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いつしか花も芽吹くから  作者: 柚月ぱど
第一章
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2

 刺すような頭痛を知覚して、軋むように両目を開く。痛みは脳天にまで達しているようで、目覚めと呼ぶには些か刺激的過ぎた。


 薄汚れた白い天井が視界に入ると同時に、身体中を湿り気が通り抜ける。存在を訴えかける頭部の痛みを度外視して腕を捲り上げてみると、大量の寝汗がこびりついていた。そんな自分の腕を見やって、溜息を漏らしつつベッドに体重を預ける。焦げ茶色のカーテンの隙間からは朝日が漏れ出ていて、現在の時間帯が朝だと教えてくれた。導くような自然色の陽光は脳に溜まった痛覚を和らげてくれるようで、思わず息を漏らす。しかし今日は早いところ本部に行かなくてはいけないので、暢気に二度寝をしている場合ではない。寝汗で染みた上体を緩慢に起こして頭を掻くと、寝室の扉の向こう側が騒がしいことに気が付く。


「――め! それは――あぁ、も―!」


 間違いなくデイジーの声だが、何か問題でも起こったんだろうか。朝っぱらから面倒事は勘弁して欲しいが、取り敢えず確認した方が良さそうだ。


 未だに痛みを抱える頭を鬱陶しく思いながらも、若干不確かな足取りで寝室の扉へ到達する。そして雑に扉を引き開けると、その瞬間に焦げ臭い香りが鼻腔を突いた。


 顔をしかめながら見やると、奥のキッチンから黒煙が上がっているのがわかる。黒煙の出どころ――恐らくフライパンの前にはアイリスがぼんやりと突っ立っていて、その周りをあたふたと小柄なデイジーが駆け回っている。まるで小動物だな、なんて想起して、安穏のしている場合ではないことを思い出す。


「お前たち、何やってる」


 デイジーはこちらに気が付くと、しまったと言わんばかりの表情を浮かべた。また何か余計なことをしたのは丸わかりだが、この焦げ臭さはいただけない。足音を響かせながら二人の方へ近づいて、そしてアイリスの持つフライパンの中身を眺めた。


「えーっと、あの……せっかくだからさ、ベーコンエッグでも作ってもらおうと思ったんだけど……アイリスが卵とベーコンを焦がしちゃってね……まさか失敗するなんて思ってなかったから」


 たどたどしい口調で弁解するデイジー。覗き込んだフライパンの中には、原材料不明の黒い炭が転がっていた。


「……どうして焦がしたんだ?」


 伽藍洞な視線を彷徨わせるアイリスに取り敢えず尋ねてみる。


「私には、ハムエッグの焼き方についてプログラムされていませんから」


 その若干的の外れた回答を聞いて、デイジーと顔を見合わせてしまう。どう返答して良いか決めかねているデイジーに溜息を吐いて、軽く後頭部を掻く。


「プログラムされていなかろうが、多少の火加減くらいは可能だろう?」


 少しだけ詰問してみたものの、アイリスは回答する必要性を感じていないのか、それとも返す言葉を持ち合わせていないのか、虚ろな視線をこちらに向けていた。まぁこれ以上は追及しても意味などないだろう。そんなことよりだ。朝飯にありつけないのは痛手だが、こちらとしては早いところガーベラの下へ報告に向かわねばならない。もちろん強奪したアイリスという機械人形という目標物を連行して、だ。


「――忙しいところ済まないが、任務の報告に本部へ赴かなきゃならない。このポンコツアンドロイドの件もあるしな」


 するとデイジーが少しだけ残念そうに目を潤ませた。


「連れていくの、お兄ちゃん?」


「まぁ目標物だしな。引き渡しになるだろうから、別れは済ませておけよ」


 ベーコンエッグも焼けない不良品の機械人形をどうしてメリディオンの屍肉喰い(ジャッカル)が発掘していたのか見当も付かないが、依頼の目的物とあれば何であれ献上する必要がある。いくら機械人形の見た目が良いからって、任務に失敗したと虚偽の報告を行って、彼女を手籠めにするのは筋が違う。それにガーベラに対しては、絶対に嘘は吐きたくないと思っている自分がいるのだ。


「――ねぇねぇお兄ちゃん。何とかアイリスをウチに連れて来られないかな?」


 頼み込むような視線で微笑みかけてくるデイジーに呆れてしまう。まぁ無暗に気持ちを無下にしたいわけではないが、難しいものは難しい。


「まぁ無理だろうな。今回の作戦は情報作戦部(IOU)からの極秘任務だし。喪失ロストしましたじゃこっちの信頼が揺らぐ」


 心底残念そうに項垂れるデイジー。そんな彼女に多少の愛らしさを感じてしまって、僅かに苦笑してしまう。


「そう残念がるな。多少値は張るが、機械人形くらい性能気にしなければいくらでも買えるだろう?」


 機械人形は基本的に富裕層の持ち物だが、背伸びすれば低性能なものなら買えなくもない。デイジーの言いたいことについて分かっていながらもそう諭してやるが、やはり彼女は納得していないようだった。


「お兄ちゃんは分かってないよ! ここまで綺麗な女の子、本当に珍しいんだよ? お兄ちゃんも男の人なら、少しくらい分かるでしょう?」


 問い詰めるような口調のデイジーに若干辟易してしまうが、彼女の主張もあながち的外れというわけではない。体裁上スクラップ屋を営んでいるが、その中でも機械人形を発掘することは少なくなかったから、アイリスがどれだけ美しいアンドロイドなのかは身に染みて理解していた。そのまま売却すれば高値が付くことについてもだ。


「機械人形を女の子としては見られないな」


 しかし、所詮はただの機械だ。機械人形に外見的な美しさ――機能的なフォルムとは別種の生物的美麗さを追求するのは筋が違ってくる。俺はあくまで機械を機械としてしか認識できないし、それ以上でもそれ以下でも勿論ない。だからこそ機械人形の女性的な美しさを求めないし、必要とも感じないのだ。


 不満そうなデイジーを横目で見やって、現在時刻を確認する。足が付くのを防ぐために一旦目標物を家で預かる算段だったが、日が登ったら手元まで持って来いというのがガーベラのお達しだ。時間的にもジャストだろう。


「とにかく、アイリスを連れてすぐに出発する。わかったな?」


 それでも文句があるのか頬を膨らませていたデイジーだったが、その隣に佇んでいたアイリスは、こちらの発言の意味が分かっているのかいないのか、やはりその表情から意思を読み取ることは難しかった。

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