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いつしか花も芽吹くから  作者: 柚月ぱど
第一章
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4

 団長室を後にして。後ろ手に木製の重い扉を閉めると、その隣にはアイリスが佇んでいた。彼女の視線がどこに向けられているのか明らかではなかったが、やはり傍から見るとボーっとしているように映る。まぁ実際に機械人形だし、命令下以外では待機しているだけで意思も何も介在しないのだろうが。


 アイリスはこちらが部屋から退出してきたことに気が付いて、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。その青い双眸は現実離れしているほどに美しくて、作り物だからこそではあるが、溜息が出そうになる。


「受け渡しの件はどうなりましたか?」


 彼女は一切表情を動かさないまま、合成音声を流れるように紡いだ。


「無しになった。文句がない訳でもないが、デイジーに悪いし、お前は持って帰ることにする」


「了解しました」


 こちらが階下に向けて歩き出すと、アイリスも無言で左斜め後ろ側に付き従って来る。


 本部の中は雑多と表現するのが妥当なところで、様々な物品が廊下に放置されていて、その間を縫うように団員たちが行き来をしているから、通行に際して不便なのは言うまでもない。だけどこの混沌とした雑さがガーベラの性情を良く表現している気もする。すれ違った団員たちは当然俺の名前を知っているのか、通り過ぎるたびに敬礼を行い、そして隣にいるアイリスに視線を釘付けにされているようだった。適当に挨拶を返して本部から出るが、十七のガキとしては年上に敬礼されること自体がむず痒い。まぁ立場上仕方のない部分もあるが、年功序列というのもある程度気楽なのかと思ってしまう。


指揮官コマンダーはこの軍の幹部なのですか?」


 左斜め後ろに随伴するアイリスが疑問を呈する。相変わらず純粋さが拭えない質問だった。


「いや、ここの――リベルタス自警団の団長に縁があったってだけだ。ガーベラってのが団長なんだが、奴は俺の元上官でね。そもそも俺はリベルタスの私兵じゃないが、そういう腐れ縁で仲良くさせて貰ってる」


「なるほど。ガーベラ様が、私の引き受け先だったわけですね」


「まぁおじゃんになったがな」


「どうして受け渡しがキャンセルされたのですか?」


 どこまでも質問を投げかけるアイリス。


「説明が面倒臭いが、まぁ諸事情でな。お前が気にすることじゃない」


「それは――失礼しました」


 慇懃に頭を下げるアイリスを流し目で確認しながら、取り敢えず表通りに出る。


 表通りは多少の賑わいを見せていて、黒髪の人々が行き交っていた。そんな中にメリディオン人と勘違いされるアイリスをそのまま歩かせるわけにはいかないので、再度彼女が渡したフライトキャップを被っているか確認する。そしてアイリスが変わらず帽子を被っていることに頷いて、表通りの先にある繁華街へ向かった。


「それより、お前。荷物はどれだけ持てる」


 アイリスを家に持って帰る以上、多少は働いてもらわなければならない。料理ができないなら荷物持ちくらいやらせようと思ったのだが。


「私の積載可能最大重量は二千キログラム、二トンを想定されて建造されています」


 つらつらと言葉を紡ぐアイリス。しかしリベルタスではポンド換算で生活が確立されている。


「……ポンドに換算すると?」


「約四千ポンド。つまりおよそ百五十ストーンほどは携行可能です」


「申し分ないな。ついて来い」


 ストーンという単位は珍しいが、大体の積載量はわかった。流石機械人形だからか、頑丈に作られているらしい。


 アイリスは小さく頷いて、こちらの隣へ歩を進める。フライトキャップの隙間から金髪が垣間見えて、面倒ごとに巻き込まれないことを祈りながら、俺たちは繁華街へ進んでいった。




 繁華街は市場バザールも兼ねていて、多くの食材や生活雑貨が販売されている。一つ特徴があるとすれば市場には黒髪の人間しか存在していなくて、単一の人種のみが生活していることが窺えた。


「皆東洋人なのですか?」


 辺りをキョロキョロと見回しながら、アイリスが質問をぶつけて来る。


「東洋人、が黒髪の人種を指すのなら、似たようなものだな。お前みたいな金髪はメリディオン人を指す」


「――だから帽子を被らなければならないのですね」


 少しだけ俯いて、アイリスは呟く。ようやく帽子で髪を隠さなければならない理由に勘付いたらしい。もしこの場でメリディオン人と誤認されるような事態が起きれば、リベルタスの団員に迷惑をかけることになる。


「そういうことだ」


 遠くを眺めながら適当に返す。まだアイリスにはヴェントゥスとメリディオンについて説明していないが、ある程度状況判断で現在の状態に気が付いたらしい。


「ヴェントゥスとメリディオンは戦争をしているのですか?」


 また質問。起床したばかりで仕方ないとは言え、若干面倒臭い。しかし説明不足で面倒事を頻発されても困る。


「――まあいい。していた、が正しいな。三年前に戦争は公式に終結。ヴェントゥス側の敗戦に終わった。今はこの城塞都市アースがヴェントゥス最後の砦。アースを自治しているリベルタス自警団が主体となってメリディオンの実効支配に直接対抗しているってイメージか。まぁそれでも今は停戦中で、不干渉約定が敷かれているんだがな」


 実際には不干渉というのは建前で、水面下で茶々の入れ合いは横行している。メリディオンにしてみればアースは反逆リベリオンの温床であるし、ヴェントゥスを完全に支配下に置こうと画策するならば、リベルタスは目の上のたんこぶだ。だからこそ不可視の領域で正当な侵攻の理由を欲しがっているのだ。しかし本気でアースの制圧を実行するならば、まずは都市の周囲に張り巡らされた劣化ウラム装甲板をどうにか突破しなければならない。重戦車の百二十ミリ砲でも貫通が困難な装甲板が設置されているので、何の算段もなしに直接攻撃に踏み切れば、返り討ちに遭うのは百も承知のはず。そういう訳で、アースの劣化ウラム装甲板は名実共に俺たちの最後の希望なのだ。


「難しい実情ですね」


 しんみりと湿った声色でアイリスが告げる。


「まぁガーベラのお陰で今はある程度平和だ。自警団の連中の功績とも言える」


指揮官コマンダーは自警団の構成員ではないのですよね?」


「厳密に言えばな。俺は表向きスクラップ屋で通ってる。自警団が公式に対応できない汚れ仕事(ウェット・ワークス)担当だ」


「外部的な私兵、ということですね」


「まぁ大体その通りだ」


 市場バザールの内部を縦断して、真っ直ぐアースの正門の方へ向かっていく。正門側から買い物をして、そのままの足で帰宅した方が楽だからだ。そんなこんなでアイリスと共に市場を練り歩くが、彼女は市場がかなり珍しいのか、頻りに周囲に視線を零していた。


「何がそんなに気になる?」


 鶏肉店に陳列された手羽先を見つめるアイリスに半ば呆れつつ尋ねる。彼女はハッとしたように顔を上げると、


「――私の記憶領域メモリには、このような光景が導入インストールされていませんので」


「――つまりなんだ。初見ということか?」


 アイリスは短く首肯する。市場の光景を見たことがないというのは、箱入りか常識知らずかどちらかだが、彼女の場合は発掘物サルベージなので、旧世界の遺物の可能性が高い。そうなれば旧世界の景観と異なっているという意味だろう。旧世界について尋ねてみたい気もしたが、長話に陥りそうなので口を噤むことにした。


「まぁすぐに慣れるだろうさ。ここで生活するなら、殆ど毎日訪れる場所だしな」


 本来であればアイリスを分解してパーツごとに販売したいところであったが、デイジーの件もあり、それは不可能だろう。家で使用人メイドとして雇うには部屋が狭すぎる感が否めないが、デイジーも譲らないだろうし、ここは諦めるしかない。しかし家に置くからには、多少働いてもらわねば困るわけだが。


 しばらく真っ直ぐに市場を進んでいると、ようやく雑踏の切れ目にアースの正門が垣間見え始める。劣化ウラム装甲板をくり抜くように設置された大型の城門は、来るものを拒絶する意思が介在しているように映った。


「あれが街の入り口ですか?」


 遠く先の方を見つめながら、アイリスが口にする。


「そうだ。一応裏門もあるが、基本的には使われていない。このアースはヴェントゥスの最西端に在地しているからな。都市から外部へ出たいなら、あの正門を利用する他はない。なにせ街自体が劣化ウラム装甲板に覆われているから、簡単に外へは出られないのさ」


 小刻みに首肯するアイリスに流し目を送った時、正門に何やら人だかりが出来ていることに勘付く。検問で揉め事でも起きているのかと思ってぼんやりと様子を確認するが、やはりリベルタスの国境警備隊ゲートキーパーが大型トラックの運転手らしき男に組み付かれているところが視界に入ってしまう。俺はリベルタスの私兵ではないが、ガーベラの指揮下で活動している以上、自警団に対する狼藉は見過ごせない。


「お前はここで待機していろ」


「……かしこまりました」


 アイリスに指示を出して、軽く溜息を漏らしつつ迅速に正門へ歩み寄っていく。検問所に近づくにつれて、彼らの声が段々と響いてきた。


「これはリベルタスから正式に配送を受領した積み荷だ! 時間も限られているからさっさと通せ!」


「だからそんな荷物の到着は伺ってない。念のため中身を確認させろと言っているんだ」


 小銃を装備したリベルタスの国境警備隊が、大柄な男に襟首を掴まれている。周りの隊員たちは大男を引き剥がそうとしているが、体格差から苦戦しているらしい。


「そこの男。ここアースの検問所だ。隊員の言っている通り、記録にない積み荷は確認する義務がある。大人しくしろ」


 レッグホルスターからいつでもリボルバーを引き抜けるように準備しつつ、憤慨する大男に近づいていく。


「――ドッペルさん!」


 襟首を掴みあげられていた隊員が、パァッと明るい表情になる。顔見知りの団員であるし、やはり放ってはおけない。


「何だ貴様は! ガキはすっこんでろ!」


 すると大男の逆鱗に触れたのか、彼は掴んだ隊員を突き飛ばすと、こちらに殴りかかってきた。


 俺は瞬間的に身を躱すと、後方に過ぎ去っていって大男の後ろ首に手刀を落とす。ものの見事に命中したのか、彼は突然力を失って、砂利の地面に転げた。


「すいません、お手を煩わせて……」


 他の隊員が気を失いかけた大男を確保していると、首を掴まれていた隊員が笑顔で歩み寄ってくる。


「いや、構わないよ。それより、早いところ積み荷を調べた方が良い」


 頭を下げる隊員に指でトラックを指さす。しかしその瞬間、


「――ッ!」


 目の前で呆けた隊員を突き飛ばしながら、地面に転がり込む。それとほぼ同時にタイヤが空回りする音が響いて、目の前を大型トラックが通過していった。


 轟音が響いて、設置されていたバリケードを突き破ったトラックが、繁華街へと直進していく。唖然としている隊員を置いて、周りにいる警備隊へ指示を出す。


「ガーベラに連絡しろ! 暴走したトラックが繁華街へ向かった! 動ける人員はすぐにトラックを追え! 死人が出るぞ!」


 こちらの絶叫で一瞬時間が停止するが、鍛えられた隊員たちは弾かれたように動き出す。俺は先ほどの隊員を起き上げて、


「使える乗り物(ビークル)はあるか?」


「――は、はい! モトラッドがいくつかそこに!」


「よし。――大丈夫だ、冷静にな」


 敬礼を返す隊員を置いて、とにかく動かせそうなモトラッドに乗り込む。火が入っていることを確認して、そのままアクセルを捻り開けた。勢いよくモトラッドが全身を開始して、突き破られたバリケードを通り抜けていく。


 このままトラックを放置すれば、繁華街の人間を引き摺り回して、大量の死人を出す可能性が高い。検問で中を見せなかった以上、違法薬物か密造武器の類を積んでいるかもしれなかった。


 ホーンを鳴らしながら全速力で前進する。道端には腰を抜かした人々や、はね飛ばされたであろう人々が転がっていて、既に被害が出ていることを確認する。唇を噛みながら暴走トラックを追うが、すぐに件の目標は視界に映った。トラックはやはり理性なく進行を続けているようで、このままでは多くの被害が出る。早いところ止めたいが、追い付けるだろうか。市場に屍体の山が築かれる最悪の想定が脳裏を横切るが、その予想を振り払ったところで、モトラッドの後部に重量がかかる感覚を覚えた。サイドミラーで後方をチェックすると、後部座席には無表情を浮かべたアイリスが鎮座していた。


「何やってる! お前!」


「緊急事態と認識しました。指揮官コマンダーに状況へ対応する意思がある以上、私も同伴する義務があります」


 文句の一つも垂れたいところだが、無理矢理下ろすわけにもいかない。やきもきする気持ちを強引に抑えて、


「余計な真似はするなよ!」


「当然です」


 鼻につく台詞を返したアイリスに舌打ちすると、俺は更にアクセルを開いて、トラックへ詰め寄っていく。例の大型トラックは建造物に擦ったのか、多少速度が落ちていた。このまま近寄って、運転手を止める。


 モトラッドは急加速を続けて、ようやく市場へ直進するトラックの隣へ着けることに成功した。俺は速度を緩めないように注意を払いつつ、レッグホルスターからリボルバーを取り出す。そしてそのまま運転席の横まで射線を通して、問答無用で運転手へ向けて発砲する。


 ショットシェルから通常の拳銃弾に変更していて正解だった。放たれた大口径拳銃弾はサイドウィンドウを突き破って、痩せっぽち(スキニー)な運転手の後頭部を撃ち抜く。頭部を欠損した彼は一瞬にして絶命して、顔面を大きなハンドルに埋めた。


 しかし、


「――くそ、止まれよ!」


 亡骸となった男の足は未だにアクセルを踏みしめているのか、一向に減速する様子はない。瞬時に前輪のタイヤをリボルバーで撃ち抜くが、それでも速度は一切落ちなかった。


 前方に素早く顔を向ける。そしてすぐ目の前に市場の入り口が急接近いることに気が付く。――もう間に合わない。そう思って、衝突の巻き添えを食わらないように距離を取ろうとした時だった。


 美しい金色の色彩が、視界を流れるように通り抜けていく。気が付くと、風圧でフライトキャップを中空へ吹き飛ばしたアイリスが、後部座席からトラックの運転席に跳び移っていた。


「アイリス! やめろ! 巻き込まれるぞ!」


 しかし彼女は聞く耳を持たないのか、そのまま運転席へ身体を滑り込ませると、素早くブレーキを踏んだらしい。


 ホイールがアスファルトと摩擦する金属音が響いて、大型トラックは急減速を開始する。流石に離れるわけにもいかず、そのままトラックと並走を続けたが、件のトラックは悲鳴を上げる市場へ突っ込む直前で、その全身を完全に停止させた。

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