した。なるほど、シ-トを洗わせたのはサンプル採取のためか、シロ-は多少苛つきを覚えながら、
「シロ-だ。あんたは?」と答えると、
「私はドクターバル、科学の他は酒飲んでるだけだ。なのでバル、居酒屋ってこと。」
ドクターバルは面白そうに笑っだが、シロ-は笑ってなかった。
「君の細胞は、これまで私が扱ってきた中で一番再生力があった。耐性もすでにだいぶあるようだ。そこに私が施術したことで、君がどうなるか、だな。私は楽しみでしょうがない。いつでもいいから蒸着してみてくれ。家に帰ってもいいぞ。他の君らもだ。バイオ蒸着シ-トは用意した。ただ帰途は全て観察させてもらうがな」
ドクターバルとの話の夜、シロ-は寝付けないでいた。そして寝床で少しまどろんでいると、何処からかオカリナの音色がしてきた。レナ?
何を寝ぼけているんだ俺は。ここにレナがいるはずはない。次の日、シロ-達はバルにシ-トの蒸着を申し出た。装着してみると、それは前と違って薄い緑色のシ-トになっていた。上に着る保護ス-ツはないようたがどうにかなるだろう。
シロ-はまず目隠しをされ、洞窟から出た。しばらく歩いてから目隠しを外され、ついて来た連中はシロ-らを見送る形となった。そしてその後はバルに渡された地図を頼りに歩いた。あいつらとしては自分らの場所が特定される地図など渡すはずはないが、シロ-は連れてこられた道を感覚でなぞり直して思い浮かべながら、目隠しされた区間を想像しようとしたが難しかった。2分もするとバルの観察者たる連中が追い回してくるような気配を感じた。速く走ると肺に良くないらしいが、走らない訳にもいかず、徐々に早歩きになり、速さも増した。口内浄化フィルターは入れて1年は保つものであり、今回の潜航で変えたばかりでもあったのでなんとかなるだろう。実際バルが施したシ-トは口内にも入り込み、口内粘膜も保護している。しかし、シュ-ズがないため、足が痛いと思っていたら、慣れたのか痛くなくなってきた。ふと足元をみると、違う!足の周りが変わってきていたのだ。まるで木靴を履いて走っているみたいに。驚いていたところ、顔に水滴を感じた。
まずい、雨が降り始めた。塩酸の痛さを感じる。やばい、これは入り口まで保つかどうか、と思っていたら感じなくなってきた。体が木のように硬くなってきたのだ。
「何だ!?」
バルの観察隊はメンバーのゴ-グルに入っているカメラモニターで、ドクターに記録を送っていた。
ドクターバルはそれを眺めて驚きと喜びの混じった表情で
「素晴らしい。仮説通りだ。」と呟いた。
観察隊も雨での腐食を避けるため木のムロや、岩場の陰に入った。シロ-らは走り続ける。何故かもう追手は来ない。
体は木目で覆われているが、一体化しているからなのか違和感は無い。何故か、出てきた木のムロの方向を感じる。自分の方向への感覚の鋭さだろうか?他の皆もシロ-に付いてきて、シロ-の誘導で時間のロスを最小にできたため、何とか酷い酸化障害になる前のギリギリのタイミングでたどり着いた。
出入り口のムロまで辿り着き、シロ-は自身の体を見る。驚いたことに蒸着シ-トの上の層として木目組織が出来ていた。剥がすこともできた。基盤ね蒸着シ-トは全く綺麗な様相を維持していた。管理部に続く通路中に入り、管理部組織に連絡、下に降りる許可をもらうのに苦労する。まあ当たり前のことだ。何日も潜航したものは、死ぬか、拉致されているかだ。拉致された者が簡単に帰れるとも思われない。他のメンバーは表面損傷が結構あり、シロ-の他は全員入院した。担架上のカムイとは軽く握手して別れた。
潜航管理部長、地上調査部長から詰問された後、蒸着シ-トの説明をすると、警備部長が呼び出され、即、許可、シ-ト洗浄室に通された。しかし、通常のやり方で石灰化がシ-トに起こらず、変化しなかった。
「脱げないのか?まあ大丈夫だろう。ただ洗浄で石灰化をほぼしないので、こすってそのまま洗い流せ。」
排水から細胞が回収され、分析された。シロ-は簡易検査の結果を研究開発部門で聞けることになった。部門長のミヤマ博士が言うには
「君の細胞はシ-ト形成どころか、自己組織化もするらしい。ただ指示を出せる君の存在が必要だ。更に木化ができる特殊性質が組み込まれているようだ。まあ詳細分析しないとわからないこともある。」
「?」
「これが出来る奴は私は一人しか知らない。」
「ドクターバル。」シロ-は呟くようにその名前を発した。
「やはりそうか、会ったか?」
「はい、雄弁に話されましたよ。僕はモルモットらしい。しかし、俺の回収細胞をここまで短期間で変えるのはすごいですね」
「驚いたよ。私が知る限り培養細胞レベルの木化は出来ていたが、シ-ト細胞で、自己組織化できるとは。いや、彼ならやれるかな。君にとっては好都合な改良がされたものだ。自分の意思での木化の形成には少し時間はかかると思うが、慣れれば好きな時に自分の手を木刀にもできる。橋や吊り紐を手を伸ばして作ることもできる。」
ミヤマ博士によると、ドクターバルは元々植物学者で耐性植物に関わる遺伝子を網羅的に見て、再構成することを試みていた。おそらくその起動に関わるセットを見出すとともに、シ-トの強化、植物共生の結果も得たのだろうとのことだった。
「君の細胞はただでさえ耐性能力が強く、適応性も抜群だ。少し厄介なのは今や君の細胞は彼も手にしていることだ。今のところ一番適合するのは君の細胞のようだが、近い性質の人にもある程度は根付くだろう。まあ自己組織化は誰にでもできるものではないだろうが。」
ミヤマ博士は、その後少し言葉を切ると、次の言葉を選んでいるようなそぶりで
「シロ-君、ところで地上でレナに会ったりしなかったかい。」
「え、レナが?どうしてですか?」
実はミヤマ博士はレナの父、つまりハヤトの父でもある。
「ハヤトがいなくなり、その後、兄を探すと言っていたのだが、突如誰もレナを見かけなくなった。」
「それでもドクターバルのところにはいないでしょう。そもそも女性はシ-ト作製しないですし。」
「その代わり、動きづらいが防護服がある。実際、最近1着無くなっているらしい。バルとは言わば家族ぐるみの付き合いだったので小さい頃子供達も会ったりしているのだ。」
「でも無理がありますよ。」
「まあそうかもしれないな。いや、変なこと聞いて悪かった。まずはゆっくり休んでくれたまえ。」
細胞の分析は進めてくれるようだ。ドクターバルの使った技術も早晩わかるだろう。しかし、レナが行方不明とは。ミヤマ博士には話さなかったがあの夜に聞いたオカリナは、、まさかな。
その後シロ-は3日間の観察休暇となった。健康観察もあるが、思想的なことも監視されているような気もする。
戻って3日の休暇はあっという間に過ぎた。カムイはどうしているだろうか?今日は大学に顔出してから管理局に行くことにして、大学に行き授業の後に部活棟に行ってみるとミウがいた。ミウもレナと同じく昔からの幼馴染である。
「おい、ミウ!」
ミウはこちらに気づくと満面の笑みで近づいてきた。
「シロ-、無事で良かった。本当に心配したのよ。」少し涙ぐみながらも笑ってくれるミウはかわいい。
「ありがとう、でもカムイは入院した。まあ軽い損傷なので心配ないだろうけど。それよりレナが行方不明になったって本当か?」
ミウは急にうつむくと、
「そうみたい、、。地上に行ったなんて噂もあるけど。よくわからないわ。」
「最後に会ったのは?」
「1週間くらい前よ。ほら、あなた達もいた時。あの後、レナと私はオカリナとフル-トで合奏練習して、その後別れて。次の日から部活棟に現れなくて。ここでは2日も居場所分からなければ行方不明だわ。行く場所、現れる場所は限られているし。」
その通りだ。3日以上の消息不明はあり得ない。
「心配?」とミウが不安そうに聞くと、
「ああ、でもミウがいなくなった場合よりは
、何となく大丈夫な気はするな。」
「何それ!私がだいぶ頼りないみたいじゃない。」
「いや、ミウはちゃんとしているから何かあればやる前に相談してくれるだろう?」
「あ、そうね、そうかも。」
「レナは何しでかすか分からない。世の中ひっくり返るようなことにでもならなきゃいいと思うけど。自分自身変なことに巻き込まれつつある感じだし。」
ミウは手を掴んできて、「大丈夫よ、シロ-は。何かあるとすれば、シロ-にしかできないからそうなってる。そう思って!」
「ありがとう、少しホッとしたよ」
ミウは微笑んで、
「でもどんな状況にしろ、戻ってくれてうれしいわ。なんか蒸着シ-トをいじられたらしいわね。まさか、戦争になったりしないわよね?」
「わからないけど、過激なことはある程度はするけど、一線は超えない相手だと思う。何か、影響が別なことから出てこなければね」
「影響が別なことから?」
「ああ、よくあるだろう、人間同士のケンカでも。じゃれ合いが、第3者が現れて、そそのかされて。女性絡みだと特に。」
「呆れたわ。そんな例なんて、でも何となくわかる。」
「さて、じゃあちょっとミヤマ博士に会いに行ってくる。」
ミウは手を振りながら「気をつけて」とシロ-を見送ってくれた。
管理局の側に来ると、地上調査部の職員に呼び止められ、会議室に連れて行かれた。
そこに管理局の首脳陣が一堂に会しているのに驚いたが、一番隅には座している人の服は警察じゃあないか?
潜航管理部長から説明がされた。
「シロ-君、急にすまない。実はドクターバルから連絡と言うか、脅迫メッセージが来てね。相手の懐にいた経験もある君の意見も聞きたくて来てもらった。」
脅迫は画像メ-ルで送られて来ていた。
画面にはドクターバルが映る。
「賢明なる管理局の諸君、ミヤマ博士、私からのプレゼントは見てくれたことと思う。蒸着シ-トのことだよ。シロ-青年の蒸着シ-トは素晴らしかったろう。シロ-青年だけでなく、もっと多くの青年達の細胞がどうなっているか、その情報を提供してもらいたい。私の技術でもっと優れた蒸着シ-トを作ってあげよう。」
この人は頭いいのかもしれないが、個人情報とか、人への配慮は全く無いのか?俺自身、勝手には体いじられたようで気分悪いのに。
潜航管理部長は、困り顔で
「シロ-君、断った場合には、バルはどのように振る舞ってくるだろうか?何か意見はあるかね?」と聞いてくる。
俺に聞かれても困るが、
「あくまで私見ですが、あまり過激なことはしない印象をもっています。ただ先程の要求メ-ルも上から目線で話してました。こちらが下手に出ている間は大丈夫な感じです。ただ逆らえば、、子供のような人物のようですし。」
「うむ、そうだろうな。一方で彼の技術も大したものだ。ここはむやみに挑発することなく、共同して研究開発を進めていくことにしてwin winを考えるとするか?」
ここでミヤマ博士が手を挙げ、立ち上がった。
「共同研究を彼と行うのは適切でありません。研究をしていく上では、まず細胞は個人に結びついていて、現在の技術では、その人個人を売るに近いことになる。そこのシロ-君の例も非常に危険な例です。私が恐れているのは…」
ミヤマ博士は言葉を切り、少し考え込む様になり黙ってしまった。
「何だね、はっきり言いたまえ。」
ここで警察服のやつが詰め寄る。
「ドクターバルが考えているのは、ヒトの強化、彼は人為的進化ドクターと呼んでいたが、それによる、人類の差し替え、入れ替えです。より適した人の細胞、組織から、人一人作製すること、それが進むことになるでしょう。法的な整備があっても、現状況では相手方には何の拘束的意味もない。」
「バルとはそんな奴なのか。」警察の奴も少し考え込む。
「かつては、そんな奴ではなかったんですが。」ミヤマ博士は渋い顔だ。
シロ-はミヤマ博士のドクターバルについての話を聞いて、一体全体なんなんだ?と呆然とした。人類の今の状態への責任はどこにあるのだ。
そもそものことを、シロ-は学校で習っていた。こんな世界になったことについて。始まりはそれは単なる化学プラントの爆発だったのだが、おそらく場所が悪かったのだろう、複合爆発も連鎖的に起こり、さらに、地球気候の異常が噛み合ってしまい、急激に温暖化が進み、強力な酸性雨の拡散が起こった。これへの対応は後手後手で、地上の壊滅が進むのが速く、戦争に備えたシェルターが大活躍と言う事態になった。。運が少しあったのは核融合発電が実用化された矢先の頃で、ギリギリ地下での生活安定に間に合ったのだ。地下での植物生態、農業を可能にする光管理も行えた。しかし、今でも何故最初の爆発が起こったかは今だに検証されていない。単なる事故だったのか?犯人探しどころではなかったのだ。それはわかる。もう1世紀以上も前の話だ。地下で支えられる人口は限られるため、大きな戦争こそ起きなかったが、世界人口は急激に減少した。核シェルターは無くても、地下鉄などの区域、ビル地下を融合させた都市建設を行えたところが残った。ここ近傍の区域以外は繋がりがなく確認はできないが、世界的には洞窟なども結構使われているのだと思う。皆、生き延びるため近場の開発を行うことで精一杯だったようだ。実際、昔は簡単に地球の裏側まで連絡できたらしいが、この酸性世界では電子通信網は使えず、近隣の地区との郵便連絡が中心だ。人類はまず協調して生存を模索すべきだと思う。俺の細胞が有用なら皆で活かすのもいいだろう。しかし、ミヤマ博士の話を聞いて、バルへの怒りが増して来た。人を道具のように扱いやがって。
「やはり取り返すしかないな。」
シロ-は会議で、バルへの返事は検討中として先延ばしにする決定を聞き、解散した後、ミヤマ博士の後を追った。
「博士!」
ミヤマは振り返ると少し笑みを浮かべ、「極めて古き官僚的な結論だったね。」
と言うとシロ-と肩を並べて歩き出した。
シロ-は「先ほどの話ですが、細胞、組織を使用して良からぬことをやはりバルはやるでしょうか?」ミヤマは苦笑いして
「さっきの話は済まなかった。君をダシにしてしまい反省している。だが警鐘を鳴らす必要があったんだ。バルも優秀とはいえ、いろいろ実行するには時間がかかる。早いうちに、止めないと。」
「私の細胞、組織を悪用させないようにしたいですが。」
「相手の場所を知っているのは君だけだしなあ。
おそらくまた君も呼ばれるだろう。管理局は君の協力は大歓迎だろうから。でも無茶するなよ。」
「でも具体的に何をすれば良いのでしょうか。」
ミヤマは少し迷った表情をすると
「ついてきたまえ」
ミヤマはシロ-を自分の部屋に案内した。
「君は何故か感覚的に我々の地上へのゲ-トのムロに帰って来れたと言ったね。」
シロ-が頷くと、
「おそらく君の細胞に導入された木化させる性質からの副作用だろうが、木の匂いというか気配を感じることができるのだろう。」
「木の気配…」
「逆に、彼らの居場所も感じられるかもしれん。」
「確かに戻る時は、どこからかの呼びかけに応じている感覚でした。木か、植物からの何かしらの信号を感じるのかもしれません。でも連れて行かれた場所付近には目立った木はなかったし、こちらから感じられるものがあるかどうか。」
「何かなかったかね。特徴的な植物なら感じる可能性もある。」
「そう言えば、光るコケがたくさん生えてました。」
「光ゴケか、なるほどいい手がかりだな。」
シロ-はミヤマ博士の部屋をでて管理局の外に出た。建物を背に歩きながら、シロ-はミヤマとのやりとりを思い返していた。
「ところで、レナは帰って来てませんか?」と別れ際にミヤマに聞くと淋しげな表情で首を横に振るだけだった。
結局レナはどこにいるのだろう?バルのところにいると決まった訳じゃないが探してみる価値はある。自分の細胞を取り返すためにも一度行くしかないか。シロ-は自宅に戻り、バルに解放された時に渡された地図を見直して、少し広がりを持たせた新たな地図を記憶に頼り作ってから眠りについた。
数日後にミヤマ博士に呼び出され、対応策を提示された。
「バルの用いた手法に準じて、君のシ-ト細胞に光ゴケの順応遺伝子体を入れたいと思う。」
「光ゴケ?」
「遺伝子体は昔の遺伝子導入に使用された方法の改変型で、脳からの神経パルスで表現型発現を可能にした。実はこの開発はバルと私が一緒に行っていたものだ。ただ成功する条件が良くわかっていない。君の話を聞いて、細胞自体の性質によっていて、シロ-君のは適合したのだと推測している。バルが君に目をつけて、観察していたのもそのためだろう。おそらく正解だと思うので、出来れば君の承認をもらい行いたい。」
「もちろんお願いします。」
「ただ考えてみると可能性として気配を感じるのは相手が木の場合だけではないかもしれない」とミヤマ博士は言う。
「似たような措置をしたシ-トを蒸着したもの同士でも共鳴、感じる可能性がある。注意しろよ。」
管理局を出るとミウが待っていた。
「シロ-、病院からカムイがいなくなったって。」この話を聞いてもシロ-は意外と冷静だった。
「やはりな。どうもそんな気がしてはいたんだ。」
「何か知ってたの?」
「向こうに捕まっていた時、いつも短期なあいつが全くおとなしかったんだよ。あんなことあり得ない。」
ミウは笑いながら、「さすがなのか何なのか。友達だからこそ感じるんでしょうね。
でも意外と周辺にネオア-スの手が及んでいるのかしら。」
「警戒は必要かもしれないが、きちんと対峙する時が来るかもな。まあ、しばらくは静観かな。」
ミヤマ博士と会った2週間後、再び博士に呼ばれて行くと改変シ-トができたとのこと。
「まだ試作と言っていい段階だが、機能を確かめてもらいたい。」バルが作ったシ-トより、見た目さらに緑がかっていた。
シロ-は蒸着してから保護ス-ツを着て、管理局の建物の裏手に広がる訓練用フィールドに出た。蒸着してみて特に違和感はないが、いろいろな情報が感覚として入ってくるのが増したような気がする。上に保護ス-ツを着ていても充分感じる。温度、風、さまざまな気配。ス-ツを着たまま、手の木化を試みる。みるみる手が茶色になる。そして、試そうと考えていたことを実行してみる。手の伸張、正確に言うならムチのように伸ばせるか。シロ-はゆっくり歩き出し、加速して走りながら手を前方に延ばし、心の中で唱える、「伸びろ-」。右手の奥の杉の木に向かって茶色のムチの手が伸びた。枝を掴むとシロ-は前方に跳躍、そして、50メ-トルくらい先に着地した。
「できたぞ。これは使える。」シロ-はつぶやいた。でも出来たつるは次の段階では取り外して手放さないと邪魔になる。
「少し面倒だがしょうがない。」
更にわかったことだが、つるを伸ばすと更に周囲の気配を感じることが増した。ある意味レ-ダ-のように木化したムチが働くのかもしれない。更にミヤマ博士に事前に置いてもらった管理局の建物内の光ゴケの光も感じることができた。良し、これならバルの根城もわかるかもしれない。
シロ-は管理局の建物に向けて歩き出したが、何か後ろから来る気配を感じ横に倒れながら受け身をとると、自分のいた場所を抜けて管理局ビルに矢が刺さった。
「何?」咄嗟に岩陰に隠れると周囲を見た。
かなり先だが人影が見えた。あの場所から狙えるのか?シロ-は何故か弓を引くカムイを思い出した。奴なら出来る?でも何故そんなこと考える?
シロ-は気配を追ったがすぐに消えた。ミヤマ博士のところに戻ると使えそうなので明日潜航して試したいことを伝え、管理局に許可をもらって欲しいと頼んだ。矢のことは黙っていた。
次の日、地上時間の昼くらいに潜航をすることになった。申請してみると、単独行動に必要なレベル6であることを知らされた。前回の潜航から2週間以上が経ち、細胞活性も安定、そして経験も考慮されたらしくあっさり潜航許可は取得出来たのだ。
単独は気が楽だが、危険対応ができるか少々緊張する。地上に上がってみると前の潜航時と同じくらい薄暗い。変わった動的な気配は周辺にはない。まずは方向だが、シロ- は真上に手を伸ばし、アンテナをイメージして枝のようにムチの手を伸ばした。「感じる、光ゴケの光リズム、同調している範囲の広がり、間違いない、あっちだ。」
シロ-は枝部分の手を落とし、その方角へ歩み始めた。
推測した場所のそばまで来ると明らかに以前に見た景色と同じなのがわかってくる。洞窟のそばまで来るとさすがに警戒心は増すが予想と違って人の気配が全くない。「何だ?いなくなったかな?」シロ-はとにかく中に入り、様子を見た。どこに行った?洞窟の中にやはりあった牢獄にも誰もいない。更に奥に行き、研究室らしき場所だったところを見た。しかし、何もなかった。こんなことあるか。全くなんでこんな状態に数週間で変わるのだ?様子からすると引き払われた直後にみえる。
「こうなると、俺自身の細胞を感じて見るしかないな。」
シロ-は外に出ようとしたが「何?」周囲に気配が急にいっぱい?しかも、この気配は、俺?まずい。シロ-は後ずさりした。そして、これは、もしかすると。こいつら俺のシ-トを蒸着したな、さっきまで気配無かったのは、どうしていた?近くなのに感じる気配は弱い?何か上に着ているのか?シロ-は細胞が露出している時と木化している時で気配の感じ方が違っていたことを思い出していた。シロ-は落ち着いて分析し始めている自分に驚きもしたが、それ以上に頭は別の事にフル回転になった。「見てろよ。それなら、こちらも」シロ-は洞窟の中に入って行き、反対側の出口を探した。果たして、それはあった。外の様子に気配は無い。すぐにこちらに来ると思うが少し間はある。シロ- は少し先に見える林に入り込み、その内の1本に登ると体を木化させ張り付いた。しばらくすると、多くの気配が集まって来た。8人くらいか?さっきはもっといたと思うので、向こう側の見張りについたか?シロ-は来た連中を見ていたが、何人かの体形、動きに見覚えがあるような気がした。信じたくないが、カムイだな。ハヤトさんに似た人もいる。そして、?、女性の声?女?「まさかレナか?」しかし、女性を潜航させる例は聞いたことがないし、耐性シ-トに女性の細胞は合わないとも聞いている。しかし、あれは、、しかも、蒸着しているのは間違いなく俺の細胞シ-トだ。どういうことだ?バルは性差を超える手法も開発したのか。
シロ-は、元の自分の細胞を取り戻すことをこれまで考えてきていたが、ここまで量産されていたら、元を取り戻しても意味がない。また、これだけ元の細胞から分裂させていたら細胞の老化も著しいはず。むしろ危険なのは自分自身が囚われ、細胞の供給源になることかな。それでこんな風に俺をしきりに追っているのかもしれない。シロ-はこれは方針を変えなくてはならない、と思い始めた。まずはこいつらがいなくなってからだな。
何やら彼らは話しをして、歩いて洞窟の表側に歩いて行った。また気配消されると厄介なので、シロ-は捕まっている木の枝に沿って手を木化させ伸ばして、アンテナにし、気配をだいぶ遠くまでトレ-スした。表側の見張りの仲間の気配を含めて、皆が去るのを待った。気配が消えたところで手からアンテナ部分を外して、木から下り、帰途に着いた。
戻るとすぐにミヤマ博士に報告と思ったが、また例によって管理局に呼び止められ会議となった。
「どうだったかね?何か収穫は?」
潜航管理部長は前のめり気味に聞いてきたが、シロ-が連れて行かれた場所がもぬけの殻だったことを聞くとがっかりしたようだった。
「彼らは部隊を作ったようです。追跡されましたが巻きました。」この話に地上調査部長は、ひどく動揺した。
「すでにそんなことをしているのか。こちらも備えを急ぎましょう。潜航経験者の蒸着シ-トのバ-ジョンアップを進めて下さい、ミヤマ博士。」ミヤマは頷き、席を外した。
その後すぐに会議も終わったので、ミヤマ博士の部屋にシロ-は向かった。
博士には、相手の部隊は自分の細胞の蒸着シ-トを着けていたらしいこと、気配を消す技を見せられ、自分もやってみてうまくいったことなどを話した。シロ-の咄嗟の判断、対応には感心したようだった。シロ-は部隊のメンバーに知っている連中がいるらしいことは話すのを控えた。確証があるわけでないし、疑心暗鬼が生じると混乱すると考えたのだ。
潜航してから数週間が過ぎたが、ミヤマ博士は潜航経験者のシ-トの改変に追われているようだった。シロ-の細胞のような木化が他で生じるかわからないので、シロ-の蒸着シ-トでの訓練をバルの脅迫の後から始めていると言っていた。その過程でシ-トは近距離で近づかせると表面色、温度が微少だが変わるらしいとのことだった。俺が遠距離で探知できる超感覚の理由とは少し違うのか。遠距離でどのくらい感じるのかは俺しかわからない。これは俺のアドバンテージになる。
シロ-は、ミヤマ博士の話に少し違和感を感じていた。俺の今回の報告を聞いてからなら分かるが、すでに進めているとは。あいつらが俺を感じたり、上に何かを着込むことで探知を多少防ぐことは大量生産をするバル達は知ったのだろう。機密なのかもしれないがミヤマ博士はどのくらいそれを事前に知っていたのだろう?だが、ミヤマ博士まで疑い出すと切りがない。でもある程度は用心した方がいい。何と言ってもミヤマ博士の家族、ハヤトもレナも相手の部隊メンバーのようなのだから。
「これからは潜航はレベル6でも単独潜航は禁止。2人でも危ないので。3-4人でパトロールの形で行うそうだ。ボ-ガンの武装もする。」ミヤマ博士はシロ-に幹部会議の結果を知らせる。
「物騒ですが、しょうがないですね。」
「まあそのうちあちらと協議でもして落としどころをみつけるんだろうね。」
シロ-は自分の蒸着シ-トが気になったので
「私が次に着られるシ-トはいつ頃できますか?」
「いつでも大丈夫だ。言っただろう。君の蒸着シ-トは他の人も身につけて練習する。すでに量も揃いつつある。ただ前回の潜航で着て地上に出た光ゴケの感知を入れた最新版のはあと3日はかかる。」
光ゴケ探知が今後役立つかわからないが、機能はいろいろあった方がいいかもしれない。シロ-は帰り道でも、相手の部隊の姿を思い出していた。カムイ、ハヤトは裏切ったのか?そしてあれはレナだったのか?
自分の宿舎に着くと、入り口のロビーにミウがいた。「この間潜航してきたあと会ってなかったから。元気そうで良かったわ。」ミウはシロ-に体を寄せて抱きついた。シロ-は抱きしめ返しながら
「ミウ、よくわからなくなってきた。カムイもハヤトも相手側にいるとは思っていたが、レナも。」
「えっ?」
「確証はないけど。」
ミウはシロ-をじっと見ると、
「シロ-、ちょっと時間ある?」
「?」
「少し散歩しない?」
ミウが早足で歩き出したので、シロ-は追いかけて並んで歩き始めた。
「シロ-、おそらくカムイとハヤトは向こうについたと言うのはそうなんだと思う。二人の日頃の話からも当然の成り行きでしょう。でもレナは違うわ。」
「どうして分かる?」
「私が一緒にいるから」
「何だって?」
ミウの住んでいる大学職員用宿舎に近づくとレナが立っていた。
「レナ?今までどこに?」
「いつの時代も大学と言うところは自由を求める若者の味方よ。」
「そうか、大学構内なら、目立たない場所はたくさんあるな。お前、地上には行ってないか?」
「私が?女性の私が?」
シロ-は少しほっとして、傍らベンチに座った。
「そうか、そうだよな。お前じゃないのか。」
「私じゃないって?」
シロ-は相手の部隊によく似た女性のような部隊員を見たことを話した。
「あと、最初に拉致された時、相手の根城でオカリナの音色を聞いたんだ。」
「オカリナ、そう。」
レナは真っ青になっていた。
「どうしたの?」
ミウが心配して聞くと
「そのオカリナは、私の分身かもしれないの。」
「分身?」ミウは戸惑いながらレナの肩を抱いた。
ミウはレナを落ち着かせるように、宿舎の入り口のベンチのシロ-の横に座らせた。レナは黙ったままなので、シロ-は静かな声で「分身というのは?」
レナは言う。「私は物心がついた頃は、私とよく似た友達と遊んでいた記憶があるの。でもしばらくして、その子はいなくなり、周りの人に聞いてもそんな子はいないと言うことだけで。私も小さかったし、あれは誰だったんだろうって思うくらいで疑問にあまり思わなかった。15の時だった、突然私の前に私そっくりの子が現れたの。リンって言ったわ。私が初の音楽の交流事業でヤマト地区代表で参加した大会だった。彼女は別の地区代表で。」
そう言えば、ここ5.6年で各地区ごとと、連携、協力事業が動き出しているのをシロ-は思い出した。近辺で連絡のつく範囲に限られてはいるが、お互いの認識、協調を充実させ、更に外部からの連絡、侵攻にも備えることに繋げる。今は3地区に過ぎない交流だが、世界にはまだ生存した社会が多くあるかもしれない。
「どこの地区なんだ?ソウル地区?ヤマデラ地区?」
「よくわからないの、集団で壇上に上がり仲間意識を高めるプログラムで見ただけだから。」
シロ-はさらに
「その人は楽器やってた?昔遊んでいた時も楽器で遊んだりしたか?」
レナは首を振り
「覚えてないわ。でも何か一緒にやっててもおかしくないわね。オカリナ、フル-ト。」
「いつもオカリナで吹いているから、かなり前から吹いているだろ?」
「そうね。シロ-と会った頃にはすでに吹けてたわね。よく何度も同じ曲を吹いて聴かせていたわね。でもあの曲は育ての親に習ったものよ。」
「育ての親?そうか、ミヤマ博士の奥様はレナを産んですぐ亡くなったと聞いた。そうか、育て親。その人は?」
「シロ-に会うちょっと前、私が10歳の頃家を出たわ。彼女にはその後会いたかったけど会ってない。」
ミウは
「私も少し会ったような気もするんだけど覚えてないわ。」
まあそれはそうか。でもレナの見た分身のような女性があのメンバーの中に見たやつなのか?聞いたオカリナを吹いていたのもその別人か?
レナの話の中にもあった他地区との間では様々な交流がある。今回のドクターバルとのやりとりについても政治的な案件として情報共有された。他の地区にはまだバルから打診はないらしいが、警戒をすること、地区間の潜航の安全確保のため、これまで地区間の間に設けられた中継拠点の施設の強化、人員増が決められた。
シロ-はどこかの地区に向かってみることを考えていた。どんなことでもいい、情報がもっと必要だ。
管理局棟では様々な憶測が飛び交っていたが上層部の方針はすでに決まっているとのことだったので、ミヤマ博士に聞いてみることにした。
「まずはソウル地区との間の中間地点に先遣隊を出すそうだ。どうも東方面に向かった形跡があるそうだ。」
ミヤマはシロ-に管理部の上層部はバルを取り込むことを考えていることをおかしそうに説明すると、
「悪い冗談だと思いたい。バルの方がずっと上手だ。取り込むつもりがその前に足元を掬われるだろう、いや既に掬われているかな。」
シロ-は、やはりミヤマ博士は何か知っているな、と感じた。
「博士、私は他の地区に行ってみようと思います。渡って行きソウル地区方面まで。」
ミヤマ博士は書類を見ていたが、シロ-の話に反応して顔を上げると、怪訝な様子で
「ソウルだって?何故だね?」
「理由は特にないですが動いてみようかと。」
ミヤマ博士は、少し考えこみ
「君の蒸着シ-トは強固だし、ス-ツも着ていれば長期の潜航歩行も可能だろうが、移動車は使うのかね?」
移動車は車体が木製の電動車である。
「いえ、歩行でできるだけ。ヤマト地区の外れから出れば、ヤマデラからソウルへもそれほど遠くないと聞いています。」
「まずヤマデラまでと言ってもかなりの距離があるぞ。地下地区を渡る必要がある。更にソウルへの中間拠点のサドゴ-ルドにはヤマデラ地区から1週間はかかるぞ。」
ヤマデラ地区は、文化が発展していて、科学、芸術のメッカだ。また非常に良い地下水が出ていると言う話を聞いたことがある。そのためいい酒も作られているとも聞く。
「ヤマデラまでまずは行ってみます。そこでまた考えます。」
ミヤマ博士は微笑んで、
「それはいい。ヤマデラは地下地区の中ではかなりいいところらしい。行く価値はあるだろうな。」
シロ-は博士の部屋をあとにすると、蒸着シ-トの入手情報を確認して大学に戻った。教会堂に行けばミウに会えると考えたからだが、果たして彼女はいた。
シロ-がヤマデラ行きを伝えると最初驚いたようであったが、少し考えこむそぶりを見せると、「私も行っていいかしら?」と意外なことを言い出した。
「行くって?潜航の経験はほぼないよね?」
ミウは
「経験はないけどシロ-と一緒なら大丈夫でしょ?わたしは防護服だけどレベル4のグル-プ行動はレナと同じで、総務部の訓練で経験済みよ。2回やっているので充分じゃない?シ-トを使うなら試しにシロ-の蒸着シ-トの量産版なら…」
「確かにそうだけど、仕事は?親は許すか?」
「うちの親はシロ-なら大丈夫と思うけど。仕事は休職かな。」
ミウの両親は前から知っている。父は俺の親父と同じ核融合の技師で、母親は教師だ。
ウチの母親とは音楽仲間で、よく両家で集まってた。
シロ-はまあ二人で行くのもいいかと思いかけたが、別の懸念を思い出した。
「いや、普通の状況では今はないからダメだ。襲撃を受けたりするかもしれない。」
「え-.もう-」
「でも、一緒に行ってくれると言ってくれてありがとう。嬉しかったよ。」
ミウの表情が明るくなった。
「じゃあ、壮行会をやりましょう、今夜、ウチで。」
「え、今夜って?」
「大丈夫、今日丁度母の誕生日で、父も早く帰ってるの。皆でやりましょう。」
「でもおばさんの誕生日会なんだろう?それはダメだろう。家族水いらずで、だろう。」
「祝ってくれる人が多い方がいいでしょう?祝いたくない訳?」
「そんなはずないだろう。行くよ。」
「やった!じゅあ行きましょう。」
ミウの両親はシロ-の参加を大変喜んでくれた。
「シロ-君、久しぶりだね。男らしくなって。」と父のカズト、
「ほんと、ここ数年会ってなかったわよねー。かっこ良くなって。ミウと仲良くしてくれてて嬉しいわ。これからもよろしくね。」母のマリアはシロ-を昔から気に入っているようで、何かにつけて気にかけてくれていた。
シロ-は嬉しかったが、少しまごつきながら、
「おばさん、お誕生日おめでとうございます。」
「え、?誕生日?私の?」
ミウは爆笑して、
「シロ-、引っかかったわね。ただの口実よ。
ママ、ごめんなさい。シロ-がね、ヤマデラ地区に行くの。しばらく会えないから壮行会したくて。」
夫婦は一瞬驚いていたが、すぐに真面目な顔になり、
「そうか、ヤマデラに。でも何故こんな時に。警備隊が出ていることも知っているだろう?」カズトが言うと、シロ-は
「はい、でもこの状況だからこそ、この状況を理解するためにも動きたいんです。今後のことを考えるためにも。」
「そんなことは管理局に任せておきたいが、君ぐらいの年頃は何でも自分で知らないと苛立つものだからしょうがないかな。くれぐれも気をつけなさい。」
「はい、ありがとうございます。」
「マリア、食事も済んだし、じゃあ行くかね。」
マリアは頷くと席を立った。
「ゆっくりして行ってね。」
シロ-は、戸惑いながら挨拶して二人を見送った。
「今日は礼拝堂で劇をやるのよ。それを見に。」
ミウは二人に手を振って見送ると、シロ-にワインを出し、
「乾杯しましょう。」
ミウと飲むのは久しぶりだ。前はいつだったか。その時はカムイもレナも、ハヤトもいたか。その時よりも何故かゆったりとした気分がする。緊張感はない。
そして自然の成り行きで、この日初めてミウを抱いた。ミウは全く抵抗せずにシロ-を自然に受け入れた。こうなることがミウは始めからわかっていたようにも感じたが、シロ-は特に気にしなかった。それよりもしばらくミウと会えなくなるということが急にシロ-を攻め立てた。
ミウの両親が戻る前にシロ-はミウの家を出た。宿舎までの道でシロ-は何故ヤマデラに行こうなんて考えたのかわからなくなっている自分に気づいた。
「俺はどうかしてるのか?何を根拠にヤマデラに行くとなんとかなると考えているのか?道中ですら危険なのに、ヤマデラで何か起これば土地勘のない俺は相当不利だ。」
しかし、何故か行かないと言う選択肢は選びようがないということだけはシロ-にはわかった。自分の意志と言うよりは運命づけられているような感覚。
「行くしかない。」
ヤマデラヘ
次の日には蒸着シ-トは2日後に提供との通知が来た。ほぼ地下のルートでヤマデラまでは行けると聞いている。とりあえず北に向かって歩こう。途中のオオミヤ、シラカワで地上を少し潜航する。まあ大した距離ではないがシ-ト無しでは無理だ。簡単な着替えのみで期間は1ヶ月を目処としてシロ-は出発した。
途中には一応管理局所管の宿舎があり、シロ-はそこを点々と辿った。
あいつらは潜航して動いているかもしれないが、地下に入って休んでいる可能性もある。
レナの分身にも何処かで会うかもしれない。
地下でほぼ繋がっているヤマデラ地区とヤマト地区の間では、連絡についてははるか昔に欧州で使われた気送管郵便が使われている。数十メ-トル毎秒で手紙の筒が飛ばされる。シロ-は宿泊するたびにミウに郵便を出した。
道すがら、周囲の自然、住環境など、見聞きしたものを含めて書き送った。
オオミヤやシラカワで地上を少し潜航したがほぼシ-トに傷みはなかった。シ-トはある程度の湿気と温度コントロールあればメインテナンス無しで1ヶ月は持つらしい。今回はヤマデラまで着くまでまずは保てば、向こうでメインテナンスできるのでなんとかなるだろう。
ゆっくりペ-スでおよそ1か月をかけてヤマデラ地区に着くとここは驚くほど広いらしいことがわかった。ヤマト方向からの入り口のB区からD区に入り管理局のホテルにチェックインする。全体を見て回るのは骨が折れそうだが、シロ-には感じるものがあった。そう、間違いなく俺のシ-トを持っているやつがここにはいる。
ヤマデラについて知ったのだが、ヤマデラとサドゴ-ルドは、地下で繋がっていて、すでに気送管郵便が整備されていた。しかし、ヤマト地区に帰るのにシ-トが必要なため、2か月以内で帰る必要がある。サドゴ-ルドはヤマトほどは離れていないが、何が生じるかわからない。シ-トはメインテナンスをしても4ヶ月が限界と言われているのだ。今回はじっくりとヤマデラ地区を知ることに集中することにした。
ヤマデラに着き管理部のホテルに荷物は預けてシロ-はまず散策した。ヤマトと違って、ヤマデラは文化の香りが高い。事務、行政系の業務に係る建物は少なく、治安部隊も少ない。これは文化地域であることと関係しているのかもしれない。シロ-は音楽が盛んな地域を中心に訪ねることをまずしようと考えた。初日に繁華街に行くと飲み屋が多かったが、そこでも非常に多くの音楽の存在を知った。ピアノと呼ばれる楽器の音色に心酔し、ジャズと言う音楽が好きになった。着いたその日に今日丁度ジャズのステージがあると知り、
シロ-はそのステージで何か得るものがあるのではないかと考えた。
ここには小さな劇場があり、演劇も演じられるらしい。昨日までシェイクスピアとか言う古典を演じていたとのことだ。
シロ-はジャズステージに入る時にもらったプログラムを眺めてみた。5つのグループが演奏することになっているが、その中の一つにシロ-の眼は釘付けになった。ネオア-ス、グループ名はそうなっていた。なんてふざけたネ-ミングだ。
「面白そうなプログラムでしょ?」横に座った女性に急に話しかけられて、シロ-が横を見ると、「レナ?」いや、そんなはずはない、もしかすると
「私はリン、レナの姉妹よ。知っているでしょう?」
「何故、ここに?」
リンは笑いながら
「それはこっちのセリフよ、私はここに住んでいるんだから。ビジターは貴方。」
やはりいたのか。しかし、何故当然のように現れたんだ?
「ヤマト地区の地上で会いましたよね?」
「何の話?、地上?私は演奏家よ。潜航なんてしないわ。」
「何故、俺を知っている?」
「知っていると言っていいか、微妙だわ。間接的にしか知らない。貴方とは初対面。貴方がこちらの地区に来たと聞いたから、挨拶に来ただけ。」
「挨拶?」
リンはヤマデラ地区管理局のIDカ-ドをシロ-に見せた。
「貴方のことはレナからも聞いてるわ。レナからも連絡あったけど、意外ね。」
「え、何が?」
「レナは貴方をかなり買ってたから、ネオア-スに入るかと思ってたけど、貴方は体制側ね。」
「どういう意味だ?レナは反体制?」
「当たり前よ。ミヤマパパも知っていて知らんぷり。そもそもパパは家にいないしね。」何と、かなりの期間と言うか現在でもレナと繋がっているのか。
ということはレナにいろいろ話してきてしまった俺はアホだな。
「じゃあこのネオア-スってバンドは?」
「私のバンド、でもネオア-スとは関係ないわ。むしろアンチテ-ゼを主張し、真の次の世界を示すバンドよ。」
次々と演奏される曲はバラードが多かった。
ネオア-スもバラ-ド調だが歌詞があった。
気がついたときはもう遅い
遅いなりにあがけば良い
あがく先には未来はある
周りを見れば答えはある
合うこと、合わせること、どちらも同じ
残るものが愛される
演奏会後、シロ-はリンと管理局のホテルのバ-で飲んだ。
シロ-は潜航中にレナには似たネオア-スのメンバーを見たこと、レナに対し疑いを持ったことをどう話そうかと考えたが、リンからの話しを聞くのが中心になった。
「レナは、ハヤトさんから感化されたのではないのよ。逆。レナは賢かったからいろんな本を読んできた。そして環境保護の話にありがちなヒトを悪と決めつけ溜飲を下げる。」
自然に任せておけばいいのか、しかし、それをある意味制御しなかったら、食料生産的にヒトの繁栄はなかったろう。
「ネオア-スは地球との共生を地球任せにする、私達は共生に関しても選択肢をこちらから出し、自然選択に後は任せる。」
私達?って誰だと思っていると、横から、
「シロ-さんですね。ヤマデラ地区管理局のサイトウです。管理局にも来られると思ってましたが、お見かけしたので横から失礼します。ミヤマさん、いい歌でした。」
リンは軽く会釈すると
「シロ-、管理局行ってなかったの?宿舎にも格安で泊まれるのはある意味仕事だからでしょう?始末書ものよ。」
確かに迂闊だった。
「サイトウさん、申し訳ありません。明日にも伺わせていただきます。相談したいこともありますので。」
「いろいろと報告もお願いしますよ。貴方のように自由に行動すると見えてくるものもあるでしょうから。では。」
サイトウがいなくなるとリンは、
「レナには気をつけた方がいい。私は長く文通もしているのでよくわかる。彼女はいくつも顔がある。貴方の動き、考えを知られないようにすることが大事。でもすでにほとんど筒抜けなんでしょう?」
シロ-が苦笑いして
「レナは幼少期のぼやけた記憶しかなく、君のことは覚えていないと言ってたぞ。」リンは
「やれやれ、私と会ったことは伏せとくといいわ。彼女は都合の悪いことは私のせいにするでしょうから、私はアリバイ証明を考える。」
シロ-は着いた次の日から前にやってみたことのある腕からアンテナを伸ばしての感覚調査もヤマデラ地区で行った。
この区画で確かに自分の細胞由来の気配を感じた。サドゴ-ルドへの連絡出口からも伸ばしてみたが外部には何も気配を感じなかった。
やはりここだ。シロ-は自分の細胞シ-トのメンテナンスは管理局に頼り、メンテナンス無しでもあと1か月は持ちそうなことがわかった。やはり本人の着用は消耗は少ないらしい。管理局に来たついでに、報告のことが気になっていたのでサイトウに会っておくことにした。
サイトウへの面会は簡単ではなかった。また彼は結構階級が上らしいことが受付の対応でわかった。受付嬢はかなり訝る様子でシロ-を眺めて、サイトウの方で確認をするまで、かなり警戒された。サイトウは部屋に簡単に通してくれた。彼にとって、シロ-はVIP待遇とのことが受付に伝えられると域内タクシーで別棟に案内された。ゲ-トも顔パスだったがかえってシロ-は自分の写真が局内で出回っていることが気になった。
「シロ-さん、いらしていただきありがとうございます。ヤマトからヤマデラにほぼ徒歩でいらしたとのことですね。かなり、いろいろ見て来られたと思います。感じたことなど、教えていただければと思います。話していただければ報告書は要りません。こちらでまとめます。」
面倒だと思っていたので助かることを伝え、本題に入った。
監禁された経験から、その一味の足跡を追って来たこと、こちらに来て、やはりこの地区に彼らは居るような気がすることなどを簡単に報告した。自分の感覚センサーの話はやめておいたが、自分の細胞について簡単に特殊性があることは伝えた。彼らがいるらしいと言うのは細胞の由来主の自分の直感程度と話しておく。
「なるほど、まだ相手集団には会ってはいないんですね。あとどのくらい滞在しますか?シ-トは大丈夫との報告は受けていますが。」
「実はサドゴ-ルドに行くことも考えたのであまりいないつもりでしたが、今回はここだけ見て戻ろうと思い直しました。まずは2週間の滞在を考えてます。延ばしても1ヶ月でしょうか。そしてヤマトに帰ります。」
サイトウはここまでの道行の周辺環境にもかなり興味を持っていた。いずれ街道として整備するのにどのくらい予算がかかるかを気にしていた。
「潜航の必要があったのはオオミヤとシラカワの地域だけだったのであまり地上を総じては見ていないですが、ホテルのあった場所で地上に出られるところは見せてもらいました。地上の植生もかなり安定しているようですね。適応出来たものはしっかり生きている感じです。危険を感じる潜航はなかったです。蒸着シ-トの傷みも大したことなかったので酸性度もマイルドだったようです。」サイトウはそれは朗報とばかりに、
「潜航、移動のし易さはだいぶ経費に絡むので参考になります。」
シロ-は確かにほぼ潜航しなくてここまで来れることは地域民の協力体制、政治体制の広域化のおかげと考えていた。少しでも地域の繋がりが活発になることに期待した。人類の再生のためには広域化が絶対必要である。
サイトウはさらにサドゴ-ルドへの道行にも少し触れてくれた。シロ-はそこまでは出向くつもりはないと言ったので、非常に残念がっていた。
「実は連絡口はあってある程度往来はあるのですがサドゴ-ルド方面は情報がまだあまり無いので、シロ-さんにも期待していたのですが。まあ次の機会にお願いします。」
シロ-はサイトウにこの地域の治安の把握について質問したが、
「この辺りは文化の発展を期待しているので取り締まりは緩いこと、ヤマトの大学レベルの自由度が全地域に認められていることを説明した。シロ-はサイトウに地区内でのネオア-スの活動について聞き、集会の開催場所を聞いた。
サイトウは明後日、昨日のコンサートの場所で集会が開かれること、明日は大学内で献金のためのパ-ティーがあることなどを教えてくれた。
「どちらも管理局の覆面メンバーが入り込むので、シロ-さんが参加して騒ぎが起こっても何とかするのでご心配なく。」
サイトウはそう言って、軽く会釈しながら「是非またお会いしましょう。」と挨拶すると次の予定に向かって行った。
シロ-はホテルに戻りシャワーを浴びると、ミウに手紙を書いた。リンに会ったことを書こうとして、ペンが止まってしまう。そう、ミウに手紙を出せば必ずレナも読むのだ。シロ-はコンサートに行って、サイトウに会ったことくらいを書くことにした。帰りの日程にも触れなかった。郵便局に行き気送管便を出し、管理局そばのバルで酒を飲んだ。酒と言っても人造酒なので味わいはイマイチだが安いし、気休めにはなる。ヤマデラには美味しい酒があるが、やはり高いのだ。
明日の献金パ-ティーをどうするか、シロ-は行くのを躊躇っていたが、
「やはり行くべきかな。」一人言を呟くとバ-カウンタ-の奥に目が行った。バ-テンダ-はやたらと氷を砕いていたが、シロ-が見ているのに気づくと「あまり見ないひとだね。飲み過ぎないようにな。」
シロ-は苦笑いしながら「飲まなきゃやってられないこともあるだろう。」
「兄さんは学生さんか?大学留年しそうかな?」
シロ-は面倒なので合わせることにする。
「あ-,そんな感じに見えますか?図星ですよ。」
バ-テンダ-は
「大学も思想かぶれで勉強しない奴もいるかと思ったら、真面目な奴もいる。勉強してれば何かしら得られるだろう?仕事も見つかる。」
「え-そうですね。そう言えば明日集会があるって聞いたな。」
バ-テンダ-は手を止めて真面目な顔で「あまり関わらないことだよ。仕事につけなくなることもある。」
「何かご存知なんですか?」
「い-や、でもここで飲んだくれてる思想かぶれ連中の集会だと思うし、だとしたら時間の無駄かなと思ってね。」
「ありがとうございます。気をつけます。」
「聞き分けいいね。これサ-ビス。」
とポテトフライを出してくれた。
シロ-は頬張ると、これが劇的に上手い。
「これ、なんですか?めちゃくちゃ上手い。」
バ-テンダ-は笑いながら
「スパイスが特別なのさ。ゆっくりしてきな。」と言うと奥に入って行った。
シロ-は大学のことを考えてみる。ヤマト地区の大学を出たシロ-だが、ヤマトでは思想かぶれの集会などは見たことがなかった、ヤマデラ地区の大学は自由度が高いのだろう。文化が発達する理由もそういう気風がこの地区にあるからかもしれない。しかし、本当にネオア-スが開く集会なのだろうか。レナが来るようなことがあり得るのか?カムイは現れるか?
シロ-が宙を仰いでいると、リンの声がした。
「貴方、結構飲むの?」
シロ-は元来酒飲みではないが、ヤマデラに来てからは毎晩だ。まあつまみとか食べものが美味しいこともあるが、
「いや、ストレスかな。食べものも美味しいから、ここ。」とマスターにもらったポテトを差し出すとリンは顔を輝かせ、
「ありがとう、これ最高だよね。」と3本のまとめ喰い。ここは当たりの店だったようだ。
「今日、管理局でサイトウさんに会ってきた。明日、ネオア-スの集会が大学であるらしい。マスターには行くの止められたけど。」
リンは呆れ顔で
「当たり前よ。行っちゃダメよ。知っている顔を見つけても、その後どうするっていうの?」
シロ-はどうするかを考えていなかった自分に驚いたが、そもそも彼らを探しに来たのだから行かないなんて有り得ないか。待てよ、
「なあ、ヤマデラ地区大学の中について外から様子を見れないかな?」
リンは少し考えてから、
「見られないことはないかも。周囲には高い建物あるし、大学の塀は低いしね。外から見るの?まあ向こうがどこてどう行うかにもよるかな。」
シロ-は蒸着シ-トを着て、植物手を伸ばして、中に彼らがいるかのあたりを付けることを考えた。見つけても接触はまだ避けたい。
リンは行かないが、友人で行く人がいるから様子は聞いてみてもらうことにした。リンとは音楽から武道の話で盛り上がりホテルに戻った時間は午前零時を回っていた。
翌日起き、気送管郵便局に行くとミウから前に出した郵便への返事が来ていた。ヤマデラに興味深々であること、無事に戻ってくることを祈っていることなど書いてあったが、ネオア-スやレナのことなどは触れられてなく、何かホッとした。
大学周辺に行って、中を探査する場所を探すことにするが、近づくのも慎重さが必要だろう。
まずは管理局の屋上からやってみることにする。直線距離なら300メ-トルもない。管理局の屋上は職員なら誰でも入れるし、6階建ての建物なので、眺望も問題ない。シロ-は6階部分のカフェで軽く朝食というかランチを食べてから屋上に向かう。植物手の意識集中探査はエネルギー消耗が半端ないのだ。何か食べておかないともたない。
屋上には何もないかと思っていたが、無数のプランターがあった。いろいろないやり方で食糧自給を考えるのはどこも同じか。地下の光源だけで育つものに改良されてあるのだろう。
シロ-は一部のプランターを跨いで、植物化した手を伸ばしてみる。すると比較的近いところから、同種波動を感じた。結構近い。方向も大学方向だが、普段から蒸着シ-トを見につけているとも思えない。大学の中に細胞培養施設か何かがあると言うことなのか?
シロ-は大学の中の研究室にシ-トがあり、管理されている様子を想像し始める。集会の間に大学自体を探索してみるか。集会そのものに近づくよりはいいかもしれない。いずれにしろここからでは、方角と大体の範囲くらいしかわからない。やはりとりあえず大学構内には入ることにしよう。
シロ-は管理局を出て、大学への通りに出た。
歩いていると、休日にしては大学に向かう学生風の人が多いようには感じた。皆集会に行くのか?まあこれならそれほど目立たなく入れそうだ。
「シロ-、大学行くの?」
横にリンが並んで来た。
「お前、集会に行くのか?人には行くなと言っていたのに。音楽には興味ないんだろ?」
リンは苦笑いして
「何言ってるの?集会は政治集会よ!」
シロ-は呆気に取られた表情に一度なってから、「まあひと集めには音楽使うかもしれないけどな。」
「そりゃそうだけど。」
リンは真面目な顔になると
「集会で彼らを見つけてもどうにもならないわよ。」
「この辺り.何か飲める場所ないか?」
リンは正門脇に販売機があることをいうと
先に行くと言って早歩きで会場へと急いだ。
シロ-は正門過ぎると販売機には目もくれず、大学を囲む塀に沿うように歩いた。そして植物手を伸ばすと大学内をサ-チし始めた。急がないと、気付かれる前に。
集会は大学の講堂で開かれていた。リンは周辺を見回していた。
「誰か探しているんですか?」
横に来たサイトウが尋ねると、
「シロ-が話していた連中がこの中にいるのか考えていたの。」
「安全のための監視は結構やっているし、危ないことはないですよ。」
サイトウは微笑むと、「シロ-さんは来ますかね?」と聞いてきた。
「さっき途中まで一緒だったからそのうち来るわよ。」
会場はみるみるいっぱいになった。
「これじゃシロ-さんがいてもわかりませんね。」サイトウは苦笑い。
リンは心配顔になる。
壇上に一組の男女が上がってきた。
「皆様、本日は本集会に参加くださりありがとうございます。ここでは新しい時代の訪れを祝うとともに、新しい絆の醸成が出来ればと思っています。」男性の方が話すと、女性からは「この集会では新しい時代を共に作りたい人を募りますが、すぐに決める必要はありません。まずは我々の考えを知っていただき、後々じっくりと検討していただければと思っています。我々の仲間は増えつつはありますが、時代を作るにはもっと多くの方の協力が必要なのです。」
女性の演説はしばらく続いだが
「最後に私達はここで宣言したい。ヤマデラ地区は、独立をして、より自然と調和した未来を目指します。共に進みましょう、我々自身のために。」
わっと歓声と拍手が広がる。
「中身のない、机上の夢だが、若者は魅了されるのかな?」サイトウはリンの方を見る。リンは肩をすくめて見せると、
「さあ、どうかしら。今のままでは独立しても立ち行かないでしょうけどね。」と呟く。
「だから何がなんでもシロ-を引き入れたいのよね?レナ。」突然、横から声がした。リンが二人?しかし、サイトウは落ち着いていた。
「いや、最初はリンさんかと思っていたが、どうも様子が変なので、試してみたら違った。さすがに少し驚いたが想定の範囲内だな。」
「試す?」
「そう、たまには私かどうか、確かめてからいろいろな話はしないと情報管理が難しい。サイトウさんにもシロ-にも注意したのよ。試す方法は説明はしないけど。」
レナは首を振ると、「ということは、シロ-にももうバレてたか。」
リンは
「シロ-にももう接触してたのね。いやはや、さすがというか。シロ-がわかったかどうか私にはわからないけどそうかもしれない。」
レナは一瞬の隙を狙って走りだし人込みに消えた。
サイトウは警笛を鳴らし、ゲ-トを閉めさせようとしたがリンに止められる。
「今閉鎖しても他の若者が暴徒化して混乱するだけ。やめといた方がいいわ。」
サイトウもそう感じたらしく、笛をしまうと、「どうしますか?」
リンは「集会が終わったら、この講堂を調べましょう。どうやらここにも何かありそうだから。」
「?」サイトウにはリンの意味していることがわからないようだった。
「あの状況で逃げ出したのよ。出入り口の閉鎖もあり得た。それでも逃げられると考えるのは何か勝算があるから。仲間が周囲にいたかもしれないけど、一見特に妨害もなかった。まあわからないけど、隠された出入り口とかあるなら逃げるのは楽勝だわ。」サイトウは頷くと「では集会後に探索しましょう。
時間を少し遡ってみる。集会の開始前に、シロ-は正門脇から探知作業を始めていた。確かに構内から感じるが、どうもいつもより、雑音というか、波長が乱れている。これは。シロ-は斜め下に手を下ろしてみると、波動が乱れたまま振幅が大きくなった。なるほど、さらに地下か。地面に生えてる雑草に波動が被ったんだ。ということは地下がある建物ということにはなる。」シロ-は構内案内図を見た。この辺りだと理系棟I、I I、が怪しいかな。とりあえず潜入しよう。理系棟I は主に工学エリア、I Iは生物科学、医学エリアになる。
工学関連でも生物工学的なアプローチをする研究室もあるからシロ-由来の蒸着シ-トはどちらの棟にあってもおかしくはない。シロ-は地下方向に意識を向け、探知をさらに試みる。
理系棟I Iの方だ。物陰から周囲を伺い、見張る人はいそうもないので、学生のように自然に中に入った。中はヤマト地区の大学のつくりと似ていた。地下への階段を探して下りていく。
昔は重量の重い機材が地下に配置されていたが、酸性状況の現代では金属性機器は地下に置かれることが多いので、理工学系の建物の地下は広い。基本今日は休みの日だが、研究に打ち込む学生は結構来ている。シロ-が歩いていると、急に声をかけられる。
「シロ-?」驚いて振り返ると白衣姿の長髪の男が立っていた。「フジナミ?」ヤマト地区大学で同期のフジナミだった、彼は途中から医学に傾倒し、今は病院勤めと思っていたが。「シロ-、お前何やってんだ?」笑いながら聞いてくるフジナミに、「いや、仕事さ。知っているだろう。俺は管理局で地上探査業務だが、こちらに地上生活適応の研究室あったろう。少し聞きたいことあってね。」フジナミは、微笑んで「そりゃここでなく隣の理系棟Iだな。ここはもっぱら臨床直結の研究だから。俺は酸性大気にやられた肺の治療研究をしているんだ。」
シロ-も笑って、「そうか。病院で足りないことを学んでいるんだな、さすがだ。ところで今日は大学に学生が多いが何かあるのか?」
フジナミは呆れた表情になり、「なんか、学生運動の集会があるらしい。自由を謳う大学が場所を提供するのはいいが、管理局警察もウロウロして嫌な感じさ。あっ、ごめん、悪気はないんだけど。」
「管理局と言っても関係ない部署だし、気持ちはわかるよ。でも警察も入っているのか。まあこちらの警察には知り合いいないからよくわからないけど。」
「まあ、関わらないことだな。しばらくいるなら連絡くれよ。大学の宿舎にいるから。じゃあ。」
シロ-は軽く手を振り別れた。しかし、俺の感覚では蒸着シ-トはこの建物なんだよな。
シロ-は更に周囲をキョロキョロ見ながら先に進んでみる。右奥の部屋周辺は真っ暗だった。シロ-は近づくと開閉ドアのガラス部分から中を覗いてみる。青白い光の中に蒸着シ-トの培養維持装置がたくさんある。やはりここか。しかし、何故ここ?フジナミは本当に何も知らないのか?まあ蒸着シ-トがあるのは罪でもなんでもないが、あれの細胞の出処が俺なら大問題だ。廊下の更に奥にドアがあった。立ち入り禁止区域表示とセキュリティ装置もある。まあいい、ここを少し監視すれば何かわかるだろう。シロ-は注意して元来た道を戻り外に出る。
レナが現れた割にガ-ドが緩い気がするのは、皆俺が会場に行くと思っているからかな。
シロ-が理系棟I Iの出入り口を大学のベンチ脇から見ていると、さまざまな連中が行き来していた。管理部で見たような奴もいた。警察の奴だろうか。「うん?」遠くから背中方向を警戒しながら近づく男がみえる。思わず前のめりになりながらもかがんで後方の茂みに隠れる。「カムイだ。」間違いない。やはりヤマデラにいたのか。こうなると他にもいるな。しかし、カムイは理系棟I Iを通り越して理系棟Iに向かい中に入った。シロ-も後を追った。中に入り、おそらくカムイが向かった地下に向かうため階段を降りた。カムイらしい足音がする。壁にくっつきながら進むと奥の扉が開くのが見え、カムイが入っていく。シロ-は扉に行き、見ると理系棟I Iと同じセキュリティ装置があるようだ。扉に張り付いていると扉の向こうから足音が近づいてくる。扉はこちらから内開きのため、開いた扉の影に一寸隠れると、閉まる前に中に入り込んだ。出てきた奴は知らない奴だったが、ネオア-スのメンバーだろう。扉内部は消毒液の匂いがした。やはり生物関連を扱っている。そして方角的にはI I棟につながっているようだ。蒸着シ-トは結構無造作にあったが、大学内にセキュリティ装置までここまで入れて何をしているんだ?各ドアから灯りが見えているが人はあまりいない。集会に行っているのか?ひとつの部屋に入ると、そこは培養室だった。細胞が数多く培養されているが俺のでないことはわかる。何をしているんだ?
「集会場はここじゃあないぜ、シロ-」振り向くとカムイだった。「呆れたなあ。ここまで来るとは。レナに会わなかったのか?」
シロ-は落ち着いていた。「俺は大学見学に来ただけだよ。でもお前がここにいるとは?ここはネオア-スの拠点なのか?何で大学に?」
「大学自治ってやつさ。誰も干渉しないのは、いろいろやるのに便利でね。」
「レナが来ているのか?」
「そうか、会場に行ってないなら会ってないか。まあいい、シロ-、俺たちはお前の同士だ。きっといい世の中になるから手を組もう。」
シロ-は首を振り、「俺は運動に関わるつもりはないよ。カムイ、ヤマトに戻ろう。」
カムイは苦笑いしながら、「関わらないだって?シロ-はまさに運動の核になる人物なんだぜ。」
「お前やレナが何考えているのか知らないし、知りたくもない。こんなことしてないで一緒に地上を調査しよう。早く地上で暮らせるようにしなくちゃならないんだ。」
カムイは両手を広げてやれやれと言うように首を2度振る。
「わかったよ。まあいい。とにかくお前は帰れ。また話そう。中からはパスワ-ド無しで出られるから。気をつけて過ごせよ。お前に死なれると困る。」
シロ-は部屋から出て、建物から外に出ると、ベンチに座り込んだ。俺自身には興味はあるが、手出しはしないと言うことか?
集会が終わったのか多くの学生が構内に現れた。シロ-は再びベンチ傍の物陰に隠れて様子を見た。
カムイが出てきた。何とレナと一緒に建物から出てきたのだ。そして周囲を見回した。
やはり大学に入る前に声をかけてきた彼女はリンでなくレナだったのだ。最初からレナを名乗っていれば一緒に集会に行ったかもしれないが、リンの振りをしたあの瞬間から、レナは、思想的にどうあれ味方ではなくなった。しかし、レナはどこから来たのだ。地下に最初からいたのだろうか。
シロ-はホテルに戻り横になって天井を見上げて考えてみる。培養室で研究していたのは何の、いや誰の細胞なのか?何か感じるものはあったが。俺の細胞で作成したシ-トは確かにあったが別の建物だった。更に別のシ-トを開発したのか?
呼び出しがなり、入口ロビーに行くとリンがいた。一寸レナかと思ったが例の合図で認識した。
「やっぱり来たわね。レナ。」
「ああ、会ったと言うべきかな。カムイにも会ったよ。」
「そう、やはり、大学構内にいたのね。飲みに行く?」
「ああ、行こう。酔いたい気分だ。」
二人が昨夜の店に行くとサイトウがいた。
「先にやってますよ。ちょうどお二人と話したいと思っていたところです。」
「何かわかったのかしら?」リンはサイトウの横に座り、飲み物2人分を注文する。シロ-はリンの右隣に座り、飲み物を受け取る。サイトウは二人に探索結果を伝える。
「会場内が怪しいとのご指摘の通り、会場の階段横の消火栓の収納庫から通路がありました。理系棟 I Iにつながっていてレナさんはそこから脱出したらしいです。ネオア-スだろうが、思想は自由なので捕まえることもできないし、しょうがないですがね。」
「レナがカムイと理系棟Iから出て来ました。理系棟I Iを抜けて理系棟Iに行ったということですね。」シロ-が横から聞くとサイトウは頷いた。
「自分を地上で拘束をした罪とかあると思うけど、証拠ないしな。ここの医学関連の先生で、ドクターバルはいないですか?」
シロ-は思い切って聞くと、サイトウは笑いながら、「さすがに手配犯の自由まではないですね。ただ、潜伏はあり得ますが。」
シロ-は笑えなかった。必ずいるはずだ。カムイ、レナがいて、俺の細胞由来のシ-トもあった。結構自由に研究しているのではないだろうか。
「あそこの研究者の名簿、実績とか見ることはできますか?」
サイトウは、もちろんと言う顔をしてうなづくと管理局に依頼してくれることを申し出てくれた。
「あまり滞在時間もないでしょうから、何でも言ってください。お手伝いします。」
シロ-は礼を言ってから、
「研究資材の出入りの書類、会計伝票など見られますか?」
サイトウは考えてから
「明日管理局に来てください。こちらの財務部で閲覧できるようにしておきます。」
ミヤマ博士のところでリンは幼い頃バル博士に会っておじさんくらいの親しさがあるかもしれないので、ヤマデラに住んでいて出くわすことはなかったかを聞くと、首を横に振りながら、
「わからないわ。父と袂を分けてからは繋がりないし。基本的に私はあまり好きでなかったように記憶してる。レナは好かれてたみたいだけど。」
そう言えば最近までリンの存在すら自分はほぼ知らなかったことをシロ-は思い出した。繋がりあれば誰も彼もすぐにわかるなんてことはないか。サイトウの情報を基に探してみるしかない。
「ここの大学は医学系の教授は何人くらいいるんですか?」
それに応えて来たのは意外にもマスターだった。「教授クラスは20人くらいかな。変わりものばかりだけど。」
リンがつないでマスターについて話す。
「彼もここの卒業生。医学士の免状もっているのよ。酔っ払いの介護にしか使ってない免状だけど。」
シロ-はなんでここで働いているのか興味あったがそれには触れず、「細胞工学の先生は何人ですか? 」
「4人くらいかな。工学部にも2-3人いたような。」
そうだった、工学系にも範囲を広げておきたい。サイトウに追加でお願いし、明日管理局に来れば、揃えておいてくれるとのことになる。
シロ-はマスターが知っている教授名を手書きでリストアップしてもらった。バル博士について何か知らないかと聞くと
「優秀な研究者だよな。ミヤマ博士とともに、地上に戻るためのヒトの成長についていろいろ発表していたし著作もある。バル博士は医者と言うより生物学者さ。」
確かに細胞を他種生物の性質を入れて進化させる手法開発は医者にしては極端な発想だ。
「講義は受けてはいない?」
「ミヤマ博士はともかく、バル博士は追放された立場だろう?習える訳ない。本も実はもうすでに絶版ばかりだ。でも俺は昔何冊か読んだ。すごい人だが、行き過ぎだな。彼らやりたいことは神の領域だろう、あれは。」
シロ-もミヤマ博士から聞いた話だけだがそう感じていた。
「ミヤマ博士の講義は何回か聞いた。バル博士との研究にも触れていたが、何とも言えない様子だったなあ。あれはやはり、バル博士の研究に惹かれているような感じすらした。道義的な問題だが、多くの人は気にする。しかし、勝手ないい分だが、利用できることを利用して人はここまで来た。乱用についての危惧、反省もいいが絶滅したら意味がない。俺はそう思う。」
「ネオア-スの運動はどう思います?」
「おいおい、こちとら客商売だぜ。お客さんを評価するようなことは言えんよ。」
「そうですか、ではサドゴ-ルドからの客もここは来るんでしょうか?」シロ-はたたみかけて少し粘ってみる。
「サドゴ-ルドかあ。あそこは商売とかでなく学術と言うか実験地区だから、学者や管理部局の関係者ばかりだからなあ。貴方達の方が良く知っているんじゃないか?」サイトウの方をやや見ながら返してくる。
「ヤマデラの管理部局でも一部のヒトがごくたまに行き来しています。ヤマトの研究開発部門にあたる人です。実験地区と言ってもほぼ放置状態なので、むしろ、大学研究者がサテライトラボをおいています。あとは宿場街のようになって、ソウル地区との緩衝地域のような感じですから。」
サイトウは他人事のような話ぶりだ。
「サドゴ-ルドには地区の管理部局はないんですか?」シロ-は疑問に思いサイトウに更に聞く。
「あるにはあるような感じだが、組織化されてない。学術的な自由と、ソウル地区との付き合いもあり、ほぼ自治に任せている。宿場町に自治会があり、学者連中の世話もしている。必要があればソウルやヤマデラとの連絡の仲介もやる。」
「つまり、特に必要なければ干渉されずに自由に暮らせる?」シロ-は嫌味を言う。
「そうそう、私もサドゴ-ルドに少しいたことがありますが、あそこは自由です。まあ何が起こっても自己責任であると言うことです。」マスターは急に話す。「研究者だったんですか?」サイトウが聞くと、「ええ、まあ私は向かないとわかったのでこうしてますけど。学術的には自由ですが、ソウルとヤマデラの直接交易は認められてないので緩衝地域としての特色はあります。サドゴ-ルドに染まってしまうと中々ヤマデラには帰れません。」
「ネオア-スの連中は、そんなところと行き来できるのか?」それには答えずマスターは笑って奥に入ってしまった。
「いろいろ知っていそうですね。」
と言いながらサイトウは面白そう笑う。
シロ-は、マスターの話したバル博士の本が気になっていた。そんなものがあればネオア-スの連中は読んでいるだろうな。バル博士の著書か、ミヤマ博士に聞いてみるか。
「ところでハヤトには会った?」
リンは話題を変えるように聞いて来た。
「いや、ハヤトには会っていない。あの人はここにはいないかもしれない。サドゴ-ルドにいる可能性もあるかな。」リンは少し寂しそうな表情で、「ハヤトは私にとっても兄よ。出来れば会って説得したい。でも確かにここで暮らしていても、出くわしたことはないし。シロ-はサドゴ-ルドにはいかないんでしょ?」
シロ-は頷くと、「まだ準備が整っていない。」と悔しげに話した。出来れば行きたいが、まずはヤマデラで出来ることに集中したい。
「今回はここまでかな。宿題が結構出来たし、片付けてから先に進むさ。」
リンはレナの驚いた様子とか、愉快そうに話すと、
「どう?見分けはつくようになった?」
「正直、難しい。合図無しでは無理かなあ。」
サイトウは帰っていたが誰が聞いているかわからないので
「合図の話はやめよう。それよりレナの思惑とかわかったか?」
「いいえ、わからない。ただやはり標的は貴方、どうしても仲間にしたいらしい。」
「俺のまあ細胞がほしいと言うことか。全く。」
リンは笑いながら、
「そうよね。自分の細胞に価値があると言われてもね。」と言ってから真顔で
「人の価値をものみたいに。」
シロ-は運動なんて加わる気はさらさら無い。目の前の課題、人類の生存に貢献するのみ、難しい倫理はサバイバルを成した次世代にその解釈は委ねればいいと思っている。そこで怒られてもその連中を守ったことで満足だ。もっと言えば俺はミウを守れればいいのだ。
しかし、俺を狙うのがバル博士の命令なら、俺の細胞が非常に有用だと言うことなんだろう。
俺は有用な突然変異を持っているのか?それを調べたいのか?
「いつかバル博士に会えるかな。」シロ-が一人言のように話すと、リンは
「会って洗脳されないようにね。何せ魔術師のような人のようだから。」
「魔術師か。」
虫の知らせ
シロ-は明日に備えて早めに寝床についた。
そしてマスタ-にもらったリストに載った大学教授には早めに会わないとと考えていた。もしかすると中の一人に化けているかもしれない。
店のマスターからはバルは教授陣には居ないと聞いたが果たしてそうだろうか。そもそもあのマスターは何か知らないのだろうか?情報を得るのにはあれ以上いい場所はない。我々の話もしっかり聞いていたと思う。明日も行って少し話してみるか。
シロ-は眠りにつきそうになったが、急に目が覚める。何か?何かか近づく気配がする。まだ遠いが、かなりの数の何かが、こちらに?管理局にか?このホテルは管理部局にはほど近いが、向かうベクトルは管理局棟のようだ。
シロ-はサイトウに連絡しなくてはと思いながら、まだ21時なので向かった方が早いと考え、飛び出した。門衛は既に知り合いなので、サイトウの部屋に連絡を繋いでもらうと果たしてサイトウはいた。
「シロ-さん?どうしました?資料が待ちきれませんか?」
シロ-は何かが近づいていることを伝えて、少なくとも備えをした方がいいことを伝える。
サイトウにはこの探知能力は伝えていなかったが彼は即信じてくれた。
「連絡ありがとうございます。実はすでに情報があり、備えが始まっています。こちらに来ていただけますか?昼間依頼の資料はもうお見せできます。」
シロ-が行くと、周囲は慌ただしくなっていた。警察の常時待機メンバーは建物周囲を固めて、帰宅組にも全員招集がかけられた。
サイトウは「我々の監視棟Bから何か軍隊めいたものが見えて来たとの監視情報が来ました。地上から入ってきた可能性大です。B区はまだあまり開発されてないので、多少ダメージが出ても許容できます。何か暴力的な行動になるならB区で収めたいです。帰宅組はB区に向かうように指示しました。管理局警察の1師団が丸ごと向かってもいるので、帰宅組と合流すればかなりの戦力です。」
シロ-は武力衝突にならないよう祈った。せっかく生き残った我々が争ってどうするのか?
「B区の様子が見える場所はないでしょうか?物見遊山ではありません。ネオア-ス絡みか、バル博士絡みか確認したいのです。」
サイトウは少し考えると、「D区の科学実測棟がいいでしょう。望遠鏡も、地上に繋がる観測エレベーターもあります。私も行きます。」
二人は武装もしてD区に向かった。
途中繁華街も通ったが、いつも通りの賑わいだった。しかし、シロ-は自分の細胞を感知するシグナルが繁華街の中にも散らばっているのを感じ、ぞっとした。向かってくる奴らとは関係ないかもしれない。でも、すでに相手側も体制を整えているのかもしれない。
「サイトウさん、相手は1つだけではないかもしれない。」
サイトウはシロ-からシグナルが散らばっていることを聞くと、その能力に心底驚きながらも、状況判断は冷静だった。
「仲間同士であっても、出来合いのグループです。組織だっていないので恐れるほどではないです。まずは固まりになっている方を警戒しましょう。」
D区の科学実測棟は地上の観測を地下ですべく建てられたもので、実測機器は最先端のものがある。またヤマデラ地区内の地下内部観測も行っている。監視棟ではないが、管理局の分署としての機能は充分にある。
シロ- が科学実測棟のそばに来るのはヤマデラについた日以来である。このような時にも役立つようにしているものかもしれない。しかし、ヤマトにないのは、ヤマトは直接地上に調査隊を出すが、ここではしないことにも関係する。ヤマトはヤマデラと違いサドゴ-ルド、ヤマデラを含んだ中で首都機能を有するので、気象的な科学デ-タよりも、建物などの様子、居住性など、今後のヒトの再進出に直結するデ-タを必要とするのだろう。シロ-は中に入ると人が結構いることに驚いた。シフト制で住み込みらしい。まあ観測デ-タ集めならそうか。サイトウと階段を登り、最上階の8階に着くと、360度展望の窓から、B区方面を双眼鏡で見る。「確かに軍隊みたいな集団がいますね。管理局警察の1師団が5km先にあって、周囲からの帰宅組が合流している。その少し先に見えるのが近づいている相手と見える。
「衝突しますかね?」サイトウは可能性を値踏みするように話す。
「してほしくないです。収めるにはどうしたら。」
「おっ、相手止まったな。交渉はしている。」と双眼鏡で眺めながらサイトウが話すと、階下から声がした。サイトウが出入り口に行き、階下と話しをして戻ってくる。「どうやら、君が必要らしい。君が彼らの下にくれば集団は解散するそうだ。」気送管郵便が現場から来たのだ。「しなかったら?」とシロ-が確認すると、
「強行突破らしい。」サイトウは呟くように答えた。
シロ-はあの数のぶつかり合いを見たいとは思わず、「行くと伝えてください。」と答えると、サイトウは階下に行き返事を出す。そして戻ると、
「一体どうして外から来た連中の要求がいきなりシロ-さんなんでしょうか?意味わかりません。」
「明らかに私がヤマデラにいるとの情報を得て来たんでしょう。昨日の集会の後だから関連は気になりますけど、あの数を考えるともう少し前からの計画でしょうね。なのでどこからの情報に反応したのか不明だね。まあ飛び込んでみるしかまずは無さそうです。」
シロ-はサイトウにもらった資料を軽いリュックに入れ、サイトウと数人の管理部局の職員と現場に向かった。
途中、警察の部隊の中を通り、外からの相手に近づくと、先頭に立つ人物には見覚えがあった。
「あなたでしたか。」シロ-は呆然としながら相手に話しかけた。
先頭にいたのはハヤトだった。
「シロ-、久しぶりだな。カムイやレナには会ったか?」
「まあ会いはしましたが、以前とは違いますよ。あなたも、そうでしょう?」
ハヤトは微笑んで、後ろを振り返り、合図すると相手の部隊のほとんどは後方に戻って行った。真後ろの20-30人くらいは残った。「シロ-、これから大学に行くぞ。ついて来い。」
ハヤトは歩き出し、シロ-も続くと、相手の部隊もついてきた。
時間を遡ること2日前、ミウはシロ-からの気送管郵便を受け取った。ミウは手紙を管理部郵便局でもらうと読まずに自宅へ急いだ。ミウが気になっているのはレナの動向だった。シロ-がヤマデラ行きを決め出発した時、ミウはレナに相談してしまった。そして、その直後、レナが大学から消えてしまったのだ。レナはおそらくヤマデラに向かったとミウは直感した。「迂闊だった。レナが何を考えているのかわからないが、シロ-の動きの情報はむやみに広げてはいけなかったのだ。ミウはシロ-との手紙のやりとりではレナやネオア-スのことは触れないでいた。シロ-からの連絡にもレナに関わる話は出なかったので少し安堵していた。
今度の手紙にはコンサートに行ったこと、ヤマデラの管理局の様子が書かれていた。今回はサドゴ-ルドには行かずに1ヶ月以内にヤマトに戻るとのことであった。ミウは急に嬉しくなったがまだ安心はできない、手紙の最後には大学の自治集会に明日参加するとあった。
何も無いといいけど、レナが関わったりしなければいいけど。。
ミウは次の日管理局に行くと、ミヤマ博士が「シロ-は世の中の興味を背負ってしまっているようだ。地上ではシラカワ付近で軍隊のような集団が集結との情報が出たが、それはヤマデラに向かって近づいているようだ。」
ミウはやな予感がしたがシロ-の無事を祈るしかな。
「それがヤマデラに着くまでどのくらいかかりますか?」
ミヤマは
「もうすぐさ。明日にはヤマデラ地区に入る見込みだ。」
何かが起こる。しかも間違いなくシロ-が関係しているだろう。
「ミヤマ博士、ヤマデラの状況はどこでわかりますか?シロ-が心配なんです。」
ミヤマ博士はミウの肩に手を置き、
「心配なのは分かるがまあシロ-に危険は無いと思っている。前の様子からもシロ-に何かするような感じはなかった。何かあれば君にも知らせるから。」
ミヤマが去ってから、ミウは気送管郵便を出すか考えたが今送ってもしょうがない。でも何故そんな軍隊がヤマデラに?レナが行っていて呼び寄せたのかしら?でも急に集結なんて変だし、無理だわ、計画性がないと。「計画性…」知っている中で、計画的だったのは、コンサートと政治集会。集結のタイミングは政治集会の夜。政治集会がポイントなのかしら。うまくいく行かないに関わらず集結は予定されていた。レナはヤマデラに行く際にネオア-スの今後のやり方を予定した、それを具体化出来そうなのは、「ハヤトだわ。何がなんでもシロ-を仲間にすることにしたんだわ。政治集会でシロ-が引き込まれてくれればそれがいいけど、保険をかけた。」
しかし、ハヤトがあちら側に寝返ったとしても100人規模の集団を動かすのはかなりのネットワ-ク.協力者がいる。ミウは意を決して気送管郵便局に行くと、郵便を1つ出した。そしてこう呟いた。「発動よ。リン。」
シロ-はハヤトと歩きながら、何か聞き出そうと考えていると、ハヤトの方から切り出してきた。「シロ-、俺は死んでいると思っていただろう?」シロ-はレナから生きていることは聞いていたこと、ネオア-スのグループに入ったのだろうとも聞いていた、と話した。
「そうか、それなら少しは話が早い。ネオア-スに加わったには加わった。前から思想的にもかなり同意できた。ただ実行性はないように見えた。明らかに思想団体で、行動はデモだ。確かにデモンストレーションは大事だ。しかし、ただの説得攻勢は時間がかかり過ぎる。俺たちには時間がない。違うか?」
シロ-は理解はできるがやはりそれは違うと思い、
「俺には、デモが大事だと思うし、平和的だと思う。時間はかかるかもしれないけど、慌てて武力的なことを用いるのは破滅を早めることにならないか?すでに人類は瀕死だ。潰し合いは最もやってはいけないことだろう?」と言うとハヤトは
「ああ、確かにそうだな。でも急がないと時間切れだ。論争をしている間により早く自然に滅びるかもしれない。それなら多少の武力衝突があっても対策を早めて自然の進行の速さに勝つしかない。」
シロ-は「多少ですか?」
「そうさ、多少さ。その量を決めるのはお前なんだぜ、シロ-。」
シロ-はムッとして、「俺を巻き込むな。俺は関係ないだろう。そもそも、なんで今回の取り引き条件が俺なんだ?」
ハヤトは声を出して笑い、「そうか、お前は何も知らないのか?そうか。こりゃいい。まだ誰も説明してないんだな。」
「?」
「いいだろう、そのうち説明してやるからひとまずついて来い。悪いようにはしない。」
ハヤトが向かったのはやはり、大学だった。
門の前にはレナがいた。
「上手くいったと言ってもいいのかしら?」
ハヤトを一瞥してから、視線をシロ-に移し、「リンだと思わなかったのね?どこで私だと?」シロ-はそれには応えなかった。
「まあいいわ。もう遅いからとりあえず休みましょう。」
ハヤトが「シロ-と話したいので同じ部屋にしてくれ。昔のように話そうぜ。」
シロ-はただ無言でハヤトについて行った。
理系棟I Iの奥に、来た部隊の寝所を設置した。大部屋もあるようだが、ハヤトとシロ-は小さい事務室スペースに簡易ベッドを置いた二人部屋に入った。
ハヤトは「あ-あ、疲れたなあ、シロ-」
シロ-は横になり、ハヤトと同じようには天井を見上げる。
「俺の知らないことって何ですか?」
ハヤトはしばらく黙っていたが、
「そうだな、俺が知る限りという条件付きだが話そうか。」
シロ-はベッドに腰かけるように座り、ハヤトの話を待った。
「俺が話を知ったのはまずは父のミヤマとバル博士の話を聞いたからだ。ある日、バル博士が父のもとに来た。学問の世界では異端者だが、なんと言っても二人は友人同士、研究仲間だ。居間で話していた。」
ミヤマとバルはテ-ブルを挟んで、バル博士は腕組みを崩さなかった。ミヤマ博士はアルコールをたしなみながらバル博士の話をじっと聞いていた。
「ミヤマ、そろそろ、次の段階に入らないか?時間はあるようで無いかもしれない。」
ミヤマは姿勢を崩さない。「ようやく我々の主張が説明できる状況になったじゃないか。私の説は人類をさらに先に進めるためのもので、異端者扱いももう終わりになるだろう。明らかに今回の検査結果はそれを示している。次に進もう。」
ミヤマ博士はグラスをテ-ブルに置くと、バル博士に静かに話しかける。
「いや、我々の仮説は証明されたが、説明は公表できない。分かるだろう?我々のは思考実験でなく、実証してしまっているのだ。許可の得てない手段で。」
バルは落ち着いて応じる。
「いや、許可はなかったかもしれないが、結果としては、誰にも迷惑無く証明した訳で、成功だった。」
ミヤマは
「結果オーライではダメなんだよ。我々は過ちを犯したとも思っている。」
バル博士は
「適応しているのでいいじゃないか。シロ-の細胞の耐性を見ただろう?彼は誕生した時から可能性を負っていたが、やはり身を結んだ。私の理論は正解だったのだ。早期に地上に戻れるようになるだろう。生物界が合同で地球に適応するのだ。地球に生まれたもの同士で結束する。」
話の途中で、シロ-が口を挟んだ。
「ちょっと待ってくれ。今の話は元から俺は細工されていたということか?自然でなく?」
ハヤトはゆっくり、静かに応じた。
「そうさ、君は作られていたのだ。まあ今の時代、多かれ少なかれ干渉されているが、俺たち世代で最初からは珍しい。しかも非常に良い形質をシロ-は獲得した。お前の細胞からシ-トを作成する過程ですでにその将来性まで話ができるものだとわかったんだよ。」
シロ-は何と言っていいか言葉が出なかった。
「誇っていいことだろ。潜航ス-ツにするのにシアノバクテリア遺伝子を入れるが相性があるだろう?シロ-はあっという間にレベル6だ。眠っていた能力が開花してきたんだ。他にももっと色々起こるかもしれない。」
シロ-はすでに起こっていることは黙っていた。考えてみると潜航ス-ツだけで探知能力が惹起される訳ない。自分の体との連動が無くては。
「シロ-だけでなく何人かが耐性を早く身につけたこともわかっているがシロ-の場合はずば抜けていたんだ。どう言うことをしたのかはまだ知らない。バル博士も教えてくれない。ただお前をこちらに引き入れろとだけ言われた。まあここで調べて見れば分かるだろう。」
「バル博士はここにいるのか?」
ハヤトは、しばらく黙っていたが、
「いや、バル博士はここにはいない。というか今の居場所がわからないんだ。お前を返した後に、共同研究の話をヤマト管理局にした後に、ミヤマ博士からまずは話を聞くとの連絡があり、バル博士と何人かで管理局棟に行ったんだ。入り口で父が待っていてその後二人で管理局に入って行きその後連絡はついていない。」
シロ-は困惑して
「じゃあどうやって俺を調べるんだ?」
ハヤトは
「いや我々には詳細なことはできないが、潜航ス-ツの生産はできる。今のス-ツはすでに老化がひどくてな。お前も見たと思うが、俺らは違うヒトの潜航ス-ツを着られるようにする技術はあるんだ。大量生産する。まずは地上に拠点を作るんだ。協力してくれ。」
シロ-はハヤトを見つめて「そんなに急ぐ理由があるのか?」
ハヤトは「急ぐ?遅すぎるので普通くらいに戻したいのさ。自分が生きている間に地上に住みたい。」
シロ-は「俺にはまだよくわからないがな。」
疲れていたのか目を閉じるとすぐに寝落ちしてしまった。
翌朝起きるとシロ-は決心をしていた。ハヤトらに協力することにしたのだ。なるべく長い時間地上に出ていたい思いには同意できる。利用されるとかそう言う問題ではない。
レナにもまた会ったが特に考えについて言い合うこともなく心境に変化はなかった。ただ確認したいことはあった。
「バル博士の行方がわからないのは本当か?」
「ええ、貴方を返した後、技術提携の申し入れをした後誰も見てないわ。」
「技術って皆が俺のス-ツを着れる技術か?耐性も上がる?」
「他に何があるの?」
「レナは俺のス-ツを着たか?」
「いいえ、私は、自分ので充分に耐性があるから。」
「え?君の細胞でス-ツを作ったのか?女性で作成例はなかったはず。」
「私達がそんな制約にこだわるわけないでしょう。皆試しているのよ。」
そうか、そんな中で俺の細胞が見つかったわけか。レナは、そしてハヤトも知らないのではないだろか、俺の自己組織化ス-ツの性質を。バル博士はどのくらいわかっているのか?彼は狙っていたかもしれない。俺を観察していたはず。待てよ、ミヤマ博士は脅迫と言っだが技術提携?もしかしたら、俺はミヤマ博士を見誤っているのかもしれない。もしかするとバル博士は管理局に?
「レナ、このス-ツで地上に出る話しだが、まだ難しいだろう?どうするんだ。」
「昔、人類は火星に住もうと考えてだでしょう?それを今の地球にするだけ、ド-ム状区画を作り都市建設をする。」
「建材やら何やらどうするんだ?」
「できない理由を列挙するより行動しないと。」
「そんなことは管理局の潜航調査が済んでからやればいいだろう?急ぐ必要はない。」
「太陽の下で暮らしたいのよ。自然でしょう?」
シロ-もそれは感じるが。
「ス-ツの量産化はだいぶ早まる。一部かもしれないけど一時的な定住は可能だわ。」レナはあくまで進める気だ。
まあ理解はできた。
「もういいだろう?俺は帰るよ。」
「私達と太陽を目指しましょう?」
シロ-は笑いながら首を横に振り、
「俺はガラじゃない。だが協力する時は協力するから呼んでくれ。」
軽く手を振って建物を出る。正門に行くと、リンやサイトウ、警備隊が集まっていた。
「シロ-、大丈夫?」
「大丈夫だよ。何もされてない。特に彼らは危険なことは考えてないよ。サイトウさん、彼らを放っておいてあげてもらえませんか。俺も時たま彼らに接触して様子はみますから。」
「大丈夫なんですか?不穏な感じはしますが。」
「大丈夫ですよ。それより、早くヤマトに戻りたいです。あっちのほうが危なそうだ。」
リンはびっくりして、「ヤマトの方が?どういうこと?」
「まだわからない。行って確かめるよ。」
リンは「私も行くわ。私もいろいろ確認したい。」シロ-は頷くと、「急ぐぞ。」
サイトウも「私も行きます。こちらへの影響もありますので。」シロ-はサイトウに「ありがとうございます。重要な視察になりますよ、きっと。」緊張した表情で確信を持っているように話すと握手した。
ヤマトへの帰還
シロ-達は帰途を急ぎ、来る時は1ヶ月かかったところを2週間と少しで帰った。ヤマトは表面上変わっていなかった。シロ-は真っ先にミウに会いに行き、リンを紹介した。「昔、会っているからかしら、初めて会った気がしないわ。」
「本当ね、確かに初めてではない気がするわ。」リンも応じた。
シロ-はヤマデラでの経験をひたすらにミウに説明した。ハヤトに会ったこと、彼らの活動の狙いなど、話しながら自分で頭を整理している感じである。
「レナに会ったよ。リンとほとんど区別つかなかった。」実は、シロ-はレナとリンの区別は何故か何となくつくようになっていたがミウには話さなかった。特別な感情があるとかミウに誤解されるのが嫌だったのだ。
ミウは嬉しそうにシロ-の話を聞きながら、リンに、これまでのヤマデラでの生活を尋ねたり、音楽の話をしたりした。
シロ-はそう言えばレナはオカリナをやっていたことを思い出した。リンはコンサートではボ-カルだったけど、オカリナは吹けるのか?「リンはオカリナ吹けるのか?」
リンは一寸ミウの方を見てからシロ-に
「え-、吹けるわよ。最近吹いてないけど。
何故?」
「いや、レナは結構音楽と言えばオカリナだったから。小さい頃に一緒に吹いていたのかと思っただけさ。」
ミウの計らいでリンはミウの家に泊まることになっていたので、リンが部屋に休みに下がると、シロ-はしばらくミウと話し、そして一緒の部屋で休んだ。
朝早く目が覚めるとミウはまだ寝ていた。
シロ-は顔を洗って、リビングで水を1杯飲むと、今日のことを考えた。どうするか、バル博士が居そうなところを調べてみるか、ミヤマ博士を問い詰めるか。バル博士がいない可能性もあるが、明らかにミヤマ博士は何か関わっている。
翌朝、シロ-はミウの通勤に付き合って一緒に管理局に入った。管理局の宿舎に滞在するサイトウはすでに来ていた。
「おはようございます。これからどうしますか?」
「まず出張申請を総務部にして、ミヤマ博士に会いに行きます。」
「じゃあ総務部にはご一緒しましょう。その後は私は警備部に行きます。夕方にはどこか飲みに行きましょう。」
二人は連れ立って総務部に行き、シロ-はあたり触りのないこと、サイトウも関わっていることを中心に重要事項報告を行った。その後、一人でミヤマ博士の部屋に向かった。部屋の前で一瞬何を話すか考えるが、まあとりあえず出張報告だなと考えノックした。
「はい、どうぞ」と中から返事があり入るとミヤマ博士はにこやかに出迎えてくれた。
「シロ-じゃないか。お帰り、ヤマデラはどうだった?蒸着シ-トは問題なかったかな?」
シロ-も笑って、
「はい、シ-トは問題なかったです。ヤマデラでも一応メインテナンスできましたし。あちらで聞いた話ですが、ミヤマ博士はあちらの大学でも仕事されてたんですね。」
ミヤマ博士は照れたように笑い、「いや、講義を少しと共同研究を短期間やったくらいさ。大学にも行ったのかい?」
「ええ、面白かったです。学生のノリもこちらとだいぶ違いました。」
「シ-トのメインテナンスは医科学部かな?」
「向こうの管理局で手配してくれました。でも大学には変わった施設もありました。あとあそこは文化活動も盛んで羨ましかったです。そう言えば、ハヤトに会いました。」
シロ-はミヤマ博士の表情を吟味しながら話した。ミヤマ博士は一寸苦笑いしたが
「あいつヤマデラにいたのか?元気だったか?」
「ええ、でもネオア-スに軽く関わっているみたいでした。バル博士とはこの管理局建物前で別れた後バル博士が行方不明になったそうです。ミヤマ博士のところに来たはずと言ってました。」
ミヤマ博士は少し真剣な表情になり、
「あいつとは仲間だからもちろん会ったさ。研究上の協力を持ちかけられた。とてつもなく魅力的なものだ。しかし、知っての通り彼は疎まられている。彼の協力はこちらでも欲しかったが、断ったよ。デ-タの共有は無理だとね。」
「どこにいるのかご存知ないですか?ちょっと話を聞きたいのですが。」
ミヤマ博士は首を振ると、
「別れた後は知らん。罵倒されたしな。もう来ないだろう。」
「前にバル博士とやられていた研究はどのようなものだったのですか?」
「前に少し話したが彼は植物の性質の研究をやっていて有用な性質をヒトで利用することを考えていた。君のシ-トの耐性を強化したような。
非常に利用価値もあるが科学的興味だけで暴走してしまったんだ。それで追われた。会って何を話すんだね?」
「いろいろ考えることがあって。自分のことを含めて。」
「?」ミヤマ博士は怪訝な顔をした。
「では失礼します」シロ-は部屋を出ると
サイトウに会いに階下に向かった。出口でサイトウに会うと
「どうも変ですね。ここは。通常地下はセキュリティは高めるが警備部には出入りを許可しています。武器を置いたり、訓練するためです。ここは地下3階までありますが地下2.3階は総務部管理で立ち入り禁止なんです。何に使っているか課長レベルは知らない。総務部長にそれとなく聞いたら倉庫だって言ってました。」
シロ-は間違いない、そこにバルがいると直感した。しかし、サイトウをあまり巻き込みたくはなかった。とりあえずは食事に行って考えよう。
2人は管理局棟を出ると繁華街にも向かった。それを棟の4階から見ている人物がいた。ミヤマ博士と総務部長だった。
ミヤマ博士は「どうも勘づかれているようだ。こちらからけしかけてみますか?」と話し総務部長の同意を求めた。「大丈夫ですか?」部長は不安気だったが、「いずれこうなることは折り込みずみだ。反応を見て考えよう。」
部長はやれやれと言うように肩をすくめると、「ok です。まあ成り行きまかせでは問題とは思いますが。」
サイトウを繁華街に連れ出すとシロ-の行きつけの豆腐料理の店に行った。「シロ-さん、いい店ですね。豆腐料理屋はヤマデラにもありますが、雰囲気もメニューもいい。」
シロ-は笑いながら
「サイトウさんには何かと面倒かけてますので今日はご馳走しますよ。ここは何でもうまい。」
しばらくの飲み食い、談笑の後、サイトウは「シロ-さんは何か調べようとしているようですが、管理局とも関係しますか?協力できることは協力しますよ。行政上の不祥事を正すのも私の管轄ですので。」
シロ-は
「いや、まだよくわからないんです。ヘタに話を広げると迷惑かける範囲が広がるので、ぼちぼちと自分で調べます。そのうちお願いすることはあるかもしれませんので、その際にはお願いします。」
サイトウは
「遠慮無しですよ。ヤマデラで貴方達には大変助けられましたしね。そう言えばリンさんは?」
「リンはミウと観光です。と言っても思い出の場所巡りみたいですが。」
食事後、家に向かっていると、シロ-は2人組の事務員風の男に呼び止められた。
「シロ-さんですね。管理局の者ですが、シロ-さんをお連れするように命じられました。こちらへ。」それだけいうと2人は歩き出す。「どこへ?」と聞いても無言で歩いていってしまう。慌ててシロ-はついて行った。
管理局棟に戻ると、2人は階段を下り、地下3階のゲ-トを解錠し中へ入った。中は意外と明るかった。その中の303室の前に来ると、ノックし、
「バル博士、入りますよ。」と呼びかけた。
その頃リンとミウは大学の講堂に来ていた。
「懐かしいけど、だいぶ古びたわね。」
「そうお?ずうっと見てるから違いは感じないけど。」
「昔はよく演奏したわね。」
「うん、リンは歌も上手かったし。」
「15年も経つけど、昨日のことのように覚えているわ。文通のおかげね。」
「そう、私たちだけは繋がっていた。周りが変わっても私達はいずれ音楽でやっていくと誓ったから。」
「途中からは別の誓いも聞かされたけど。」リンは微笑しながら意味ありげにミウを見る。ミウは赤くなりながら、「しょうがなかったのよ。シロ-を守ることは私のもうひとつの誓いなんだから。」
「まあ、私も貴方の相方として、守る約束はしましたが、あまり役立てなかったかも。レナはともかく、ハヤトとの接触があんなに急だとは。」
「大したものよ、リン。シロ-がいろいろ動けたのはリンによるところが大きかったことは本人から聞いているから。本当にありがとう。」
「いや、しかし、まだ何も解決はしていないけどね。貴方の旦那は面白いけど、危なっかしいね。ミウの心配もわかるよ。でも彼の悩みは大きいようだから、支える貴方も大変だね。」
ミウはそれにはあっけらかんと「それは苦労でも何でもないわ。大丈夫。」
「はいはい、ご馳走様。この後は?」
「家で食事しましょう。もっと話したいことあるから。」
ミウの家に戻るとミウの両親も加わり昔話に花を咲かせた。リンはこんな雰囲気は、この15年間味合わなかったことを感じ、ミウを羨むとともに、ここに呼んでくれたことに感謝した。
一方、バル博士のもとに連れて来られたシロ-は予想はしていたものの、この急展開に少し面食らっていた。平静を保つように気をひきしめた。バル博士は取り引きに来た際にやはりヤマト地区で幽閉されていた。
病室のような部屋に入ると、バル博士はベッドの前に設置された書斎机に向かって座っていた。バル博士は衰弱していたが、シロ-の手を握ると
「シロ-君、君は自分の価値を認めるようになったか?ハヤトやレナにも協力してもらっている。仲間になりたまえ。」と迫った。
「シロ-はハヤトやレナには協力しますよ。ただ言われるがままという訳にはいかないですが。」
バル博士はややホッとしたようなため息をつき、続けて、「ミヤマは何も君には話してないらしいな。君は我々が誕生させた。君の両親は事故で亡くなったが、君を妊娠中だったお母さんから君は生まれた。君は不妊治療をしていたお母さん達の願いもあり、受精卵の時から操作されていたのだ。すでに細胞実験段階では成功していた植物の遺伝子効果を狙った。細胞に量子信号のやりとりをする性質を持たせることにしたんだ。光合成タンパク質の電子伝達の速さを模倣し、外から細胞を活性化し続けたんだ。上手く君は死産せずに生まれた。それだけでもすごかったが、君は適応性、いわゆる適者生存を自ら作り出す能力を持っていた。君の成功の後、何人かの子供に君のような操作をしたが、あまり上手くいっていない。それで、やはり君を頼りにするしかないと考えたのだ。ミヤマを説得したがダメだったので、潜航中に君を説得しようとしたがダメ。それではということで、交換条件で君に会わせろと言ったらこのザマだ。ミヤマは、あいつは何か企んでいる。せいぜい気をつけることだ。」
バル博士はここまで一気に話すとベッドに向かい横になってしまった。
「ここから出ないんですか?」
バル博士は首を横に振ると、
「いや、ワシは疲れた。むやみに動くと寿命を縮めそうだ。ここでゆっくりするさ。」
シロ-は部屋を出ると待っていた2人と地下3階を出て、今度は上の4階に向かった。
ミヤマ博士は別れた時と同じテ-ブルに向かって座っていた。
「シロ-、呼び戻してすまなかった。ちょっと気になったのでもう少し話せたらと思ったんだ。」シロ-は責めるように
「貴方は、バル博士の消息ついて僕が尋ねた時は、別れた後はバル博士を知らないと言っていました。でも先程ここで会いましたよ。」
ミヤマ博士はどこ吹く風で
「別れた後は知らないのは事実で、この建物にいたかもしれないが会ってないので知らないのは本当だ。」
シロ-が苦笑していると、ミヤマ博士の方が尋ねてきた。
「自分のことを含めて、バルと話すと言っていたね。何の話をしたか聞いてもいいかね?」
シロ-はまずはハヤトから聞いた話しを簡単に話すと、ミヤマ博士はため息をつきながら語り出した。
「ハヤトが盗み聞きしていたとは知らなかったが、バルからも聞いたかもしれないので、大枠はわかってきているだろう。我々は生命操作を試みてきた。そして君が生まれた。でも、バルの知らないこともある。不妊治療中の君の両親はいくつかの受精卵を保存していた。バルが私との研究開発をやめた後、私は君のご両親の受精卵を使って女の子を欲しがっていた妻に移植、レナが生まれた。そう、君とは兄弟なんだよ。その際にたまにあることなのだが、妊娠中に双子になって、そして生まれたもう一人がリンだ。ある年代まではリンはレナと仲が良かったのだが、5歳くらいになるとレナを避けるようになった。一緒にいると気分が悪くなるらしい。そこで二人を引き離して育ててきたのだ。
何故5歳になってと思うかい?それは人の女性は卵子の素がこの時期になるとできる。個 成人になると、同じタイプでもそれ程は反発しないが、未成熟な卵は磁石の同じ極のように二人の間にバリアを作るようなんだ。まあこれは普通なのかもしれないが、君はレナにもリンにも惹かれないだろう?異性でも同じ出のタイプは相容れないんだろうな。生命の神秘だなあ。」
シロ-は何か少しこれまでの違和感が理解できたと感じた。
これがおそらく合図無しでもレナとリンがわかったことに関係するのかもしれない。とすると双子で少し違いがあるのではないか。
「それでリンとの記憶はおぼろげでした。かなり幼い時期に別れてしまったため。その後どこかで会ったのかもしれないけど、似た二人だったし、別々の認識の記憶が無いのか。」
「そういうことだろうね。まあ君がどう捉えるかは君自身の問題だが、君は両親の願いの中、生まれて来た素晴らしい存在だ。私はその手助けをした、その結果生まれた君の細胞の性質が人類の生存の役に立ちそうになっていると言うことだ。全く悪いことはない。」
「バル博士の拘束はどうです?」
「彼は犯罪者であり、君の問題とは別問題なのもわかるだろう。君がバルに関わってくるなら問題が生じるかもしれんから全て君に公開したんだ。わかってくれるね。通常生活に戻りたまえ。」
次の日は、管理局で潜航について、今後の方針、予定を聞いた。シロ-はなるべく早くヤマデラ、そしてサドゴ-ルドに行ってみるつもりでいた。今、管理局が考えているヤマデラに行くまでので行程の安全性の確認をした。とりあえず、ハヤト達の暴動めいたことも収束し、バル博士も拘束中なので、特段の留意事項はなかった。
シロ-は管理局を出ると、大学に行った。昨夜のことを考えながら。ミヤマ博士の話は衝撃の事実なのかもしれないが、実感が湧かない。筋が通っている気もするが、今ひとつ納得出来なかった。
何故バル博士はあそこに拘束され、また出て行くことを拒んだのだ?ハヤトがヤマデラにいることをミヤマ博士は本当に知らなかったのか?俺のシ-トの特殊性はある程度理解出来たが、シロ-のシ-トの持つ変形性はミヤマ博士は知らなかったのか?
講堂のそばに来るとオカリナの音が聞こえてきた。
リンか?いや違うレナじゃないか?
シロ- は講堂に行く。服からしてレナに見えた。しばらく遠目で聴いていると、レナは気づいて演奏を止める。
「シロ-、久しぶりね。私だとわかっているんでしょ?」シロ-が黙っていると
「戻ってどう?色々わかってきた?父に、ミヤマ博士には会ったんでしょ?」
シロ-はようやく意を決して
「ハヤトでなく、君だったんだな?キ-パ-ソンは。」
「何の話?」レナは怪訝な顔で、問い返す。
シロ-は続ける。
「まあいい、兄妹ゲンカに他をあまり巻き込むな。」
レナは微笑んで
「聞いたのね?まあいいわ、急に兄さんと呼ぶ気はないけど、兄妹ゲンカのレベルの話ではすでにないわ。シロ-、貴方の役割を果たすのよ。それで全て上手くいくわ。」
「俺の役割?そんなものは無い。あるとすれば、、」
「何?」レナが聞くと
「まあいい。何でもない。何かあればハヤトに話すよ。じゃあな。」
シロ-は講堂から出て、官舎に戻った。ヤマデラから戻ったシロ-は正式に地上調査部の職員になり官舎に住むようになったのだ。
シロ-の中で色々なピースが繋がり、はめ込まれつつあった。官舎ではサイトウが1階の休憩室にいた。
「シロ-さん、ここはいいですね、酒も飲める。」
官舎の1階は社交場でもあるので、管理局管理のバ-が併設されている。
「サイトウさん、まだ飲むには早くないですか?」シロ-が笑いながら言うと、
「まあ、旅行のような出張ですからハメを外させてください。昨日はあれから何かありました?」
シロ-はどこまで話すか悩んだが、自分のことだけくらいなら話していいかと考え、
「あれからもう一度ミヤマ博士に会ったんですよ。自分のことについて。自分の両親のこととか、思い出話を少し話して来ました。」
「シロ-さんのご両親ですか。」
「ええ、両親とも研究者でミヤマ博士と親交があって。」
「そうですか。ご健在なんですか?」
「いや、昔事故で亡くなったんですよ。自分の生い立ちやら、周辺のことが知りたくなったんです。でも大した話は無かったんですが。」
シロ-はまずはこのくらいでいいかと考え、
「そういえば、管理局棟の作りが、ヤマデラと違うという話をしていましたよね。そう言うものなんですか?」
サイトウは楽しそうに語り出す。
「ええ、通常このような行政機関は同じデザインにするのが普通です。異動があっても、新しい勤務地にもすぐ慣れる。ものの置き場所も統一してた方が整理しやすいんです。まあ新しく出直した官僚機構なのでシンプルなのがベストです。」
「そう考えるとあの地下の階の作りはかなり変わっていると?」
「まあ、もの置きにするような場所なのでヤマト地区のような主要都市では大きなスペースが必要なんでしょう。作りと言えばこのバ-の併設もここならではでしょう?」
「そうですね。確かに。」
「シロ-さんは、しばらくこちらでの勤務継続ですかね。ヤマデラにスカウトしたいくらいですが。」
「ありがとうございます。しばらくここで過ごします。でも近いうちにサドゴ-ルドを目指しますよ。」
「サドゴ-ルドですか?今は何もないですよ。前にも話しましたが情報はあまりないのでシロ-さんに見てきていただくのは大変ありがたいですが。あそこは地上植物の再生、繁殖のためのエリアにして、空気の浄化しか考えられていないし。ただ、ああそうか。ネオア-スですか?」
シロ-は真面目な顔になると、
「そうです。彼らの思想の根本で呼応する場所はどこかと言えばあそこだと思うんです。」
サイトウはやれやれと言う風に頭を掻きながら、「サドゴ-ルドは管理局も扱いに悩んでいるところですよ。紛れこむ場所はたくさんありますが、探しようがない。あそこまでの連絡通路は昔の鍾乳洞なんかも繋がっていて複雑なんです。通常管理局が使う正規のルートと言えるところもありますが、いくつの経路があるかわからない。住民と管理局との付き合いも自己申請が中心なので追えない。ほとんど研究者なので大学に網かけて不法なものを持ち込んでないかは調査しますが。」
シロ-は上を眺めながら、そして大きく頷いたように首を縦に振ると、「そう、大学なんですよ、あいつらが利用しているのは。カムイもレナも大学でこそこそしていたし、ハヤトやカムイが身を隠したり、何かの拠点をおくのはサドゴ-ルドに違いない。そこで何かするつもりかもしれない。私はある程度協力することにしてしまったので、もし世に敵対するようなことをしていれば自分の手で潰します。」
サイトウは
「いや、そこまで責任に感じることはないですよ。何か掴んだら私に知らせてくれれば片付けますよ。」シロ-は微笑んでサイトウに酒を渡し
「何かの際にはよろしく!」と乾杯した。
遅くまでサイトウと飲んでいたため、翌朝は起床が遅く、ミウを訪ねたのは昼になった。
ミウとリンは出かける用意をしていた。「シロ-.遅いわよ。出かけてしまうところだったわ。」ミウは口を尖らせた。
「ごめん、サイトウさんと昨夜飲んでね。いろいろ話しこんじゃったんだ。そう言えばレナに会ったよ。」
ミウとリンは顔を見合わせると、ミウは
「いつ会ったの?どこで?」
「昨日の午後、大学のそばに行ったらオカリナが聞こえたので、講堂に行ったらいたんだ。」
ミウとリンはまた顔を見合わせて、「私達も講堂に行ったんだけど、レナには会わなかったわ。ニアミスか、陰から見ていたか。」とリン、
「そう、レナからは、貴方たちが帰ってくると聞いてから少しして、やはり近いうちにこちらに来ると連絡あったの。こんなにすぐなんて。」とミウは驚いていた。
「追いかけてきたのよ。シロ-か、私を。」
リンは少し微笑しながらシロ-を見た。
「まあ何か動きがあると思ってきたんだろう。ミヤマ博士と話したことも何故か知ってた。」
ミウはシロ-を見つめて
「何を話したの?」
「まあいろいろだよ。その内話すよ。」
「そう、で、どうするの?」
シロ-は少し困惑して
「どうって、普通の暮らしに戻るさ。潜航して地上にどう返るかを考える。そうしたいと思ってここまで来たんだ。」
ミウはとても嬉しそうに笑うとシロ-に飛びつき
「良かった、いろいろあってシロ-が変わってしまったのではと不安だったの。」とひとりごとのように言った。
「ごちそうさま、私はどうしたらいいかしら?」
と二人の甘えた様子を苦笑いして見ながらリンが話すと
「ごめんなさい、買い物だった。シロ-も行きましょう。」
シロ-は腰を上げながら頷き、二人を追うように歩き始めた。
第1部完
第2部に続きます。周囲の考え方が俄かに物騒になる中、自分の立ち位置に悩み、考える主人公シロー。仲間たちとの絆がどうなるのか。