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第四十話 先輩で同期で後輩で、恋人の愛桜ちゃん

 土日が終わって、また平日が始まって休日が来て、またまた平日がくる。

 そうやって社会は回ってきたし、これから先も回っていくのだ。


 今日も今日とて、僕は会社に来て仕事をしていた。

 一応、僕の会社では月に五回までの在宅勤務が認められてはいるものの、なんだかんだで出社した方が仕事が捗ると思ってしまう。


 対面の方がコミュニケーションが取りやすいし、家だとどうもやる気が起きないんだよな……。


 ここ数ヶ月で変わったことと言えば、異動した愛桜(あいら)が隣の席にいないことくらいで、あとはいつも通りの日々を送っている。

 少し寂しい気持ちはあるものの、愛桜が入社する前に戻っただけだと思えば、案外すぐに慣れてしまった。


 あと、愛桜は同じ会社にはいるので、会いに行こうと思えばいけるのもある。

 それに、土日のどちらかは必ず会っているので、会社ではこのくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。


 僕が、お昼休憩にでも入ろうかとパソコンから顔を上げると、目の前にヌッとその愛桜の顔が現れた。

 会社で話しかけてくるのは、今となっては珍しい。


「鶴野さん、()()()()です!」

「はい、お久しぶりです。今日はどうしたんですか?」

「さっき、企画部と営業部の打ち合わせがあったので、寄っちゃいました」


 僕たちは、白々しく再会を喜ぶふりをした。

 本当は、久しぶりどころか昨日の夜に会っているのだが、まあ会社では迂闊なことは言わない方がいいだろう。


 それから僕たちが雑談していると、愛桜が来たことに気づいたのか、続々と営業部の他のメンバーも話しかけてくる。


「煙山さん、企画部はどうですか?」

「そうですね、まだ覚えることも多いので、けっこう毎日忙しいです」

「それは大変ですね……。でも、煙山さんなら大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。なんとかやってみます」


 聞かないと不自然だとは思ったので聞いてはみたものの、こんな質問はもう愛桜には何回もしているし、企画部が大変そうにしていることも知っている。

 なんなら昨日も、仕事で疲れる愛桜の愚痴を聞いているし……。

 

 みんなの手前、初めて聞いたみたいな反応をしてみたが、隠すのはなかなか大変である。

 何か、他にも手頃な話題はないかなと僕が考えていると、賀来(かく)さんが、バタバタと足音を立ててこちらに向かってきた。


「あ、賀来さんおつかれさまで――」


 賀来さんは、挨拶しようとする僕には目もくれず、愛桜の眼前に陣取って勢いよく言った。


「愛桜ちゃん、ついに彼氏できたんだって!?」

「……はい、できました!」


 照れながらも初々しい笑顔を見せた愛桜の返答に、賀来さんを中心とした女性社員たちは歓声をあげて盛り上がった。

 僕から話題を振る必要は無くなったのはいいものの、これまた参加しづらい話題である。

 

「いいね。いつから?」

「えっと、去年の秋くらいですね」

「やっぱり? その頃から、愛桜ちゃんなんか雰囲気変わったなって思ってたのよ!」

 

 女性社員たちの質問は止まることはない。

 その彼氏とは僕のことですという言葉を飲み込み、ジッと黙って続きに耳を傾ける。


「え、誰? この会社の人?」

「それは……秘密です」

「それ絶対うちの会社じゃん!」

「そうかもしれないですし、そうじゃないかもしれません」

「えー、いいじゃん。教えてよ!」


 賀来さんは、僕に意味ありげな視線を送ってきたが、僕はそれに気づかないふりをした。

 その一方で、愛桜も僕に向かって、他の人には気づかれないように目配せをしてくる。


 愛桜は、彼氏ができたこと自体は、会社の同僚たちには伝えるつもりのようだが、その相手が僕であることは今のタイミングで明かす気は無いらしい。


 僕としては、「隠すのも隠さないのもどちらでもいい」というスタンスではあるのだが、また隠すことを楽しんでるよこの人……。

 

 でも、特に悪いことをしているわけでもないし、楽しそうな愛桜を見ていたら、僕もちょっと楽しくなってきた。

 ただ何となく、賀来さんみたいに仲の良い人には既に察せられている気がする。

 

 その後、ますますノリノリになった女性社員たちの手で、愛桜が休憩スペースへ連れて行かれてしまった。


 すぐに、他の男の同僚たちと、勢いがすごかったなと顔を見合わせる。

 連行される去り際、愛桜は「今日ランチ行きません? 三十分後くらいに!」と叫んできたので、僕は苦笑しながら頷いて手を振った。


 *

 

 きっちり三十分後。

 会社のエレベーターホールの前に、愛桜と三人の女性社員がやって来た。

 

 僕も、休憩のタイミングを合わせることができた五人の同僚と一緒に、愛桜たちのことを待っていた。

 

 計十人。

 愛桜とランチを食べたい人は、同じ営業部のなかにもいっぱいいるみたいで、こういうところでも愛桜の人気を思い知る。


「それじゃ、行きましょう!」

 

 けっこうな大所帯となった僕たちは、愛桜の号令で会社の外へと出る。

 空いていて、団体客が迷惑にならなそうな店はないかと考えた結果、あの洋食屋に行くことにした。


 この前、愛桜と歩いていて見つけた、外観が古すぎるけど絶品のオムライスを出してくる店だ。

 

 僕と愛桜が先頭で、すっかり葉桜になった大通りを歩く。


 空が青く澄み渡る、春と夏の中間くらいの季節。

 日差しに当たるとほんの少し暑く、でも木陰に入るとほんの少し涼しい。


 少し湿った穏やかな風が、肩くらいまで伸びた愛桜のミルクティーベージュの髪と、若緑の葉桜の枝を揺らした。

 

「良い天気ですね」

「そうですね」


 道中の会話は、それだけだった。

 

 初対面でもできるお手軽な会話の内容だが、意外と話が広がらないので沈黙を生みやすい話題でもある。


 というか、初対面よりもその後二回目に会う人と会話する時の方が、よっぽど気まずくなることが多いのはいったい何なんだろう。

 踏み込みすぎなくていい初対面とは違って、前回話したことと関連付けて会話の内容を考えなくてはいけないからだろうか。巧妙なトラップである。

 

 でも、ずっと無言で歩く僕と愛桜の間には、そんな気まずさはまったく無かった。

 何年かずっと一緒に、恋人として連れ添っているような安心感すらある。


 ――ただ一緒にいるだけで、お互いの存在だけが心地よかった。


 *


 あれから、ちょくちょくとお店へ来ていることもあって、店員のおばあちゃんは僕と愛桜のことを覚えてくれていた。

 

「あら、愛桜ちゃんと鶴野くん。よく来てくれたわね」

「おばあちゃん、ありがとうございます! 今日は、会社の人も連れてきました!」

「こんなにたくさん、ありがとうね」


 店員のおばあちゃんが、ゆっくりとした口調でお礼を言うと、外観にビビっていた同僚たちも続々と店に入ってくる。


 そんななか、むしろ興味津々といった様子で恐れずに店に入ってきていた賀来さんが、勝手知ったる顔でテーブルを運んでいた愛桜に言った。

 

「愛桜ちゃん、よくこんな良いお店を知っていたね!」

「この前散歩してたら見つけたんですよ。私たちの隠れ家です」

「そっか二人の……ね。うん。良い場所なのが分かるよ。素敵な秘密を教えてくれてありがとう」


 賀来さんはそう言って微笑むと、席に座って人数分のお冷を用意し出した。

 もう少し何か言ってくるかと思ったが、すぐに引き下がっていったのが拍子抜けだ。


 愛桜もそう思ったのか少し首をかしげて、困ったような顔で僕を見る。


 でも、すぐに気を取り直して、メニューを二人に一つ行き渡るように配り、最後に空いていた僕の隣に腰を下ろした。

 

 いつも僕たちの注文はオムライスと決まってはいたが、意味も無く二人同じメニューに目を落とす。

 僕たちは、見ているメニューと何も関係のない会話を始めた。

 

「もうすぐ、企画部にも新人が入ってくるらしいです」

「おっ、ついに一番下じゃなくなるんですね」

「そうなんです。……私も、鶴野さんみたいな先輩になれるんですかね」

「はい。煙山さんなら、すぐに新人と良い関係性を築けると思いますよ」

 

 愛桜の面倒見が良いことは、ゼミ時代にも証明されている。

 というか、何を心配しているのだろう。


 僕と愛桜は最初の出会いこそサークルの同期だったが、次にゼミの先輩で、その次は会社の後輩だ。

 どんな関係性であっても、周囲の期待に応えようと懸命に努力する愛桜は魅力的である。


 愛桜とは、これまでも色々な関係性ごとに、数多くの秘密を共有してきた。

 今ではそれらが積み重なって、僕に素に近い表情を見せてくれるようになったのが、たまらなく嬉しい。


 ――だから、 先輩で同期で後輩で、恋人の愛桜のことが好きだ。

 

 頼りがいのある「先輩」の愛桜も、気兼ねない「同期」の愛桜も、放っておけない「後輩」の愛桜も。

 そして、最近見せてくれるようになった、特別でかけがえのない「恋人」の愛桜も、大好きだ。


 けっきょく、先輩とか同期とか後輩とかの関係性じゃなくて、愛桜が愛桜であるから好きなんだろうな。


 ……もちろん本心ではあるのだけど、考えていたら急に恥ずかしくなってきた。

 僕は、火照る頬を冷やそうと、賀来さんの注いでくれた水を一口飲む。


 やがて、愛桜が何の前触れもなく、テーブルに置いてあったメニューを手に取った。

 そして、開いたままのメニューを僕の膝の上に置いた後、そのまま周りの人に見えないように、メニューの影で僕の手を握ってくる。

 

 温かくて柔らかな手の感触に思わず声をあげようとした僕を、愛桜は「シッ」と指を口に当てて制した。

 僕は、一呼吸置いて愛桜に小声で話しかける。

 

「いきなり何すんだよ」

「いいでしょ。さっき恋バナしてたら、与一の手を繋ぎたくなったの。ダメ?」

「まあ、ダメじゃないけど……」

「それに、私たちのことには誰も気づいてないみたいだよ」

 

 愛桜に目で促されて周りを見ると、他の社員たちはご飯を食べたり会話をしたりするのに集中していて、僕たちのことを注視している人はいないようだった。


 ホッと一息つくのと同時に、この状況になんだか笑い出したい気分になって、愛桜の手を力強く握り返してみる。

 それに気づいた愛桜は、その透明感のあるブラウンの瞳を細めると、いつものようにいたずらっぽい笑みを浮かべた。


【了】

本作品はこれにて、いったん完結です。

とても楽しく書かせていただきました!

今後、近いうちに番外編(愛桜視点)を公開予定です。


この先、愛桜と与一の物語の続きなのか、新作なのかはわかりませんが、何かしら書ければと思っていますので、また読みに来てくれたら嬉しいです。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

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