表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

旅の始まり

 期末テストも終わり、大学に入って二度目の夏休みが始まった。僕には何一つとして予定はなかった。

 八月の初め、今の僕の全財産である十万円が入ったキャッシュカードと現金二万円を持ち、JRの鈍行が五日間乗り放題となる「青春十八きっぷ」を購入し、そのまま電車に乗り込んだ。悩んだがスマホは家に置いてきた。着替えもない。太陽はもう随分高い位置まで昇っていた。


 僕の日常に特筆すべきことは何もない。向上心も夢もなく、ぱっとしない偏差値の大学に現役で入学。軽音サークルに入ってみたものの、いつの間にか幽霊部員になっていた。学内には顔見知りはいるものの、これといった友人もできなかった。実家から都内の大学まで片道二時間、スマホを見ながら電車に揺られる毎日。テスト前にノートを見せてもらう友人もいないため、授業には真面目に出席していた。両親と住んでいたが、会話と呼べるものは殆どなかった。


 スマホがないので何をしたらいいか分からず、車窓から見知らぬ土地の景色を眺めていた。電車がトンネルに入ったとき、ガラスに映る僕は虚ろな目をしていた。僕は日々の生活に嫌気がさしていたのかもしれない、そんな気がした。それが今回の突発的な一人旅に繋がったのではないか。


 鈍行で行けるところまできたが、夜になってもうこれ以上は行けなくなり、西日本の地方都市で降りることになった。知らない街。飲み屋に行ってみたいとも思ったが、怖気づいてしまい、結局駅前のネットカフェに入った。店内で購入したカツカレーをビールで流し込む。気分がよくなり、抱えきれない程沢山漫画を部屋に持ち込んだものの、疲れていたのか、すぐに寝てしまった。


 僕は大学にいた。午前の授業が終わり、午後の授業までまだ時間がある。一緒に食事をする友人はいないが、知り合いはそれなりにいたため、一人学食で食事をするのは気まずかった。大学の図書館の人気がないトイレで、コンビニで買ってきたおにぎりを食べる。頬張って租借している最中、隣の個室に人が入ってきて、リズムカムに勢いよく破裂音がした。直後に便の匂いが漂ってきた。僕は音をたてないよう租借するのをやめ、そのまま飲み込んだ。人がいなくなってから五分程息をひそめた後、トイレから出た。適当な本を手に取って図書館の端の方の席に座り、スマホをみて時間をつぶした。

 少し早めに図書館をから出て、教室に向かった。嫌になるほど良い天気の中、キャンパス内を歩いていると、馬鹿笑いする集団の中の一人から突然話しかけられた。高校時代仲が良かった男だった。

「久しぶりじゃん。何してたの?」

 突然のことに驚いてしまったが、なるべく平然を装って答えた。

「別に何もしてないよ。教室に向かってるところ」

「ふーん。昼飯は食った?」

「いや、まぁ食べたけど」

「……そっか。今度飯でも行こうよ」

「おう……じゃあまたね」

 僕は足早にその場を去った。

 教室に入り、一番後ろの席に座った。男女の集団が談笑をしながら教室に入ってきた。僕はスマホを見るふりをしながら、視線に気づかれないように注意しつつ、彼女の姿を見ていた。

 彼女は読者モデルをやっているそうだ。小柄で、髪はショートカットのクリーム色をしている。いつも友人に囲まれて楽しそうにしている。

 一年の時に一度だけ話したことがあった。教室で偶然隣に座っていた時、教科書を忘れた僕を見て、「見ます?」と声をかけてきた。それを僕は「いや大丈夫」と断った。それからというもの、彼女が載った雑誌はすべて買うようになった。

 教室の端から彼女を見ていると、一瞬目が合ったような気がした。慌てて視線をスマホに戻す。胸が高鳴っているのが自分でも分かる。一瞬、もしかしたら自分に気があるんじゃないかと思い、すぐに思い直す。何考えてるんだろう。これじゃとんだストーカー野郎の考えだ。僕は、さっきまで以上にいたたまれない気持ちになり、机に突っ伏した。


 その瞬間、僕は夢から目が覚めた。

 あたりを見渡す。目の前には大量の漫画が積み上げられている。遠くの方から馬鹿みたいに大きないびきが聴こえてくる。まだ胸が高鳴っていた。そして、このままじゃいけない、何かしなくては、という気持ちになった。

 すぐに会計を済ませ、ネットカフェを出て夜の街を歩いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ