第三十八話 先輩で同期で後輩で、恋人の愛桜さん
愛桜が営業部から企画部へ異動してから、しばらく経った日のこと。
その日は休日で、朝から夜までずっと晴れの予報だった。
春の暖かな日差しが、ステンドグラス風の窓から注ぎ込んで、談笑する出席者たちを照らしている。
パーティー会場には美しい花々が飾られて、周囲は華やかな香りに包まれており、天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっていた。
開始予定時間を少し過ぎた頃、純白のドレスをまとった女性と、タキシードを着た男性が寄り添って会場に現れた。
一斉にカメラのフラッシュが光り、二人の名前を呼ぶ声が聞こえるなか、大きな拍手が響き渡る。
こんな調子で披露宴が始まると、共通の恩師で出会いの場でもある、ゼミの教授が温かい祝福のメッセージを送った。
教授は、手慣れた調子で挨拶をこなし、颯爽と僕たちのいる席へと戻ってくる。
今日の僕と愛桜は、同じゼミ生の披露宴に参加していた。
なので、新郎は僕ではないし、新婦はもちろん愛桜ではない。
そもそも、付き合い始めてまだ数か月しか経っていないし、時期尚早というか……。
……いったい僕は、誰に対して言い訳をしているんだろうか。
さて、今日の主役である二人は、新郎が愛桜と同じ学年、新婦が僕と同じ学年のカップルであり、学生時代から数年間付き合っていて、今日めでたくゴールインしたらしい。
そういうわけで、教授をはじめとした鳥栖や凛などの同級生たちも、このパーティーに出席しているということである。
なんか、同級生が結婚や出産などの、人生のライフステージを駆け上がっていく様子を見ると、取り残されたような気持ちになるよな……。
時の流れを実感する反面、まだ自分がそのような歳だと信じたくないという気持ちだ。
僕は、オルゴールアレンジの切ない曲に耳を傾けつつ、上映されている新郎新婦のスライドショーを見ながら、そんなことを考えていた。
やがて、僕たちも知っている大学生活の様子の写真のパートに入る。
……あ、愛桜が映った。
愛桜と新郎は同じ学年だから当然なのだが、先輩たちが仲良くしている写真が多い。
ゼミ合宿で、新郎と澄ました顔で論文の内容を発表する愛桜。
真剣な表情で、腕を組みながら新婦の話を聞いている愛桜。
卒論提出後に、みんなでグラスを持って、安堵した表情で乾杯する愛桜。
新郎新婦が主役のスライドショーのはずなのに、気づけば僕の目は愛桜を追っていた。
こうしてみると、愛桜は色んな写真に登場していて、同級生からも後輩からも慕われて頼りにされていたのが分かる。
そのことを誇らしく思うとともに、集合写真以外は愛桜と僕が映っている写真は一枚も無いことが気になった。
たしかに、ゼミではそんな写真を撮った記憶がないな。
……まあ、写真が無いだけで、僕たちは別によく話していたはずだが。
これからは、愛桜と色々なところへ行くたびに、写真を撮るようにしよう。
いつか思い出して、懐かしくなる時がくるといいな。
そして、いつの日かこういうスライドショーが作れるくらいの写真を集めたい。
僕と愛桜にも、そういう日が来るのだろうか。
将来のことは分からないけど、ウェディングドレスに身を包んだ愛桜は、きっと綺麗だろうな。
そうしたら、愛桜は先輩で同期で後輩で恋人で、さらに妻にもなるのか。
やがて、母になって、お婆さんになって……と、その先にもさまざまな関係性があるかもしれない。
でも、どんな関係性であっても、僕にとっての愛桜が一番大切であることは間違いないはずだ。
一度決まったら変化しないような、不可逆なものかと思っていた僕たちの関係性は、今時点でもこんなに変化しているし、これから先も変化していくのだろう。
だから、愛桜とともに過ごす当たり前の日常の一瞬一瞬を、大切に生きていきたい。
――なんだか、無性に愛桜を抱きしめたい気持ちになった。
*
披露宴も終盤にさしかかり、会場の雰囲気はより一層高まりを見せていた。
司会者がブーケトスの開催を告げると、未婚の女性がわらわらとステージの前に集まりだす。
比較的、同世代のなかでは早いタイミングなので、出席者のうちのけっこうな数の女性が参加するみたいだ。
そのなかには、愛桜と凛もいた。
新婦が緊張した面持ちで背を向けて、後ろへブーケを高く放り投げる。
僕はというと、それらのセレモニーを他人事のように横目に入れつつ、先ほどもらった引き出物に意識を取られていた。
中身は、外装からなんとなく食器とお菓子っぽい。
こういうところのお菓子って、絶対に自分では買わないけど、すごくおいしいんだよな……。
そんなことを思っていたら、喜んだ様子のよく聞き覚えのある声が耳に入る。
「取った!」
「おめでとうございまーす!」
誰かがブーケを獲得したらしく、周囲の祝福と拍手の音がまばらに響き渡った。
僕も空気を読んで同じように拍手をしてみたが、待てどもその拍手は一向に鳴りやむ気配がない。
さらに時間が経つにつれ、一人の女性が歩いているのか、ヒールの鳴る音がだんだんと大きくなってきた。
僕が何事かと思って顔をあげると、愛桜がオリーブグリーンの光沢のある生地のドレスをふわりと広げながら、一歩ずつ僕のいる卓に近づいてくるのが見えた。
その目線は間違いなく僕のことだけをまっすぐに見ていて、その手には華やかな花束を大切そうに持っていた。
周囲の視線を一手に集めた愛桜は、ウェディングドレスを着てはいないけど、まるでこの瞬間の主役になったみたいに堂々とした足取りだ。
僕は一瞬固まったが、すぐに席から立ち上がると、愛桜を向かい入れるかのように両手を広げた。
愛桜は、僕の元まで来るとブーケを僕に渡して、その体を僕に預ける。
その瞬間、周囲から悲鳴に近い驚愕の声があがり、今日で一番大きな拍手が鳴り響くのが聞こえた。
周囲の雑多な音にかき消されないように、耳元で愛桜が僕につぶやく。
「ブーケトス、取ったよ」
「そうみたいだな」
「意味、知ってる?」
「取った人が幸せになる的なやつだっけ?」
「そう。……それとね、取った人が次に結婚するって言われてるの」
僕は、絶句して至近距離の愛桜の顔を見た。
愛桜は、澄ました表情で僕のことを見つめ返してくる。
「私たちが付き合ってるの、バレちゃったね」
「そうだな……。愛桜は良かったのか?」
「まあ、いつかバレることだしね。凛ちゃんにはもう言ってるし」
「それならいいか。いや、でも、後からあいつらになんて言われるか……。想像しただけでもめんどい……」
これまで、ゼミでもみんなに頼られていた愛桜が、僕と付き合っていることを行動で知らしめたのだ。
特に男子連中を中心として、その影響は計り知れないだろう。
今でさえ、鳥栖の刺すような視線を受けている僕は、じんわりと冷や汗がにじんできているのを感じていた。
愛桜は、そんな僕を安心させるような優しい声を出しながら、ゆっくりと頷く。
「大丈夫。私に任せて」
そう言う愛桜の横顔は、勝気で頼もしい先輩としての表情だった。
これまで、ゼミやサークル、会社を含めて、この表情の愛桜に何度助けられてきたか分からない。
だから、根拠は特にないけど、「愛桜がこう言っているのだから大丈夫」という絶対の安心感があった。
「ありがとう。任せるよ」
愛桜は、僕の返事に満足そうに再度頷くと、僕の腕の中から抜け出した。
そのまま、視線を横にずらして、僕の横に座っていた鳥栖に声をかける。
「鳥栖くん」
「……は、はいっ! 何ですか!」
僕の受け取っていたブーケに視線を向けていた鳥栖は、愛桜の呼びかけにビクッと背を伸ばした。
そんな鳥栖の様子を見て微笑んだ愛桜は、僕と同じ卓にいるゼミの男の同級生を見渡して言う。
「あなたの親友、もらってもいい?」
「こんなやつでよければ喜んで持って行ってください!」
愛桜の言葉に、同級生みんながコクコクと頷いて拍手をしてくれた。
おい。こんなやつとはなんだ。
でも、この場を収めてくれたのはありがたい。
まだ騒然としている出席者をよそに、愛桜は元いた自分の席へと戻ろうと歩き出した。
そこに、小走りで近づいてきた凛が話しかけてくる。
「愛桜さん、付き合っているの、バラしちゃってよかったんですか?」
「うん。いい機会だし、そろそろみんなにも言いたいなって思って……」
「そうですね! さっきの愛桜さん、少女マンガのヒロインみたいでかっこよかったです!」
そんなことを話しながら、二人で並んで席に戻っていく。
呆気に取られていた司会者も、場を仕切り直そうと再びプログラムを進め始めた。
*
なお、僕と愛桜は、案の定、その後の二次会でゼミの人たちに質問攻めされた。
その流れで隠していた関係性についても洗いざらい話していたら、なんなら新郎新婦よりも話題の中心になっていたまである。
まあ、新郎も新婦も僕たちの話を聞きたがっていたから、当然の結果かもしれないが……。
いつの日か、僕と愛桜の結婚式で、もう一度同じゼミのメンバーが集まる日があるのだろうか。
そうなったら、今日のことも大切な思い出になるだろう。
そう思って、盛り上がる愛桜たちを視界に収めながら、僕はスマホのカメラでシャッターを切った。
今回もお読みいただきありがとうございます。
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