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第二十八話 愛桜ちゃんと愛桜さんの邂逅

 その翌日以降も、凛のことを送迎する日々は続いた。

 それ自体は特に負担でもなんでもなかったのだが、あまり凛を待たせるわけにはいかないので、残業を前提とした二次選考にむけた追い込み作業は、愛桜(あいら)がメインで担当することになっている。


 愛桜も凛の事情を分かっているので、僕と愛桜の間には、「凛の身の安全を第一に考える」という共通認識ができていた。

 

 とはいえ、愛桜にばかり無理をさせることはしたくないし、愛桜の体力面や精神面の調子も気がかりだ。

 僕自体は、去年ほど手一杯にはなっていないが、むしろ愛桜が去年の僕のような状態になっている気もする。

 

 僕が愛桜への気持ちを自覚してからというもの、愛桜の一挙手一投足に意識がいくようになった。

 そんな僕の観察眼を信用するのであれば、たぶんまだ大丈夫。


 たしかに忙しそうにしている時が多いが、僕と話すときはいつもの明るい愛桜だ。はい可愛い。

 もし、僕の目を欺けるのであれば、たいした名女優だろう。


 僕がそんな愛桜を観察しつつ、一緒に業務を進めていると、賀来(かく)さんがトコトコと近づいてきた。


「できたての、ポップコーンはいかが?」

「あの……。普通にコンビニのロゴ入ってますけど……」

「鶴野くん、そういうとこだよ。ほら、こういうのは気分の問題だから」

「うわあ! 賀来さん、ありがとうございます。焼きたてみたいにおいしいです!」


 どこから出してんだってくらい高い声で、ポップコーン(景品表示法違反)を僕たちに差し出してきた賀来さんも、僕たちの心強い味方だ。

 そう。今年は、去年とは違って今年は部署のみんなが色々とサポートしてくれているのだ。


 だからきっと、大丈夫。


 *

 

 今日やるべき業務が終わった後、愛桜はパソコンの電源ボタンを軽やかに押した。

 伸びをする愛桜の、「んんっ……!」という、なんとなく艶めかしい声が聞こえて、僕は目を逸らす。


 その様子を見たい気持ちを押さえつけ、必死に澄ました顔をしている僕に向けて、愛桜が能天気な声で話しかけてきた。


「パソコンって、起動遅いくせにシャットダウンは秒なの、ムカつきません?」

「言いたいことは分かります」

「ですよね?」

「でも、仕事を続けるうちに、その仕様に感謝すら覚えるようになりますよ」

「そういうもんなんですかね」

「はい。なるべく遅く仕事を始め、なるべく早く仕事を終える。ありがたい限りです」


 こんなどうでもいい雑談のなかで見る、愛桜の苦笑に近い笑顔でさえ、なぜか妙に魅力的に見える。

 僕は、パソコンに向かって感謝を伝える風を装って、愛桜に向かって手を合わせた。

 

 さながら、生まれてきてくれてありがとうといったところか。

 あれ、やばい。我ながら、思ったよりも重症かもしれない。


 ここ最近では珍しく、愛桜は僕より早く帰るみたいで、机の周りのパソコンの充電器などを片付け始め、シャットダウンが完了したパソコンをケースに入れた。


 前言撤回。

 この時ばかりは、少しでも早く愛桜を帰そうと数秒でシャットダウンしようとする、褒めるべきパソコンの忠実さを恨めしく感じる。


 愛桜は、同僚たちが既に帰っていて、僕たちの周りに人がいないことを確認すると、いつもの口調で話しかけてきた。


「今日この後、凛ちゃんとご飯食べに行くけど、与一も来る?」

「あー、僕は遠慮しとこうかな」

「え、なんでよ? この前、与一と凛ちゃんがご飯二人で行ったときの振り替えだから、来なよ」

 

 なるほど。今日は、凛から迎えは必要ないと言われていたのは、そういうことだったのか。

 とはいえ、さすがにこの間振った女性と、振った理由にした好きな女性が居合わせる場に行くのは気が進まない。

 

 というか、凛はよく愛桜を誘ったな……。

 凛の口から、「僕が愛桜のことが好き」と伝えることは、彼女の性格やプライド上、絶対に無いであろうことだけが幸いか。


 愛桜は、断られるとは思っていなかったような純粋にびっくりとした顔をして、僕のことをジトっと見ていた。

 もしかすると、何か勘付かれたのかもしれない。


「ほんとに来ないの? 何か用事でもあった?」

「いやー、用事ってほどじゃないんだけど」

「そうなの? うーん。与一、何か隠してる?」


 さながら、浮気を疑う彼女の図だが、お分かりの通り僕と愛桜は付き合ってすらない。


 でも、好きという気持ちを自覚する前だったとしても、愛桜が僕に何も言わずに他の男性とどこかへ出かける用事があったら、少し寂しいと感じていただろう。

 つまり、恋愛とは往々にして自分勝手なのだ。


 僕は、今口走ったことが嘘にならないように、急ごしらえの予定を紳士的にでっち上げた。


「実は、響と碧とご飯でも行こうと思ってて」

「あ、そうだったんだ」

「そうそう。二次選考についての話とかしたいし」

「たしかに、それは大事だね。あ、でも教えてくれたら私も行ったのに」

「まあ、まだ確実に今日に行くとは決まったわけではなくて、調整中ではあるんだけど」


 愛桜にこう伝えながら、裏で僕は本当に二人に対してSNSでメッセージを送信していた。


 実際に、今商品の模型を作ってくれている二人に会って、聞きたいことがあることは嘘ではない。

 とりあえず、予防線は貼りまくったものの、響と碧を召喚することで気まずい会を回避することに成功した。


 それで納得したのか、愛桜は「お先に失礼しまーす」と周りに声をかけて会社を後にする。

 

 その後、碧からはすぐに返信があって、「珍しいですね!」と言ってすぐに承諾の返事をくれた。

 さすが現役女子大生。返信が早い。

 

 しばらくして、響から「今日は厳しいです」という連絡が来た。

 これが意味するところは、碧と二人でご飯なり飲みなりに行くということである。


 これは、セーフか? アウトか?


 まあ、別に僕が勝手に意識しているだけで、愛桜と僕は恋人関係でもなんでもない(本日二回目)ので、社会観念・道徳的な問題は何一つとしてない。

 ただなあ……。なんとなく気がひけるというか……。


 脳裏を、愛桜の悲しむ顔(幻想)がチラつく。せめて、響がいてくれれば何とかなったのだが。

 

 こういう時に、どこからともなく現れることの多い救世主、賀来さんも今日はもう帰っちゃってるし、どうしようか。


 いっそ、リスケにするか?

 ただ、そうすると、愛桜に嘘をついた形になってしまうので、それは避けたいんだよな……。


 どの選択肢を取っても、心に何かしらのもやもやが残る。

 でも、そんな状況において、救いの手は意外なところから差し伸べられることになった。


 僕が天を仰ぎながら、碧とのトーク画面を閉じると、他にも一件通知が来ていることに気づく。

 そのメッセージの送り主は、大学のゼミの同級生の鳥栖(とりす)だった。


「与一、今日焼肉行かない? あの店の半額クーポン、今日までだったわ」

「あーごめん、先約あるわ」


 流れるように鳥栖の誘いを断ったその時、僕は気づいた。

 もし、鳥栖と碧が問題なければ、この二つの予定を合わせてしまえば解決なのでは?

 ダメ元で、碧にメッセージを送る。


「今日、一人僕の同期を追加してもいいですか?」

「私の知らない人ですか?」

「はい。大学の同期だから知らないと思います」

「そうなんですね……。あ、それなら私、今日行かない方がいいですか?」

「今日の良い焼肉はそいつの奢りらしいです」

「行きます! その人一緒で大丈夫です!」

 

 あ、これいけそうな気がする。

 やはり焼肉。金網で香ばしく焼いた肉のパワーは、すべてを解決するのだ……。

 

 僕は、鳥栖にも追加でメッセージを送った。

 

「今日、僕の後輩も連れて行っていいなら、いけるわ」

「え、なんで? そいつ誰よ?」

「かわいい現役女子大生」

「ありがとうございます与一様」

「今日は鳥栖の奢りね」

「せめて与一は自分の分を払えよ」


 僕は、返答代わりに、ご機嫌な『インテリアザラシさん』のスタンプを鳥栖に送り付けた。

 鳥栖は、『インテリアザラシさん』を知っていたみたいで、しきりにそのスタンプを可愛いと褒める。


 意外と知名度があるのか、このアザラシ……。

 もはや社内で見すぎて、腹立つ顔だなとしか思わなくなってしまったのだが、僕はまだ、こいつのことを見くびっていたかもしれない。

 

 こうして、異色の三人組で焼肉を食いに行くことになったのだった。


 *


 先に碧と合流してから、待ち合わせ場所に着くと、既に待っていた鳥栖はスーツを着ていた。

 

 鳥栖は今日、在宅ワークだと言っていたから、スーツを着る必要は無いはずだ。

 しかも、いつもよりワックスをしっかりつけていて、初めて見るセンター分けの髪型をしている。


 わざわざこのために、家で着替えてきたのだろうか?


 お互いに自己紹介をしてお店に向かっている途中、鳥栖が僕を肘で小突いてきた。

 言葉はなくとも、その表情は雄弁に「やるやん」と語ってくる。

 

 この時点で僕は、鳥栖をピンチヒッターとして呼んだことを、じゃっかん後悔し始めていた。


 席で肉を焼きながら、しばらく三人で話していると、鳥栖が僕に聞いてくる。

 

「もしかして、この前与一が言っていた後輩って、碧ちゃんのこと?」

「いや、それは一個下の別の後輩だな。この子は去年うちでインターンしてくれていたんだ」

「何か、以前に話されていたんですか?」


 この前とは、おそらく愛桜と凛と鳥栖と飲んだ時のことだろう。

 あの時、たしかに「後輩としての愛桜」の、少し抜けているエピソードを話した記憶がある。


 そんな話を碧にもしていたら、碧はすぐに誰のことを話しているのかピンときたようだ。


「鶴野さんの後輩ということは、たぶん煙山さんですよね」


 やばい。と思ったが、ここで違うというのも後々ぼろが出そうだ。

 二人が気づかないことを祈りつつ、肯定の返事をする。


 碧は、「やっぱりそうでしたか」と言って納得したあと、「へえ~」と意外そうに目を輝かせた。


「煙山さん、すごく優秀な方だと思っていたんですが、そういう面もあるんですね!」

「そうなんですよ。意外と子どもっぽい面があって……」

「なんか、良いギャップですね!」

 

 そのまま、僕と碧が愛桜のポンコツ話を続けていると、鳥栖が何かを考えるようにおでこに手を当てているのが見えた。

 もしかして、気づかれたか……?


 肉の焼ける香ばしい匂いと煙を前にしながら、僕は冷や汗が止まらなかった。


「ケムヤマ……?」

「鳥栖さん、どうかされました?」

「いや、うちのゼミの先輩にも煙山さんがいるんだよな」

「そうなんですね」

「でも、話を聞く限り、その先輩とはイメージが違いすぎるから、別の人かもな」

 

 最近は他の人に気づかれることも多かったが、僕は愛桜の演技力を見直しつつあった。

 意外とバレないもんだな。


 やがて、鳥栖の頼んだホルモンが焼かれて、先輩と後輩の愛桜の話をする僕たちの席は、隣の碧の顔が見えないくらいのモクモクの煙に包まれる。


 けっきょくその日、最後まで二人の話す「煙山さん」が同一人物であることには気づかれなかった。

今回もお読みいただきありがとうございます。

2025年も本作品をよろしくお願いします。

次の更新は、1/6 or 7の予定です。

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