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第二十三話 愛桜ちゃんとデザイン案

 翌週。僕と愛桜(あいら)と、響と碧は再び同じ喫茶店に集まっていた。

 なお、今回は山崎さんの代わりに、「二人に会いたい」とゴネた賀来(かく)さんが着いてきている。


 碧と響は店の前で待っていてくれたようで、僕たちの姿を遠目に見つけると、頭を軽く下げて会釈をした。

 今日の二人は前回に会ったときよりも、季節感にあったラフな格好をしている。

 

 手を振りながら走って二人に近づいていく賀来さんに、碧が思わず口元を緩めて挨拶した。

 

「賀来さん。お久しぶりです!」

「二人とも久しぶり~。元気にしてた?」

「はい! ありがとうございます」

 

 二人は、賀来さんとも仲が良かったはずで、近況報告をして再会を喜んでいるように見える。

 ――というかまあ、二人が特別なのではなく、賀来さんは誰とでも仲が良いのだが。


 そんな人たらしの賀来さんは、その才能を遺憾なく発揮して、僕とインターン生の二人に漂う雰囲気を敏感に感じ取ったのか、しみじみと言った。

 

「……そっか。碧ちゃん、鶴野くんとは仲直りできたんだね」

「はい! あ、あの……もともと喧嘩はしていないですけどね。そうですよね、鶴野さん?」

「そうですね。喧嘩というか、疎遠になった……みたいな?」

「そうだね。まあ、そういうことにしてあげよう」


 賀来さんは、含みを持たせた訳知り顔で首を縦に振ると、「ふふん」と得意げに笑って続ける。

 

「ほらね、鶴野くん。二人に連絡してよかったでしょ?」

「結果的にはそうですね。まあ、連絡取ったのは山崎さんですけど」

「そうだったのね。でも、会うと決めたのは鶴野くんだから、偉いことだよ」

「ありがとうございます。えっと……。そうですね。……それじゃ、店入りましょうか」

「あ、照れてる」


 追撃してくる賀来さんを軽くあしらい、店内に入る。

 この前と同じ女性の店員さんがやってきて、僕たちを同じ窓際の席に案内してくれた。


 僕は、席に着くなり碧と響に告げる。

 

「ここの料金は出すので、気にせずに好きなの頼んでいいですよ」

「え、いいんですか……」

「ありがたいですけど、悪いですよ」


 遠慮する二人をよそに、賀来さんが「はいはーい」と手を挙げながらメニューを指さす。


「ありがとう鶴野くん。私、このクソでかいパフェが食べたいなあ」

「なんで賀来さんに奢らなきゃいけないんですか!」

「ひどーい。私には奢ってくれないの? 先輩差別だよ!」

「むしろ立場的には、賀来さんが僕の分奢ってくださいよ……」

「えー。……いいよ!」


 いいんかい。

 でも、さすがに悪いので、自分の分は自分で払うことにする。

 

 そして、軽いミーティングとはいえ、仕事中に大きめのパフェを食べようとするこの胆力。まさに賀来さんである。


 僕は、ちょっと所在なさ気の愛桜に対しても、碧と響と同じように「お金は要らないですよ」と声をかけた。


「え、私もいいんですか?」

「もちろんです」

「でも、この人数を奢るとなると、けっこう大変なんじゃ……」

「僕、床にこぼしたゴミとかを、鼻セ〇ブで拭いたことありますよ」

「うわ、お金に余裕ある人のムーブじゃないですか!」


 実際は、ただ他にティッシュの持ち合わせが無かっただけなのだが。

 ちなみに、床にこぼしてから拭くまでにだいぶ葛藤しているし、拭いた後にだいぶ後悔した。


 なんなら裕福とは程遠く、貧乏性かもしれない。

 

 なお、そんな僕でもその他大勢の「自己申告の柔らかいティッシュ」は、決して信じないことにしている。

 雑魚ティッシュに騙されるな、鼻セレ〇こそ至高である。

 なんか口にくわえると、ほんのり甘いところもポイントが高い。実質スイーツだ。


 愛桜はメニューを開んで少し考えると、パフェの横にあったコーヒーゼリーをおずおずと指さす。

 

 いや、お前もスイーツ食べるんかい。

 というか、おいしそうなので、なんなら僕も頼もうかと目をつけていたけど……。

 

 こんなところで、賀来さんの悪い影響を感じる。


 そんなこんなで一通り注文を済ませた後、碧がタブレット端末を取り出して早速デザイン案を見せてくれた。

 何回かウェブ会議をして進捗は確認していたが、やっぱり仕事が早くて優秀な子だなと思う。


 そこには僕と愛桜のオーダーの通り、全体的に北欧調でありながら、日本人の「靴を脱ぐ」「床に座る」というライフスタイルに合った、背の高すぎない机と椅子のセットの案が並んでいた。

 

 二次選考のプレゼンでは、この机と椅子を基本とした、統一感のあるインテリアの一式を新商品の企画として提案する予定だ。


 デザイン案は何通りかあって、碧が画面を見ながらそれぞれのデザインに込めた意図を説明してくれる。

 

「ざっとこんな感じなんですけど、どれかお気に召したものはありましたか?」

「ありがとうございます! これも良いし、これも良いし、迷っちゃいますね」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 愛桜は、自分の考えたものが実際に目に見える形で具体化されているのを見て、目を輝かせていた。

 しばらく画面の上で指を滑らせた後、一番最初に見せてくれたデザイン案を指さす。


「鶴野さん、この案好きそうじゃないですか?」

「どれどれ。ああ、これいいですね」

「やっぱり。私もこれ好きです」

 

 白とグレーを基調として、ところどころに自然素材を使いつつ、アクセントとして濃い青を使っている机と椅子。

 たしかに、使いやすさとデザイン性をうまく融合した、僕好みのテイストだ。


 デザイン案の右下の余白には、鼻〇レブのパッケージに内定できそうな、白いふわふわの毛並みの『インテリアザラシさん』が、「イチオシ!」と書いた看板を掲げた、デフォルメされたイラストが描いてある。


 このアザラシのおすすめに乗るのも(しゃく)だが、他と比べてみてもこの案が一番いいと思った。

 碧にとっても、この案が力作だったのだろう。視線をやると、少し誇らしげに頷いている。


 そんな風に愛桜と話していると、賀来さんが、横からひょいっとタブレット端末を覗き込んだ。

 

「私にも見せて。わあ! 良い感じだね、さすが碧ちゃん」

「ありがとうございます!」

「少し思ったんだけど、ここの背もたれの部分をこうすると、取っ手みたいにできるんじゃないかな」

「あ、それいいですね!」


 賀来さんが、指先で空中に図形を作りながら、碧に身振り手振りを使って説明する。

 碧は、シンプルな白いタッチペンをカバンから取り出すと、その場でタブレットに修正点を書き加えていった。


 賀来さんと碧が話していると、これまで黙っていた響も二人の会話に参加する。


「モデリングの観点だと、この部分をこうして……」

「わあ! それもいい!」


 やがて盛り上がった三人の会話は、途中で賀来さんが着いていけなくなるほど専門的な内容にさしかかった。

 賀来さんは、ニコニコとしながら二人が話しているのを見守っている。

 

 テーブルの上で様々なアイデアが生まれていくなか、愛桜が碧と響の会話を聞きながら、

「二人はすごいなあ……」

 と、隣の僕にしか聞こえないほどの小さな声でつぶやいたのが聞こえた。

 

 僕はすぐに、愛桜に何か言葉をかけようとする。

 だが、口元だけ笑う愛桜の目から読み取れる称賛と敬意と、ほんの少しの無力感に気圧(けお)されて、何も言葉が出てこなかった。


 しばらくして、二人を見守る僕たちの視線に気づいたのか、響と碧は唐突に会話を止めてタブレットから顔を上げる。


「すみません。盛り上がっちゃいました」

「いえいえ。いいアイデアは出ましたか?」

「はい! すぐにでも追加修正したいくらいです」

「それは良かったです……。なんというか、久々にこの光景を見て、懐かしくなりました」

「たしかにそうですね。去年ぶりの感覚でした」


 響がそう言うと、一拍置いて僕たちみんなが「たしかに」と笑う。

 その時に横目で見た愛桜は、去年のことを知らないながらも、みんなに合わせていつものように、自然体で笑っているように見えた。

 ――さっきの表情が、僕の勘違いかと思うほどに。


 その後はコーヒーを飲みながら、今後にやるべきことや締切について話して、その場はお開きにすることになった。

 一時間かからないくらいの想定より早めの解散になったが、ソワソワしている碧を早く家に帰してあげたかったという理由もある。


 先に愛桜と碧と響を店の外に出してお会計をしようとしていたら、忘れ物を確認して後ろから来た賀来さんが、会計額の半額より多いくらいのお金をこっそりと渡してきた。


 僕が「多いですよ」とつき返そうとすると、賀来さんは何も言わずにウインクだけして店の外へ出て行く。

 これができる先輩か……。

 

 この短期間で、賀来さんの株が乱高下している気がするが、ありがたくお金を会計の足しにするとしよう。


 キャッシュレス決済特有の、バカでかい決済音が店内に鳴り響き、会計が完了する。

 これ、いつも思うけど音量バグってんだろ。ちょっと恥ずかしいんだよな……。


 アプリを閉じようとすると、愛桜から八百円の受け取りを知らせる通知がちょうど届いた。

 律儀なことだ。

 

 今の愛桜は後輩なんだから、別にいいのにと思いつつ「ありがとう」と返信する。

 店を出た僕たちは、去っていった碧と響を見送った後、会社に戻る道を歩き出した。

 

 賀来さんが、良いことを思いついたという顔で、僕たちに魅力的な提案をしてくる。

 

「二人とも、会社に戻る前にランチを食べて帰らない?」

「いいですね。せっかくなので、いつもの定食屋じゃないところ行きません?」

「いいね。それだと、会社から少し離れるけど、私のおすすめの中華屋さんがあるよ」

「そこにしましょう! 煙山さんは……」


 僕が二つ返事で同意し、すぐに愛桜にも同意を求めようとすると、「あー」と言葉を詰まらせた。

 

「すみません……。私、帰ってやることができたので、先に帰社しますね」

「そうなの? そっか……。残念」

「はい……。すみません。また誘ってください」

「うん!」


 申し訳なさそうに謝る愛桜を見ながら、僕は首を(かし)げた。

 一緒に働く都合上、僕は愛桜の予定をすべて把握しているのだが、そんな予定などあっただろうか。


 訝しげな顔をする僕には気づかず、賀来さんが「じゃあ行こっか」と僕の方を向き直して言った。

 賀来さんに連れていかれる前に、僕は愛桜に近寄って小声で尋ねる。


「大丈夫ですか?」

「ありがとうございます」

「休めるときに休むのも大切ですよ」

「それは分かってますけど、実物を見たら疲れも吹き飛びましたから……!」

「……それなら良いですけど」


 ちっとも良くはないが、賀来さんを待たせているし、これ以上話を続けるのは無理か。

 僕は、後ろ髪を引かれながらも、愛桜に手を振ってその場を立ち去った。

今回もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は、12/18の予定です。

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