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エッセイ

「追放ざまあ」系はどうして嫌われるのか

作者: 朝日 橋立
掲載日:2024/09/23

「追放ざまあ」系なるものがブームになって久しい今日この頃。

このジャンルは、相当嫌われてるジャンルになったかなと思う。

まあ、私は読んだことがないし、そっちのジャンルには全く聡くないのだがね。

純文学畑の人なのだよ。どうか許して欲しい。


……まあ、そいうことなんで、どうして嫌われているのかを考えていこう!

単純につまんない粗製乱造が多い、というのはナシだ!

それを言ったら大体全部同じだし。


まず、一つめに考えられる理由はマンネリ化だろう。

粗製乱造に近くはあるが、ちょっぴり違う。

例えばの話、「追放ざまあ」と言われる物だったり、まあ一昔前の「悪役令嬢」系と言われる物だったりも、結局の所同じ話で変わらないストーリーラインをなぞるだけなわけだ。


しかしだね、これも仕方のないことだろう。

この追放ざまあ系というのは、「追放」というスタートと「ざまあ」というゴールがなければ、その系列を名乗るのは烏滸がましい。

でも、このスタートとゴールが殆どの作品で同じになってしまう。これでは細かいストーリーが違うと言っても、大まかに見れば変わらないと言っても問題がないわけだ。


大変粗雑ではあるけれど、例えるとすればそうだな……。

明治時代の小説家に、夏目漱石先生がいたと思う。

この先生の代表作として思いつく物と言えば、やはり「吾輩は猫である」だろう。


けれども、この「吾輩は猫である」と似たタイトルが沢山あると考えてみよう。

「吾輩は犬である」「吾輩はハムスターである」「吾輩はキリンである」と言った調子にね。

まあ、このたった三つの例えだけでは、マンネリ気味にはならないのだけれど、これが何千何百あると考えてみれば、何とも嫌気が差す。


追放ざまあ系もよく言えばこんな事で、「吾輩は○○である」というテンプレートが使い回されている、という状況に等しいのだ。

なのだから、当然飽きるし、最初は新鮮だったとしても最早面白みに欠けると言えるだろう。


それに、ストーリーラインに限らず、キャラクターのディティールが似通っているのもいけない。

大抵どの作品でも主人公は、実力を隠した、もしくは覚醒する善人であるし、何故かそれに大して好意を向けるヒロインがいる。そして、主人公を追放する悪役がいるわけだ。


しかし、これも可笑しな話だろう。

「実力を隠した善人」これもふざけた話だ。

対外的に見れば、単なる凡庸な人間なのかも知れない。しかれども、形式的には仲間であるはずの存在に対し、実力を隠すというのは馬鹿らしい話だろう。

それではその主人公は、決して善人ではないのだし、どちらかと言えば疑い深いヤバいヤツだろう。仮にも信用のおける仲間である筈なのだから。


それで主人公が覚醒するパターンではあるが、これも馬鹿げている。

それが本来のそのキャラクターの実力である、とするならばそれは普段怠けていることの証明であって、追放されるのも仕方がない。これは主人公に完全に罪過があるだろう。


次に、ナニカに魅入られて覚醒するパターンである。

これはまあ、運であるから主人公に罪過はないだろう。

けれども、その魅入る存在というのが問題だ。


基本的に行為というのは、何らかの打算が付き纏う物だろう。

それも見ず知らずの他人への物なのだから、損失回避だったり利益率を重視するはずだ。

だが、私が思うにこれらのキャラクターは何故だか、打算の欠片もない。


「まあ、それが人間とは違う存在だから」と言ってしまえば、それで終わりではあるが、感情が存在しているのだから、当然打算はするはずである。

もしそれをしないのであれば、思考能力などクソほどの意味もないのだ。

正直な話、それがその種の説得力をなくしている、と言えるだろ。


一番容易な打算としては「娯楽として」なのだろうが、これでは外聞が悪い。

正味人間より上位の存在ならば、下位の存在を娯楽として弄しそうではあるのだけれども。

だからということで「好意」というのを打算として使っているのも見るが、これも可笑しな話だろう。


好意があったのならば、その追放以前に助けないというのも可笑しな話だ。

それに、一目惚れだったとしても損失回避に欠けると言えるだろう。


なのだから上記を以て、まず主人公が実力者なのは可笑しいと言えるだろう。


それで、次に「主人公に好意を向けるキャラクター」も可笑しな点だろう。

まあ、「お前の主観だろう」と言われてしまえば、何とも反論は出来ないのだが、私は人が他者に抱く対外評価と言おうか、それというのは単なる個々人によって決定づけられるものではないと考える。


例えばの話、性格の良い人が居たとしよう。

しかし、ソイツが貧乏人であったのならどうだろう?

「何か詐欺にでも引っかかったのかな?」と思うことだろう。


それで、これは「追放ざまあ」系にも言える。

主人公の対外評価というのは、大抵の場合は「無能」あるいはそれに類する物の訳だ。

であるのならば、それに加えて「追放」という悪いものが加われば、対外評価というのは更にガクンと落ちる。


この状況はいってしまえばそうだな……。

昭和の小説家、三島由紀夫氏が近しいのではないだろうか。

何ともこのようなくだらないテーマで使うのは、申し訳ないのだがね……。どうか許して欲しい。


さて、彼の後期での対外評価としては「右派」の小説家であったろう。

しかし、この右派というのでそこまで対外評価に問題はなかっただろう。私はその時代に生きていないので、よう分からないが。


けれども、三島由紀夫氏が起こした事件「三島事件」からは結構、彼への風当たりが強印象を受ける。

別にこれでは、彼が悪い、悪くないの談義をするつもりは、全くないのであるが、現代の彼の印象としては「右翼のヤバいヤツ」だろう。


その印象が付き纏って、三島由紀夫文学が触れがたい物と考えている人、というのも私は見たことがある。

これが対外評価の影響だろう。


本題に戻るが、これと同じように対外評価が悪い主人公に対し、無根拠に信用するというのはおかしな話なのだ。

「彼が本当は悪人かも知れない」と、疑って接するのが普通だろう。

けれども、所謂ヒロインというのは何故だか信用する。

この現実感のなさが、ざまあ系が嫌われる理由の一つといえるだろう。


「それじゃあ、世間知らず、例えば奴隷の少女ではどうなんだ」と、言われるかも知れない。

まあ、これは難しい物だろう。

私は良い感じの反論が、思いつかない。


そうだな……。

奴隷が主人公を信用するのが早すぎる、という話になるのだろうか?

あとは正直奴隷については詳しくはないから、酷い主観なのだけれど、可愛らしい奴隷のキャラクターが、労働用の奴隷になっていることなのかなと思う。

見目麗しいキャラクターなら、ナニとは言わないけれど使い道があるでしょうし……。


……まあ、そんなもんですかね?

あとは奴隷を解放すると銘打った、主人公の倫理観のない窃盗行為が褒められたことではないよね、といえるくらいですけど……。

所詮奴隷って、所有物なのでね。


……っで、えーとまあ、次です。

主人公を追放する悪役について、なのだけれどこれは正直いろんな人が言っているので、簡単に言おう。頭悪くね、と。


まあ、どんなに腐ってもリーダーな訳です。

だのにもかかわらず、単に追放という形で弱者を追い出すというのは、無能の証明でしょう。

前線から外して、後方支援とか事務仕事とか任せることは出来るわけですし。

それに、主人公の得意不得意を見つけ、それを成長させられない時点で、リーダーとして失格な訳です。


それに、ユーモアもない。

団体というのは、圧倒的な実力があるからと成立つわけではないのですよね。

その実力者が暗殺され、地位を奪われてお仕舞いです。

ですが、こういった作品のキャラクターにはユーモアはないし、どっちかと言えば嫌みったらしい、人に嫌われる性格でしかない訳です。


正直、そんな不出来なヤツが凄いチームを作れるかというと、まあ無理だよねという話です。

というか、チームが出来たとしても裏切られて、それで終わりでしょう。


さて、それではまとめると致しましょう。

追放ざまあ系がなぜ嫌われるのか、それは単にキャラクターもストーリーも似たり寄ったりでしかない、ということでしかないのです。

けれどね、これは追放ざまあ系に限らず、なろうの流行の大抵に当てはまるのかな、と思う。

悪役令嬢だってそうだったしね。


それじゃあ、どうやってそのマンネリ化を回避出来るのか、という話になるわけだ。

まあ、それは誰も書いてないようなコアなことを混ぜればよくね、と私は思うわけだ。

例えば、wikiの中世くらいの西洋を調べて、気になった出来事をちょっびと調べて、それを作品に混ぜれば一応はオリジナリティは出来るだろう、と私は思う。

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― 新着の感想 ―
自分のエッセイの感想欄が・・というのを読んで、きてみました。まず、なぜこのタイトルにしたのか。追放系好きな人に対してしょっぱなからケンカ売ってる。しかも「読んだことない」「くだらない」「純文学畑なんで…
ざまぁを理解していないので、ただの嫌がらせしてるクズになってしまってるケースが一つ。 ヒロインはほぼパクリ。世界観もパクリなのでぶっちゃけて言うと主人公だけ差し替えるメアリー・スー状態。嫌う人は徹底…
[一言] 似たり寄ったりの話に近いけど、ざまぁ系は二次創作臭が強いからじゃ無いかと。リアルからの着想じゃなくて創作物からの着想であることが多いと感じます。
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