第三十五話 愛桜さんと凛と僕
凛とは、次の日曜日にすぐ会うことになった。
ものすごいスピード感である。
待ち合わせ場所の新宿駅東口に着くと、凛と愛桜は既に来ていた。
集合時間に遅れたわけじゃないけど、待ち合わせ場所に一番遅く来たのであれば、なんとなく謝りたくなる。
僕は、二人に手を振って小走りで近づいた。
「ごめん、お待たせ」
「お、与一来た!」
「ごめん、みんな早いね。ちょっと遅れたわ」
よく考えると、凛もそうだが、愛桜とも休日に会うのは久しぶりな気がする。
凛は、太ももくらいまでスリットの入った、黒いデニムのロングスカートが良く似合っている。
肌が見えると、今の季節柄少し寒そうではあるが、今日は昼集合なのでむしろ暑いくらいだ。
凛は、僕に「いいよいいよ」と言って、すぐに愛桜の方を向き直った。
「愛桜さん、ほら、与一はこういう服装が好きなんですよ」
「ほんとだ。与一も男の子なんだね」
凛は、自分のスカートのスリットを指さしながら言った。
僕のいないところで何を話していたのか知らないが、いわれのない誤解を受けている気がする。
というか、ほんとに何話してたんだろ……。
そう言う愛桜も、ブラウンの長袖のオーバーサイズのシアー(シースルー)シャツを着ていて、透け感のある大人っぽい服装をしていた。
でも、今日の二人のような肌が見えていたり、少し透けていたりするような服、正直とても好みではある。
しっかりと僕のツボを押さえてくるあたり、さすがは僕のことをよく分かっている二人だ。
――というか、この服装はどう考えても、全男の子が好きだろ。
二人の言う通りになるのも癪だが、ここで愛桜の服装を褒めるのも、凛への配慮が足りない気がした。
かと言って、愛桜の前で凛の服装を褒めるのも何となくやりづらいな……。
男の子たるもの、休日に出かけた異性の服装を褒めることくらい、やって然るべきだと分かってはいるのだが、これがなかなか難しい。
何か言うのを待っていそうな二人の視線に耐えかねて、僕は微妙に愛桜の方を向きながら、重々しく口を開いた。
「二人ともよく似合っています……ね」
「ありがとう」
凛も愛桜も、不満ではないが物足りなそうな顔をしている。
すまないが、これくらいで勘弁してくれ。
僕は、その場から逃げるように店へと向かった。
駅前のスクランブル交差点の巨大な猫の3Dデジタル広告が、小心者の僕を追いかけてくるような気がした。
*
お店は、おしゃれなイタリアンだった。
凛が、SNSで見つけて行きたがっていた店らしい。
四人掛けの感じの良い木のテーブル席に案内されると、まず僕と凛が右側と左側に分かれて座った。
愛桜は、迷うことなく僕の隣に座って、二人の荷物を凛の隣の空いた席に集める。
お店に入って早々、凛は僕と愛桜の様子を見て、きっぱりとした口調で言った。
「今日の報告って、二人がお付き合いされたってことで合ってますか?」
「……うん、そういうことで合ってるよ」
僕と愛桜は、顔を見合わせて頷き、愛桜が代表して答える。
凛は気づいているだろうなとは思っていたが、まさかいきなり凛の方から確認されるとは思わなかった。
凛は、納得したような、でもやっぱり納得していないような微妙な表情をしながら、その理由を告げる。
「与一が来る前の愛桜さんと、さっきの与一の反応で分かりました」
「分かるもんなのか」
「そうだね、与一、分かりやすいから」
「うるせ」
僕の問いに、凛は上品にニコリ笑って冗談を言った。
そしてその優雅な笑顔を浮かべたまま、話の矛先を愛桜に変える。
「与一が来る前の愛桜さんね、すごく髪型とかメイクとか気にしてたんだよ」
「えっ! ちょっと凛ちゃん! 言わないでよ!」
「手鏡で直したり、私に聞いてきたり、すごく可愛かったんだ。与一にも見せたかったな」
愛桜は、顔を少し赤くして凛を制止した。
うん。それは僕も見たかった。
しばらく凛と愛桜がわちゃわちゃしていると、メニューとお冷が運ばれてくる。
コップに口をつけながら、三人でメニューを見ていると、凛がポツリと呟いた。
「……そっか。与一も愛桜さんも、おめでとうございます」
僕と愛桜は、口をそろえてお礼を言った。
僕は、他に何と言えばいいか分からなかったので、メニューを真剣に選ぶふりをして少し黙り込む。
しばらく他のお客さんの騒ぐ声や、カチャカチャと鳴る食器の音に耳を傾けていると、静かな店内でもギリギリ聞こえるような小さな声で、凛が俯きながら言った。
「私は、与一と愛桜さんが付き合って、良かったなと思っています」
「凛ちゃん……」
「……正直、与一のことは諦めきれない自分がいるのは確かです」
そう言うと、凛は愛桜を視界から外すと、僕の顔を一心に見つめだした。
僕の隣にいる愛桜は、心配そうな顔をして凛に視線を送っている。
僕は、凛の視線から逃れるように愛桜を見ると、愛桜も僕を見返してきた。
そのことに勇気をもらって、僕は凛に言葉を返そうとする。
「ありがとう。でもごめん僕は――」
「分かってる。分かってるよ……」
僕たちの席を、再び重苦しい沈黙が支配する。
今度は、周囲のお客さんや食器の音が、まったく僕の耳には入ってこなかった。
何を言おうか考えようと、僕が目をつぶりかけた瞬間、凛が力強い口調で言葉を続ける。
「考えようによっては、同性で一番好きな先輩と、異性で一番好きな同期が好き合っているというのは――」
凛は、そこまで言って言葉を切ると、僕と愛桜の顔を交互に見てニコリと笑った。
「――悪くない気分です」
今、凛が言ったことは、もしかしたら僕が告白を断った日から、ずっと凛のなかで考えていたことなのかもしれない。
そのうえで、凛が少しでも僕と愛桜の関係を肯定的にとらえてくれるのであれば、とても嬉しく思う。
凛は、すっかり普段通りのニコニコとした表情に戻って、僕たちに尋ねた。
「ちなみに、二人が付き合ったことって、今の段階だと知ってるのは私だけですか?」
「そうだね。まだ付き合って数日だから、今は凛ちゃんだけだよ」
「そうなんですね! それはちょっと嬉しいです」
愛桜が答えると、凛は今日一番の笑顔を見せた。
僕がそんな凛の表情に一瞬見とれていると、隣の愛桜が肘でつついてくる。
我に返った僕は、少し重たくなった空気を切り替えようと、努めて明るい声を出した。
「僕、頼むもの決めました」
「え、与一くん早いね。何にしたの? 待って、私当てるね」
「いいでしょう」
「この、マルゲリータピッツァ!」
「なんと……違いまーす!」
ピッツァの言い方、腹立つな。
僕が精いっぱいウザい顔を作って、溜めてから答えると、愛桜は悔しそうに拳を握った。
愛桜は、駄々をこねるように「ヒントちょうだい!」と叫ぶ。
「ヒントは……ダニエルから見た、凛ですかね」
「え、ダニエルから? 凛ちゃん? そこ繋がりあったっけ」
僕は、自分自身と愛桜と凛を順番に指さしながら、いつもより低めのしゃがれた声を出す。
「大親友の……彼女の……ツレ」
「おいしいパスタ作ったお前! と、いうことは、このカルボナーラだ!」
「正解! 大貧民負けてマジ切れ――」
「おいしいパスタ作ったお前!」
僕と愛桜がハイタッチをしていると、凛が何かを言いたげな目でこちらを見てきていた。
「ダニエルって誰ですか。あと、なんですか。そのパスタまみれの『純〇歌』」
「これじゃもう『純麺歌』だね」
「うるさいです! というかもう既に、二人だけの世界ができてるじゃないですか」
凛は、さっき見せていた笑顔はどこやら、訝しげな表情で僕たちに疑いの目を向ける。
「なんか二人って、会社の同期以外の関係性もある気がするんですよね……。仲良すぎというか……」
「もしかしたら、他にもあるかもしれないね!」
「そうなんですか? 私、気になります。今日は、二人のエピソード、とことん吐いてもらいますから!」
「実はね……。私たち――」
その日、僕たちは場所を変えながら、夜まで色々な話をした。
僕と凛と愛桜の関係性は、正直複雑で、今後はどうなっていくか分からない。
一歩間違えれば、こうやって一緒に笑いながら話をするなんてことが、一生できなくなっていたかもしれなかった。
でも、僕たちはお互いの隠していた秘密を共有し合い、今三人でご飯を食べている。
実は、僕と凛が幼馴染だったこと。
実は、愛桜が僕の後輩だったこと。
実は、僕と愛桜が同期だったこと。
実は、凛が僕のことを好きだったこと。
――そして実は、僕が愛桜のことを好きだったこと。
願わくば、全部があったから成り立っていたこの奇跡のような関係性を、可能な限り長く続けていきたい。
そんなことを、ネオンのきらめきの奥にもきっと存在する、新宿の夜空の億千の星に祈った。
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