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第十二話 愛桜ちゃんと要項チェック

 愛桜(あいら)と『空間創造フェス』に出場することを決めたはいいものの、通常通りに業務をこなす日々が続いていた。


 でも、営業の業務を教えているときでも、以前のように愛桜の顔が曇ることはなかった。

 どうやら、うまく吹っ切れられたらしい。


 そんなこんなで梅雨はあけ、東京のビル街にも夏がやってこようとしていた頃、ようやく僕たちが待ち望んでいた要項が発表された。


 **


 〜第十回 インテリアザラシさんの空間創造フェス 開催にあたって〜


 社員各位

 

 平素は格別のご尽力に感謝申し上げます。

 

 さて、この度、弊社のブランド・製品のさらなる発展を目指し、本大会を開催する運びとなりました。

 

 本大会は、社員の皆様のクリエイティビティを刺激し、新たなアイデアを創出する場として、これまでも盛況のうちに開催してまいりました。


 そして、過去には本大会で生まれたアイデアが実際に商品化され、会社の成長に大きく貢献したという実績もございます。

 

 十周年を迎える今年は、これまでの歴史を継承しつつ、より一層革新的な提案を期待しております。


 みなさま、インテリアザラシさんの名のもとに、ふるってご参加ください。


 **

 

 <参加資格>

 審査員となる管理職を除き、全社員が参加可能です。

 チームの人数に制限はありません。

 なお、参加自体や発表内容について、事前に上長の承認を得るようにしてください。


 <発表内容>

 以下のいずれかのテーマから、自由な発想でプレゼンテーションを行ってください。

 発表時間は、一次選考が十五分、二次選考が二十分、最終選考が三十分です。

 (※ 選考を通過したチームの数によっては、時間が変更になる可能性があります。)

 

 ・新製品の企画

 ・ブランドイメージの向上策

 ・新規顧客開拓のための戦略

 ・業務改善のためのアイデア


 <選考内容>

 第十回目の本年は、最終選考を社員総会にて実施する予定です。

 ・一次選考:選考委員会へのプレゼンテーション

 ・二次選考:役員陣へのプレゼンテーション

 ・最終選考:全社員へのプレゼンテーション


 <審査基準>

 インテリアザラシさんのように、柔軟かつ革新的な発想を期待しております。

 ・一次選考:独創性+ブランドや商品への貢献度

 ・二次選考:市場性や収益性+実現可能性

 ・最終選考:総合的に判断し、社員投票で決定


 <賞>

 現段階では以下を想定しています。

 なお、参加した社員には、もれなく記念品が贈呈されます。

 

 ・最優秀賞:十万円

 ・優秀賞:三万円

 ・アイデア賞:一万円+商品化検討

 ・インテリアザラシさん賞:シークレット


 <スケジュール>

 参加希望のチームの代表者一名は、八月中に以下のフォームからご応募ください。

 一次選考のプレゼンは、九月下旬から十月に開催する予定です。

 それ以降の予定は、決まりしだい応募者に通知いたします。


 <社内環境URL>

 https://interi-azarashi.com/event/10-fes/entry/……


 <勤怠についての注意事項>

 本大会に関わる業務について、通常業務が疎かにならない範囲で、一人につき五時間/月まで労働時間と見なすことを許可します。

 

 **

 

 『インテリアザラシさん』が、柔軟で革新的な発想を持っているかはともかく、前回との変更点が何個かあるようだ。

 

 早速、向かいの机で仕事をしていた愛桜を近くに呼びつけ、発表された要項を見ながら小さな声で相談する。

 ――今更だが、会社でこんなに近い距離で話して大丈夫だろうか。まあいいか。


「だいたい去年と一緒だけど、少し変更点がありますね」

「そうなんですね」

「うん。十回目の記念回だから、いろいろ豪華になっているみたいです」

「最優秀賞は十万円! 夢が膨らみますね!」

「あ、それは……。チーム全体で十万円だし、かつ所得税諸々の課税対象だから貰えるのはもっと低くなりますよ」

「え……。そんな……。世知辛い……」


 僕も、初めて聞いたときには、なんだこれと思った。

 

 チームメンバーで打ち上げとして、いつもより良い焼肉に行って使い切れてしまうぐらいの額である。

 むしろ、会社の人たちと親交を深めるくらいで、ちょうどいいのかもしれない。

 

 絶望している愛桜をよそに、僕の目は最後の「勤怠についての注意事項」に吸い寄せられた。

 言葉にはしなかったが、きっと去年の僕たちがきっかけで導入された内容だろう。


 おそらく残業時間をある程度認めることで、無茶なオーバーワークを防ごうという意図だと思われる。

 もしかしたら去年のことを受けて、山崎さんが動いてくれたのかもしれない。


 そのまま要項を見ていたら、他のある部分が引っ掛かった。


「あと、地味に上長の承認が必要なのがきついかもしれないですね」

「上長ってなると、私たちだと……もしかして山崎さんですか?」

「その通りです」


 去年は、たしかプレゼン内容について上長の承認は必要はなかったと思う。

 だから山崎さんにも同僚にも、『空間創造フェス』のことは伝えていなかった。


 それを聞いて、愛桜がまた絶望するかと思っていたら、全然そんなことは無かった。

 むしろ、余裕な表情で落ち着き払っている。


「わかりました! じゃあ今から承認貰いに行きましょう!」

「え? え? 今から?」


 今度はむしろ、僕が落ち着きをなくす番だった。

 愛桜はそう言うとすぐに立ち上がり、僕の手を引っ張って山崎さんのデスクまで連れていく。


 山崎さんは、急に目の前へ来た僕たちに怪訝そうな顔を隠そうともせず、要件を聞いてきた。


「今、お時間大丈夫ですか?」

「次の会議が始まるまで、あと五分ある。故にその時間に収まるなら問題ない」

「ありがとうございます。私たち、今度の『空間創造フェス』に出たいと思っているんです」

「……ああ。あのインテリアザラシさんの企画か」

「そうです! 企画とかプレゼン内容はこれから考えるんですけど、ひとまず参加の許可をいただきたくて」


 愛桜が勢いよく告げると、山崎さんは顎に指を当てて少し考える仕草をした。

 

 そんな緊迫した状況ではあるのだが、山崎さんのような真面目そうな人でも、『インテリアザラシさん』と『空間創造フェス』を紐づけて覚えているのかと、心のなかで思わず笑ってしまった。

 逆に真面目だからこそ、会社への理解ということで『インテリアザラシさん』にも詳しくなるのかもしれない。


 しばらく沈黙があった後、山崎さんが表情をピクリとも変えずに呟いた。

 

「結論から言うと、俺は反対だ」

「なぜですか!?」

「参加事態が悪いとは言わん。やるなら仕事をきっちり覚えてからにしろ」

「それはそうですが……」

「……それに、もし体調を崩したり辞めたりするくらいなら、初めからやらない方がいいだろう」


 僕が愛桜に助け舟を出そうと口を開きかけた時、山崎さんの方から僕に質問してきた。

 

「このプレゼン大会は、鶴野が主体となって進めるのか?」

「いえ、煙山さんが主担当で、僕が補助をやるつもりです」

「そうか。……鶴野は、それで問題ないと判断したんだな?」


 山崎さんから、口外に去年のことを聞かれている気がした。

 でもきっと、愛桜なら大丈夫だと思うし、もし大丈夫じゃなくても僕がサポートする。


 ――だから、僕は力強く頷いて答えた。


「はい。問題ないと思いますし、僕もサポートします」

「そうか。……それなら、この件は一旦保留だ」

「承知しました」

「俺は今のところ、煙山が通常業務とプレゼン準備を並行してこなせるか分からない。だから、その判断をできる材料を持って来い。話はそれからだ」

「ありがとうございます」


 山崎さんはそれだけ言うと、がっちりした黒色のヘッドホンを耳につけてオンライン会議を始めた。

 僕と愛桜は、邪魔にならないように音を立てずにそっとその場を離れる。


 会議の音声が聞こえないくらいの隅の机まで移動すると、僕はため息をついた。

 意気消沈する僕をよそに、愛桜はケロリとした顔をしている。

 

「とりあえず、やるべきことは決まりましたね」

「そうだけど……。煙山さん、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「……分かりました。これから、何をやる必要があるかは分かりますか?」


 プレゼンの日付は未確定だったが、去年の時期から逆算して、ざっくりしたスケジュールを二人で考える。

 あとは、今考えたスケジュールを肉付けして、適切な時期に適切なタスクをこなすだけである。


 このスケジュールを愛桜主体で作り、それを山崎さんに見てもらえば、問題ないことの証明になるだろう。


 愛桜は、通常の業務が無ければ、今からでも作業しそうなほどのやる気に満ちあふれた表情をしながら、僕の話を聞いて頷いていた。

 

「でも、無理はしないでください」

「ありがとうございます」

「何かあったら、すぐに連絡してくださいね」

「はい! 分かりました」


 そう返事をすると、愛桜は一緒に見ていたパソコンの画面から目を離し、僕の方に顔を向き直して、小さな声でささやくように言った。

 

「私ね、さっき与一にできるって言ってもらったの、けっこう嬉しかったんだよ?」

「まあな。それならよかった」

「それに、もし無理ならサポートしてくれるんでしょ、先輩?」


 愛桜は、最初の居酒屋で後輩になったことを告げたときのように、声をあげていたずらっぽく笑った。

お読みいただきありがとうございます。

次の更新は、11/3の予定です。

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