【番外編】愛桜とダニエルの肉色デイズ
数週間ぶりに日本に帰ってきたその日。
ダニエルを待っていたのは、懐かしい友人の与一からのバーベキューの誘いだった。
「ずっと計画してた三人で会う約束だけど、いつ空いてる?」
「いつでも空いてるぞ。今日も空いてる」
「じゃあ今日でいいか。愛桜にも連絡しておくわ」
彼は、喜んで承諾のメッセージを送る。
そのまま、無意識で指が青い鳥のマークのアイコンをクリックし、SNSでの情報収集を始めた。
癖になってんだ、用事なくてもタイムライン見るの。
空港から電車で家に帰ってきて、荷物を片付けながらSNSを見ていたら、いつの間にか時間が経っていた。
「そうだ。久しぶりに帰ってきたし、日本っぽい投稿をしようかな」
そう独りでに呟くと、その思いをSNS上でも呟く。
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ダニエルッ @Daniel_JJJ 今
HAHAHA! つみたてN〇SAは新興国の株式に全ブッパするぜ!
[返信] [いいね] [引用コメント]
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「これでよしと」
これが日本特有の税制優遇制度であることは間違いないが、日本っぽい投稿かどうかは定かではない。
どう考えてもノリはアメリカっぽいし、内容は日本を除くアジア圏への投資の話である。
なんというか、ちぐはぐ。それがこのダニエルという男だ。
それからすぐ携帯電話をズボンの尻ポケットに突っ込み、荷ほどきは半分くらいしか終わっていないものの、満足そうな顔をしながら彼は家を出た。
*
さて、夕焼けの照りつける池袋駅の東口で、ダニエルは久々の与一と愛桜との再会を心待ちにしていた。
なんて言ったって、愛桜に至っては数年ぶりだ。
池袋駅の東口は、東口(南)と東口(中央)と東口(北)の三種類ある。
つまり、「東口」と指定するだけでは、集合場所を一つに確定できない仕様なのだ。なんだそれ。
久しぶりの帰国で日本の駅の複雑さを思い出したダニエルが、与一にどの東口から来るかを聞こうとした瞬間、二人が同時に現れる。
二人が一緒に来たことにわずかながらの疑問を覚えつつも、再会を喜ぶ感情がその疑問を吹き飛ばした。
「よーう! 二人とも久しぶり! 愛桜はほんとに久しぶり!」
「やっほ。元気にしてた?」
こうやって話してみると、数年の年月なんて些細なものだ。
愛桜は、最初こそぎこちなさがあったものの、数分後には昔のように楽しく話すことができるようになった。
数年ぶりの会話という壁を立ち話をしながら軽く突破した彼らは、会場をバーベキューテラスへと移してその数年分の空白を埋めていく作業を進める。
話が盛り上がってきたころ、与一が立ちあがって言った。
「ちょっと僕トイレ行ってくる」
「いってらっしゃーい」
この場には、ダニエルと愛桜が残される。
しかしそのことで二人は気まずくなるでもなく、もう昔の関係性を取り戻したかのような気安さで会話を続けることができていた。
愛桜が場を仕切り直すかのように、まっさらなグリルの上に肉を新たに並べながら、ダニエルに話題を振る。
「ダニエル、バーベキュー楽しんでる?」
「おう! 酒が沸き、肉が躍るぜ!」
「うおお! 最高だぜえ!」
「Yeah!」
お分かりの通り、少し酔いのまわってきた二人が残されたこの場には、ツッコミ役が不在である。
何言ってんだこいつら。早く戻ってきてくれ、与一。
ダニエルと一緒になって騒ぎつつも、焼けている肉の様子をしっかり観察していた愛桜は、完璧なタイミングで肉をひっくり返した。
辺りに肉の焼ける香ばしい匂いが漂うなか、はしゃいでいた時より声のトーンを落としたダニエルが、肩をすくめながら愛桜に尋ねる。
「で、実際、与一と一緒に仕事しててどうよ?」
「うん。すごくやりやすいよ。お互い勝手も分かってるしね」
「先輩と後輩で立場が違うわけだけど、その辺は大丈夫なの?」
ダニエルの質問に、愛桜は顎に人差し指を当てながら、あっけらかんとした顔で答えた。
「そうだね……。でも、先輩といえども、サークルの同期って思ってるのが強いから、すごくやりやすいよ」
「そっか。そういうもんか」
「うん。もちろん、仕事とかは教えてもらうし、会社では敬語なんだけどね」
その後、愛桜はダニエルに与一の日常エピソードを話し出した。
意外と頼りある与一先輩の姿に、ダニエルは苦笑しながらも内心で拍手を送る。
そのまま夢中になって話を続けていると、ふと辺りに漂う匂いから異変に気付いたか、愛桜が大きな声をあげた。
「ああ、やばい! お肉のこと忘れてた!」
そう言うや否や、愛桜は焦ってトングを手に取ると、焦げた肉を救出した。
そのまま、焦げた面を反対側にすることで焦点をずらして、ちょうど帰ってきた与一にバレないように肉を押し付ける。
「与一、このお肉あげるよ」
「焦げてんじゃん!」
「大丈夫、このくらいのお肉の方が好きでしょ?」
「そんな奴いるか! ……でも、たしかにギリギリ食べられる焼き加減なのが腹立つな」
なんだかんだみんなで片面が真っ黒の肉を笑いながら食べ、入れ替わりで今度は愛桜が席を立った。
「ちょっと私お花摘んでくる」
「いってらっしゃい。乱獲しすぎんなよ」
「いや、どういう意味よ!」
「……まあ、ダニエルだし、特に意味は無いだろうな」
冷静な与一のつぶやきに、愛桜もこれ以上言及する気力を無くしたのか、何も言わずにその場を離席した。
愛桜のいなくなった後、ダニエルは首をかしげながら腕を組み、考えるしぐさをして言った。
「うーん。なんか、愛桜可愛くなってない?」
「そうか?」
「おう。なんか垢ぬけたというか……。まあ、もともと可愛かったけどな」
「たしかに、もともと可愛いとは思ってるよ」
ダニエルは、与一の言葉に驚いたように目を見開き、意外そうな表情で与一を見る。
「珍しいな。与一が誰かを可愛いって言うのは。どういう心境の変化なんだ?」
「うるさいなあ」
「いいだろ。そう言わずに、愛桜が帰ってくる前に教えてくれよ。な?」
与一は、少しバツが悪そうに頭をかいた。
「なんかもともと、愛桜は可愛いより先にすごいって思ってたから、あまりそういう感情なかったんだよな」
「ああ、たしかに。愛桜、サークルでもすごかったもんな」
「そうそう。それが、後輩として一緒に働くようになったから……」
「なるほどな。後輩になることで新たな一面を見たみたいな?」
「うーん。だいたいそう。それプラス、後輩以外の関係性の愛桜の良さにも気づけた……って感じかな」
そこまで話すと、遠くで愛桜が戻ってきているのが見えた。タイムアップだ。
愛桜が帰ってくると、与一とダニエルは顔を見合わせて、それから愛桜の方を見た。
「何? 私の顔になんかついてる?」
「いや。そういうんじゃないけど」
「そう? それで、二人は今なんの話をしてたの?」
「あー、ざっくり言うと、愛桜が可愛いって話」
与一がそう冗談めかせて言うと、愛桜は一瞬驚いた顔をした後に、ニヤニヤした顔で与一をからかった後で、最後に少し照れた表情で「ありがとう」と言った。
ダニエルは、蚊帳の外で二人のやり取りを見つめるだけである。
そんなやり取りがあったので、与一の家に酔った愛桜を連れて行ったときも、ダニエルは自分の家へ帰ることにした。
「もし今夜に二人がくっついたら、面白いのにな」
星のまたたく静かな夜に、そんな楽し気な企みを胸に抱いて、ダニエルは与一の家を抜け出す。
なお、代償として払った、深夜料金のタクシー代はけっこう重かったらしい。
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