第十三話 愛桜ちゃんと頼れる上司たち
山崎さんの承諾を得られなかった日の夜。
僕が家で寝っ転がって動画サイトを見ていると、通知音とともに愛桜からSNSでメッセージが届いた。
「与一、いま大丈夫?」
「うん、どうしたの?」
「実は、スケジュールの大枠ができたんだけど、軽く見てもらえない?」
時刻は、二十三時前である。
そんなに根を詰めなくてもと思うが、退勤後にそのまま続けてキリのいいところまでやってしまったのかもしれない。
とりあえず、了承の返事はしたものの、無理はしない方がいいとも伝えるべきだろうか。
あと、普通にたぶんサービス残業になってるし。
パソコンは二十二時には強制シャットダウンされるのでどうしたのかと聞いたら、退勤前にファイルを印刷して手書きしているらしい。
送ってもらったスケジュールをもとに、何個かアドバイスを送る。
「このタスク、もう少し想定工数取っておいたほうがいい」
「うん」
「あと、この期限はもう少し余裕を持たせるといいかも」
「なるほど、ありがとう」
そう言うと、アザラシが地べたを這いずりまわる愉快なスタンプを送ってきた。
謝意が全然伝わってこないなと思ってアザラシをよく見ると、お馴染みの弊社マスコットキャラクター『インテリアザラシさん』のスタンプだった。
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『インテリアザラシさんの悠々自適な生活 その二』
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弊社、こんなものも出していたのか。というか、こんなのに金を出して買う人いるんだ……。
「なんだその腹立つスタンプ」
「可愛いでしょ?」
「僕はもう社内で見すぎて腹立ってきたわ」
「そんな、酷い……!」
「愛桜以外、誰が買うんだよこれ」
愛桜は、テキストを送るのと同時に、目をウルウルさせた『インテリアザラシさん』のスタンプを送信してきた。
媚びるな。もっと誇り高く生きろアザラシ。
その後の会話は雑談へ移行したが、やり取りをした限りは、残業をしている愛桜の精神状態は大丈夫そうに見えた。
だが、一応心配ではあるので、うざくならない程度に労りのメッセージを送る。
「大丈夫? 無理しないで」
「ありがとう。これくらいなんともないよ」
「そうだけど。いきなりこんなに頑張らなくても……」
「スタートダッシュしたいの! 今が一番やる気あると思うんだよね、私」
愛桜の言うことも分かる。
残業を奨励しているわけではないのだが、こういうのはやる気があるうちにやってしまった方がいい時もある。
そう思った僕は、『インテリアザラシさん』のスタンプを流れるように購入した後、フレーッフレーッという擬音とともにヒレ(?)で旗を振っている、励ましのスタンプを送った。
「与一も買ってんじゃん!」
「笑笑」
「これでお揃いだね?」
「なんか削除したくなったわ」
「酷い!」
メッセージ上では酷いことを言いつつも、きっと愛桜が『インテリアザラシさん』みたいに、ニヒルな笑顔を浮かべている姿が想像できた。
*
次の日、出勤した愛桜は「じゃじゃーん」と言って、どや顔で作ってきた詳細なスケジュールを見せてきた。
しかも、依頼していた仕事以上に、おまけにタスクの管理表まで作ってきたみたいである。
「お、さっそく作ってきたんですね」
「そうです! 見てもらってもいいですか?」
「もちろん」
昨日のフィードバックをもとに直されたスケジュールは、僕の目から見てもなかなか良い出来のように思えた。
後輩としての仕事の進め方という観点でも、途中で中間報告と相談もあったことだし、百点満点をあげられるレベルである。
「しかし、相変わらず仕事が早いな」
「まあ、こういうのは得意分野ですから」
「そういえば、学生時代もそうだったっけ」
「はい!」
周囲に普通に仕事をしている人がいるなか、思わずそんな心の声が漏れてしまった。
問題なさそうなので、山崎さんの仕事が落ち着いたタイミングを見計らって、愛桜と一緒に作成物を見せに行く。
「これを、煙山が?」
「はい。大まかなものは鶴野さんと作って、細かいところは私が作りました」
「そうか。今日中には確認するようにする」
「ありがとうございます。お願いします」
その後は、お互いに通常通り業務を進めていたが、思ったよりも早く午前中の段階で山崎さんから声がかかる。
「見せてもらった。ありがとう」
「いえ、こちらこそご確認いただいてありがとうございます」
「何点か改善すべき点がある」
「はい」
そう言うと、山崎さんはいろいろと資料について指摘していった。
愛桜はそれを真剣そうな顔で聞きながら、メモを取っている。
その後、山崎さんは全体的なスケジュールについて、各タスクの締め切りを前倒しすることを提案した。
「あの……。そのスケジュールで進めるとなると、私たちだと少し難しいかもしれません」
「そうか? ああ、そういうことか」
山崎さんは、何かを分かったようにつぶやいた。
非常に頭の回転が速い山崎さんと話すと、誰かが説明する前に状況を本人だけ理解して、話が一足先に進んでしまうことがよくある。
今回もそうなるかと思ったが、新人の愛桜がいたからか、比較的丁寧に状況を僕たちに説明してくれた。
「煙山、もしかして鶴野と二人だけで作業を進めようとしていないか?」
「はい。そのつもりでしたけど……」
「やはりか。今年は、部全体としてお前たちをサポートできればと思っている」
「え? あ、ありがとうございます!」
「……俺たちも手伝うことができると仮定して、スケジュールはどうなる?」
愛桜があっ、と何かに気づいた顔をした。
山崎さんの提示したスケジュールは、山崎さんや賀来さんが手伝うことを前提としたものだったのだ。
「はい! それならこのスケジュールで問題ありません!」
「そうか。では、それを前提にタスクをスケジュールに落としてくれないか?」
「承知しました!」
「よし。できたら声をかけてくれ」
僕たちは、頭を下げて山崎さんの前から立ち去ろうとしたが、山崎さんから僕だけ残るように指示された。
これは怒られるやつかもしれない。
でも、直近で何かやらかしたことは思いつかなかった。一体何を言われるのだろうか。
いろいろな考えが僕の頭を巡るなか、山崎さんはいつものような無表情でこちらを見つめて言った。
「煙山は、昨日の今日であのスケジュールとタスク管理表を作成してきたのか?」
「そうですね。僕も途中でチェックしましたが、大枠は彼女が作っています」
「そうか。煙山は優秀だな」
僕も愛桜は優秀だと知っていたが、山崎さんという優秀な人にまでそう言われるのは純粋にすごいと思った。
というか、山崎さんもこんなこと言うのはだいぶ珍しい。
こんなところでお世辞を言うタイプではないから、本心から感じたことなのだと思う。
僕は、自分が褒められたわけでもないのに、なんだか誇らしい気持ちになりながら、山崎さんに同意した。
「はい、僕もそう思います」
「だが、危ういところがある。短期間にあの量の業務は少しオーバーワーク気味だ」
「そうかもしれません」
「煙山が無理をしすぎないように、タスクや期限を調整すること。それが今年の鶴野の役割だ。……できるな?」
「承知しました!」
「あと、さすがに煙山が俺や賀来にタスクを振るのはきついだろうから、そのあたりのフォローも頼む」
ああ。この人は、他の人のことをまったく考えていないように見えて、ちゃんと見てくれているんだ。
ありがたい限りである。いい上司に恵まれたと思った。
今年こそは、という思いがさらに強くなる。
愛桜には、絶対にこの『空間創造フェス』がきっかけで、仕事を辞めてほしくない。
山崎さんの隣のデスクにいた賀来さんにも僕たちの声が聞こえていたのか、モニターの隙間から揺れるゆるふわの茶髪がチラリと見えると、賀来さんがひょっこり出てきた。
「私も手伝うよ!」
「ありがとうございます。頼りにしています!」
「まっかせて!」
その後に提出されたスケジュールには問題なくOKが出され、僕たちは『空間創造フェス』へ出場するために必要な「上長の承認」を得ることに成功した。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次回の更新は、11/6です。




