実家に帰らせていただきます
「なぁアントニオ〜…許してくれってぇ〜…」
「いーやダメだね、お前は放したらどこかへフラリと消える、確実にな。」
「いやいや、落ち着きのない仔犬じゃねんだからさぁ…」
アントニオに捕獲されて歩くこと3分、説得を試みるも米俵を肩に担ぐような人攫いスタイルからの脱出は叶っていない
すれ違う人々はチラリとコチラを見ては微笑ましそうに笑ったり、笑いを堪えたり、おい待てそこ行くガキンチョ3匹!人を指さして笑うんじゃありません!!いくら人が面白い感じの絵面になってるからって失礼ですよ!!!
キュートなヒップを進行方向へと向けている俺はアントニオが征く道に誰がいるのか全くわからない…わかるのは俺が睨みつけたらアントニオの後ろをついてくるようになってしまった失礼な3匹のガキンチョのみだ。あっお花くれるの?ありがとありがと…いや俺が取れるかの意地悪チキンレースして遊ぶなデコピンするぞお前
「そもそもお前はなぁ…おい俺の聞いてるかポチ!」
「くっ…!このっ…!お前…フフッなかなかやりおるな小童め…!」
「聞けよ!!!」
「イッッッ……ッデェ…!」
べちーん!と叩かれたマイベリーキュートスイートヒップと共に悲鳴を上げながら反省を促すビンタに耐える…そんな様子を見て楽しそうに笑ってくれやがった3匹の子供たちが微笑ましくも腹立たしい、いつか貴様らのおけつも同じ目に…
だが彼らは急にオバケを見たような怯えた表情になって逃げて行ってしまった、溢れる邪気を察知されたのかと思ったが視線の先は俺ではなく俺の後ろ…つまりアントニオの正面なのでそういうわけではないらしい
ほっ!という掛け声をあげながら上体を逸らし首だけ後ろに向けてアントニオの正面を見ようとするがギリギリ見えない…しかしアントニオが突然俺を降ろして駆け出した事で自由を得た俺はやっと事態を把握できた
正面にはボロボロで血まみれの男がいたのだ
「たすけ…て、くれ……」
「お、おい何があったんだ!!」
バタリと受け身も取らず地面に倒れ伏した男にアントニオが駆け寄る、ナイフを抜いてから俺も男へと駆け寄った
倒れた男は近くで見ると尚のことボロボロだった、アントニオの知り合いなのかそれとも部外者か…つまり味方か敵の生き残りかの区別が付かなくてナイフを抜いたが、男の容体はとてもじゃないが不意打ちができるほどの体力は残っていないのが素人目にも分かる
「た、すけ…………」
「おい!おい!!……死んだ、のか…?」
最後にビクリと痙攣して男は力尽きたようだ
助けてって繰り返していたということは何かから逃げてきた…?
ってなると襲撃した村の住民に助けを求めるとは考えづらいし盗賊の仲間ではない誰か…?
でもそうなるとアントニオが名前も呼ばず、慌てて駆け寄りもせず、しかも男の死に悲しみよりも困惑の感情が強そうなのは不思議だな…
「一体何が………ウグッ…?!」
「ん?どうしたアントニオ?」
小さくうめいたアントニオがビクリと小さく体を痙攣させるとそのまま男の亡骸を地面にどことなく雑に横たわらせてコチラを振り返る…その目に小さな敵意が宿っているのを感じて俺は思わず一歩後退りした
「なぁポチ…なんだそのナイフは?」
「えっ?あぁいや…盗賊の残党だったら危ないし…」
俺の手に握られたナイフを指差してアントニオが低い声で話しかけてきて、その迫力に気圧されて俺はもう一歩後退りする…
「なんて酷いやつなんだお前は…血まみれの人間が助けを求めていたんだぞ?それに対してナイフを構えるなんて…」
「いや、まぁ…えぇ…?で、でも…」
「きっとコイツの死に際は最悪だったろうなぁ…命からがら逃げてきたってのに、助けを求めたらナイフで警戒心丸出しの対応…そんなの気分悪くて仕方ねえよ」
まぁ一理ある、一理はあるが生きるか死ぬかの世界で盗賊の襲撃があった直後だろ…?えっコレ俺が倫理観ない系なのか…?
そんな思考に囚われていると突然アントニオは俺の懐に飛び込んできてナイフが叩き落とされる、地面に強く当たったナイフはボロかったこともあってあっさりと折れて刃と持ち手部分がそれぞれ地面を転がった
何すんだ!とアントニオへ尋ねるよりも速く、俺の腹に強い衝撃が来て胃の中身が押し上げられた
「うぷっ!?……オェェ…ッ」
『苦痛無効』のおかげで痛くはない、痛くはないが腹の中身を吐き戻すことに慣れていないがゆえの不快感と生理的現象の涙が出て視界が歪んだ
これは今度こそ言ってやらねばなるまいて
「何すんだよアントニ……」
「黙って眠れ、クズが…!」
その言葉を最後に俺の意識がプツンと切れた
アントニオは魔法か何かで眠らせたポチを無言で担ぎ直して歩き出す、そしてアントニオはポチの手に小さな石…真実の石板を握らせた
石板を握ったポチへとアントニオは低い声で話しかける
「質問に答えろ。」
「……は、い…」
使用者に意識がなくとも真実の石板は自動で投げかけられた質問に答えてしまうようだ
実はこの『真実の石板』はあくまで使用者の口をスピーカーのように使っているだけであって、使用者の脳から直接真実を読み取りそしてなげかけられた質問の答えを引きずり出すという王都にあるギルド公認の尋問用アイテムなのである
「お前の生まれは」
「……おぼえてない…知る前に捨てられた…」
「捨てられた場所は」
「……森の、中…」
「チッ…!その森の場所は!」
「……道に出てみないと、わからない…」
「クソが…ッ!!」
すでに知っているであろう情報を問いただすアントニオ、しかしポチにとって森は巣を除けばあくまで全部ひっくるめて“森”であるため具体的な場所など問われても感覚で戻っているため分からないし言葉にすることも出来ない
アントニオは突然ポチを地面へと乱暴に投げ捨て、そして投げ捨てられたまま力無く寝転がるポチの頭を一度強く蹴りつけるとゴリゴリと踏みにじった
「使えないゴミだな、脳みその出来が悪いのか?…“アレ”が無ければこの場で始末して……それも出来ないんだったな、腹立たしい…ッ!!」
アントニオは苛立ちに任せてもう一度強くポチの頭を蹴り飛ばす、鈍い音を立ててごろごろと無抵抗に転がるポチは首があらぬ方向へと曲がり鼻と口からダラリと血が流れていた
直後『絶対天命』が発動する
ポチの体は淡い光を放ち、曲がった首は元通りの正常な形を取り戻して垂れた血は虚空へと吸い込まれるように消えていった
その様子を見てアントニオはやっと苛立ち以外の表情を見る…ニヤリと笑ったその顔は邪悪そのものだが、同時にまるでずっと狙っていた念願の探し物を見つけた子供のように純粋な喜びを見せていた
「……『…対……』。」
アントニオが小さく何かを唱えると口から半透明のスライムのようなものがずるりと這い出し、そしてアントニオの体は地面へと倒れ込む…べチャリと地面に落下したそれはズリズリとうごめいてポチの口へと近付くと、ぷつりと一部が小さく分裂してそのまま中へと滑り込んだ
ポチの体が一度ビクリと痙攣してふらりと立ち上がる…しかしその瞳に光はなく、暗く深く濁ったままどこか虚空を眺めていた
「……………。」
そのままポチはよろよろと歩き出すと、おもむろに近くにあった家の花壇を蹴り壊した
バコン!という突然の物音と衝撃に家の中にいた住人が驚いて飛び出してくる
「あなた誰?!家に何をしてるの!!」
悲鳴のような声でそう問いかける女性を無視してポチは隣の家へと進むと無造作に窓を殴って破壊する、その隣で今度はドアに風穴を開け、さらにその隣では窓から家の中へと近くにあった石のブロックを無造作に投げ込んだ
住民たちは悲鳴と怒号を上げポチを止めようとするがただの村人がポチを止められるわけがなく、クワやナタなどの農具を持ってくるように何人かが声を上げた
そこで突然目が覚めた
「……えっ?は?……な、なんだこれ…」
目の前には壊れた誰かの家、周りからは困惑と怒りのこもった怒号、そしてコチラへ駆け寄ってくる武器を持った男たち…
何が何やらわけがわからないままポチはクワで殴られ地面に倒れ伏す…痛くはなくとも恐怖で身がすくんで動けない、誰かに助けを求めようと思って視線を動かすがそもそも旅に出たばかりの自分には全員他人でしかない
「(あ、アントニオ…アントニオは…?!)」
「おいみんな!そこまでだ」
「(よかった!紛れもないアントニオの声だ、これでなんとか状況の把握くらいは……)」
だが人混みをかき分けて現れたアントニオの表情を見て俺は悟った
助けに来たんじゃない、捉えに来たんだ
「コイツを村に入れてしまったのは俺だ、責任を持って対処にあたるからみんなは離れてくれ」
そう言って腰の剣を引き抜いたアントニオに俺は身の危険を感じて飛び起きた
状況を把握とかぬるいこと言ってる場合じゃない、すでにアントニオを含めてこの村全体が敵に回っていると判断したポチは『身軽』と『飛行』を発動して高く飛ぶ…だが逃げようとするポチ目掛けて人混みの中から誰かがナタを放り投げた
「(避けなくても当たんないな……)ってやべぇッ!」
足元に広がる人混みは思っていたよりも人が多かった、このままナタを回避すると落下したナタが誰に当たるかわかったもんじゃない…仕方なく投げつけられたナタを掬い上げて拾うようにわざと足に受ける…
深々とナタが突き刺さった足を見て村人たちの何人かが歓声をあげ、同時にその光景と飛び散った血にそれ以外の全員が悲鳴をあげた
悲鳴をあげた中にはさっきの子供たちもいて…俺はこの場からさっさと逃げる決心をした
「逃げたぞ!追え追え!!」
「家を壊しやがって!」
「捕まえてぶっ殺してやる!!」
良い村だった、人も良かったし、盗賊が来ても大丈夫そうだった…でも何が起きたかわからないけど逃げないとそれを俺が邪魔してしまう
いつの間にか自然と『身軽』+『飛行』での移動のコツを掴んだのかいつもより動きやすい、ぴょんぴょんと月面を飛ぶ宇宙飛行士のように俺は屋根の上を跳んで村から抜け出した
「…どうしようかな」
どうしようもクソも無い、黙って旅を続けたら良いだけだろう。
だが俺は情けないことに思ったよりナイーブな男だったようだ、口ではどうしようとこぼしたくせに頭と足は見覚えのある道を逆戻りして森の奥を目指して歩き出していた
「……(あんな自信満々で旅に出たくせに、すぐに戻るとかマジでダッセェ…)」
自嘲しながらも足は止まらない、魔物に絡まれることもなくトボトボと森へと戻っていく
「……(親父になんて言えばいいんだろう…)」
なんて言えばいいのかを気にする時点で、何か言い訳をして親父に慰めてもらうつもりなんだと自分の浅ましさに気づいて余計に辛くなった
「……(旅の成果は服が多少マシになったのとナイフを飛ばせるようになっただけ、か…)」
しょーもな。一度落ち込んでしまえばどんどんと自虐的な言葉が浮かんで刺さった、そしてそれすらも自分を慰めるため故の加虐だと気づいて腹が立って…思わず近くの木を殴りつけた
その時だった
「おうどうしたポチ!おかえり」
「お、親父……」
いつの間にか一度夜を過ごして周囲は朝日に照らされていた、そして目の前には朝日に照らされてその白銀の毛並みを輝かせるハイウルフ…親父がいた
「なんだ、もう俺が恋しくなったか?はっはっは!…おっと」
なんかもう限界だった、一気に感情が溢れた俺は駆け出して親父の首へと抱きついていた
泣きはしない、ただ言葉を出す余裕もなかった
甘えはしない、ただ独りでいる余裕もなかった
ここに残りはしない、ただ今は外の世界が嫌だった
そんな俺の複雑な心境を親父が察したのかそれとも知らずともそのつもりだったのか…首に抱きつく俺をあの日と同じように前足の片方を上げて抱きしめ返してくれた
それからはもうぐちゃぐちゃ過ぎた。何があったかを説明しようにも肝心な帰ってきた理由のところは大部分が記憶にないし、ここに帰って来るまでの記憶も曖昧すぎて「なんやかんや」とか「気づいたら」を多用しまくった
もちろん親父はそこを茶化しこそすれ疑うとかはせずに信じてくれた、んでとりあえずまた旅に出る気になるまでここに居たらいいさと言ってくれた
「どうすっかなぁ…この足」
俺は今もナタが刺さったままの足を見下ろしてそう呟いた、『苦痛無効』のおかげで痛くも痒くもないが歩きづらいうえに見た目がグロすぎて気分が悪い。それに血の匂いが絶えないから親父に匂いが移ったら狩りの邪魔になってしまうだろう
「まっ、いいか!」
そう言ってポチは自分の頭を掴むとテキトーに首の骨をゴキリとへし折った、すぐに意識は戻って足元を見ればいつも通りに直った足とナタが転がっている
『絶対天命』を使うハードルが俺の中でどんどん下がってきている気もするが…これはもう治癒するってレベルじゃねえぞオイ!な『絶対天命』のほうに非がある、絶対にそう、とてもそう
だから俺は悪くない、自己弁護完了!QED!
……QEDの使い方絶対間違ってんな
「…なんか、色々疲れたなぁ…今日はさっさと寝るかぁ……」
疲労感はすごいけれど頭はかなりスッキリした、やっぱ実家が1番ってやつだわ…まぁ森は実家ではないんだけど
その日はすぐに寝付けて、前世含めてかつてないくらいに深く深くぐっすりと眠ってしまった
「……ふぅ〜ん、ここがキミのお家と大切な家族なんだね……」
ずっと誰かに跡をつけられていたと気づかないまま
黒いマントで姿を隠した怪しい影は眠りについたポチを見てその口角をあげ小さく笑った後、ハイウルフの姿が見えないことに気づいた
「……狼は一体どこに…?」
「おうおう、よそ様の家族団欒を覗き見たぁ感心しねぇなぁ人間。」
「っ?!」
木々の隙間からポチを見ていた怪しい影は姿を探していたハイウルフに背後から突然話しかけられ一瞬動揺を見せるが、すぐに小さなナイフを引き抜いた
「バレちゃったか…!」
「当たり前だ。俺が何百年ここに住んでると思っていやがる、余所者の臭いは寝ていても分かるさ。」
ハイウルフは怪しい影を睨みつけながら一歩ずつ歩みを進める…そこに一切の警戒は無く、正体不明の侵入者に対して何一つ恐れる必要はないと態度で示していた
「……(所詮は魔物か)」
当たり前のように近づいてくる迂闊なハイウルフ、それに対して怪しい影は一瞬で加速して死角へと回り込むとナイフを振り上げた
人の子に絆され警戒心を忘れた哀れなケダモノは敵の実力も見抜けず無様に死に絶える、怪しい影はそう思っていた……だが現実は違う
首筋へと突き立てられるはずだったナイフはその白銀の毛並みへと触れた瞬間、白く濁ったようにその色を変えてへし折れてしまったのだ
「なにっ!?」
「おいおい…静かにしろよ、息子が疲れて寝てんだ」
直後強い衝撃を受けて怪しい影は地面へと転がっていた、遅れてやってきた痛みに自分が何かで吹き飛ばされてしまったのだと理解する
苦し紛れに刀身が砕け散って柄だけになってしまったナイフをハイウルフへと投げつけるが、それは白銀の毛並みへと届く前に白く濁って砕け落ちてしまう
「夜は冷えるぞ、さっさと帰って布団で寝てろ…頭から食いちぎるぞ。」
そこで初めて怪しい影は自身が震えていることに気づく…しかし季節はまだ寒い時期ではない、ハイウルフの方からそよ風のような強さにも関わらず肌を突き刺すような冷気が流れてきているのだ
勝てる相手ではないと悟った怪しい影は小さく舌打ちをすると短く鋭い口笛を吹いた、それは明らかに隠れている何かへと合図であり、ハイウルフにとっては臭いでは分からない2人目の侵入者を意味する
そこで初めてハイウルフは姿勢を低く構えて警戒を表した…それが罠だとも気づかずに
「チチチッ」
それは無害な小鳥だった、普段から森に住む当たり前の小動物…だからこそ警戒するべきだった、何故本能的な危機を察知できるであろう小鳥がこの場に飛び込んでくるのかを
冷気に体を蝕まれ全身が凍りついた小鳥がハイウルフにぶつかる、そしてただの動物であるはずの小鳥のクチバシからあり得ない音が溢れた
「…『絶対……』」
「なッ?!」
地面へと落下して小鳥の体が砕け散る、そしてハイウルフの体は一度ビクリと震えた
それを見た怪しい影は完全に警戒心を解いてハイウルフへと歩み寄ると無遠慮にその白銀の毛を掴んで乱暴に引き抜いた
「親子揃って手こずらせやがって…」
怪しい影は腹立たしげにそう吐き捨てると抜いた毛を地面へと投げ捨てて地面にメッセージを指で掘りはじめた
[ハイウルフは預かった、返して欲しければ村へと戻って裁きを受けろ]
メッセージを書き終えると怪しい影はハイウルフの顔を強く殴りつけ、またその毛を引き抜くと同じように地面へと撒いてゲラゲラと笑った
そして用は済んだと森の出口へ向かって歩き出す怪しい影の後ろをハイウルフは大人しくついて行く……その瞳は暗く深く濁っていた