【番外編】愛桜さんと凛のぱじゃまぱーりー
「凛ちゃんのお母さんって、すごくいい方だよね」
愛桜が、読んでいた漫画の単行本を閉じ、凛に向けてしみじみとつぶやいた。
お風呂上りのストレッチをしていた凛は、その言葉に「そうですか?」と微笑む。
時刻は夜の零時。
凛の両親は既に寝室にこもってしまったが、二十代の若者たちにとっては、まだまだ寝る時間とは程遠い。
シャワーを浴び、念入りに髪や肌のケアを済ませた二人は、凛の部屋で寝る前ののんびりとした時間を過ごしていた。
愛桜は、胡坐をかいて腕を組みながら、今日初めて会った凛の母親について考察を続けた。
「なんかね……。みんなのお母さんって感じの人だと思った」
「愛桜さん、マ……うちの母親とすごく仲良くなってましたもんね」
「そうそう。すぐ心を開いちゃったよね」
「でも、愛桜さんもそのタイプだと思いますけどね?」
「そうかな? そう言ってもらえると嬉しいな」
凛は、愛桜の言葉に激しく首を縦に振った。
愛桜は、そんな凛を見て思わず口元を緩め、両手を後ろについて足をカーペットに投げ出し、ゆっくりと凛の部屋を見渡す。
部屋の主がいなくなった後も、しっかりと隅々まで掃除が行き届いているこの部屋は、両親の一人娘への確かな愛情を感じさせた。
ベッドの上に腰かける凛も、愛桜と同じように部屋を見渡しながら愛桜に尋ねる。
「愛桜さんのお母さまって、どんな方なんですか?」
「私のお母さんかあ……」
愛桜は、躊躇したかのように口ごもると、部屋の天井を見上げた。
でも、愛桜がその憂いの表情を見せたのはほんの一瞬だけだったので、部屋に視線を這わせていた凛には気づけなかったかもしれない。
愛桜は、何も気に留めていないような軽い口調で言葉を続けた。
「実は私、お父さんが再婚してて、お母さんと妹とは血が繋がってなくてさ」
「え……。そうだったんですか。答えづらいことをお聞きしてすみません」
「あ、全然いいのよ。だから、お母さんはいい人なのは知ってるんだけど、何となく距離を置いちゃってて……」
「そうなんですね……」
「うん。お互いに『良い家族』はやれてると思うんだけど、なんというか、心の底から『お母さん』だとは思えないんだよね」
その言葉の後に重くなった空気を吹き飛ばすかのように、愛桜は「よっこらせ」と言って軽やかに座椅子から立ち上がると、凛から許可をもらって漫画の次の巻を取るために本棚へ手を伸ばした。
全体的にガーリーな雰囲気の部屋において、年季の入った重々しいダークブラウンの本棚は、一見浮いているように見える。
だが、それは昔からずっとそこにあったかのように佇んでいて、不思議と部屋になじんでいた。
本棚には、少年漫画と少女漫画が半分ずつくらい、昇順に整理整頓されて並べられている。
だが、少女漫画の表紙は綺麗な一方、愛桜の今読んでいる国民的人気の少年漫画には、細かい傷や折り目の跡がチラホラ見られた。
きっと、幼いころの凛が何回も読み返したのだろう。
愛桜が幼い頃の凛に思いをはせながら本を物色していると、整理整頓された本たちのなかに数冊、スペースの都合か横倒しになっている分厚い本に気づいた。
「凛ちゃん、この本って……」
「あ、それ卒業アルバムです」
「卒アル!? ってことは、与一も載ってる?」
「小学校なら載ってます! 親の仕事の都合で、中学の途中までしかこの街にはいられなかったんです」
「そうだったんだ! あれ? じゃあ、ご両親がこの家に戻ってきたのはいつなの?」
「私が大学生になったくらいみたいです。その時期に仕事が落ち着いたみたいで……」
凛は、卒業アルバムを本棚の最下段から取り出すと、慣れた手つきでページをめくる。
愛桜が横から覗き込むと、凛の指が迷わずに小学校時代の与一の姿を指した。
「うわ! ちっちゃい与一だ! かわいい!」
「かわいいですよね」
「あ、こっちに凛ちゃんもいるね」
「それは恥ずかしいので、あまり見ないでいただけると……」
「なんでよ! 凛ちゃんもかわいいじゃん!」
赤面する凛を可愛がりつつ、愛桜はどんどんとページをめくっていって、その度に歓声をあげていた。
最後のページまで到達したとき、一枚の写真がひらひらと二人の前に落ちてくる。
「あっ」と制止しようとする凛の手は間に合わず、ベリーショートの幼い凛と、髪に寝ぐせのついた与一のツーショットが露になった。
凛は、手でピースを作りつつも、どこか不安げで浮かない表情をしている。
与一に至っては、泣く寸前みたいな顔で、カメラの方をにらみつけていた。
お世辞にも、幸せな風景の一瞬を切り取った写真とは言いがたい。
だが、等身大の悲しみを表現する幼い二人は、臨場感とともに当時の感情を今に伝えている。
「これ……もしかして」
「そうです。引っ越しの前日か当日に撮った写真です」
「辛かったよね……。私まで悲しくなってくるよ」
「でも、またこうして会えて今も話しているので、結果的には良い思い出かもなって思います」
たしかに、卒業アルバムの最後のページに挟んであった楽しくも悲しい思い出は、十数年の月日を経た運命的な再会で上書きされている。
凛は、本当に心残りはないといった具合の、清々しい顔を愛桜に向けた。
愛桜はそれを見て安心したかのように小さく息を吐き、また別の話題を振る。
「凛ちゃんのタイプって、どんな人なんだっけ」
「私ですか? 前、鳥栖と与一との飲み会で言ったかもしれないですけど、頼りがいのある人がいいですね」
「あー、前に言ってたね!」
「愛桜さんがさっき読んでた漫画にもいたじゃないですか。主人公をいつも献身的に支えているヒロインで――」
「あ! あれだよね! いざそのヒロインがピンチになったら、これまで頼りなかった主人公が覚醒して、助けてくれるシーン!」
「はい! それです!」
元気よく肯定する凛に頷きながら、愛桜は本棚を横目に見た。
部屋の一番奥で凛を見守る、少年漫画も少女漫画も同じくらい詰まった、重厚な木製の本棚。
凛は、どういう人と出会い、どのような恋愛をしてきたのだろうか。
そして、これからどのような恋愛をしていくのだろうか。
攻守交替。今度は、凛が愛桜に尋ねる。
「愛桜さんは、どんな人がタイプなんですか?」
「私? 私はね……、面白くなくて申し訳ないんだけど、実はタイプとか無いんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。凛ちゃんと同じで、頼りがいのある人も好き。逆に、頼られるのも好き。でも、頼るとか頼らないとか関係なく、友達みたいな気の置けない関係も好き。どれも魅力的で、選べないなあ」
「いいですね!」
それから始まった二人の恋愛トークは、いつも二人が寝る時間をゆうに過ぎた真夜中まで続いた。
これこそ、パジャマパーティーの本領であると言えよう。知らんけど。
次の日。睡眠時間が少なくとも起きるべき時間にきっちり目を覚ました凛が目撃したのは、呼びかけてもまったく目を覚まそうとしない愛桜の姿だった。
慣れない布団でも関係なく、とんでもなく寝起きの悪い愛桜に、凛が良い意味でギャップを覚えることになるのだが、それはまた別のお話。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回は、1/2 or 3の更新予定です。
今年ももう終わりですね。皆さま、良いお年をお過ごしください。
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