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「アイリスぅ……」
体裁もなく泣きじゃくりながら、デイジーがアイリスに抱き着く。アイリスはデイジーをどう扱っていいのかわからないようで、困惑したような視線をこちらへ送ってきた。
格納庫跡の制圧は無事に終了。自分のモトラッドへ一度戻ってガーベラに事の次第を報告し終わって戻る頃には、アイリスがデイジーの頭を優しく撫でで、ちょっぴり(勘違いかもしれないが)温かい表情を浮かべていた。そんな彼女らに呆れつつ近寄って、大きく溜息を吐いてやる。
「随分と手間をかけさせてくれたな」
そう刺々しく言い放つが、内心は少しだけ晴れやかだった。デイジーの依頼通り、アイリスの奪還に成功したのだ。その安堵が胸を優しく攫っていくようで、穏やかな心持ちを抱いていた。
「……ドッペル」
だけどアイリスは、毅然とした態度でこちらへ顔を向ける。
「私は命令通り、デイジーを守りました。しかしそのデイジーを戦場へ連れてくるとは何事ですか」
その言葉は少しだけこちらを責めているようだったが、すぐにデイジーが声を上げた。
「違うの! あたしがね、お兄ちゃんに無理言って連れてってもらったの」
「それはどうしてですか?」
アイリスの疑問に、デイジーは少しだけ恥ずかしそうな表情を浮かべながら、
「……その、アイリスはあたしを守ってくれたから。そのお礼がしたかったの。それにね、アイリスはあたしの妹だから、どうしても助けなきゃって思ったの」
アイリスはハッとしたようにデイジーを見つめて、そしてデイジーが彼女に微笑む。そしてアイリスの瞳が少しだけ揺れたのを俺は見逃さなかった。
「……意味がわかりません。どうして道具である機械人形を、生命を賭けてまで取り返そうとするのか」
「その理由はもうデイジーが言っただろう?」
俺は呆れながら、
「デイジーにとって、お前はもう家族なんだよ。まぁ、俺は別にそう思っちゃいないけどな」
こちらの言葉を受けて、理解できないといった表情を浮かべるアイリスだったがしかし、彼女の表情は、少しだけ綻んで見えた。
「……なんでしょう。普段は嫌悪すべきバグなのに……どうしてでしょうか。とても――心地良く感じるのです」
俺はデイジーに抱き締められているアイリスに近づき、そっと手のひらを差し出した。
「戻ってこい。お前の家は、こんなところじゃないだろう?」
アイリスは驚いたように目を見開いて、だけれどちょっとだけ嬉しそうな(見間違いかもしれないが)表情を浮かべる。そうして彼女はゆっくりと、こちらの手を優しく握り返すのだった。