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第十八話 愛桜ちゃんと選考結果

「例えば『インテリアザラシさん』って、『ヒュッゲ』を体現している生物だと思うんですよね」


 審査員の男性が興味深そうな顔をしながら、目で続きを促してきた。

 愛桜(あいら)は、「何を言い出したんだこいつ」とも言いそうな、呆れ三割・不安七割くらいの表情をしている。

 

 正直、自分でも何を言っているのかなとは思っているが、しゃべりだした口は止まらない。


「今日この会議室に入ったとき、発表本番ということで皆さん改まった雰囲気で、正直緊張していたんですけど」


 僕はそこで言葉を切って、デスクの上の『インテリアザラシさん』に目をやる。

 審査員たちも、そのファンシーなぬいぐるみに視線を動かして苦笑した。


「このぬいぐるみがあったおかげでリラックスできて、この会議室が()()()()()()()()になりましたよ」


 僕がニヤリと笑ってそう告げると、審査員のなかでも一番年上の男性が大きな声をあげて笑った。

 それから、さっきまで感じていた張り詰めた空気が緩んだのか、他の審査員や見物人たちも微笑んでいた。


「なるほど。鶴野さんは、この空間こそが『ヒュッゲ』だと言うんだな」

「はい。今回の『空間創造フェス』で、このような雰囲気を作り出せるインテリアの企画を実現できたらと思っています」

「そうか。楽しみにしているよ」

「ありがとうございます」


 僕はそう言って頭を下げると、呆気にとられていた愛桜に声をかけて、鳴り響く拍手を背に会議室を後にした。


 *


 会議室からカバンを置いているいつものデスクに移動していると、後ろから愛桜が追い付いてきた。

 そのまま、僕に声をかけながら駆け足で追い越していって、くるっとこちらを振り返って僕の目を見つめる。

 ……廊下は走っちゃいけません!

 

「質疑応答、ありがとうございました! 私、うまく答えられなくって……」

「いや、それまで十分すぎるほどよく受け答えしてくれたと思いますよ」

「本当ですか? それならよかったんですけど……」


 お世辞でもなんでもなく、心の底から愛桜はよくやってくれたと思う。

 僕がそう言葉を続けようとすると、後ろからスタスタと軽快な足音が聞こえて賀来(かく)さんが声をかけてきた。


「二人ともお疲れさま!」

「ありがとうございます! 賀来さん見てたんですか?」

「うん! 発表者からは見えなかったかもしれないけど、部屋の後ろの方にいたよ!」


 たしかに、会議室はプロジェクターの投影のために照明を落としていたため、薄暗くて周りは見えなかった。

 あと、純粋に聞いている人たちにまで、発表中に目をやる余裕が無かったのもある。


 もしかしたら、部署の他の人たちも見てくれていたのかもしれない。

 見られていたらむしろ緊張しそうなので、逆に気づかなくて良かったと思った。


 そのまま廊下を三人で歩きながら、賀来さんは僕たちにマシンガンみたいに矢継ぎ早に感想を伝えてくる。


「愛桜ちゃん良かったよ! プレゼン分かりやすかったし、聞き取りやすかった!」

「ありがとうございます!」

「それと何より、頑張ってて可愛かった! ほんとにおつかれさま!」


 なんというか、勢いがすごい。

 そんな賀来さんの話を、愛桜と僕は少し苦笑しながら聞く。

 

 その後も、愛桜のことを一通り褒めちぎった後、今度は賀来さんの話の矛先が僕の方にも向かってきた。

 

「鶴野くんもよかったよ! 去年もすごかったけど、今年はさらに良くなってた!」

「ありがとうございます」

「途中のグラフとかの使い方分かりやすかったし、質疑応答もおつかれさま!」

「ありがとうございます」

「声も聞き取りやすくて、間のとり方とかも上手になってたね!」

「ありがとうございます」

 

 これだけ褒め続けられることはなかなか無いので、ありがとうございますを繰り返すマシーンになってしまった。

 感謝の言葉のバリエーションって、「ありがとうございます」以外も絶対に必要だよな……。

 

 「恐れ入ります」は感謝というより、恐縮の要素が加わってしまうので除外である。


 僕がそんな風に考え事をしていたからだろうか。

 賀来さんが不思議そうに首を傾げた後、ぽんっと手を叩いて合点がいったように「あっ」と声を上げた。

 

「何? もしかして、鶴野くんも可愛いって言ってもらいたいの?」

「いえいえ、そんなこと無いです!」

「新卒一年目の後輩が入ってきたからといって、鶴野くんが私の可愛い後輩であることは変わりないのよ?」

「それは嬉しいですけど、そういうのじゃないですから!」


 賀来さんは、ニコニコと笑いながら僕のことをからかってくる。

 なんとなく話が変な方向に向かいそうになっているのに気付いてか、今度は愛桜が僕のことを褒めてきた。

 

「あの! 鶴野さんの『インテリアザラシさん』のアドリブすごかったです」

「ああ。……あれでよかったんですかね」

「あれ超ウケてたからいいんじゃないかな! みんな笑ってたし!」


 二人は良く言ってくれるが、もっとうまい質疑応答の受け答えがあったんじゃないだろうか。

 でもまあ、僕自身もなぜあんなことを口走ったのか分からないが、審査員には良い感触だったようなので結果的には良しとしようと思う。

 

 だけどきっと、あの土壇場の最後の説得は、愛桜の理路整然としたプレゼンがあったからこそ成り立ったものだ。

 図らずとも、事前に言われていた「理論+感情」という、良いプレゼンにおける重要な二要素を網羅することができた形になった。

 

 つまりまあ、なんだ。

 自分で言うのもあれだが、結果的には良いプレゼンだったと自負してもよいのでは無いだろうか。

 

 その後、荷物を置いていたデスクに戻ってからも、案の定発表を見ていた同僚たちに色々と声をかけられ、けっきょくその日の仕事はまったく捗らなかった。

 ここでも、「ありがとうございます」と思う限りである。

 

 *


 選考結果は、その週のうちにメールで送られてきた。


 僕たちは、無事に第二選考に進めるようだ。

 愛桜は、喜びよりもむしろ安心の方が大きそうで、通過の連絡を受けてホッとした表情を浮かべていた。


 近くにいた同僚たちに報告すると、準備期間の間に仕事を替わってくれたり、資料にアドバイスをくれたりした彼らは、まるで自分のことのように喜んでくれた。なんだか、こちらまで嬉しくなる。


 その足で、部屋の奥の方に座っている山崎さんにも報告に行くと、無感情な声で「おめでとう」と祝ってくれた。

 その口ぶりからは、僕たちが二次選考に進むことを疑っておらず、当然のことと捉えている素振りすら感じられる。

 

 この人が、感情を揺さぶられることはあるのだろうか。

 

 その一連の流れが、きっと隣のデスクにいた賀来さんにも聞こえていたのか、目が合うと早足でこっちに寄ってきた。

 

「二人ともおめでとう! 絶対通過すると思っていたよ」

「ありがとうございます」

「ほら、山崎さんももっと祝ってくださいよ!」

「……ああ。二人ともおめでとう」


 賀来さんのテンションに当てられてか、眉間に微々たるしわを寄せながら、山崎さんが再度祝福の言葉をくれた。

 山崎さんの部下の中でも、山崎さんに気軽に接しているのは賀来さんくらいな気がする。


 ちなみに、賀来さんに以前、なぜ山崎さんへフレンドリーな態度をとることができるのかを聞いたことがあった。

 どうやら、山崎さんが中途で入社した時期と賀来さんが新卒で入社した時期が被っていて、一緒に研修を受けていたから連帯感があるらしい。


 それにしても、賀来さんはなかなかのコミュニケーション強者だなと思うが。

 

 そんな穏やかな空気が流れるなか、僕は愛桜が少し浮かない顔をしているのに気づいた。

 山崎さんもそれに気づいたのか、真顔のまま愛桜に「どうした?」と聞いている。

 

 いや、自分が無表情のわりに、他の人の顔色には気づいているんかい。

 

「ちょっと今後の進め方でご相談があって……」

「そうか。次の会議まで時間があるから、今いいぞ」

「ありがとうございます」


 みんなが愛桜の相談を聞く態勢になったところで、ちょうど僕の社用携帯が鳴り響いた。

 このまま話を聞いていたかったが、特に問題は無さそうなので、二人にこの場は任せて離脱することにする。

 

 もちろん、僕以外にも相談できる人が増えるのは望ましいことだが、なんだか少し寂しい。

 もし、かかってきたのがしょうもない電話だったら、顧客に八つ当たりしてしまいそうである。


 *

 

 意外と長くかかった電話から戻ると、すでに話は終わっていた。

 席に戻り、近くにいた愛桜に話しかける。


「何を話していたんですか?」

「次のプレゼンどうしよっかなって話です」

「二次選考は、実現可能性や具体性が見られるみたいなので、もう一度資料をアップデートする必要がありますね」

「そうですよね」


 愛桜は、まだ浮かない顔をしながら、「うんうん」と声に出して頷きながら言った。

 オンライン会議が増えてから、頷くときに声を出す癖がついている人が増えた気がする。

 

 もし自分の画面がオフになっていても、相手に頷いていることを伝えやすくする工夫だ。


 そんなどうでもいいことが気になるくらい、僕は愛桜の沈んだ表情に目を奪われていた。

 僕が何か声をかけようとするより前に、そのまま愛桜がしどろもどろに言葉を続ける。

 

「……あと、ちょっと無力感を感じて、相談していました。……あの時、私一人だったら、なんて説得しようか考えていたんです」

「そうですか」

「チームで私の果たすべき役割ってなんだろみたいな……。すみません、こんなこと急に言われても困りますよね」

 

 愛桜は、申し訳なさそうに肩をすくめて苦笑した。

 その時、僕が愛桜に何という言葉を返したのかは正確には覚えていない。

 無難に「そんなことない」と慰めていたような気もするし、何も言えずに黙り込んでいた気もする。

 

 ただ一つ確かなのは、愛桜はこの日を境に、さらに自分を追い込んで業務に取り組むようになったことだ。


 一次選考を無事に突破して祝福ムードだった僕たちの間には、今では何やら少し重苦しい空気が漂っていた。

今回もお読みいただきありがとうございます。

次の更新は、11/24 or 25の予定です。

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