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短編物語

神様が転生

作者: 0


 賊に襲われ、人知れず朽ち果てた村で少女は出会った。

「ワタシか? ワタシは――神だ」


 瓦礫に押しつぶされて、身動きの取れなかったタニアを助け出すと、その小さな少女の体を背負って歩き出す。


 煤だらけとなった小さな少女の体は全身が炭に覆われていた。

 身じろぎするたびに、体についた炭が粉となって宙に舞う。


 賊に襲われ、焼き払われて廃墟となった村落。

 領主による管理の行き届いていない辺境ではよくある話の一つ。


 教会に匿われていた彼女は、この村の唯一の希望(こども)だった。


「ぁ、たし、ぁ、ぉこ、ぇ、ぃくの……?」

「心配しなくてええ。ここよりずっといいところじゃ」


 老人のような落ち着いた喋り方。

 しかし、その見た目は随分と若く十代後半から二十代そこそこにしか見えない。

 その声も見た目相応に若々しいものであった。


 ゆっくりと揺れるその背中が、恐怖と疲労と疲れ切った今の少女には心地よく。


 神様の背中は想像していたよりずっと温かった。


 ◆ ◇ ◇ ◇


「神さまーーッ!」

「おうおう、どうしたタニア。そんなに慌てて」


 とてとてと小さな手足を精一杯に使って駆けてきた少女はタニア。

 その後ろには、人相の悪い男たちが続いていた。


「お前がそのガキの言う願いを叶えてくれる神様か?」

「いかにも。ワタシはカミ。神様であるワタシがお主の願いを叶えてやろう。その代わりにお主らは今日からワシを崇め奉るのじゃ」


 襤褸を纏い、神を名乗る男はそう言って胸を張った。


 男たちは一瞬だけ黙り込むと、

「はッ、ははははは。聞いたかお前ら? 噂通りじゃねぇか」

 声をあげて笑い始めた。


「なんじゃ? なにがおかしい?」

 それにカミはキョトンとした表情を浮かべた。


 先頭の大柄な男が、カミへと顔を近づける。


 至近距離でカミを睨みつけながら、

「最近”神”を自称する頭のおかしい奴がこの町にでるって」

「なんと! 神を語る者がおるのか。とんだ不届き者がいるもんだ。どれワタシが成敗して進ぜよう」


 腕まくりを始めるカミに、


「おめーだよッ!」


 男たちの声が重なった。


 しかし、カミはそれを笑い飛ばし、

「ははは。これは()なことを申す。ワタシは神だ」

 再び胸を張った。


 ならず者たちは互いに顔を見合わせていた。

 ――本当にやばい奴では?

 ――見るからに貧乏だしな。

 などとひそひそと言葉を交わす。


 可哀そうなものを見るよう視線に、

「こほん――ワタシは神だ……いや、ほんとなんじゃって! ほんとなんじゃって!」


 しかし、タニアを覗くとこの場でそれを信じる者はいなかった。


 先頭でカミを睨みつけていた男はカミの胸ぐらを掴みあげると、

「ふてぇ野郎だ。教会にこらしめてもらえッ!」

 そのまま、カミを引きずって歩き出した。

 その最後尾をタニアが、遅れまいと一生懸命走ってついて行く。

 

 そうして強制的に連れてこられたのは、領主の屋敷の次ぐ大きさを誇る都市の教会。


 教会の中でカミを待ち受けていたのは、

「あなたですか、神を名乗る不届き者というのは」


 司教を名乗る妙齢の女性だった。

 大きな碧眼のたれ目に、カールした銀髪。

 男好きのする女性らしい体つき。


 皆さんいつもありがとうございます、と女司教はならず者にも物腰柔らかく微笑んだ。

 彼女の登場に、カミをこの場に連れてきたならず者たちは唾を呑んだ。


 カミは女司教と視線が合うと堂々と胸を張り、

「ワタシは神だ。……近頃の若者のくせに頭が固くていかん」

「神さま! タニアは、タニアは神さまのこと信じてます!」

「おー、タニア。お前は可愛いのう。今のは信者ポイント高いぞ」

「わーい!」


 カミに褒められて満面の笑みで両手を上げるタニア。


「信じてはなりません。この世に神は女神教の奉る神しか存在しないのです」

「女神教の女神って――あのおっきな石像か?」


 カミは祭壇の後ろにある巨大な像を見つめていた。


「はい」

「あの女神の胸はあんなに大きくないし、背だってワタシより低いぞ。確かに神様としての格は、土地神如きのワタシよりはずっと高かったが……」

「な、なんと我らが女神を冒涜するのですか!」


 わなわなと震えだす女司教。

 

「いやはや、真実がお主らを傷つけたのならすまんの。ワタシたちはかなーーり田舎からやってきたのじゃ」

「なるほど無知ゆえに、ですか。ならば許しましょう」


 女神の寛大な心に従って、と女司教は言葉を続けた。


 ここで女司教がこほんと咳ばらいを入れると、

「僭越ながら私が女神教の成り立ちと信仰の大事さを――」

「あっ、それは結構じゃ」


 カミはそれを食い気味で断った。

 カミの後ろでことの成り行きを見守っていたならず者たちも、これには目を剥いた。


「な、なななななッ!」

 わなわなと震える女司教に

「ワタシはワタシの信徒を見つけなければならない。この子の信仰のおかげでかろうじて現界できておるが、こうして現界するだけで精一杯じゃ」

 

「あなたは何を――」

「そうじゃ、お主。ワタシの信徒にならんか? 今なら信徒二号じゃ。後輩たちにでかい顔できるぞ?」


 強く肌を打つ音が教会に響きわたった。

 それを見ていたならず者たちも思わず目を瞑るほどの。


 そして、カミの顔に赤く浮かび上がった紅葉模様。

 それが彼女の答えだった。




 その後、もう一度説教されたのちに、カミは教会から解放された。


 赤くはれた頬をさすりながら、街の通りを歩くカミ。

 その左手はタニアと流れていた。


 タニアは機嫌よさそうに繋がれた手を振りながら、

「神様を信じる人、なかなかみつからないねー」

「そうじゃなぁ。ううむ。どうしたものか」


 それは二人の進行方向からやってきた。

「いたーーッ!」


 大きな声に周囲の目が集まる。

 声をあげた少女は周囲の目などおかまいなしに、とおりの中央をずんずんと割って進んでくる。


「なんじゃなんじゃ?」


 少女は二人の前で立ち止まった。


 腕を組んで胸を張った少女は、

「お前だな。神を自称するエセ神は!」


 なぜか嬉しそうにそう言った。


「誰がエセ神だ。私は神だ」

「はいはい。エセ神エセ神」

「まったくいきなりでてきて不敬なやつじゃのう」

「不敬なのはどっちよ!」


 やれやれとカミは肩をすくめる。

 隣でそれを見ていたタニアも、見よう見まねで肩をすくめた。


「それでお主はなんじゃ? 見たところワタシの信徒希望者ではないようだが?」

「うむ! よくぞ聞いてくれた! 私はこの領主の一人娘よ! その名は――」


 いっそう大きく胸を張る。

 服の上からでもわかる彼女の形の良い胸が強調された。


「へー、そうか。ではまたな」

「ねー。神様お昼は何食べるー?」

「んー。そうじゃなぁ……。懐具合もだいぶ寂しくなってきたらからなぁ……」


 カミたちの反応は淡白なものだった。

 すたすたと歩き出すと、何も見なかったかのように領主の娘を通り過ぎた。


「無視するなーーッ!」

「お主、いちいち声が大きいぞ。癇癪もちか?」


 無視されるとは思っていなかったのか。

 領主の娘は振り返ると、声を張り上げた。


「なッ! 領主の娘である私に向かってその口の利き方! 死にたいのか!」

「ほら、やっぱり癇癪持ちじゃないか、なあ?」


 かんしゃくかんしゃくー、とタニアがその顔に花を咲かせる。


 領主の娘の顔色は赤に染まっていた。

「ぐぬぬぬ、お前たち……!」


 感情豊かな彼女に呆れたように、

「それでなんだ? 用があるのだろう?」

「そうだ。お前に仕事を頼みたくてな」


 領主の娘は表情を切り替えた。


「仕事? 流れ者のワタシに?」


 カミは眉を(ひそ)めた。

 この都市に来て日が浅い流れ者であることを自覚していた。


「流れ者のお前だから頼めることもあるんだよ。もちろん報酬は弾む! な?」

「……路銀が乏しいのは事実。まずは話を聞こうか」

「そうこなくては!」


 カミは領主の娘からの依頼を受けることにした。


 路銀以外の面でも依頼の内容がカミにとって看過できないものであった。


 領主の娘からの依頼。

 それは――教会の裏の顔の調査。


 ときおり都市を襲う神隠し、魔物の暴走。


 領主はそこに教会が絡んでいると睨んでいるらしい。

 しかし、女神教は一大宗教。

 領主と言えど気軽に手出しができない存在で、領主は長年に渡り頭を抱えていた。


 領主も形式的にではあるが帰依している身。

 迂闊に手を出せば、領内からの反発は目に見えていた。

 

 そこで領主の家族は女神教の息のかかっていない人物を探していたのだという。


「ワタシでいいのか? ワタシが言うのもなんだが、ワタシが教会と絡んでいない根拠が薄くないか?」

「そこはほら、あれよ! ――女の勘よ!」


 領主の娘は再び形の良い胸を自信満々に張った。


 ――この領地の未来は大丈夫なんだろうか。

 カミさまはそう思った。


 ◆ ◆ ◇ ◇


 依頼を受諾すると、領主の娘からは手付金が払われた。


 なんだかんだ神様とは金に縁がある存在。


 それはカミも例外ではなかった。

「うははは。あの癇癪持ち。なかなかどうして羽振りがよいではないか」

「ないかー」


 そのおかげで二人は野宿生活から抜け出すことができた。

 タニアは生まれて初めて温かいお湯にも浸かることができ、その子ども肌はツヤツヤに輝いていた。


「さてさて。こうしてお布施ももらった以上、約束は果たせねばな」

「なー」


 満面の笑みを浮かべるカミを見て、タニアもニコニコと笑う。


 カミは緩み切った自身の頬を二度叩くと、

「まずは聞き込み調査からだ。行くぞタニア」

「うん!」

 

 二人は情報を集めるべく宿をあとにした。


 

 それから一週間後。


 

 宿の二人の部屋には領主の娘の姿があった。


「何かわかったか?」

「……領主の娘とやらは暇なのか?」

「相ッ変わらず不敬な奴ね……。でも今はいいわ。早く経過を教えて頂戴」


 領主の娘はカミのぞんざいな反応に、こめかみをヒクりとさせるが、深呼吸して調査内容を促す。


「うむ。結論から言うと、女神教はシロじゃ」

「えッ! そんな!?」


 その結果は、望んだものではなかったのだろう。

 彼女の形のいい眉が歪んだ。


「――まぁ、待て。話は終わっておらん。

 女神教はシロじゃ。しかし、司教はクロじゃ」


 目を丸くする領主の娘に、

「あの司教。清楚な見た目をして、その裏でとんでもないことを企んでいるやもしれん」


 カミは真剣な表情でそう伝えた。


「とんでもないこと?」


 領主の娘が反芻(はんすう)した言葉に大きく頷くと、

「あぁ。しかし、これはまだ憶測の域をでん。もう少し調査を続けて――」

「こうしてはいられないわ! すぐに止めなくちゃッ!

「えッ? お、おい――」

「調査ありがとう! あなたのお仕事はここまででいいわ! 後は私に任せてッ! 」

「ち、ちょっと、おい――って行ってしまった……」


 領主の娘は言うが早いか、ドアを蹴破って飛び出していった。


「あんな鉄砲玉みたいなのが今どきの領主の娘なのか……?」

 

 それから騒ぎを聞きつけて階下から宿の女将が顔を覗かせた。


「お客さん困るよ、宿を壊されちゃあ。扉の修繕費。お客さんに付けとくからね!」

「わ、ワタシにッ!? ま、待て。お主らの領主の娘がやったんじゃ。ワタシじゃない」

 隣ではタニアがコクコクと一生懸命に頷いていた。


 領主の娘の存在を女将へ告げると、

「おや、あの子が来ていたのかい」

 そう言って女将は笑った。


 それは我が子に向けるような優しい笑顔だった。


「お主たちの未来の領主は無鉄砲がすぎやしないかい?」


 カミの言葉に女将は、

「はっはっはっ、あの子が未来の領主? ないない!」

「なぜだ? あの子は一人娘なのだろう?」

「あぁ、そういうことかい。あの子には確かに姉妹はいないけど弟がいるよ。領地を継ぐのは弟だって話だよ」


 領主を継ぐにあたって一般的に性差はない。

 性別を問わず、正室の長子が家を継ぐことが一般的だった。


 しかし、かといって長子を差し置いて次子が家を継ぐ例がないわけでもない。

 要はその貴族の家と、当代の家長次第だった。


「そうだったのか」

「あの子は兄を亡くしてからおかしくなってしまったからね」

「兄を亡くした? つまり領主の息子か?」

「あぁ、そうさ。彼女の年の離れた兄――領主さまの嫡男様がいたんだ。それはもう立派な方だったよ。若くして領地を継がれると、あっという間にこの町を大きくしたのさ」


 交通の要所として発展しているこの町を、要所として周囲に認識させ、発展させた功労者だと女将は言葉を続けた。

 女将は亡くなった嫡男がいかに凄い領主だったかをカミに語る。

 それだ嫡男は民衆に愛されていたのだ。


 それまで嬉々としてと話していた女将も、その最期に触れると顔が暗くなる。


「――魔物だよ。魔物に襲われたんだよ。町に突如出現した魔物に。

 それ以来、あの子はおかしくなってしまった。兄は女神に殺されたと女神教を棄教して、教会で刃傷沙汰に及ぼうとしたんだ」


 教会のど真ん中であの子がなんて言ったと思う、と女将が言葉を続けた。


 その問いにカミが肩をすくめると女将は、

「『信じた神に裏切られた。だから、もう私は神を信じない!』。よりにもよって、礼拝の最中の教会のど真ん中で領主の血を引く彼女が叫んだんだよ。もちろんこれには女神教の本山もかんかんでね。あの子を廃嫡することでようやく事態は収まったんだよ」


 教会に殴り込む領主の娘の姿が容易に想像できて、カミの表情が引きつった。


「とんだ暴れん坊娘だな」

「えぇ、でも女神教を除けば可愛い子でさ。ちょっと頑固で向こう見ずなところはあるけれど、あたしらが困ったらすぐに駆けつけてくれてさ。廃嫡されても、あの子はこの町の皆の娘みたいなもんさね」


 そう言って笑った女将の笑顔には、領主の娘に対する優しさがあった。


「愛されているのう」

「そうですね。まっとうに生きている者であればみんな好きですよ。彼女のことは」


 カミは楽しそうに目を細め、膝を叩いて立ち上がった。

 

「いい話を聞いた。ほれ、これはその礼じゃ」

「え、えぇ……? お、お客さん扉の修繕費にしては貰い過ぎですよ」


 領主の娘から貰った手付金が入った巾着を女将へと投げた。


 巾着を女将はその中の金額を確認して、慌てて返そうとするが、

「よいよい。危うく善なる者の魂を見過ごすところであったわ」


 そう言ってきっぱりと返金を断った。


 立ち上がったカミを見て、

「お出かけ?」

 タニアも腰かけていたベッドから飛び降りた。


「うむ。ちょっと人助けと行こうか」

「うん! 神様が行くならタニアもいく!」


 そう言って二人は呆気にとられた女将を部屋に残し、宿を後にした。


 ◆ ◆ ◆ ◇


 カミが教会へと辿り着いたとき、教会の聖堂は半壊していた。

 出会って間もない者でもわかる、彼女の直情的な性格からあたりをつけてやってきた教会。


 その読みは当たっていた。


 タニアの手を引き、瓦礫を乗り越えて聖堂の中へと乗り込むと、そこには座り込むように倒れる領主の娘とそれを取り囲む男たちの姿があった。


 そして、その中央に立つのはカミに平手打ちをかました司教。


 領主の娘の息は荒く、身に纏った衣服は傷だらけ。

 頭部から流れる赤い流線が、彼女の左目を覆い隠して顎につたっていた。


 先頭に立つのは女司教。

「随分とてこずらせてくれましたね。でもここまです」

 冷たい視線で領主の娘を見下ろしていた。


 彼女の後ろで領主の娘を取り囲むように扇状に広がるのは、彼女の手下たち。


 そのうちの一人が恐る恐るといった風に口を開く。

「し、司教さま、殺しちまうんですか?」

「どうかしましたか――あぁ、楽しみたい(・・・・・)のですね。いいでしょう。貴女も良かったですね。最期に民の役に立つことができて」

 司教は振り返ると、彼らの顔に浮かぶ下卑た表情を見てすべてを悟った。


 血を流し立ち上がれない体でも、その心はまだ折れていなかった。


「こ、殺す……兄上様の仇」

「はぁ……安心してください。彼らが貴女で満足したあとで、貴女を大好きな兄の下へ送ってさしあげますから」


 囲む輪を縮めて領主の娘へ近づく手下たち。


「な、なあ、し、司祭さま。い、いいか。いいか!」

「えぇ……。存分にかわいがってあげてください」


 司教の許可が得ると、我先にと駆け出した。


「や、やった! き、貴族の娘だ」

「俺が先だ」「いや俺だ」


 カミの声が割って入る。


「これこれ、乱暴はいかん」


 突然の乱入の声に、手下たちは立ち止まり、カミのいる方角へ振り返った。


 彼らに遅れてカミを見上げた領主の娘は、

「エセ神……それにタニアちゃんも……」

「だーれがエセ神じゃ!」


 カミを見て手下の一人が

「へへへ、神様気取りが今度は英雄気取りか」

 ぽきぽきと指の骨を鳴らした。


 彼らはカミを教会へ突き出したならず者たちだった。

 女司教は興味深そうにカミを見つめると、すごむ手下たちを制止した。


 カミと領主の娘が見つめ合う。

 

「間一髪じゃのう」

「何しに、きたの……。タニアちゃんを連れて逃げ、て……!」


 タニアを連れて歩いてくるカミに、領主の娘は声をあげた。


「なに……。これは信者獲得の好機と思ってな」

「あなた、まだそんなことを言って……」


 その顔は信じられない、と言わんばかりの表情だった。


「お主は信じた神に裏切られた。だから、神を信じない。そう教会で叫んだらしいな?」

「そ、それが何よ!」

「なら他でもない神がお主を助けたら――お主はその神を信ずるに十分か?」


 領主の娘はカミの言葉に、ポカーンと口を開けた。


 その言葉の意味を理解すると獰猛な笑みを浮かべて、

「――いいわ……。なってやろうじゃないの……。

 この窮地を救えるものなら、エセ宗教の信徒にでもなんにでも……!」


 ただし後払いよ! と啖呵を切る領主の娘に、

「構わんよ」

 ことも投げにそう言葉を返した。


「――それで話は終わった?」

 司教が妖艶に微笑んだ。


「待ってもらって悪いのう」

「今際の言葉だもの。それに人の浮かべる表情が希望から絶望に変わる表情が一番キモチガイイの……」

 司教はウットリとした表情でそう言った。


「貴方が戦うの?」

「いや、(ワタシ)が人に手を下すなんて野暮な真似はせんよ。タニアできるか?」

「うん!」

 

 タニアはパンパン、と小さな手を二回叩いた。

 二回目は重なった手を離すことなく、

「<かむいかいほう>!」


 そう(みことのり)を唱えた。


 タニアを中心に世界が色を変えていく。

 司教や手下たち、領主の娘の座る場所まですべて。


 攻撃かと思って身構えていた手下たちだが、体に何も異変がないことがわかると、

「へへ、脅かしやがって」

「司教さま、アイツら殺してしまって構わないですか?」

「えぇ、好きにして頂戴」


 男たちがカミとタニアへ向かって歩き出した矢先、

「そう司教様との仰せだ――ぐはぁッ!?」


 ――攻撃は彼らの後ろからやってきた。


「な、なんだぁ!?」


 慌てて振り返った手下たちの視線の先。

 先ほどまで瀕死だった領主の娘がいつの間にか息を吹き返していた。


「力が(みなぎ)ってくる……! これなら!」

「――ぐへッ」「――がはッ」「――うぎゃあ」「――ひぎぃ」


 痛めつけられた先ほどとは違って、あっという間に手下たちを倒してしまう。


 司教もこれには驚きを隠せなかった。

「な、なにが起きたの……?」


 領主の娘はずんずんと司教へ向けて大股で歩き出す。

 その拳は固く握られていた。

 

「あとは、お前だ!」

「な、なんなのお前は! お前たちはッ!?」


 領主の娘は止まらなかった。

 司教が咄嗟に放った魔法を回避して、彼女の懐へと潜り込むと、


「兄上様の仇ーーッ!」


 司教が体を折り曲げて吹き飛んで行った。


 それを見ていたカミが、

「殺したのか?」

 そう問いかけると、領主の娘は肩で息をしながらフルフルと首を横に振るった。


 それを見てカミは嬉しそうに微笑んだ。


 ◆ ◆ ◆ ◆


「号外ー! 号外ー!」


 大衆向けの片面印刷の情報紙――ブロードサイドが宙に舞う。

 それを人々はこぞって求めた。


 領主の娘が司教を打ちのめした翌日のこと。

 都市は女神教の司教の話で持ちきりだった。


 長年に渡り、宗教を隠れ蓑に働いていた非道の数々。

 中でも、領主の子息の殺害への関与。

 

 女神教は正式にこれを陳謝。

 領主への多額の賠償金と、都市の復興への全面的な協力を約束。

 領主もこれを受け入れ、一連の騒動には終止符が打たれた。


 領主の娘は一夜にして、兄が死んでおかしくなった少女から、兄の無念を晴らした英雄になった。

 

 

 それからさらに数日後。


 都市と都市を繋ぐ乗合馬車。

 都市外へと動き出した馬車の中にカミとタニアはいた。


「おい、聞いたか。あの子は間違ってなかったんだ」

「あぁ、それどころか民衆のために司教の悪事に一人で立ち向かったんだ」

「俺は信じてたぜ! あの子が正しいってな!」

「調子のいい奴め」


 馬車の話題も領主の娘でもちきりだった。


 彼女が司教を成敗した話は、三割増しであっという間に広がった。

 手のひらを反す民衆。もともと、廃嫡されても支持されてるほどの娘である。

 司教の悪事が明るみにされてからは、その好感度の高さは留まることを知らなかった。


 カミの胡坐の上に座るタニアは、 

「神さま神さま、あの人を置いてきてよかったの? せっかくタニア以外に初めて信者ができたのに」

 カミを見上げる形でそう尋ねると、

「よいよい。ワタシに使命があるように、彼女には彼女の使命がある。それはタニア、お主とて例外ではない」


 司教と打ち倒した日以来、カミが領主の娘と再会することはなかった。

 当事者として領主の娘は、時の人だった。

 領地からは使者を通じて、賓客として領主の館でもてなすという誘いがあったが、カミはそれを断っていた。


 そして、今は彼らの領地を去る馬車に乗っていた。


 タニアはカミを見上げながら、

「タニアの使命?」

 コテンと首を傾げてみせた。


 カミを優しく微笑むと、

「あぁ、そうだ。今はまだわからなくともよい」

 くしゃくしゃとタニアの髪を撫でる。

 

 タニアは嬉しそうに目を細めると、

「タニアの使命は神さまとずっとにいること! だから、タニアが大きくなってもずっとずっとそばにいてね」


 そう言って器用にくるりと振り返ると、ピタリとカミへ抱き着いた。


 カミをは優しく目を細めると、 

「あぁ、ワタシはいつだってお前のそばにいるよ」

 タニアの頭を今度は優しく撫でる。

 

 馬車は都市を出て二人のまだ知らぬ土地へと進む。


 カミの信者を集める旅はまだ始まったばかりだ。

 

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