戦うってレベルじゃねぇぞコレ!
なんとか攻撃を回避しながら隙を探す、幸い多少のミス程度なら一身上の都合でミスに入らない
「何も考えずに盾で防御したのはまずかったなぁ、まさか一撃で盾が粉砕されるなんて…」
ダラリと垂らした左手には縦の破片がまだ突き刺さっていてジワジワと焼かれるような痛みが伝わってくる…だが俺には俺らしさ、というか俺との相性が良すぎるスキルが備わっていた
「存在していてくれてありがとう…って言いづらいけど、今は感謝だな…『苦痛耐性』のスキル」
スキル『苦痛耐性』、そのスキルとの出会いはなんともしょっぱい
何せ「骨折する」+「出血する」ことが開放条件…なんと俺は骨折と出血、どちらも母に落とされたあの瞬間に体験してしまったのだ
そして『苦痛耐性』が2へと成長する条件、それは骨折と出血に加えて「気絶」もすること…それも落とされたその瞬間に一瞬意識が飛んでいったので済ませてしまった、そして3へと至る条件は骨折、出血、気絶…そして「部位の欠損」だ
いや普通に生きてたら早々無いだろそんなの、なんて思うだろうがそこは俺の『絶対天命』ボディ様…森で食われた俺は丸呑みされたのではなくきっちりと咀嚼された、つまり俺はバキバキに砕かれながら、血を吹き出し、身体を噛みちぎられながら気絶という名の絶命をしている
「流石に耐性3ともなると、こんな大怪我もちょっと派手に転んだ時の擦り傷程度にしか感じねぇや!」
左腕をぶらぶらとさせたまま俺はゴブリンキングへと駆け出す、こちらが手負いだと思って油断している今は格下の俺が勝つ絶好のチャンスだ…ここを逃す手はない
「おらぁぁぁぁッ!!」
大きく跳んでゴブリンキングの脳天目掛けて飛びかかる、ナイフを突き立てることさえ出来れば流石に倒せる…はずだ
だが俺の見通しは甘かった、ガキン!と音を立てて突き立てようとしたナイフは根本からへし折れて刃はどっか飛んでいってしまう
ギロリと…ゴブリンキングの目がしっかりとこちらを認識して睨んだ
「やばっ?!」
次の瞬間、あまりにも激しい衝撃にトラックに追突されたあの日の記憶が脳裏をよぎった…それほどまでに重たい一撃だった
しかし俺にとってはヤバいそんな攻撃もゴブリンキングにとってはしつこい羽虫をちょっとイラ立ち混じりに追い払う程度のことだっただろう…たったそれだけの動作にすら、俺は派手に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられてしまったのだ
壁に大きな凹みを作り、俺はめり込んだまま意識を失い……ってダメダメダメダメ!!死に戻りじゃなくて蘇りなんだからワンチャン詰むって言ってんだろ!?
「くっそが…!あとで倍返しだかん…なッ!!」
ゴキリ、と自ら折れている左腕を追加で握りつける、『苦痛耐性3』のおかげで痛みは鈍いが不快な感覚と鈍痛に目が覚めてきた……もう絶対やりたくない、ちゃんと痛いじゃんいや当たり前だわ俺のおばか
痛みで興奮しているのかテンションが少しおかしい、それでもここで詰むよりは少し行き過ぎたドMの扉を開く方がマシだろう
って違う違う俺はドMじゃねぇよ緊急避難だって!避難どころかシンプル自傷行為だけど!!
「さて…どうしたもんか…」
そこで俺は気づいた、あれ?ここ攻撃届かなくね?
眼下でこちらを睨みつけているゴブリンキングが持つのは巨大な剣、しかしそれもここには届かないようでさっきから俺がめり込んだ場所の1メートルほど下をカンカンと叩いている…つまり今ならどんな蘇り方になるのか実験可能だ
だが流石に蘇ると分かっていても自死を受け入れた経験は無かった…実は自死は適用外ですとか言われたら?2度目の人生が実験の自決で終了とかシャレになってないんだが?
「……いや、生きるか死ぬかだぞ…ビビってんなよ俺」
今のボロボロな俺じゃゴブリンキングには勝てない、かといって飛び道具も無しにここに座り込んでいても餓死…最悪ゴブリンキングが壁を掘り崩す可能性だってある。そうなればまた俺はハメられることに怯えながら逃げ回るしかないし、最悪本当に詰む
「………男は度胸ッ!」
ボロボロのナイフを自分の胸に突きつける
身体と歯がガタガタと震える
呼吸が荒くなって鼓動がうるさい
思えば俺はいつも不安になるような余計なことを考えては行動に移すのが遅くなっていくタイプだった
せっかく転生したんだ、ビビって足踏みばっかりな自分を捨てる良いタイミングだろ!
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
覚悟を決め、絶叫で己を鼓舞しながらナイフを胸に突き立てた。『苦痛耐性3』のせいで思ったよりもハッキリと感じてしまうナイフが肉を突き破って侵入してくる感覚、吹き出す血飛沫…冷たく、薄くなっていく意識……
そして何かが殻を突き破ったような感覚を最後に、俺は死んだ
「…………ハッ!!…ハァーッ!…ゲホッ!ゲホッ…ハァーッ…ハァー……も、戻って、来たのか……?」
意識が戻る、場所はいまだに壁の凹み、自分を殺した感覚が心にも身体にも残っていた
だがいつも通り身体は健康な状態に巻き戻され、突き立てたナイフは体の外へ押し出されていた…それでも血だけはどうにもならないようで、身体も服もナイフも真っ赤に染まったままだった
「危なかった、部屋の外じゃなくていつも通りその場で蘇り…下手すりゃ詰んでたほうのパターンだ…」
殴り飛ばされたのは不運でもあり最高の幸運でもあった、ここにぶっ飛ばされたおかげで確認が出来て最悪のパターンを回避できた
そして一度蘇って身体が復元されたからか思考がクリアになって冷静になってきた…今ならきっと、このダンジョンのボスを攻略できる
体力が全快の時にだけ発動できるとっておきのスキルが今なら使える、さっきまでは一度使うとクールタイムが長いスキルだからと渋っているうちに使えなくなってしまったが今度は出し惜しみなどしない
何よりも今は千載一遇のチャンス…眼下でバグったゴブリンキングを倒す最高のタイミングがきたのだ
「そりゃそうだよなぁ、死体がそのまま残ったらいつかはボス部屋が埋め尽くされる…だから中で死んだらお前が食うなりダンジョンが死体を回収して扉が開くなりするシステムなんだろ?」
ゲームではたまに普通にプレイしていては起こりえない状況に陥りゲームが正常に動作せずおかしな挙動になったりする…そういう状態の事を『バグ』、もしくは『バグる』と呼ぶ
今この部屋の中において挑戦者は死んだにも関わらず生き返り、さらに未攻略として処理していいのかわからないゴブリンキングと死者判定なのか挑戦者判定なのかもわからない生物が一匹紛れ込んでいる状況だ…これほどまでにめちゃくちゃな状態もそうそう無いだろう
結果、ボス部屋の扉は挑戦者は死んだと判断して開いたまま、そしてゴブリンキングは本来ターゲットするはずだった挑戦者を更新できずに大人しく棒立ちしているわけだ
「野生じゃなくダンジョンに生み出された己の運命を怨みな…バグってるところ悪いが、ちょっと意地汚い俺の『才能』に噛まれてくれ」
硬直したように動かないゴブリンキングにこの声が届いてる様子はない、こんな攻略法は正規のやり方じゃない…だがここはゲームではないのだ、死ねないくせに勝たねば死ぬ
凹みから飛び降りてゴブリンキングの頭へとしがみつく、流石に接触されればわかるのかゴブリンキングが突然先ほどと同じように暴れ出す…だから下手にダメージを受けてしまう前に餌のお時間としよう
「起きろ、『餓鬼』っ!!」
俺の背中から影のように真っ黒な手が伸びてゴブリンキングを絡めとる、まるで蛇のように絡みつくそれがゴブリンキングの身体の中へとずるりと忍び込み何かを探るように蠢いた
「掴んだ…!じゃあ悪いけど…一口貰うぜ ?」
『クギャッ!?グッ…グゲッ!?グォォォォォォォォォォォ!!?』
スキル『餓鬼』、それは俺が人間として生まれた時に得たスキル『才能』が変化したものだった。最初は腹ペコキャラになるスキル、大穴で「ざぁーこ」って言葉に魅了効果でもつくのかと思って放置しようと思ったのだが、その正体は随分と意地汚い…俺に相応しいスキルだった
『餓鬼』は魔物のスキルを奪うスキル…1年に一度、己の身が万全の時に限り敵の魂の一部を引きちぎり喰らう魔族のスキルだった
生い立ちというか色々と複雑な事情あれど一応は人間の俺に、ガチャとはいえ何故魔族のスキルが宿ってしまったのか…
まぁそんなこと俺が考えても答えがわかるわけもなく…スキルの正体を知ってから毎年色んな魔物からスキルを奪った
「親父…死ぬほど頑張ってもバード種の『飛行』は得られない、だっけか?」
ふわりと俺の足が地面から離れる、拒絶されるのが怖くて親父には見せられなかった…俺が初めて魔物から奪ったスキル
「皮肉だよな、俺じゃ親父の息子の代わりにはなれねえってことなのかもしれねえ…」
森で初めて魔物に食われたあの日、死に絶える寸前に無意識で奪ったスキル…『飛行』が俺を重力から解き放つ
ギョッとした顔でこちらを見るゴブリンキングに俺は無自覚に笑った
「なぁゴブリンキング…ダンジョン生まれボス部屋育ちのおぼっちゃまでも、流石に空飛ぶ人間は初見だったか?」
『身軽』と『飛行』を同時に発動して空中を滑るように移動する、役目を終えてもなお味を楽しむかのように絡みついていた『餓鬼』の腕を振り払ってこちらを睨むゴブリンキングが、その手に持った大きな剣を乱暴に振り回す
それをヒラリと躱して俺は奪ったスキルを確認する
「…なんだこれ、『肉体操作(魔)』?」
『肉体操作(魔)』:己の肉体を自由自在に操る
ただの『肉体操作』ではなくわざわざつけられた(魔)に困惑してしまう、スキルの説明を読んでもそこには大した情報はない…(魔)って何なんですか神様…?魔物から奪ったスキルだし魔物用?だとするともしかしてこれバグ技で本来入手できないアイテムを入手した感じになっちゃうのでは……?
「ってそんなじっくり考えてる余裕はねぇや」
徐々に下がっていく高度に気づいて我に返った
スキルにはレベルがある…それは『飛行』にも当てはまるのだ
バード種の持つ『飛行』と俺の『飛行』ではその性能が大きく違う、『餓鬼』で奪えるのはスキルの初期段階、つまりは対象になったスキルを強制的に解放させるのだ
バード種の『飛行』はおそらく無限に飛び続けたりとか色んな制約を無視する『飛行3』みたいな上位スキル、対して俺は飛行というよりも滑空したり体重を羽のように軽くするだけの『飛行1』だ…つまりのんびりしているとゴブリンキングの射程範囲内に落ちる
スィーっと空中を滑ってさっきまで居た凹みを目指すが微妙に高度が足りなくなってしまった、もちろんすぐ下にゴブリンキングを連れ歩いて…
うん?すぐ下に連れ歩いて?
「やばっ!」
『グォォォ!!』
あの凹みの高さはアイツの目一杯手を伸ばして振った剣の射程範囲約1メートル上。そこに俺が届かない、しかもゴブリンキングがすぐ下にいるということはすでに俺はゴブリンキングの射程範囲までガッツリと落ちていたのだ
慌てて移動するがすでに遅い、俺に向かってゴブリンキングの巨大な剣が振り下ろされるのが見えた…完全に油断したな、なんとなくアニメとかならここから逆転勝ちそうな展開に入ってて無自覚に油断した
「しゃーねぇ、こうなったらぶっつけ本番だ!!『肉体操作(魔)』!!」
『肉体操作(魔)』がどれほど体を自在に動かせるのかはわからないし、もしかしたら普通に動くのと大差はないのかもしれない…それでも振り下ろされた剣の腹をこの操作した左足でタイミングよく蹴り飛ばせて、あわよくばスキルの補助によってパワーが上がってる!とかなら大成功も大成功だ
直後、派手な音が響いてボス部屋を揺らした
「よっしゃ!うまくいった、っとと?…うわっ!?」
作戦は成功、『飛行』で浮く体を捻りくるりと反転して背後を確認すれば見事ゴブリンキングの剣を蹴り飛ばすことに成功していた。しかも(魔)の名はだてじゃない、俺のダメ元生還お祈りキックはゴブリンキングの巨大な剣をその手元からすっぽ抜けて遠くへ弾き飛ばす程の威力が出ていたようだ
無事にピンチを生き残り着地をした俺は、直後上手くバランスが取れずにふらりとよろけてしりもちをついてしまった
「流石に腰抜けたか、な……?………え?」
足がない、右足が太ももの半ばから千切れてその姿を消している
剣で斬られた?いやそれならゴブリンキングが剣を握ってなきゃおかしい気がする
咄嗟に掴んで千切られた?なら今頃ゴブリンキングが俺のもも肉を貪ってるだろう
もしかして:肉体操作(魔) ?
本来魔物の肉体で使う予定だった肉体操作を人間の体で使ったから耐久性が低くて本体のパーツが壊れた…そう考えるとしっくり来る
だがおかしな点がもう一つある、足が千切れ飛んだのに気づけなかったことだ。流石の『苦痛耐性3』でもこれだけしっかりと足が千切れたらそれなりに痛いはずだ、なのに何故しりもちついて自分の目で見るまでわからなかった?
そこで俺は一つの仮説に行き当たる
「はははっ…『苦痛耐性3』の成長条件って、それはもう耐性とか関係ねぇじゃん…」
おめでとう、『苦痛耐性3』は『苦痛無効』に進化した
『苦痛耐性3』が成長する条件…それは「死を受け入れる」ことだったのではないか?骨折や出血は関係なくただシンプルに死を受け入れる選択をすること…つまり神は苦痛から解放されたければ自ら死を選べと仰っているわけだ
そんなのは矛盾している、だって死んだら苦痛も何もないだろう?そんなのもう死んでも蘇るような魔物限定のスキルじゃないか
「いよいよもって人の皮を被った魔物だな、俺…」
『飛行』、『苦痛無効』、『身軽』…魔物用もしくは魔物産のスキルをすでに3つも取得している…人間のスキルだった『才能』はすでに『餓鬼』という醜い姿へと変化した
燃え盛るような敵意だけがこもった魔物の瞳には、複雑な感情が滲んだマヌケ面を晒したバケモノの姿が映っていた