第二十四話 愛桜にできること
オフィスに戻ると、愛桜は席でおにぎりを食べながら何やら作業をしていた。
僕は、さっきのお店で包んでもらったお土産の餃子を渡すために、声をかけて愛桜の隣に座る。
「餃子をテイクアウトしてきたんですけど、食べませんか?」
「ありがとうございます」
「調味料も使ってください」
そう言って僕は、賀来さんから受け取った醤油のボトルを愛桜に渡した。
この醤油のミニボトルを始めとする大量の調味料は、賀来さんのロッカーから出てきたものだ。
会社のロッカーをどう使うかは本人の自由だが、賀来さんは何を想定して会社に醤油を用意していたんだろう……。
――まあ、今回はそれで助かっているので、文句は言えないのだが。
愛桜は、僕が渡した醤油は使わずに、横に置いたお酢の蓋をあけて餃子の皿の隅に垂らす。
「煙山さん、餃子はお酢で食べるタイプなんですね」
「はい! 最近、お酢と胡椒で食べるのにハマってるんですよ」
「え……。何ですかその食べ方……」
「おいしいですよ? あ、疑ってますね? 一個食べてみてください。ほら!」
食べようにも、箸は一つしかない。
どうしようか考える僕に向けて、愛桜はしびれを切らしたように箸で掴んだ餃子を差し出してきた。
無言の圧力に負けて、まだほんのりと暖かい餃子を口に含む。
あ、これおいしいやつだ。
初めて食べたが、お酢の爽やかな酸味と胡椒のスパイシーな香りが融合して、餃子本来の味をいつもより感じることができるような気がする。
僕はこれまで餃子には醤油一択で、餃子は醤油ビタビタのご飯を食べるためのカモフラージュとすら思っていたのだが、この食べ方も悪くないかもしれない。
愛桜は、僕が「おいしい」と言ったことに気をよくしたのか、満足そうな顔で餃子を食べ始めた。
やっぱり、コンビニの鮭のおにぎりとスープ春雨という、OLみたいな食事じゃ足りてなかったのかな……。
――いや、言うまでもなく、愛桜も名実ともに立派なOLなんだけども……。
でも、昼ご飯を食べながらも、愛桜の目はせわしなくモニターを行ったり来たりして、モグモグと口を動かしつつパソコンを操作していた。
なんの作業をしているんだろう。僕は、愛桜の今している作業に心当たりがなかった。
営業部の仕事では、今は特に何も指示していないはずだし、プレゼン大会の関連の業務だろうか。
そんな風に愛桜を観察しながら、僕は休憩時間の残りをゆっくりと過ごす。
さて、そろそろ仕事に戻ろうかとパソコンを開いたとき、愛桜がモニターをこちら側に回転させてきた。
「鶴野さん、今お時間大丈夫ですか? 見てほしいものがあって……」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。今、メールの文面を作っているんですけど、これで送っちゃって問題ないですかね」
「どれどれ……」
僕が愛桜のモニターを横から覗き込むと、一通のメールの下書きが見えた。
宛先は、駐日ノルウェー王国大使館。
「English follows Japanese.」(英語は日本語の後にあります。)の文言から始まるメールは、僕たちのプレゼンの内容を説明し、企画やデザインに助言や監修を求めるものだった。
というか、すごくどうでもいいけど、『インテリアザラシさん』の英語名は『Intelligent Seal San』でいいのだろうか。
英語にすることで、よりバカっぽさが際立っているような……。
僕がざっくりとメールを読み終わったと見ると、愛桜が僕に再度確認を求める。
「これで内容が問題無ければ、デンマーク王国大使館にも同じ内容のメールをしようかと思いますが、どうでしょうか?」
「分かりました。うーん、そうですね……」
困ったな。大使館に送るメールの正解なんて分からないぞ……。
ひとまず「CCに僕も入れてほしい」と伝えるくらいで、ビジネスマナー的にも問題がありそうなところは特に見当たらない。
そもそも、学生時代のサークルでの各方面への連絡を担っていたのは愛桜であり、こういう連絡は僕よりも愛桜の方が詳しい分野なのだ。
今回も、気づけば教える側と教わる側が逆転し、僕が愛桜からこういう場面において、特に気を付けるべきことを教わる形になっていく。
僕は、山崎さんの確認を取ったうえで、愛桜にメール送るように伝えてその場を去った。
*
その後、ノルウェーとデンマークの大使館に送ったメールは、一日を待たずに無事に帰ってきた。
愛桜の交渉術が光ったのか、どちらの国もわりと乗り気になってくれたらしい。
企画の内容の文化的・風俗的な裏付けを取ってくれることにくわえて、もし無事に商品化した暁には、SNSなどで宣伝してくれるようだ。
すごく身も蓋もないまとめ方をすると、自国に不都合が無いようにプレゼンの品質は担保しつつ、お金は出せないが多少の時間と知名度は貸してあげるよ、ということになる。
まだ口約束だが、その国の文化を広めるという目的を持った大使館側にとってデメリットはあまりないので、実現可能性は低くなさそうだ。
これらのことを山崎さんにも報告した後、自席へと戻る途中に僕は愛桜へと話しかけた。
「しかし、さすが煙山さん。鮮やかな手腕でしたね」
「ありがとうございます」
「まさか、こんなにスムーズに大使館の承諾がもらえるとは思ってもいなかったです」
「それなんですけど、実は……」
愛桜は、再びお礼を言いながらも、周囲の人には聞こえないように僕の耳のそばでつぶやいた。
耳に当たる吐息がこそばゆい。
「この件、ダニエルにも協力してもらったんだよね」
「あ、そうなんだ」
「うん。この大使館の人、ダニエルの上司の友達らしいんだ」
「え? そうなのか!?」
僕は驚いて、普通の声量で愛桜に聞き返してしまった。
愛桜は、少し眉をひそめた後、「もう……」と言って、再び僕の耳まで口を持ってきて続きを話し出す。
「うん。この前のバーベキューで、私が少し……ほら……。荒れてたことがあったじゃん」
「……えっと、少し?」
「そう。……ほんの少しだけね!」
「……ソウダナ」
僕は、この前のバーベキューと聞いて、愛桜がウチに来たことを思い出した。
お風呂あがりや寝起きの、いつもより油断してリラックスした愛桜の顔がまぶたの裏に浮かぶ。
すぐに、僕がその想像を頭をぶんぶんと振って払うと、愛桜はきょとんと不思議そうな顔をした。
いや、そんな顔をされても、今の行動の根本的な原因は、目の前の愛桜のせいなんだが……。
なお、「少し荒れた」というには酔いすぎていたような気もするが、本人の名誉のためにここは話を合わせてあげよう。
「……そこで、私にできることは何だろうってダニエルに相談しててさ」
「そんなことがあったんだ」
「うん。だから、私の取り柄を活かしたことは何だろって考えて、こうやって色んな人へ連絡を取ってみることにしたの」
「それはいいね」
もし、僕がその場にいたとしても、きっと僕もダニエルと同じことを伝えていたと思う。
愛桜は、愛桜の良さを活かせばいいのである。
というか、愛桜はサラッとメールを作成して連絡を取っていたが、まず第一に外国の大使館にメールを送って協力を仰ごうという発想が出てこない。
連絡を取ることができたとしても、その後のスケジュールや各国の思惑の調整も、だいぶハードルが高くて躊躇するだろう。
このあたりは、愛桜の得意分野を十分に活かした作業であり、碧と響もそうだが、後輩が優秀すぎて困る。
この三人に任せておけば、僕がやらなくてはいけないことなんて、もはや無いのでは……。
ここは会社なので立場上は僕の方が先輩で上なのだが、僕を遥かに超えて活躍する愛桜を見ていると、僕が愛桜の先輩でいられる期間はそこまで長くはないかもしれないなと思った。
ほんの一瞬だけ、モヤッとした気持ちが沸きあがった。そこでふと気づく。
もしかしたら愛桜も、高いデザインスキルを持つ碧と響に対して、こんな気持ちを抱えていたのではないだろうか。
僕からしてみれば、愛桜も碧や響に引けを取らないくらいすごいことをやっているように思えるのだが、本人は自分のできることを過小評価しがちというのは、よくあることだ。
お互いがお互いのことを意識して切磋琢磨する分には良いことに違いないが、行き過ぎて空回りしないように注意深く見守っていこう。
それが今、――今だけかもしれないが、愛桜の先輩である僕のやるべきことだと思った。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次の更新は、12/22の予定です。




