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いつしか花も芽吹くから  作者: 柚月ぱど
第四章
31/46

3

 アイリスの心について半ば哲学的な思想を抱いていると、すぐに時間が経過し、自宅へ到着してしまう。そのまま二重玄関を開いてアイリスと共に中へ入ると、笑顔のデイジーが迎え入れてくれた。そもそもガーベラの招集は夕方であったから、どうやらデイジーが先に夕食を準備して待っていてくれたらしく、俺たちはすぐに食事に入る。


 今日は簡易的な鍋のようなもので、野菜が多く、実際に家庭菜園で収穫したものを用いていることが窺えた。まぁ市場バザールで野菜を購入しても別に構わないのだが、金銭的な話をすると自家栽培の方が安上がりだし、余った分は販売に回せるのでコストパフォーマンスは悪くない。それに外部から仕入れる場合は放射線による汚染度についても一考する必要があるので、その手間を鑑みればやはり自分たちで栽培した方が安心ではあった。


 背後にアイリスが控えたいつも通りの状態で、鍋を箸でつつく。最初、デイジーは箸の使い方を知らず、一緒に生活する上で使用方法を伝授する必要があった。メリディオンは基本的に金属のナイフやフォーク、それにスプーンを用いるから、元は東洋、と呼ばれる場所から派生した箸を用いない。しかしヴェントゥス人は箸を使うこともあるため、アースで生活するならば教授しておくべきだったのだ。


 デイジーが器用に箸で野菜の束を掴んで取り皿へ持ち寄るのを見て、何となく過去を想起してしまう。最初は全然箸の使い方がままならなくて、別にフォークで構わないと駄々を捏ねていた。だけれど次第に箸を使えるように成長して、いずれ使用するのが当たり前に変化する。デイジーが当然のように箸を用いるのを若干微笑ましい心持ちで眺めていると、彼女がこちらの視線に気が付き顔を上げた。


「どうしたの?」


 純粋な表情で尋ねかけるデイジーに、淡くなんでもないと返す。するとデイジーはこちらをジッと凝視して、


「何かあった?」


 確かめるように呟いた。


 そこで俺はデイジーに心の内を見透かされている気分に陥り、流石に三年も共に暮らしていれば同居人の心情の移ろい程度判別できるかと自嘲する。デイジーはこちらが答えるのを待っているのか、静かに目線を合わせ続けていた。


 どちらにせよ、デイジーには断って置かなければならない。ガーベラや幹部たちの提案を跳ね除けたとしても、アイリスシリーズの発掘作業は現在も継続して行われている。こちらがいくらアイリスの軍事利用に難色を示したところで、状況に流されてしまう部分はあるだろう。そうなればアイリスの戦域投入は秒読みの段階であって、やはりデイジーにはその旨を伝えておく必要性を感じた。


「――デイジー。少し教えて置きたいことがあるんだ?」


「何?」


 可愛らしく小首を傾げたデイジーに、先ほどの団長室での会話の概要を伝える。アイリスシリーズの存在。そしてアイリスの作戦投入。話している内にデイジーは次第に泣き出しそうな表情に変化していって、伝えているこちらの胸が苦しくなっていく。話し終えた頃には、デイジーは俯いてしまっていて、表情を窺うことができなくなっていた。確かに、デイジーにとってはとても辛い宣告かもしれない。家族同然に大切な存在だと認識しているアイリスが、戦地へ赴くことになる。そうすれば戦死――機械に死、という表現が適切か不明だったが――する可能性も勿論介在しているわけで。アイリスが機能停止、もしくは破壊されて活動不能に陥る。しかしそれは人間で言う死と同義である。ようやく同性の家族を得られたというのに、それを喪失してしまうのは、やっぱり身を裂かれる思いだろう。


「――お兄ちゃん」


「……何だ?」


 俯いていたデイジーは、そのままぽつぽつと言葉を紡いだ。


「お兄ちゃんは、アイリスの軍事利用を断ったんだよね?」


「ああ。一応な」


 するとデイジーは唇をキュッと噛み締めて、静かに言葉を発する。


「でも、いずれ前線に投入されるんだよね?」


「…… その確率は低くない。あの場でアイリスの軍事使用に反対していたのは俺だけだし、アイリスシリーズの発掘も続いている。頭数が揃えば、そのままマジョリティに圧迫されて許可を出すしかなくなるかもしれない」


 多数派がアイリスの利用を望んでいる以上、いくらガーベラと親しいからという理由で拒否は不可能だろう。それにこれは俺たちだけの問題ではない。メリディオンのアース侵攻も可能性としては低くない今、アイリスというファクターを未使用に終われば、そのまま戦力差に押されてアースが占領されてしまう場合も考えられる。そうともなればレジスタンスであったリベルタスの人員は全て処刑されるだろうし、ガーベラや幹部などは惨い仕打ちを受ける羽目になるだろう。ただでは殺してくれないことが先の戦争で分かっている以上、絶対に敗北は許されない。だけどそれを理解していながら、アイリスを戦闘に投入するのは気が引けてしまう自分がいた。


「……やっぱり、あたしも嫌だな。アイリスを戦わせたくない。アイリスは家で幸せに暮らせば良いんだよ。メリディオンと戦う必要なんてない。誰かの生命を奪って、自分の生命も危険に晒す必要はないんだよ……」


 嘆くように項垂れたデイジーに、かける言葉も見つからない。ただ唇を軽く噛んで、こちらも俯くだけだ。しばらく沈黙が食卓を支配したが、まもなくデイジーが声を上げる。


「……アイリスに、メリディオンの人を殺して欲しくないし……」


 その言葉に内包された意味内容について勘付いて、俺は顔を逸らした。するとアイリスが身じろぎして、デイジーに声を掛ける。


「その、この場で私が発言するのは如何なものかと思いますが……デイジーは、ヴェントゥス人ではありませんよね?」


 そういえば、アイリスには説明を施していなかった。アイリスの疑問に対してデイジーは顔を上げ、淡く微笑んだ。


「うん……言ってなかったよね。そうだよ。私はね――」


 そう言うと、デイジーは普段から被っているフライトキャップを脱いで、その金色の長髪をたなびかせた。


「アースに住んでるけど、本当はメリディオン人なんだ」


 優しげに微笑むデイジー。アイリスはやはりと言った風な面持ちになって、


「その、これも尋ねていいのか分かりかねますが……どうしてデイジーはアースで、ヴェントゥス人であるドッペルと暮らしているのですか? 兄妹だと認識はしていましたが、血の繋がりはないのでしょう?」


 アイリスの問いを受けて、デイジーがこちらに視線を寄越す。どうやら話して良いのか窺っているらしい。軽く頷き返してやると、デイジーも小さく頷いて、アイリスに向き直った。


「今まで伝えてなくてごめんね。ちょっと複雑な事情があって、教えにくかったんだ。でも、しっかり話すから。私はね、三年前まで、メリディオンの首都で暮らしていて――」


 デイジーの言葉の連なりが、脳裏に過去の記憶を想起させる。それは南西戦争の終戦時の事であって。俺が初めてデイジーと出会った、“家族”の記念日であった。

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