チートや、こんなん俺チーターや
まるでゲームのようにスキルや魔物が存在する異世界、そこへ転生した俺は魔物のために用意されたようなスキルを3つも保有して、挙句の果てに俺の体は神様印のお手製スキルで何回でもどんな方法でもどんな姿になろうとも期限が来るまで蘇る…
よくもまぁなんとも、下手なバケモノよりもよっぽどバケモノらしいじゃないか
『グルルルル…』
「悪いな、魔物の言葉まではまだわかんねえや…」
こちらを睨むゴブリンキングが何を思うのか
怒っているのか、怖がっているのか、それともダンジョンのボスは機械的に生物の行動を再生しているだけで感情なんて物は持っていないのか…これだけ存在がバケモノに近づいても分かり合えない、いよいよ人里に降りて馴染めなかったら異世界でターザンとして生きよう…
…その時はポッチードッグとかに改名してやろうかな
『グォォォ!!』
「っと…ぼーっと現実逃避し過ぎたな、待たせ過ぎてご立腹みてえだな」
足がもげて血がドボドボと垂れ流しになっているにも関わらず一向に死ぬ気配のない俺が不気味なのか、ゴブリンキングは急かすように吠えるだけで攻めてこなかった
だが安心してほしい、こちとら只今絶賛パニックキャンペーンで思考はクリアなくせに身体は震えるばかりで動きやしないし、何よりこんなに出血してるんだ…もうすぐ死ぬ
「なぁゴブリンキング」
もう無意識で無自覚だった、多分なんだかんだ俺は思考の方までちゃんとパニックだったんだ
まるで友達に話しかけるみたいに、まるで今から世間話とも呼べないくらいくだらない雑談を始める時みたいに俺はゴブリンキングに話しかけていた
当たり前だがゴブリンキングは不思議そうな顔をしている、そりゃそうだそもそも人語なんて理解できやしないだろうし声色だってアイツからしたら聞き慣れていないだろう怯えも怒りも闘争心も無い至って普通な声色なんだから
「お前さ…これの使い方って分かるか?」
俺が言うこれってのはもちろん『肉体操作(魔)』についてだ。ただ聞いといてアレだがよりにもよって目の前にいるゴブリンキングに聞くか?と我ながら呆れてしまう
きっと俺は『絶対天命』の期限が来るその日まで、この話を笑えるバカ話として酒の席で話すと思う…まぁそんな日が来るかは知らないけどな
だけど俺は今後の人生、今から見る光景を多分忘れないと思う
『グォ…グォ…』
「……は?」
ゴブリンキングが片足を上げた、しかも俺のもげてる方の足と同じ足を…そしてこっちを真っ直ぐ見つめながら上げた足をクイクイと動かしてみせたのだ
真意も意図も分からない、けれど何か意味がある
俺は残ってる足を同じように動かしてみた、だがそれに対してゴブリンキングは不機嫌そうに上げた足でダンダン!と強く地面を踏む
「いや…だって、お前…こっちはさ、無茶だろ」
床にヒビを入れながら何度も何度も地面を踏みつけるゴブリンキングの威圧感に押され、俺はダメ元で千切れた足を凝視したまま動かそうと努力するフリをした
当たり前だ、取れた足が動くわけないんだから動かせと示されても無茶な話だ…それでもゴブリンキングはこちらの内心を見透かしているかのようにさらに強く地団駄を続ける
「あぁもうわかったよ!真面目にやるよ!!」
ヤケクソになって取れた足へと動け動けと念を飛ばす、我ながらバカな話だ…だってスキルが存在する異世界だからって千切れた足が動くわけ…
唐突に閃きが降ってきて俺はスキルを発動する
「……『肉体操作』…?」
そこからは不思議で不気味極まりない光景だった、千切れて転がっている足が意識した通りにぐねぐねと動き出したのだ
信じられない光景だったがよく考えてみれば俺はゴブリンキングに具体的に問いかけてこそいないが『肉体操作(魔)』について尋ねた、そしてアイツは襲うのではなく明確にコミュニケーションを示してきたじゃないか…そこまでキチンと意思を示している相手が魔物だからといって果たしてただの根性論なジェスチャーを示してくるだろうか?
いやむしろ魔物が人間の質問に対して具体的な動作でコミュニケーションを取った時点で察するべきだった
「お前…チュートリアルしてくれてんのか…?」
ゴブリンキングは答えない、ただフゴフゴ言いながら何度も何度も足を動かせと地団駄でジェスチャーしてくるのみだ
ここでちょっと欲が出た、チュートリアルしてくれるくらいフレンドリーならワンチャン和平ルートも…
「なぁお前…俺の仲間に」
『グォォォォォ!!』
「っヒィ?!」
仲間になれると一瞬思った、もうちょい踏み込んだ関係もといお友達になれないかと思ったんだ…結果は吠えられ情けなく怯えた声をあげる事となった
何なんだよ今の会話でお前の地雷どこにあったんだよメンヘラって呼ぶぞちくしょう…
「てか俺の足めっちゃ気持ち悪っ…」
くねくねと動き続ける俺の足、それにゾワゾワとした嫌悪感が湧き上がってきてそんな感想が口をついて溢れ出る…そしてそこでおかしな事に気づいた、足からの出血があまりにも少ないのだ
足にだって千切れる前は血が通っていたはずだ、もっと血が出てきてもおかしくない。それなのに足からは大した量の血も出ず未だに健康的な色味を保っている
「塞がってんのか…?!」
よく見れば足の断面が蠢いて傷口を隠すように縮んで蓋をしていた、かなり気持ち悪い状態なのでちょっと無理やり可愛い表現をするなら肉まんの頭のとこって感じだろうか
「(もしかして動かす時に俺が出血してる足をイメージしなかったから傷口を塞いでイメージに近づけたのか…?)」
試しに『肉体操作(魔)』を発動したまま足の傷が塞がるようにイメージする、一度脳裏によぎってしまったイメージ故か目に見えて俺の足の断面は肉まんの頭みたいになってしまうが傷はキチンとイメージした通りに塞がっている
それを見てゴブリンキングは満足そうにニタリと笑った、喜んでくれるとはコイツ優しいな…もしかしてコイツは本来はチュートリアルキャラで無害な存
「ッハァ!!…えっ?ハッ…?!え、何が起き
「…っ?!なんだよ!何が起きて…ってあっぶねぇ!!!」
ゴロゴロと横に転がって振り下ろされた拳を避けた、何が起きたのか訳が分からず混乱したが感覚的に分かる…俺は蘇った
いやカッコつけたセリフとかじゃなくて、死んで蘇った時の独特な感覚があっ
「っだァッ!!何回殺す気だメンヘラてめぇこの野郎!?」
蘇った感覚と共に転がるように駆け出してその場を離れる、血まみれで肉片まみれな拳を眺めながら同じく血まみれな口をニタニタと歪めてゴブリンキングが立っている
状況を整理するとチュートリアルを終えた瞬間ゴブリンキングに不意打ちされて死んだ俺は恐らく何度か殺されたり食われてるっぽい、そんで今回は悦に浸ってるうちに距離を取れたってわけだ
いやクソあぶねえ詰んでたかもしれないじゃんちょっと優しくされて和んじゃってたわ流石メンヘラ怖い
「お前がチュートリアルキャラなのかは結局わかんねぇけど、少なくとも使い方教える役割が済んだらあとは自由行動するタイプってわけね…!」
ゴブリンキングがのっしのっしと歩いて俺が吹っ飛ばしてからずっと壁に突き刺さったままだった剣を引き抜く
だがなゴブリンキング、お前はそんな事せずに俺をずっとハメ殺ししておくべきだったんだ……何故なら
「俺は人間を辞めるぞォー!!ゴブリンキングゥーーッ!!!」
言いたいけど言ってもネタにしかならないセリフNo. 1だと思ってたこのセリフ、それをまさかこの俺がきちんと言葉通り実行する日が来るなんて
『肉体操作(魔)』で俺の身体が自由に変形するのは確認できた、つまり俺に武器は必要なくなったんだ
「脳内でデザインを練り上げて、それをスキルというプリンターで出力するイメージで…!」
メキメキと音を立て、俺の右腕の肘から先が変形していく…ねじれて細長く槍のように伸びた腕を守るように外界へと露出させた骨で変形させた腕の先端から順に覆っていくと、俺の腕は骨でコーティングされた槍へと姿を変えた
しかしこれは防御する事はおろか、ゴブリンキングの皮膚の柔らかいところくらいしか貫けないだろう、人間の骨程度じゃどれだけ鋭利にしようとも魔物の攻撃を防ぐことも皮膚の硬いところや金属を貫くことも難しい
「行くぜゴブリンキングゥ!!」
変形右腕槍を構えてダッと駆け出す…俺の大声と敵意にゴブリンキングが身構えるのが見えた、このままじゃ確実に俺はカウンターをくらう
「くらえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
『飛行』と『身軽』を使って高くジャンプする、右腕槍を突き出し頭目掛けて一直線…
だがそんな考えなしの突撃ではゴブリンキングは緊張すらしない、ニヤリと笑って飛び込んできたマヌケを迎え入れるように口を開けて剣を振りかざした
『グォォォォォ!!』
「ガフッ…!」
あっさりと…本当に酷くあっさりと俺はカウンターを受けた
剣に串刺しにされて槍の先端すら届かず、ゲラゲラと不愉快な笑い声をあげるゴブリンキングへ傷一つ付けられないまま力無くぶらりと掲げられた大きな剣に串刺しにされている
そしてゴブリンキングは戦利品を食うために口をガパリと大きく開け…俺の右腕を噛み砕いた
「かかったなバーカ」
その瞬間『肉体操作(魔)』を発動、口の中に入った右腕をスライムのように柔らかく薄く伸ばしてどんどん体内へと進行させていく…
当然スライムが喉を突き進んでいく感覚にゴブリンキングは目を白黒させながらえずく、だがそんな事はお構いなしに俺は目的地である胃袋へと右腕を侵攻させていった
そしてゴブリンキングから独立した何かを掴んだ
「見つけたァ!!」
ゴブリンキングに食われた俺の肉片…見えていないからか、それともゴブリンキングの胃の中に収まったから俺の肉体という扱いではなくなったのか操作できなかったそれを俺は腕に掴んだのだ
ゴブリンキングが食った肉ではなく俺が掴んでいる俺の一部、これなら操作できると思った
「散れぇ!!」
だから俺はその肉片をできるだけ小さく小さく分解してゴブリンキング同化させた、これで今この肉片は俺でありゴブリンキングの血肉…
つまりゴブリンキングも俺の一部だ
「うおおおおおお!!『肉体操作』ァァァァァ!!!」
『グォォォォォォォォォォォ!?!?!?』
ゴブリンキングが未知の感覚に恐怖の雄叫びをあげる、体の内側から肉を奪い取られる感覚…自分という生物が他の生物へと生きたまま生まれ変わっていってしまう感覚、それは苦痛なのか無味なのかそれともそれ以外の何かなのか
だが少なくとも何味であろうとも、この戦いは俺の勝ちだ
「ふぅ、スキルの『餓鬼』よりこっちのが餓鬼っぽいな」
ゴブリンキングは跡形もなく姿を消して俺になった、剣や身につけていたもの以外は全て姿を消して俺の中にいる…
「いやぁ前世でオタクしといてホント良かったぁ…」
前の世界で大好きだったアニメや漫画、ゲームにネット小説の知識たちが今俺をこうして生かしてくれている…腕を槍にするのも、それを骨でコーティングするのも、敵を捕食するという発想も、そして人間を辞める覚悟もそんなオタク知識があったからこそパッと出てきた
しかし問題が一つある、それは食い尽くしたゴブリンキングという生物の質量についてだ
「ははは…こりゃ前の世界ならバスケ選手へのスカウト通り越してUMA扱いだな…」
そう、ゴブリンキングの質量は丸々俺に収まったのだ…俺の体は体格や顔つきはそのままゴブリンキングのぶんだけ大きくなっている
恐らく身長3メートルほどだろうか、とにかく適度に巨大な15歳の少年が薄暗い部屋で座っているのを想像してみてほしい…俺ならそれなんてホラー?って言う自信がある
それに『過ぎたるは及ばざるが如し』なんて言葉があるがきっとこういう時にも当てはまるんだろう、ぶっちゃけこんな姿で人前には出られないしこんな巨体でまともに動ける気もしないから不便以外のなにものでもない
「仕方ない…何割か分離してここに置いてくか…」
少々もったいない気もするがこんな体のままで外に出たら魔物からすれば餌が可食部を増やして帰ってきただけだ、元の体格に戻るまで肉を分離させ…てる途中で分離させた肉の塊のビジュアルが死ぬほど不気味な事に気づいてせめてもの抵抗として可愛らしい肉まんの形に整形した、大玉転がしの玉みたいなサイズになったがシルエットが肉まんというだけで多少の可愛らしさも…あるか?自信ないな、不気味なままかも…
「さて、こんなもんかな…てかダンジョンと言えばクリア報酬の宝箱がお約束だよな」
そう言って部屋の奥を見るとそこには入ってきた扉とは少し違うデザインの扉があった
そこをくぐれば扉が閉ざされてボス部屋がリセットされる…のかと思ったら意外とそのまま開けといてくれるようだ、もしかしたら帰りはUターンして帰るタイプなのかもしれない
「おっ、マジで宝箱あるじゃん」
進んだ先の部屋の中央には古ぼけた宝箱が一つ鎮座して俺を待っていた、初めてのダンジョンクリアにちょっと感動しながらも宝箱を開け…開けぇ……開ぁぁぁけぇぇぇ………ッ!!ふんぬぬぬ……!!!
「いや開かねえんだがぁッ?!」
すんごい開かない、いや日本語としておかしいのはわかってるけどもうすっっごい開かないの彼ったらもうヤんなっちゃうわ!ちょっと思考がカマっぽくなるくらいには開かない!
しかも不思議パワーで開かないとか鍵が無くて開かないとかじゃなくてシンプルに錆びついててぜーんぜん開かない、ここまで来てそんなことある??
「宝箱の管理くらいちゃんとやってよダンジョンさぁぁぁぁん!!ふんぎぎぎぎぎぎぎ……!!!」
多分今すっごい不細工な顔してるわ俺、それくらい力込めてる、それでも箱は開きません。
宝箱が床に固定されているっぽいのは不幸中の幸いだ、おかげで蓋をこじ開ける作業に両手を使える
だが悲鳴をあげているのか宝箱君がメシメシメキメキと怖い音をあげるせいで温厚なジャパニーズの俺は無意識に手加減してしまうのかなかなか開かない…てかこの場合俺はこれ壊していいんだよね?!大丈夫なんだよねもう俺の物だよね?!?!
その時だった、バコーン!と音を立てて宝箱の蓋が吹っ飛んだ。
「うおわぁ!?びっっっくりしたぁ〜……」
錆でくっついた蓋も錆でボロボロの蝶番も限界を迎えたのだろう、景気良くぽぉーん!ともげ飛んだ宝箱の蓋は驚いてバンザイの形で固まる俺の後ろに落下して、腐敗した木材と金属を撒き散らしながら粉々になった事を音だけで俺の耳に届けてくれる
そしてワクワクドキドキな宝箱の中身は……
「ボストンバックが一個てオイ…!!」
なんとなく一年くらい誰かが使ったあとだろって感じの味のある傷み方で、これまたなんとなくRPG感のあるデザインにアレンジされたボストンバッグが宝箱の中へテキトーにぎゅっと詰められていた
正直がっかりと言わざるを得な…待てよ?!
ガシッとバッグを掴んで宝箱から引っ張り出すとすぐにバックを開く…そしてそこへ手を突っ込んで頭によぎった予測が当たったことを理解し、同時に俺にとってこのバッグの性質が最高に相性が良いことに歓喜した
「ファンタジーの定番…アイテムバッグだ!!」
ボストンバックを抱えて大急ぎでボス部屋へと戻る、そこに鎮座する仕方なく切り離した元俺の肉塊にして現在はグロめの大玉肉まんへと姿を変えた物へと『肉体操作(魔)』を発動した
再び自在に動かせるようになった肉まんを細長く変形して俺がボストンバッグへ入るように操作すると大容量なアイテムバッグは全てを飲み込んでくれた、これで俺は操作できる肉塊のストックをアイテムバッグに入る分は持ち運ぶことができるようになったわけだ
しかもこの一連の流れで『肉体操作(魔)』がどこまでを操作してくれるのかもわかった、暫定ではあるが操作対象は“俺の一部であるとスキルが認識すること”で、多分視認するか直接触れている必要もある
「使いこなせるまでは下手すると自滅するな…このスキル」
今回『肉体操作(魔)』で自分の足を動かしたら千切れ飛んだ、つまりこのスキルは使用者本人の耐久性を考慮せずしかも動作範囲の制限がガバガバ過ぎて本体から千切れてしまうような操作でも受け付けてしまうのだ
俺はこの世界は恐らくゲームシステムが基盤になっている世界だと仮定している、だからスキルの解放や成長に明確な条件が設定されているしゴブリンキングやダンジョンは想定外の挙動をした俺のせいでバグった
「もしかして『肉体操作(魔)』って、敵として設定されてるキャラ全部を動かすために使ってるモーションソフトなのか…?」
本体の耐久性を無視するのはCGソフト内ではモデルが千切れても元に戻せばいいだけで気にする必要が無いから…?
本体から千切れてしまうほど操作範囲が広いのは巨大なモンスターのモーションを設定するために操作可能な領域が広く取られているから…
スキル『餓鬼』が対象のフォルダからランダムに何か一つ基礎データをコピーするスキルだと仮定すれば…今回はゴブリンキングのフォルダから魔物用のモーションソフトを人間である俺のフォルダにコピーしてしまったという事だろう
「ははは…バケモノになっちまった〜とか思ってたけど、これただのバグキャラだわ…」