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いつしか花も芽吹くから  作者: 柚月ぱど
第一章
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3

「無効ってのはどういうことだ?」


 彼女の言う意味が理解できなくて、すぐさま聞き返してしまう。こちらに依頼の向こうを告げてきたガーベラは憮然とした表情を浮かべていて、眉間に溜まった皺が積もり積もった疲労をものの見事に演出していた。


「そのままの意味だ。依頼は完全に無効。目標物の引渡しも無しだ」


 突き放すように宣告するガーベラは滅法に機嫌が悪そうで、先ほどから団長室は張り詰めたような空気が漂っていた。


「どういう風の吹き回しだ?」


 とにかく事情も知らされずにいきなり無効と言い放たれても困るだけだ。こちらの当惑をしっかりと感じ取ったのか、ガーベラは荒々しく息を吐いて、木製のテーブルに頬杖をついた。


「今回の作戦、お前には情報作戦部(IOU)からの密勅だとブリーフィングで説明したな?」


「ああ。お相手がメリディオンだから、下手に部隊を動員できないって話だったが」


 メリディオンの部隊を相手取ってドンパチを起こすのならば、ヴェントゥス軍の旗を引っ提げて突撃するわけにはいかない。体裁を整えるならば、ヴェントゥスはメリディオンに対して潔白クリーンでなければならないからだ。そこで、メリディオンと停戦関係にあるリベルタス自警団に依頼が舞い込んだというわけである。リベルタスとしても表立ってメリディオンとの関係にひびを入れたいわけではないが、情報作戦部はつまりガーベラにとって目上の存在であるため、無暗に断るわけにもいかない。メリディオン統治下にあるヴェントゥスにとって最後の希望はリベルタスだ。だからこそ情報作戦部(IOU)もこちらへ秘密裏に支援を行っている。普段の後援もあり、やはり無下にはできなかったのだ。


 しかしガーベラが告げたのは、予想外の事実であった。


「実はな、この作戦を最初にプレゼンしたのは、メリディオンの陸軍司令部だったらしい」


「どういうことだ?」


 ガーベラはイライラと貧乏ゆすりを続けながら、


「陸軍司令部が非正規ルートで情報作戦部に依頼を持ち込み、時点でこちらへ作戦を委託したって寸法だ」


 つまり情報作戦部を噛ませてメリディオンがリベルタスに依頼を持ち込んだというわけか。


「要するに贖罪の山羊(スケープゴート)だったってことか?」


「端的に表現すればな。情報作戦部は陸軍司令部からのプレゼンをこちらに隠匿していた。うちの工作員モールに漁らせたら灰汁が出たよ。こちらが計画に応じるビジョンが見えなかったんだろうな。そりゃメリディオンの連中からの仕事など当然拒否するが」


「まんまと嵌められたってわけか」


「そういうことだ。メリディオンも一枚岩ではないということだろうが、内輪揉めに巻き込まれるほど暇ではない。下手すれば停戦協定がおじゃんになるところだった。まぁアースに侵攻してくる理由が欲しかった節もありそうだが」


 メリディオンの軍部は、統合作戦本部の下に陸軍司令部が存在している。交戦した『屍肉喰い(ジャッカル)』は統合作戦本部直轄の特殊部隊であるため、指令体系が異なるのだろう。だからこそ権力争いじみた抗争が内々に行われているのかもしれないが、他国の権威どうのこうのに巻き込まれるほどの徒労もない。そしてその片棒をリベルタスに握らせたという意味でも、簡単に許容できる事態ではなかった。


「一応確認するが、証拠は残さなかったんだろうな」


 ガーベラはそう尋ねてきたが、あまり心配していないのか、その口調はそこまで鋭くない。まぁ前提として証拠を残すような代理人エージェントに仕事など任せないだろうが。


「昨日無線で連絡した通りだ。屍肉喰い(ジャッカル)の実働隊は全滅。万が一生存していたとしても、スカーフで顔を隠していたから、野良ストレイのスクラップ屋だと誤認するだろう」


 苦笑しつつ肩を竦めると、ガーベラは穏やかな微笑みを浮かべた。その表情は、安心感というより、こちらに対する慈愛に満ちているようだ。


「それは結構だ。……済まないな、本当はお前を危険な任務へ従事させたくなかったのだが……しかし依頼を受けて貰った以上、報酬は出す」


 律儀なものだが、リベルタスの経営はかなり厳しい。俺ばかりが報奨金を甘受するわけにはいかないだろう。まぁその実直さがガーベラらしさなのかも知れないが。


「気にするな。随分贅沢させて貰ってる。――それより、依頼で得た目標物はどうすれば良い?」


 依頼が無効になった以上、団長室の外で待たせているアイリスの受け渡しは無しになったはずだ。中々に綺麗なアンドロイドなので、リベルタスに寄贈しても構わないのだが。


「好きにしろ。こちらで取り置くつもりもない」


 もう依頼については忘れたいのか、さして興味も無さそうに漏らすガーベラ。自由にして良いということならば、多少不本意だが、デイジーの件もあるし一旦持ち帰るべきか。


「そうさせてもらうよ。じゃあな、また寄る」


 そうして雑多に物が積まれた団長室を後にしようとして、雑に手を振るガーベラに苦笑を返すのだった。

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