第二十二話 愛桜ちゃんと頼れる助っ人
僕が指定された喫茶店に着くと、ドアを入ってすぐに、僕以外の四人が座っているのを見つけた。
横長のおしゃれな木製テーブルには、既に五人分のアイスコーヒーが置いてある。
山崎さんと愛桜に向けて送ったメールの返信は無かったから、僕が行くことは確実でなかったはずだ。
だが、「きっと来るだろう」と二人が信頼してくれて待ってくれたことを嬉しく思った。
僕は後ろから小走りでみんなの席に近づいて、山崎さんに向かって頭を下げる。
「すみません。遅くなりました」
「ああ。ちょうど本題に入るところだったから気にしなくていい」
「ありがとうございます」
顔を上げると、山崎さんの隣に座る愛桜の「私、来るって分かっていましたよ」と言わんばかりの澄ました顔が目に入った。
僕は苦笑しながら、愛桜と山崎さんの反対側の席に顔を向き直す。
すると、並んで座っていた碧と響と目が合って、ペコリと会釈してくれた。
久しぶりの二人は、ちょっと気まずそうな顔をしているように見える。
会うのは、彼らが会社を辞める前に会った以来なので、一年未満ぶりくらいだろうか。
地毛だと言っていた暗めの茶色の髪を黒色に染めていた碧が、若干こわばった顔で挨拶をしてきた。
「鶴野さん、お久ぶりです」
「お久しぶりです。元気にしてましたか?」
「はい。ありがとうございます」
二人とも、服装や持ち物が以前よりかっちりしていて、なんとなく大人びて見えてイメージが違った。
碧のトレードマークだった肩上まで伸びていた長い触覚は、頬骨ぐらいまでコンパクトになっているし、響の「何入れてるんだ」ってくらい大容量なリュックサックは、黒光りするナイロン製のトートバッグにサイズダウンしていた。
なんか、全体的に小型化しているような……。
ムーアの法則は、こんなところにまで適用されているようになったのだろうか……。
真面目な話、時期的にも就活か何かだとは思う。
でも、少なくとも社内の人間と会う気軽さではなく、取引先との挨拶に来たみたいな礼儀正しさと硬さが見え隠れしていた。
このやり取りだけでも、以前には無かった二人との隔たりを感じ取れて、少し寂しく感じる。
ざっくりと挨拶を交わした後、碧が視線を隣に移したので、僕も碧の視線の先の響を見た。
響は、僕たちから見られていることに気づくと、質問する前に自分から話し出す。
「えっと……。僕も元気です。……その節はご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。大丈夫です。あー、その後、体調は戻りましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「そうですか。……よかったです」
「あの……おかげさまで……」
響は、もともと口数が多いタイプではないが、なんとなく気まずい。
次に何を言おうか考えていたら、山崎さんが僕たちの途切れ途切れの会話のラリーを、有無を言わさぬ口調でばっさりと切ってきた。
「再会を懐かしむのもいいが、本題に入ってもいいだろうか」
「あ、すみません。お願いします」
「メールで内容は事前に伝えていると思うが、少し二人の手を借りたいことがある」
「はい。確認しています」
いつもは無遠慮に聞こえるときもある山崎さんの発言が、初めてありがたいと思えた。
仕事の話となると、響も前と同じようによどみなく話してくれるようだ。
このまま山崎さんが話すのかと思っていたら、山崎さんは愛桜の手元を見たかと思うと、残りの説明をすべてぶん投げた。
「じゃあ煙山、後の説明は頼む」
「承知しました!」
愛桜はそう元気よく答えると、プレゼン大会と現状の説明を始めた。
とはいえ、去年の碧と響が経験している内容なので、特に二人から質問は無くスムーズに進んでいく。
話が、プレゼンの要項の「ハードワーク防止」部分の変更点にさしかかると、碧が身を乗り出して言った。
「私たちが辞めた後、そんな制限がかかっていたんですね」
「そうみたいです! 私は今年入社なので知らなかったんですけど、鶴野さん曰く去年のことがあったからって……」
「そうなんですね……」
「あの、私。去年のことを詳しくは聞いていないんですけど、何があったんですか……? もちろん、お伝えいただける範囲で大丈夫ですが……」
愛桜がおそるおそる尋ねると、碧は少し困ったように響の方に顔を向けた。
響は、「昔のことなので……」と前置きすると、どこか吹っ切れたような表情で話を引き継ぐ。
「端的に言うと、過労で僕が倒れてしまったんです」
「そうだったんですか……」
「はい。でも、作業自体は楽しかったのですが、それで業務を続けることができなくなってしまって……」
「……それは大変でしたね」
響は、山崎さんの方をちらりと一瞥すると、山崎さんは「そうだ」と小さく頷く。
「本人がやりたいと希望していたとしても、倒れるまでのめり込んでしまうのであれば、管理者として俺は許可できなかった」
「はい。当時の僕は自分の限界を理解していなくて。……それで色んな人に迷惑をかけてしまいました」
響は、そう呟くと申し訳なさそうにうつむいた。
僕は何も言わずに、結露した水滴の滴るグラスに注がれたアイスコーヒーを、ストローで一口飲む。
静まり返った店内で、誰かの飲み物の氷が溶けたカランという音が響いた。
実際、響が倒れてからは、プレゼン大会の準備は急速に失速することになる。
主要なメンバーが一人欠けてしまったので最終選考に向けて大した準備もできずに、ほぼ棄権に近い形で僕たちの去年のプレゼン大会は幕を閉じた。
当時、僕は響の抜けた穴をふさぐことに手一杯で、響と同じくらい負担がかかっていたはずの碧にも大したフォローをすることができなかったことを今も後悔している。
そのまま響は職場に復帰せずに辞め、碧も後を追うように辞めてしまった。
その時に、山崎さんからの事後報告で二人が辞職したことを知らされたことは、先に述べた通りだ。
響は話すべき言葉を頭のなかで考えているみたいで、眼鏡の奥の目をギュッと閉じて両手で頭に指を当てながら、何回も言いよどみつつも話を続ける。
「……特に、鶴野さんに迷惑をかけたくないと思ったんです」
「僕ですか……?」
「はい。最初は、体調不良を隠して無理して業務を進めていました。でも、作業は遅れて迷惑がかかるし、実力不足を痛感して無力感に苛まれる日々でした」
「そんなことは……」
「けっきょく、最終的には山崎さんに気づいてフォローしてもらって……。でも、僕ができなかっただけなのに、それは鶴野さんの管理責任になってしまうじゃないですか! だから、申し訳なくて合わせる顔がなかったんです」
響は、椅子から立ち上がらんばかりの勢いでそう言い切ると、電池が切れたみたいに視線をテーブルに落とす。
でも、それに関しては、間違いなく僕が気づくべきことだったし、フォローできなかった僕に一番責任があった。
感情をあらわにしている響とは対照的に、いつも元気で明るいはずの碧が、ため息をついて肩を落として呟く。
所在なさげな碧の手が、無意識のうちに肩くらいの長さまであった触覚を撫でようとして、空を切った。
「私も、響のそんな状態には気づけてはいたんですが、自分のことに精一杯で何もできませんでした」
「……二人とも聞かせてくれてありがとうございます。僕があの時、気づいていたらよかったです」
「私たちの方こそごめんなさい。あの後、辞め方をずっと後悔していたんですけど、なかなかご連絡もしづらくて……」
たしかに、僕から連絡するのも難しかったし、二人から連絡するのもハードルが相当高いか。
同じようなことで悩んでいたんだなと思うと同時に、去年一緒に働いた日々で培った関係性は嘘じゃなかったと思えて、今までずっと心の片隅にあったモヤモヤが少し晴れる。
愛桜は、謝り合戦に突入した僕たちのことを、どこか暖かい目で見守っていた。
ふと碧が「そういえば」と前置きして、今思い出したかのように僕に話しかける。
でもその口ぶりからは、きっと努めて軽い口調を作ったかのような、隠しきれない緊張感が見て取れた。
「鶴野さん。今年も『インテリアザラシさん』のプレゼン大会、出場されるんですね」
「はい。今年も出ることにしました」
「そうなんですね。なんというか、その……、ありがとうございます」
「出ようか迷いましたが、煙山さんに背中を押されて、今年こそはって思って……」
急に言及された愛桜は、ちょっと驚いた顔をして、僕を肘で小突いて何も言わずに微笑む。
なお、真面目な会話をしているときに、某アザラシの名前を聞くとおかしくて笑ってしまうので、ちょっと止めてもらいたい。
見ると、言った本人の碧も、ちょっと笑っている。
先の一次選考でもそうだったが、こいつは本当に人を笑顔にさせる海洋生物なのだなとしみじみと感じた。
案外、本当に居心地のよい空間を生み出す能力があるのかもしれない。
しばらくして、場の雰囲気を感じとってニコニコしていた愛桜が、急にポンと手を叩いて話を本題に戻す。
「あ、そうでした! 私たちがそのプレゼン大会に出るにあたって、お二人にお願いがあるのですが……」
「はい。メールで連絡いただいていた件ですよね」
「そうです。実は、去年のプレゼン大会でのご経験やデザインなどの専門的な領域について、アドバイスいただけないかと思っていまして……。できる範囲で大丈夫なのですが、可能でしょうか?」
「喜んでお手伝いさせていただきます。響もそうだよね?」
「はい。僕もやります。何なら、去年みたいにモックとか作りましょうか?」
モックとは、モックアップを省略した言葉で、商品化する前に作る模型やレプリカのことを指す。
これがあると、商品の企画を視覚的に表示することで、具体的なイメージをつかみやすくすることができる。
愛桜は、申し訳なさとありがたさが半々ずつくらいにじみ出たような表情をしながら、両手を擦り合わせた。
「え、いいんですか? あ……。規約上、たぶんお金とかは出せないんですけども……」
「はい、構いません。企業へのポートフォリオになるので、実績のアピールという点で私たちにもメリットはあります。それに――」
碧はそこまで言うと、響の方を向いてお互いに顔を見合わせた。
響が、碧の意図を組んだかのように、「うん」と言って続きを引き取る。
「それに、鶴野さんに去年助けてもらったので、今度は僕たちが鶴野さんをサポートする番です」
僕は、去年の苦しみ抜いた日々が報われたような気がして、涙がにじみそうになった。
今年も、――今年こそは、この二人からの信頼を裏切らないように努力しようと、強く心に誓う。
こうして僕たちは、二人の心強い仲間をチームに加えて、来たる二次選考の準備を進めていった。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次回の更新は、12/14(土)の予定です。




