第二十九話 愛桜ちゃんと追加タスク
鳥栖と碧との突発の焼肉会をしたのは、なにも凛と愛桜のご飯会を回避するためだけではない。
まあ、そのことが理由の八割くらいではあるのだが、ちゃんと碧と二次選考に向けた話もできた。
そのおかげで、色々と作業を進めることができて、二次選考に向けた準備はさらに捗ったのである。
ちなみに、凛と愛桜がその会で何を話していたかについては、怖くて聞けなかった。
ほら、女子だけの集まりで交わされる会話って、けっこうえぐいって聞くし……。
世の中には、知らなくていいこともあると思うんだ。
ともあれ、その結果、二次選考はすんなりと通過できた。
他のチームがびっしりと書いた企画書もしくは、良くてその企画書をデザインに落とした形のプレゼンを実施したのに対し、僕たちは実際にミニチュアの模型を作っていったことが理由だ。
商品の実現可能性を、これでもかというくらい分かりやすく見せつけた二次選考は、一次選考にくらべて苦も無かった。
次は、最終選考である。
最終選考は、社員総会内のイベントの一環として行われ、全社員の投票によって優秀賞を決める予定らしい。
来たる会社の創立記念日の十一月十日(木)に向けて、色々と段取りを考えて準備を進めていく。
ちなみに、会社の創立記念日は「いい住(十)居」の語呂合わせだと、以前人事の誰かが言っていた気がする。
なんか、十一月の記念日は「いい夫婦の日(二十二日)」を筆頭に、「いい」シリーズが多いな……。
同じ日に複数の記念日があることを考えると、十一月の記念日の数は、全体の十一%を優に超えてくるだろう。
企業のプロモーションにしか使われていない、しょうもない記念日もあるにはあるが、それだけ日常生活で「いい」と伝えたくなるものが多いと考えると、けっこう素敵な風習だと思う。
*
そんなこんなで、来たる創立記念日に向けた準備は、愛桜の立てた緻密なスケジュールのもと、着々と進んでいた。
事件は、最終選考まであと四営業日と迫った月曜日に起こった。
その日は、秋から冬へ移り変わりを感じさせる寒い日で、天気予報士が「木枯らし一号」が吹いたことを伝えていたらしい。
僕と愛桜は、発表本番に向けた資料の作成をほとんど完了させ、もうプレゼンの手順の練習をする段階に入っていた。
今日も予定通り練習を始めるかと話していたとき、山崎さんが神妙な顔で声をかけてきた。
まあ、この人はいつも神妙な顔をしている気がするが……。
でも今は、いつもより口角がほんの少し五ミリほど下がっている気がする。
「二人ともちょっといいか?」
「はい。問題ないです」
「ちょっと、役員室まで行ってくれないか?」
「……承知しました。何の件でしょうか?」
もうこの時点で嫌な予感がするが、特に役員陣から呼び出しをくらうような所業はした覚えがない。
強いていうなら、二次選考の審査員としてプレゼンをしたくらいの絡みだろうか。
身を固くしながらも、愛桜に「僕が代表して受け答えするから大丈夫」と事前に伝えておく。
たまには、先輩っぽいところを見せないと。
それから僕たちは、他の部屋と同じ配置のはずなのに、やけに荘厳な雰囲気の役員室へと重い足取りで踏み入れた。
背筋を伸ばした僕がドアをノックしてから開けると、役員のうちのたしか一番若かった人が、僕たちを迎え入れる。
「急に呼び出してすまないね」
「いえ、『空間創造フェス』の件でしょうか」
「そうだ。『インテリアザラシさん』の件で、実は何点か懸念事項があって、資料の差し替えを――」
わざわざ『インテリアザラシさん』の枕詞を入れた理由は何かあるのだろうか……。
重ね重ね、腹の立つアザラシである。
さて、役員は僕たちが作成して提出した資料を取り出して、何てことないかのように告げた。
彼の言いたいことをまとめると、プレゼン内容の一部の参照元のデータについて、「一般社員には公表しない方がいい」と上層部が判断したため、それを修正してもらえないかということだった。
一応、「お願い」の形をとっているが、正直なところ「強制」である。
僕は、やむを得ず、内心では「止めてくれよ」と思いながらも、承諾の返事をした。
それだけならよかったのだが、役員はついでとばかりに、僕たちの発表にありがたいアドバイスを何個かくれた。
愛桜にメモを取るようにお願いして、僕は彼の話を聞いて相槌をうつ。
「最後になるけど、全体的に追加すべき部分は、『この企画によって、顧客や消費者に与える影響』かな。もっと視座を高く持つといい」
「ありがとうございます。勉強になりました」
「全然かまわないよ。でも、これ以上個別でフィードバックするのは他の人に悪いから、今日のことは内緒だからね」
優しくそう言ってくれたことを考えると、きっとこれらの内容は役員の悪気のない行動だったのだろう。
でも、正直「今の段階で言うなよ」という感はある。
もし、もっと早く言ってくれたのならば、心から感謝したうえでプレゼン内容を変更することができるのに。
僕たちは、もう一度感謝を告げて役員室から出ると、お互いに無言のまま自分の席の方面に向かって歩き出した。
愛桜は、この段階での追加修正についての焦りからか、僕を抜かして大股で廊下を進んでいく。
万が一にも役員の耳には入らないような、遠く離れた誰も使っていない会議室へ入ると、僕と愛桜は顔を見合わせた。
「これはマズいことになりましたね」
「そうですね……」
「ひとまず、やらなきゃいけないことを今の段階で洗い出しましょう」
愛桜からホワイトボードマーカーを取ってもらった僕は、「該当箇所の差し替え」と記入した。
記入した文字の周りに、その作業のために必要な作業と所要想定時間を洗い出していく。
その後、箇条書きで同じように作業概要を並べ、僕たちのToDoリストが完成した。
でも、どう考えても、あと数日でできるような作業量ではない。
僕は、隣で悩ましい顔をしていた愛桜に声をかける。
たぶん、僕も同じくらい悩ましい顔をしていることだろう。
「これ、時間が全然足りないですね」
「そうなんですよね。どう進めていきましょうか」
僕たちは、とりあえず作業に優先順位をつけて、やるべき作業からさらに絞り込んだ作業にのみ焦点をあてることにした。
これで少しは減ったが、まだギリギリやれるかやれないかという量である。
でも、これ以上作業を減らすのは無理だ。
しょうがないので、これの作業を順次やっていくと決めて、次は誰が担当するかを割り振ることにした。
愛桜は、僕からホワイトボードマーカーを奪うと、作業の右側に矢印を引いて名前を書いていく。
愛桜が全体の六割で、僕が残りの四割くらいだろうか。
すべての作業に矢印を付け終えた愛桜が、僕の方を振り返って言った。
「こんな感じの割り振りでどうでしょうか?」
「これだと、煙山さんが多すぎるかもしれません」
「やっぱりそうですよね……。でも、私しかできない作業もけっこうありますし……」
「それはそうなんですけど、煙山さんの負担が多くなりすぎる気がするんですよね」
「うーん。そうですかね?」
「これだと、煙山さんが相当量の残業をしなくちゃいけなくなるので――」
なんとかして、愛桜の作業量を減らしたい僕と、僕の作業量を減らしたい愛桜。
何回かの押し問答の末、会議室に響き渡る大きな声で、愛桜が叫んだ。
「私だって、働き方がマズいのは分かってるよ! ……でも、それで仕事量が減るわけじゃないし」
その言葉に、僕は何も言うことができなかった。
賑わうオフィスから隔絶されたかのように、僕たちのいる会議室に重々しい沈黙が流れ、暖房のファンの音だけがやけにうるさく聞こえる。
しばらくして、愛桜が話題を変えるように、わざとらしい笑顔を僕の方に向けた。
「なんか、今日寒くないですか?」
「……今日、今年一番の寒さらしいですよ」
「それは寒いわけですね」
「まあ、室内は暖房きいてるんで、むしろ暑いくらいですけど」
愛桜は、「そうですね」と言いながら、手で持っていた薄手のブランケットを肩から羽織った。
僕たちは、これから自分のやるべき作業を確認して、部屋の電気を消してドアを開ける。
部屋には、作業分担が変わらないままのホワイトボードだけが残された。
*
その後は、席に戻って業務を進めつつ、最終選考に向けた準備を進めた。
でも、その間に、隣の席にいる愛桜とは、必要最低限の会話以外は何もしゃべることはなかった。
やがて、時計が夜の九時を回る。
さすがに帰らないとまずいと思い、パソコンを片付けながら、僕は横にいる愛桜に声をかけた。
「煙山さん、何時までやっていく予定ですか?」
「私ももうすぐあがります」
「分かりました。あまり遅くならないようにしてくださいね」
そう言って、アウターに手を伸ばしながら、僕は晩ご飯のことを考えていた。
このまま家に帰って、何か作って食べるの面倒くさいな。
よし。適当にどこかのお店に寄って帰ろう。
そう思い立つと、せっかくなので愛桜も誘ってみる。
愛桜は、口の中の飴を転がしたままで、僕の方を見ずに答えた。
「すみません、今日はちょっと帰って寝たいです」
ここで無理やり誘うのは、きっと逆効果だろう。
僕は、忙しさを理由に自分を弁護しつつ、でも少し寂しい気分になりながら、オフィスの裏口から外へ出た。
愛桜は、今よりもっと自分を追い込んで働くつもりだ。
――僕が止めないと。
そう決意を新たにする僕をあざ笑うかのように、二号目か三号目か分からない木枯らしが、ビルの切れ間を通り抜けていった。
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次の更新は、1/8 or 9の予定です。
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短編書いてみました。10-15分くらいで読み終わります。
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『文明の衰退した世界で、バンドメンバーを探す少女の話。』
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