毛無島
この物語は1人の男性の一生を短く表現した物語です。
とある天気の良い日に祖母:恵子、母親:羽鳴惠、長女:李美亜:5歳、長男:隼人:8か月の家族4人で深蒸海岸に遊びに来ていた。
その海岸は磯の部分が多く20メートルほど沖には岩肌がむき出しになった高さ20メートル島の周囲は15メートルの縦に細長い島が有る。
李美亜
「ママぁ、あの大きい石はなぁに?」
羽鳴惠
「えっ!、石?」
李美亜の指さす方向を見ると島が有った。
羽鳴惠
「ああ~あの島はね毛無島って言うのよ」
李美亜
「けなししまぁ~!?」
羽鳴惠
「そう、毛無島よぉ、たしかぁ~昔から伝わる御話もあったんだけどぉ~??」
恵子
「それっ、毛無島の言い伝えだろっ」
羽鳴惠
「あっ、やっぱり有るんだ」
恵子
「んっ」
恵子は毛無島について語る。
恵子
「昔の話だけど、この近くの漁師の家の嫁さんが赤ん坊を畑の脇に置いて畑仕事をしていた時の事だ」
羽鳴惠
「保育園が無かった時代の話よねぇ~?!」
恵子
「母親が畑仕事をしていると大きな鷲が何処からともなく飛んできてな」
李美亜
「どのくらい大っきいの?」
恵子
「李美亜より大きい鳥だよ~」
李美亜
「怖ぁ~いっ」
恵子
「その大きな鷲が赤ん坊を掴み捕って飛んで行きあの島のてっぺんに赤ん坊を置き去りしたんだよ」
李美亜
「ええ~」
恵子
「鷲が飛び去った後、島の上で泣き叫ぶ赤ん坊を助ける為に母親が毛無島を登るんだが真っ直ぐ上に聳える毛無島は登るのに大変でな」
羽鳴惠
「んっ、そうねぇ~」
恵子
「掴んだ草が引きちぎれては母親が下に落ちて、また登っても掴んだ岩が崩れて母親が下に落ちて、それを何回も何回も繰り返す内に母親は体中に傷を負い血を流しながら登っていたもんだから島は草の無い赤い岩だらけの島になったんだとさ」
その時恵子の後ろから。
李美亜
「きゃ~」
恵子と羽鳴惠の横を大きな黒い何かがかすめていった。
恵子
「どっ、どうしたんだい?」
李美亜
「隼人がぁ」
大鷲が隼人を捕獲して海へと飛んでいたのだった。
羽鳴惠
「隼人ぉ~」
恵子
「何事だい?」
羽鳴惠
「隼人が鳥に連れ去られたのよ」
恵子
「ええぇ~、昔話じゃあるまいし」
恵子は目が不自由で現状を把握しきれていないようだ。
羽鳴惠
「何処まで飛んで行くんだっ?」
大鷲は毛無島の頂上に降り立った。
羽鳴惠
「あんな所に置いて餌にでもするのかしらっ」
恵子
「大きい鳥ならあるかもしれないね」
しかし、大鷲は隼人を毛無島の頂上に置いて飛び去るのだった。
李美亜
「大きい鳥さん飛んで行ったよぉ~」
羽鳴惠
「今っ、隼人だけだねっ」
時々強い風が吹く毛無島の頂上、ハイハイする隼人が危ない。
羽鳴惠
「このままじゃ隼人が下に落ちてしまうわ」
恵子
「たっ、助けを呼ばんとぉ」
羽鳴惠
「助けなんて待ってられないわ、李美亜っ」
李美亜
「んっ?」
羽鳴惠
「御祖母ちゃんと一緒にいて頂戴、お母さんは完登してくるから」
李美亜
「完登?・・・んっ!、解った」
救助を待つには遅すぎるからと羽鳴惠が毛無島を登り隼人を助ける事にしたのだ。
恵子
「いっ、いくらお前でもあの島はぁ」
羽鳴惠
「大丈夫よお母さん、娘の腕を信じてよっ」
恵子
「そっ、そりゃあんたの腕前は解っているけどね・・・」
李美亜を恵子に預けて羽鳴惠が毛無島に登頂を開始した。
李美亜
「ママぁ~、頑張ってぇ~」
羽鳴惠
「任せなっ」
実は羽鳴惠はフリークライマーでボルタリング競技にも参加していて世界ランキング3位、日本ランキング1位の成績を出しているアスリートなのだ。
羽鳴惠
「しっかし、岩の塊とは言え所々が脆いなっ」
それでも羽鳴惠は何とか毛無島の登頂を成功させたのだった。
羽鳴惠
「隼人っ、隼人っ無事だったかい?」
羽鳴惠は隼人を抱きかかえて隼人の身体に怪我がないか確認をすると、怪我は無く衣類に少し裂け目があった程度だった。
羽鳴惠
「さあ、帰るわよっ」
羽鳴惠は来ていたパーカーを脱いで隼人を包み込み、背中に背負うように細工をした。
羽鳴惠
「さてっ、こっからが頑張りどころだよね」
隼人を背負った羽鳴惠が毛無島を下る。
羽鳴惠
「つっ、隼人の僅かな体重分でホールドする場所に違いが出るのが難しいところだわねっ?」
下りで親子2人分の体重が掛かるので登る時よりも難しいようだ。
羽鳴惠
「あっ!、しまった!!」
途中で掴んだ岩が崩れて羽鳴惠と隼人は海へと落下を開始する、高さ18メートルくらいの所からの落下だ、下は磯で硬く尖った岩だらけの所、無事では済まされない。
羽鳴惠
「ごめん隼人、李美亜、あなた・・・」
羽鳴惠の頭の中で走馬燈がゆっくり、ゆっ・・・くりと流れ始める。
隼人
(苦っ、このままじゃ)
突然っ、隼人は風の魔法と水の魔法を2重無詠唱で発動させる。
フオォォォっ
すると、風が舞い上がり親子の落下スピードを緩めた。
羽鳴惠
「えっ、何っ??」
次に海水が吹き上がりクッションとなる。
ザアァッ
羽鳴惠
「きゃぁ~」
そして親子は吹き上がった海水に着水した事で衝撃を和らげた。
ザブ~ン
海中に落ちる親子。
羽鳴惠
「んんんんぐんぐんんんぐんんっ」
水中から浮き上がり海上に顔を出した羽鳴惠。
羽鳴惠
「なんだったの?今のは??、と、とりあえず上がらないと」
親子は無事に海岸へと上がった。
恵子
「大丈夫かえ、羽鳴惠」
羽鳴惠
「ええっ、大丈夫よ」
李美亜
「ママぁ~お空飛んだぁ~?」
羽鳴惠
「何だったのかしら今のは?」
実は隼人は異世界からの転生者だったのだ。
一旦、世界と時間を変えて。
魔王
「ふっははははは、もはや勇者であるお主も虫の息、楽に死なせてやるわっ」
ハリアート
「そ、そうはさせるかってんだよ、今の俺には賢者ミリンダと魔導士シトロン2人の命を授かったんだからなっ」
魔王
「ふっ、死んでも尚他人の力になると言うのか、こざかしい」
ハリアート
「食らえっ、我究極奥義のハルマゲドンをっ」
魔王
「なんのこれしきぃ~」
ハリアート
「ミリンダ、シトロン、俺も行くぞ・・・・」
更に目を見開いたハリアートは渾身の力を振り絞り魔王を斬り倒した。
そして。
白い空間にて目を覚ますハリアート。
ハリアート
「んっ!、ここは?」
そこへ女神が現れる。
女神
「ようこそ、勇者ハリアート」
ハリアート
「ここはっ?、俺、死んだのかっ?」
女神
「はい、魔王を倒した貴方は全ての力を使い尽くしてお亡くなりになりました」
ハリアート
「そうか・・・・、っで、世界は・・・世界はどうなった?」
女神
「貴方のいた世界は救われました」
ハリアート
「そうかぁ、良かったあぁ~」
女神
「世界を救った貴方には褒美として次なる人生を送る為の転生の機会をお与えいたします」
ハリアート
「転生ぃ?、生まれ変わるって事か?」
女神
「はい、希望はございますか?」
ハリアート
「そうだなぁ~、何より悪魔や魔物のいない世界で・・・」
そして、ハリアートは幼い頃に戦争で母親を失っていたので「優しくて強い母親がいて欲しい」と希望する。
女神
「解りました、では貴方の希望する世界へと転生させていただきます、転生後の世界では穏やかにお過ごし下さいませ」
そうして勇者ハリアートは異世界へと転生をした。
暫くして。
女神
「・・・んっ!、何か忘れたような気がするなぁ~、なんせ異世界転生なんてやったの今回が初めてだもんねっ」
新米女神は勇者ハリアートに勇者としての能力を持たせたままで魔法の存在しない世界へ転生させてしまった事に気がついていないらしい。
世界と時間を戻して。
羽鳴惠
「さぁ~家に帰りましょう」
李美亜
「うんっ」
恵子
「そうだねぇ~」
親子4人は帰路についた。
そして、毛無島での事故から20年後。
TVナレーション
「レディース エンド ジェントルメン イッツア マジカル隼人 マジックショータ~イムっ」
魔法を持ったまま転生した元勇者ハリアートはマジシャン「マジカル隼人」として活躍をしていたのだった。
隼人
(魔法が御伽話の中だけのこの世界で、子供の頃にうっかり人前で使ってしまった魔法が・・・まさかマジックと勘違いされるなんてなぁ~)
TVナレーション
「さあっ、本日のマジックは瞬間移動です、こちらのBOXからあちらのBOXへとものの数秒で瞬間移動をしまぁ~すっ」
TVでのマジックショーを見ている視聴者の中にはマジックの種あかしを口にする者もいる。
TV視聴者1
「ああ~これか、実際には双子でやっているってマジックは」
TV視聴者2
「えっ、もう1人いるの?」
TV視聴者1
「あたりまえだろ、あそこからあそこまで1人で出来る訳ないだろ、それと、大きな岩を通り抜けるマジックだって同じ顔の人間が大きな岩の両側で上手くやっているだけの事だしな」
TV視聴者2
「へぇ~、そぅなんだぁ~」
隼人
(んん~、あちらこちらからから双子だって人の会話が魔法で聞こえてくるなぁ、実際には俺1人で魔法を使っているだけなんだけどなぁ)
TVナレーション
「さぁ~、それではマジックっスタートぉ~・・・」
そして、それから更に80年後。
隼人
「わ、わしゃあなぁ~・・・勇者じゃったんじゃ・・・よぉ~」
ヘルパー1
「はい、はい、解りましたから、オムツとりかえますね~」
提供を終えて部屋から出たヘルパー1は他のヘルパーと会話をしていた。
ヘルパー2
「隼人のおじいちゃん、身体は60歳台くらいにピンピンしている割には頭の方が・・・」
ヘルパー1
「そうねぇ、ここ10年で妄想がかなり激しくなったわよねぇ」
ヘルパー3
「勇者だとか魔法だとか、若い頃にマジシャンだったのも魔法を使っただの・・・」
ヘルパー2
「そうねぇ~、マジシャンとして売れていた頃が1番まともだったのかしら?」
魔力と魔法を失ったものの、めでたく100歳を迎えた隼人は妄想癖の強い老人として特別養護老人ホームにて余生を過ごしていたのだ。
そして、毛無島はマジカル隼人ゆかりの地として時々だがTVのドキュメント番組で扱われていたのだった。
ドキュメント番組ナレーション
「彼がまだ幼かった頃、この島での出来事が彼の運命を・・・・」
終わり
話の中にある深蒸海岸の毛無島と毛無島の言い伝えの昔話は、実際にある島をモデルにしております。