ポチ、オマエ、マルカジリ
「よし……狩りの時間だ」
そう呟くと集団から離れている1人にターゲットに行動を開始した
音を立てないように森の中を移動して背後へと回ると周囲の誰もこいつに視線を向けていないタイミングを待つ…
「(………ここだっ!!)」
思っていたよりも早く訪れたタイミングを逃さず一瞬で声帯ごと喉をナイフで引き裂き、万が一にも悲鳴を上げられないように『肉体操作(魔)』で手をぐにゃりと変形させて口も抑える、そのまま肺にもナイフで穴を開けて音を出すための空気も奪うように処理するのも忘れない
さっさと死体をアイテムバッグへと詰め込んで収納してしまう、こうして盗賊の1人はこの世から現状完全に消え去った
盗賊の着ていた服のうち体格的に着られそうな上着とズボンとマントだけをピックアップして取り出す、少し臭うがそれでも血や獣の臭いではなくただ汚れているというだけの臭い、しかも久しぶりのまともな衣服ということで感動の涙が出そうだ
「(……あぁこれだよこれ!やっぱ服ってこういうもんだよなぁ〜!)」
その時集団から悲鳴が上がった、仲間が減ったのがバレたのかとびっくりしてしまうが悲鳴の原因は襲われてた方の誰かがなんか知らんが盗賊に刺されたからだった
「(まぁ別に助けてるわけじゃないしな…)」
そう、今俺がこうして動いてるのは服を強奪…じゃなかった、勝った側の戦利品を強奪するためなのである
べ、別にアンタたちのことを助けるつもりなんてないんだからねっ!
本当に無い、だって得られる物が薄すぎる。なろう小説なら助けた美少女が領主の娘で主人公は惚れられてハーレム1号と大量の金貨をもらう流れになるだろう、そういうシチュエーションに興味や憧れがないのかと問われればもうめちゃくちゃ興味あるグヘヘ
だが創作の世界の話が現実に起こるとは限らない、最悪助けたのに謝礼とかダルいしお前は始末してやる〜とか、たとえ盗賊であろうと殺人は罪だ〜とか言われたら困るのだ
「(目立たず騒がれず変な正義感を持たず、そうして長く細く生きるのが長生きの秘訣…まぁ前世でも今世でも長生きしてないし今世に至っては100年保証なんだけどさ)」
幸いな事に盗賊の持っていたマントには顔を隠せるくらいの深さがあるフードがついていた、それを出来るだけ深く被り念の為に『肉体操作(魔)』で顔を俺だと判別できない程度に少しいじくって、そして俺は勢いよく森から飛び出した
ガサガサと葉が擦れて音を立てる、当たり前だが盗賊にも襲われてるやつらも俺を見た
「なんだテメェ…」
「…………」
答えはしない、何故なら声帯をどういじったら声が変えられるのか分からないせいで怖くて変えてないから。ボイチェン忘れて可愛いアバターからおっさんの地声が飛び出す放送事故みたいになっちゃう
ただ黙って盗賊へ「俺も盗賊なんだよ仲間だよ仲間」ってアイコンタクトを送る、だが残念ながら俺の想いは伝わらなかったようで盗賊たちは俺に武器を構えてしまった
「(まぁそりゃそうよな、初対面でアイコンタクト成立したら運命の赤い糸案件だわ)」
俺も自分の武器を構える、マントの下で仕込みを済ませたナイフを浮遊させるだけなのでもちろんそれっぽい構えなんてなくただ武器を持ってますよーって見せつけるのが目的のほぼ棒立ちな構えだが
俺と盗賊がことを構えると察した襲われてる側の奴らが助かったとばかりに安堵した表情をしているのが視界にずっと入ってる……
俺別にキミらのこと助けないよ?
「テメェら!構えがど素人だからって油断すんなよォ!!」
盗賊のお頭っぽいのがそう指示を飛ばすとしたっぱたちはオウ!と答えて俺を取り囲む、だが囲んでくれたのはむしろ助かる
俺は盗賊たちの中にマントを着ているやつを目ざとく見つけていた…つまりこのマント第1号はもう破けても困らないわけだ
「やっちま……」
「…ハイどーん」
俺の気の抜けた合図と共にナイフが空気を切り裂くヒュッという音が鳴るとナイフがマントを切り裂いて飛び立った。敵のマントや衣類、防具に傷をつけないように気をつけながら仕込みを済ませたナイ……ええい言いづらい、ラジコンナイフを盗賊たち全員の喉へと突き立ててやると周囲でカッとかコッみたいな掠れた断末魔を上げながら盗賊たちは目を白黒させている
わかるぞ、いきなりナイフが飛んでくるとか思わんよな
盗賊のお頭含めて全員が地面に倒れ伏すのを確認すると俺は念の為心臓のあるあたりを左右ともにナイフで滅多刺しにする
なんか心臓の位置が左じゃない人もいるらしいし一応ね?こんなんナンボ刺しても困りませんからね?
「助けていただきありがとうございます!!」
「んぇ?」
後ろから急に話しかけられて間抜けな声が出てしまう、そこにいたのは娘を離してくれ〜って騒いでたおじさんだった
変に勘違いされても困るので、ラジコンナイフをそのおじさんの喉元へと突きつけながらできるだけ低い声で唸るように俺は返事をした
「オデ、オマエラ、タスケタ、チガウ。オデ、オイハギ」
なんでカタコトというか悲しきモンスターみたいな口調になったのかは自分でもわからない、咄嗟にやべーやつだぞってアピールしようと思ったらこうなった
急にそんな事を言い出した俺に一瞬たじろいだおじさんだったが、すぐに何かを理解したようにハッとするとまた笑顔に戻った
「身分を隠しておられるのですね!どうか御安心くださいナイフを使役する魔術師様…我々は助けていただいた身、魔術師様の旅の邪魔は致しません!しかし!どうか少しだけでもこの感謝の気持ちを受け取っていただきたいのです…!」
なーんもわかってねえじゃんマジの追い剥ぎだっつの、感謝は嬉しいけど必要以上に特定の個人と関わるのはリスクが高い…具体的にはこいつらに情が湧いて、俺の中でこいつらの命に変に価値が生まれるといつか困りそうで嫌だ
「チガウ、オデ、オイハギ、まじゅちゅ…まゆ、まじゅちゅし…ッぺぇい!マ・ジュ・ツ・シ!…チガウ」
魔法使いって言ってよ魔術師って死ぬほど言いづらいじゃん、おい後ろの小娘クスクスと笑うんじゃねえお前だけ服まで追い剥ぎして素っ裸にすんぞ……やめとこう、R18になっちゃうとマズイ
それでもなお感謝を〜って絡んでくるのでラジコンナイフの持ち手側でぐいぐいと押しやり勝手にこいつらの馬車を漁る。横からはなんでも持っていってくださいとか、その果実は収穫からまだ日が経っておりませんとか色々聞こえてくるが無視だ
本当は優しいのに偽悪的な主人公とかだったらここは萌えポイント的なやつになるんだろうが、俺はもう偽悪的とかじゃなくガチの追い剥ぎ目的で様子を見てた立場だから複雑な心境だ
「あぁそうだ!仲間の安否を確認せねば!魔術師様、お好きな品をお好きなだけお持ちくださいね!!」
やっとどっか行った…いっそ馬車ごと持って行くか?馬は要らんが『肉体操作(魔)』で馬車くらい引けるだろ…
とか思ってたら先ほどクスクスと俺を笑いやがった小娘が横に来た、小娘といっても精神年齢的な話であって多分見た目的にはあっちの方が年上か同い年なのだが
「まじゅちゅし様は本当に追い剥ぎなの?」
ホワァァァァッ!こいつ腹立つゥゥゥオォァァァァァ!!!
人が噛んだのをイジっちゃいけません、と内心で全ギレしつつ無視して荷物を漁る……あっこのリンゴ美味しそう
「キミ何歳?このまま街までうちの馬車護衛していかない?」
あーあー聞こえない聞こえない、護衛なんてめんどくさいことぜぇーったいやんなーーい
「さっきわざわざ低い声出してたのどうしてなの?多分もっと声高いよね?」
うるせえいちいち声作ったことなんか無いから咄嗟に地声出ちゃうしまだ15歳だからか声もそんな低くねえんだよほっとけ小娘ェ
と声には出さず黙々と荷物を漁る……おっ短めの剣あるじゃん今の俺の体格ならこれくらいでいいな
「追い剥ぎなのに随分と吟味してくれるんだね?馬車ごと持って行かないの?」
「うるっせぇなぁ!ホントに持ってくぞお前なぁっ?!」
「よしよし、やっと会話してくれた」
そう言って笑った小娘は悲しい事に美少女だ、何故悲しいのかって?徐々にテンプレのルートへ押し込まれているような気がするからだよ。
盗賊を退治して、商人(推定)の男性にお礼を言われ、ついでに美少女との接点が生まれ…次は多分街についていくと冒険者ギルドで絡まれる
なのでテンプレに飲み込まれないためにも俺はここでキチンと追い剥ぎとして去らねばならない
「オデ、オマエ、マルカジリ」
「血肉が必要な種族なの?肉は流石に無理だけど血くらいならちょっとはいいよ、ホラ」
「えぇぇ……???」
平然と袖を捲って腕を突き出してくる小娘に困惑してしまう、流石に感謝の気持ちだとしてもいきなり血ならオッケーと腕を出してくる覚悟ガンギマり状態はビビる。ファンタジー村娘ってこんなにドラキュラへの理解深いの?もうちょい人種区別した方が安全じゃない??
「い、いや…別に要らんけど…」
そっか〜と笑った小娘は仲間の安否を確認するおじさんに呼ばれて走っていった、なんかもう気分的に疲れたから俺はテキトーにリンゴが詰め込まれた木箱をアイテムバッグへと突っ込んで馬車に隠れてさっさと退散する
後ろから魔術師様ー!って呼ぶ声が聞こえるけど俺のことじゃない、だって俺魔法系スキル覚えてないから…そこでふと気づいた
「俺盗賊の荷物まだ漁ってねぇ!!」
マントは穴だらけで防具も剥ぎ取れずに結局追い剥ぎらしい追い剥ぎもせず、結果として商人っぽいおじさんから言われた通りに好きなものをテキトーかつ控えめに貰ってきただけになってしまった
「え…?世界の修正力的なのがあんの…?行動がなろう主人公ムーブに帰結する呪いとか…?」
人生初追い剥ぎの収穫が盗賊の服と死体、リンゴ一箱に短めの剣、そして異世界初の美少女との出会い…?割に合わない。
まーじで割に合わない、1000円札入れて缶コーヒー買ったらお釣り全部飲まれたレベルで割に合わない許せない切ないひもじぃよお…
肩を落としトボトボと歩きながら『肉体操作(魔)』でいじくった顔を元に戻す、街の方向もわからないままだし一本道だったから暫定50%の確率であの馬車組と再開してしまうリスクまで発生してる
八つ当たり気味にそこらを歩いてたらイノシシっぽい魔物が居たのでラジコンナイフを飛ばして仕留めた、もう今夜は豪華なイノシシ肉パーティーを開催してこの心を癒すしかない
少年移動中……って出したら流石に文化が古いよね
夜になって俺は簡易的なキャンプを設営するとテキトーな石に腰掛けながらパチパチと爆ぜる焚き火を眺めてイノシシ肉を焼いていた
森のど真ん中だが寝る時は木の上に行けば多少は安全だろう、いくら死なないとは言ってもわざわざ死にたいわけじゃない
「テンプレ転生で初めて人間に会う時ってもっとドキドキワクワクなシチュだと思ってたのに、現実でぶつかるとこんなにも困るのかよぉ…」
焚き火に薪を放り込みながら焼けていくイノシシ肉を眺め、情けなくも半べそで愚痴る…肉体に精神が引っ張られ、少々情緒不安定気味なようで涙こそ出ないが気分が上がらない
空を眺めれば夜空に薫る焚き火の煙…吸い込まれるように霧散して見えなくなる煙になんとなく感傷的な気分になっていると視界の端にどこかここからそう遠くない場所から天へ昇る別の煙が見えた…
「人間、不思議と独りってわけでもないんだなぁ…」
そんな言葉が口をついて出てくる程度には詩人な気分だ……
ん?そう遠くない場所から別の煙?
そう気づいて慌てて土をかけて火を消す、だがもう遅かったようだ
「やっぱり居たっ!!」
「いやなんでわざわざ来た?!」
ガサガサと草木をかき分けやって来たのは昼間の小娘だった、わざわざこんな暗い中を煙を頼りに俺を探しにきたのだ…どんな執念だよ
いや、冷静になれ俺。いくら命を助けたからって美少女が俺を探しに夜の森を歩いてくれたなんて妄想をするのはやめろ
きっと野営中に近場から煙が上がっているのを見つけて、昼間の盗賊みたいな奴らが近くにいたら困るから様子を確認しに来たら偶然俺が居たから昼間と同じノリで接して来ただけに違いな…
「急にどっか行くから探してたんだよ!?ほら向こうに私たちのキャンプがあるから行こう?」
「ちょっとは警戒心を持たんかい」
探すなよ、明らかに俺怪しいじゃん
俺ならあんな風に盗賊を惨殺して義務教育だけは終えられた天才ゴブリンみたいな喋り方してるやつと2度と関わりたくねえよ、命の恩人とは思うだろうけど取るもの取って森に消えたらちょっと血生臭い妖精さんって事にしてさっさと忘れる事に努めるわ
嬉しそうに俺の手を引く小娘、『肉体操作(魔)』で足の裏から骨を伸ばし地面へとアンカーのように突き刺すことで身体を固定して微動だにしない俺…
果てしなくシュールな光景だが小娘は気にしてないようで踏ん張らないで早く行こうよ人間怖くないよとか説得しに来る、コミュ力と俺への信頼度高すぎてちゃんと怖いわ、てか人間扱いはしてなかったのかよ尚更諦めろよ
仕方ない…この手だけは使いたくなかったがここまでテンプレへの修正力が働くならばこの流れを全力で断ち切らざるを得ない
小娘が怪我をしない程度に力を込めて腕を振り解く、不思議そうにこちらを見る小娘を俺はキッと睨みつけ…
ちょっと姿勢を低くしてガニ股になると全身を振り乱しながら人外の言葉を発した
「ウキーッ!ウキャキャ!キャーキャキャ!ウッキャーけほっけほっ………ほ、ホワァァァァァ!!!ホゥホゥホゥホゥ!!アーキャキャウキャーッ!!!」
これぞ必殺『話の通じないお猿さん作戦』だ、俺ならこんなやつどれだけイケメンor美女でも関わろうとは思わない。しかもいきなりこの豹変ぶりだ…もはや小娘の目に映る俺は不審を通り越して不気味、いやもはやシンプルにキショいに違いない!
この勝負…俺の勝ちだ!!
「ど、どうしたの…大、丈夫……?」
「優しく接してくるのやめてよぉぉぉッ!!」
なんなんだコイツ、もう逆にお前のがキショい。異世界の美少女はコミュ力高すぎて急にお猿さんになっちゃった男への対処すら可能なの?
あまりの恥ずかしさに顔を覆ってその場でしゃがみ込んだ俺の背中を優しくさする小娘が憎くて仕方ない、主人公に倒されてお前さえいなければと散り際に叫ぶ野心強めの中ボスの気持ちが今なら少しわかる気がする……
小娘ェ…お前さえいなければァ…!!
そこからはもう考える事さえ面倒になって死んだ顔で思考を放棄したのだが、多分俺は後から来た成人男性たちに担ぎ上げられた気がする
次の日、目が覚めると知らない野営地に居た
やはり俺は小娘の野営地まで連行されたらしい、周囲に転がる木製の食器類をぼーっとする頭で眺めていると見張り番をしていたおっさんと目が合った
向こうが軽く手を挙げてニッと笑いながら挨拶してきたので思わず「どうも… 」と寝ぼけたまま会釈したが、そんな無愛想なリアクションでも見張りのおっさんは満足だったのかもう一度ニッと笑って俺を手招きした
「ようボウズ、昨日はあんがとな」
「いえ…追い剥ぎ目的なので…」
「はっはっは!リンゴ一箱と剣一本で満足する追い剥ぎたぁ世の中捨てたもんじゃねぇな!」
「はぁ…恐縮でぇす……」
そこで寝ぼけていた俺の頭が徐々にはっきりしてくる、ボケーっとしていた思考が少しずつ動き出してこの状況に違和感を感じ始めて…違和感は現状がヤバいと認知する段階へと至った
なんでこの場に馴染んでんだ俺???
なんで手招きされたからってなんの疑問も抱かずにひょこひょことおっさんの横に歩いて行って素直に体育座りした???
俺は慌ててバッと立ち上がって駆け出した
「お邪魔しましたァァァァァ!!!」
昼には移動すっからな〜と声をかけてくるおっさんの声を努めて無視して、俺は一目散に森へと跳び込んで姿を隠した
やばかった、もうびっくりするほどびっくらこいた。何がやばくて何がびっくりって平然と人殺しを招いて晩飯食って朝迎えちゃうあの集団がやばくてびっくりした、警戒心isどこ?
森を駆け抜け自分の野営がある場所に来て一息つくと、空を見上げて太陽の位置を確認する
昼には移動するとおっさんは言っていた、太陽の位置から考えるに昼にはまだまだ時間がある…今は多分8時くらいかな?
「よし、もう50%でも何%でもいいわ。道に戻ってそのまま進んでみよう」
道へと戻ると盗賊たちの血痕はあったが死体は無かった、多分商人っぽいやつらが回収してったんだな…ちょっとだけ残ってないかと期待してたからガッカリしたが、気を取り直して俺はそこらで拾った枝を地面に立てた
「頼むぞ枝太郎、俺の行く道を決めてくれ」
今命名した木の枝にそう声をかけ、パタンと倒れた枝の指し示す通りに俺はとっとこ走り出した
だが俺は後に気付く…この世界にテンプレへの修正力みたいな物がある可能性を気にするのならばこんな運要素しかない決め方をしちゃダメだったと