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リリー、公爵と対面する

 次の日、まだ日が出ていない朝からリリーは準備に追われていた。時間は午後のティータイム。顔合わせの場所は伯爵邸の応接間。父は母自慢のガーデンを公爵に提案したが、やんわりと断られたらしい。

「リリー、悪いが体裁だけは取り繕ってくれ。あちらからの申し入れだが、お前に心当たりがないなら断られるかもしれん。気持ちだけはしっかりと持て。」

 父は貴族としての心構えと、親としての心配が織り交ざったなんとも言えない表情でリリーに告げると出迎えるために使用人が並ぶエントランスでリリーの横に立った。

「少しはマシな顔になったな。助かった。ありがとう。」

 兄は眉を上げてリリーを挑発し、後ろに控える侍女に声をかけた。

 本日のリリーのドレスは母と義姉と侍女との相談の結果、ラベンダー色のスッキリとしたデザインとなった。暗い色では相手に対して失礼で、鮮やかすぎては今の心情に反する。袖はレース刺繍の作りで、顔のマッサージに重点を置いたため間に合わなかった腕を覆い隠している。本当は全体にフリルのついたドレスで誤魔化したい所だが、リリーの持っているデイドレスの中で元婚約者から贈られていないという条件の中で相応しい物が無かった。元々あまりフリフリは好きでは無い。こういう時に使える服なのかと、リリーは痛感した。


「クルム公爵様がいらっしゃいました。」

 ベテランの執事が外からドアを開けると、ネイビーのコートを品良く着こなした長身のクルム公爵を筆頭に同じく長身で長い髪を緩く一つに結んだ眼鏡の男と少女が一人ずつ、従者が後ろに続いた。歳の頃からして男が弟、美少女は娘のミレーヌであろう。どちらも緑を基調とした仕立ての良い服を着ている。少女のドレスはヒラヒラとして、自分ではなく美少女ならば可愛らしいとリリーは頬を緩めた。

「エルバ伯爵、急で申し訳ない。両親は領地にいるため、弟と娘と共に訪問させていただきました。」

「いや、ようこそおいでくださいました。家族一同歓迎いたします。」

 クルム公爵と握手した父は家族を順に紹介する。クルム公爵の弟はゴードンと紹介された。クルム公爵に負けず劣らずの色男で、長く伸ばした髪を紫のリボンで結んでおり眼鏡から見える目は兄よりもたれ目なようだ。紹介がリリーの番になるとクルム公爵が申し訳なさそうにリリーの正面に立ち、身を屈めた。その動作も流れるようにスムーズで慣れている。

「リリー嬢、心が穏やかでは無い時に申し訳ありません。もしご気分が優れなければ、すぐに教えてください。」

 クルム公爵のあまりの丁寧な態度にリリーは心の内で動揺したが、軽く首を横に振り微笑んで見せた。正面に立たれて分かったが、リリーが思っていたよりもクルム公爵は長身だった。ミシェル夫人と共に立っているのを遠巻きに見ていた印象と背格好が会わずに混乱する。

「お心遣いありがとうございます。何も問題ありませんわ。歓迎いたします。」

「そうですか。それは良かった。」

 レンズ越しに目尻を下げる公爵にリリーは好感を持ちながらも、噂は公爵の耳にまで届いているのかと辟易した。社交界での噂は長く残る。婚約者が使用人と駆け落ちしたなんて、リリーの存命中は事ある毎に囁かれるのだろう。

「それではどうぞ中へご案内します。」

 父が三人を案内する中、黙って見守っていた兄がボソリとリリーに呟いた。

「でかいな。」

 リリーと傍に控える侍女は苦笑いをし、列の一番後ろについた。



 応接間で一同が席に着くと、お茶といつもより気合いの入ったお菓子が運ばれてくる。父の隣にリリー、母、兄、義姉の順に並び、向かいにはクルム公爵、ミレーヌ、ゴードンと並んだ。

「さてクルム公爵、我が領名産の茶葉をご賞味ください。」

 リリーの父が治めるエルバ領は国内有数のお茶の産地だ。来客時には父が選んだお茶を飲んでもらい、その人を見極めるのがこの家での慣習となっている。

 リリーはカップを手に取り、飲むまでもなく内心眉をひそめた。匂いからして、恐らくこれは北にあるベルン領の茶葉だ。他領の茶葉で初訪問のお客様に出すということは、娘が婚約者に逃げられたと知りながらいきなり訪問を打診したクルム公爵のことを父は相当怒っている。それとなく周りを見渡せば母も兄も使用人たちも素知らぬ顔で公爵一行を見つめている。皆が分かっているはずなのに咎めようともしない。それだけクルム公爵の訪問を歓迎していないのだ。

 皆が見守る中、クルム公爵はカップを傾けて匂いと色を観察し、そのまま一口飲んだ。カップを置いたクルム公爵は、父に微笑んだ。

「さすが茶を名産にもつ領地らしい美味しいお茶ですね。我が家で飲む時よりもずっと美味い。ベルン領産の茶葉が見事にエルバ領産の茶葉のようだ。淹れ方をぜひ教えて欲しいものです。」

 父が口を開けたまま止まった。エルバ伯爵家の必殺技が初めて打ち破られたのだ。家族の誰もがクルム公爵に驚き見つめるしか出来ない。余裕の笑みを浮かべる公爵が反応のない父から視線を外し、リリーの方を向き目が合うと不自然に固まった。周囲がクルム公爵の異変に困惑し始めた途端に娘のミレーヌが無邪気に声を上げた。

「私が色々な所のお茶を飲み比べているのです。お父様はエルバ産の物が好きで、違いが分かるのですわ。」

「私もエルバ産の爽やかな味わいが好みですね。」

 ミレーヌ嬢に続いてクルム公爵の弟のゴードンも話し始めると、クルム公爵も動き始めた。皆がクルム公爵を気にしながらも誰も話題には出さず、そ知らぬ顔をする。

「申し訳ございません。私が茶葉を間違えておりました。すぐにお茶を取り替えさせていただきます。」

 侍女頭が謝罪して父が頷くと、早々に本当の我が領自慢の茶がテーブルに置かれ、場は仕切り直された。茶とお菓子への賞賛が始まり、何とか和やかなムードになった。リリーは侍女頭と視線を交わし父の悪戯を謝ると、会話の輪に加わった。父は上機嫌となり、初訪問とは思えないほど和やかになった。


「それで、クルム公爵。なぜいきなり我が家へいらっしゃったのですか?」

 席についてから一言も言葉を発さなかった兄が、とうとう冷たい声でクルム公爵に質問すると場は静まった。ずっと一人だけピリついた空気で腕組みする兄の様子をリリーはヒヤヒヤしながら感じていたが、ついに不機嫌丸出しに本題に立ち入ったのだ。


 するとクルム公爵は居住まいを正し、兄ではなく父の方に顔を向けた。

「伯爵。不躾な質問で申し訳ないのですが、リリー嬢にガット公爵から縁談が申し込まれていませんか?」

 その言葉に父は顔色を変え、私たちにミレーヌ嬢を庭に案内するように指示を出した。



 □□□□□□□□

「お父様の代でついに必殺技も終わったわね。一度バレたら二度とやらないって言ってたし、良かったわ。」

「嫌味な男爵様たちが平民が飲むランクのお茶を飲んで褒めたたえている時は、私たち使用人はウキウキしてますよ。トレーで顔隠したりしてますもの。ダニエル様だったらもっと上手に出来たかもしれません。お相手が悪かったですね。」

「クルム公爵はそんなに嫌な人だったかしら?」

「可愛い愛娘が猛然と食に走っている時に訪問する人間はご主人様にとって誰でも敵でしょう。国王陛下にだって他領の茶葉で出しそうなお顔でしたわ。」

「陛下に呼び出されるような女じゃなくて良かったわ。……そういえば、お兄様。ラルフのお父様、むしってないわよね?」

「何をですか?」

「髪の毛?」

「従者の話ではご主人様の代理で侯爵家を訪問した際に、笑顔で髭を毟ったらしいですよ。『これで減額してやる。』とか仰って、適正な慰謝料をふっかけたそうです。」

「おじ様の自慢の髭を?それで適正なお金を?」

「可愛いもんですよ。息子がお嬢様を捨てて駆け落ちしたんですから、親も報いを受けて然るべきです!」

「お兄様が当主になったら、道端の雑草を出しそうで寒気がするわ。」


読んでいただき、ありがとうございます。

今週は月から金まで更新する予定です。

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