表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

夜の店

 空はまだ暗い。時間を確認するためスマホを取りだそうとしたが、持ってきていないことを思い出し、不安な気持ちになった。

 しばらく歩くと、色黒のツーブロック男に話しかけられた。

「お兄さん何してるの? 飲み足りない感じ?」

「いや……まぁそんな感じです」

「ワンタイム三千円ぽっきりでどう?」

「まぁ……やっぱ大丈夫っす」

「んー、わかった二千五百円は?」

「え、あー……じゃあ、はい」

 僕はその男に連れられ、地下にある騒がしい店に入っていった。濃い赤色のソファに座らされ、しばらくすると、黒いドレスを着た女性が隣に座った。年は少し上くらいに見える。肩くらいの長さの黒髪で、毛先は軽くウェーブしている。フルーツみたいな匂いが鼻腔をくすぐり、一瞬で頭がぼんやりした。

「はじめまして。何か飲みます?」そう言って彼女は笑顔で話しかけてきた。すでに結構酔っている感じだ。

「……じゃあウイスキーで」

「飲み方はどうします?」

「飲み方? いや、そのままで」

「ストレート?」

「え……あ、うん」

 彼女は話すとき、笑顔のまま、口が動かないのが特徴的だった。なんだか腹話術をしてるみたいだと思った。

 こういった店に入るは初めてだったので、緊張しているのがばれないよう、なるべく落ち着いた口調で話した。ウイスキーを一口飲んで、一瞬で顔が熱くなった。

「近くに住んでるんですか?」

「いや、ちがうよ。旅行中」

「一人で?」

「まぁ、うん」

「もしかして、緊張してます?」

「いや、緊張してないよ」

 僕の顔を覗き込んできて一瞬目が合う。少し切れ長で三白眼ぎみの目。酔っているせいか目元が赤くなっていて、肌の色が白いので赤いのが目立っていた。

「何してる人ですか?」

「いやまぁ普通に、大学生かな」

「大学生かぁ、いいなぁ。お兄さんイケメンだから遊びまくりでしょ?」

「イケメンなんかじゃないよ。それに大学なんて全然よくないよ、楽しくないし。何となく通ってるだけ」

「えーもったいない。せっかくのキャンパスライフなのに」

「そっちは?」

「わたし? 何もしてないよ。誘われたからなんとなくここで働いてるって感じ」

「楽しい?」

「んー、普通かな」

「そっか」

「ねぇ、わたしも何か飲んでいい?」

「あ、うん」

 視線がばれないよう気を付けながら彼女を見た。大人っぽい雰囲気の人だなと思った。僕は黒いドレスが似合う人をこれまで現実に見たことがなかった。

 突然目の前にやってきた整髪料でテカテカのオールバック男から、愛想の良い笑顔で話しかけられた。

「お客さん、延長しますか?」

「……はい」


 尿意を催し、トイレに行く。そこには、おにぎりもなければ、破裂音もなかった。鏡の前の僕は酔った目つきをしていた。そして少しだけいつもよりかっこよく見えた。試しに水で髪をオールバックにしてみたが、全然似合ってなかった。

 トイレから出たところに、さっきまで隣にいた女の子がいて、温かいおしぼりを渡してきた。一瞬、僕に気があるのかもという思いが脳裏をよぎり、すぐにばかばかしくなった。ちらっと左腕の裏側が見えたとき、古傷の跡が何本かあったのが見えた。


「こういうところ初めてでしょ」と彼女は聞いてきた。

「いや、前に友達と来たことあるけど」僕は嘘をついた。

「そうなんだ。でも本当は初めてでしょ?」

「……なんでそう思ったの?」

「なんとなく」そう言って彼女は歯を見せて笑った。


 会計は二万円弱だった。手持ちが足りず、近くのコンビニのATMにおろしに行くことに。何も言わず後ろをついてくるオールバック男は、もう愛想良く笑ってはいなかった。僕は何度か暗証番号を間違えながらも、なんとか金を下ろし、支払った。

 胸が騒めいたまま、あてもなく街を歩いた。どれくらい時間がたったのか分からない。  

 繁華街を歩いていると、先程まで話していた女性を見かけた。ふらふらとした足取りで、スーツを着た中年男性の袖をつかみ、楽しそうに話をしている。とっさに僕は顔を伏せた。彼女は僕のことは気にも留めず、雑居ビルの中に消えていった。僕はそのまま暫く街を歩き続けた。胸の騒めきはずっと消えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ