7
墓荒らしの根城は巨大な城壁のようなもので覆われていて、まるで城塞都市の縮小版のような出で立ちだ。多分連中もアースの構造を研究して、自らに要塞化を施したのだろうが、やはり堅牢な城壁に阻まれている以上、攻城戦に持ち込まざるを得ない。基本的に攻城には突貫装備を施した重戦車を用いるのだが、当該戦車は行軍する車列の中心部に配置していた上、走行速度が遅いので到着まで今しばらく掛かる。だから目下の任務というのは、突貫戦車の到着まで前線を維持することだった。
城壁の目の前は、硝煙弾雨に満ちている。城壁の上部から機関銃を掃射してくる墓荒らしの攻撃を回避しながら、彼らの頭数を減らしていく。障害物が限られている今、敵の攻撃を回避しながら攻撃を行うのは至難の技であったが、リベルタスは精鋭の集まりであるため、そこまで人的損害を出さずに戦闘の継続が可能だ。しかし時間をかければかけるほど人死には増える一方である。突貫戦車の到着を待つばかりだが、地理的にこちらが不利な戦いを強いられているため、被害も出始めていた。事前に攻城装備の必要を感知しておくべきだったが、それに関しては仕方ないと言えよう。リベルタスが墓荒らしに密偵を送ったこともあったが、その全てと音信が途絶えてしまっていた。どういう方法で密偵を看破しているのか不明だが、間諜の使用は人的損害に帰依するという結論の元、工作員の事前情報なしの攻勢作戦となったのだ。逆に突貫戦車の導入を事前に決定しておいて幸いだった。もし当該戦車が不在だった場合、撤退を余儀なくされた可能性が高かったからだ。
機銃を掃射してくる城壁の敵兵を、七十五ミリの主砲で撃ち落としていく。爆散した機銃と共に城壁から落下する墓荒らしたち。流石に城壁の上にいる敵の数は減ってきたが、それにしても抵抗が激しい。部隊の損耗も、連絡によれば前衛部隊の一割に達したと報告がなされていた。継戦能力を鑑みても、これ以上の犠牲は認められない。リベルタス自警団の大部分を割いて実行している作戦だから、一割の損耗は即ち自警団全体の損失に近しい数値となる。事前協議では前衛部隊の二割が戦闘不能に陥った場合、撤退するという結論が出されていた。そもそも戦闘において三割以上の友軍が戦闘不能になった場合、継戦は不可能になる。ガーベラにしてみれば僅かな損失さえも認可できなかっただろうが、アースの治安を一番に乱している墓荒らしの殲滅作戦なので、部隊員の損耗に目を瞑ることにしたのだ。メリディオンの侵攻も考えると、一片たりとも喪失は許されない状況下の中、多くの生命が散っていく。その死に際はとても鮮烈であって。ふと、目の前で機関銃を掃射していた友軍機が、対戦車ロケットに撃ち抜かれ爆散する。その眩い極光に目を細めて、義憤に絶叫を上げた。人が、限りなく無意味に死んでいく。昨日には笑い、怒り、悲しみ、喜んでいた人間が。戦場はそう言った生命を無限に吸い尽くす魔の海域であって、血が流れるたびに悦に入っているようだ。南西戦争でも、幾度となく人の死を目の当たりにしてきた。だけれど、その死の殆どに意味など無くて。障害物から周囲の確認のために顔を上げた瞬間、頭蓋を撃ち抜かれて死ぬ。行軍中に五百ヤード先からの狙撃で、肚を引き裂かれて死ぬ。戦場の死というのはそれほど気まぐれであって、特筆すべき意味などない。そんな限りなく意味のない死を呆然と眺めることしかできない生者たちはしかし、数多くの戦争を、そして復讐を繰り返す。それが遺伝子に刻まれた紛れもない真実であると云うように。地上に展開した墓荒らしの歩兵部隊を、三十口径の機関銃でなぎ倒していく。彼らは悲鳴と絶叫を木霊させながら分解され、大地の染みとなる。俺が今握っている操縦桿の引き金が、数十人単位の生命を容易く奪う。ただの鉛玉に、人の生命たり得る要素があるだろうか。いや、違う。人の生命はきっと、その程度のもの。過去に大量生産された一発の鉛玉と同じくらい、無価値で味気ない、ただの”モノ“なのだ。
『――突貫車が到着した! 道を開けろ!』
するとオープンチャンネルで、突貫車両の到着を告げる男の声が木霊する。前方に注意を払いつつ後方を確認すると、重武装の巨大な戦車が一台、その背中に大柄なシールドマシンのような形状をした円柱型の金属棒を抱えながら、城門の前に到着していた。
『露払いだ! 突貫車を守れ! あれが落ちたらお終いだ!』
ガーベラの絶叫の下、俺は重戦車に攻撃を開始した墓荒らしを冷静に射殺していく。突貫戦車が落とされれば攻城は不可能になる。内部に突入する必要性がある関係上、絶対に撃破させてはならない対象だった。
墓荒らし側も重戦車の重要度に気が付いたのか、展開した軽戦車部隊を度外視して、重戦車へフォーカスを合わせる。しかしこちら側もただで攻撃させるわけにはいかないので、主砲や機関銃を駆使して敵を落としていく。その間にも突貫車両は前進を続けて、遂に墓荒らしの城門の目の前まで到着した。
『総員、衝撃に備えろ!』
ガーベラの号令を受けて、俺は口を軽く開いた。その瞬間に轟音が響き渡って、地が揺れるような感覚に陥る。それと同時に一陣の突風が過ぎ去って、城門の突破に成功したことを知らせていた。
『動ける者は内部へ突入しろ! 白兵戦の用意も怠るな!』
大きく返事を返した部隊員たちを尻目に、真紅の軽戦車が城門の内部へ侵攻していく。こちらも遅れを取ることが無いよう素早く彼女の後方に付けて、墓荒らしの本拠地へ駒を進めていく。
城門の内部に突入し、待ち伏せの墓荒らしたちを履帯で蹴散らして、本拠地の構造物へ強引に揚陸する。ある程度敵兵の数を減らしていたから、墓荒らしの巣窟の入り口に到達するまでに、城門前ほどの抵抗はない。俺たち突入班は無理矢理軽戦車を本拠地の出入り口の前に停車させると、ヘッドセットを外し用意しておいた小銃を小脇に抱えて、操縦席から飛び出した。
ハッチを開いて外部の空気を肺に取り入れる。すると硝煙と血潮の香りが胸を灼いて、久方ぶりに戦場の香りを知覚した。懐かしい戦争の香り。殺し合いの匂い。その腐敗した死の臭気を鼻腔が敏感に感じ取って、更なる警戒心を誘発した。
「全員、武器は持ったな? よし、このまま突入する! 私に続け!」
小銃を抱えて叫んだガーベラに大声で返事をし、すぐさま付近の障害物に身を隠す。本拠地の出入り口付近は制圧したが、内部からの銃撃は鳴り止まない。城門を突破した時点でこちらの勝利はほぼ確定したが、これからはいかに死傷者を減らして、戦闘に勝利するかが念頭に置かれる。ガーベラもその条件に付いては理解しているようで、無茶苦茶に突撃するのではなく、冷静に敵の抵抗を制圧していった。
「無反動砲で入り口の中を吹き飛ばせ! その後突入する!」
ガーベラの号令のもと、素早く団員が装備していた無反動砲を構えて、そのまま本拠地の入り口へ放つ。二人の団員が無反動砲を発射したから、出入口は爆風に飲まれて、一瞬視界不良に陥る。だけどすぐに粉塵は鳴りを潜めて、奥部に爆発に巻き込まれて死亡した墓荒らしの屍骸が見て取れた。
「よし、行くぞ!」
ガーベラが我先にと入り口へ押しかけ、俺たちもその後に続く。未だ墓荒らしの生き残りがいるのか、内部から銃撃が僅かに続いていたが、流石にこちらは手練れだけあって、一切被弾することはない。冷静に抵抗する墓荒らしを点射で処理すると、そのまま内部へ侵攻を開始した。
元々リベルタスの侵入を予測してか、本拠地の内部構造はいわゆる迷宮のように入り組んでいて、比較的要害を準備していたことが窺える。しかし建物の構造上、上部の重要度が高そうなので、上階へ侵攻するのが正解だろう。ガーベラも内部構造からルートを脳内で検索し、こちらへ指示を出す。彼女曰く部隊を半分に分けて、片方を侵攻部隊、もう片方を一階の制圧に回すようだった。もちろん俺はガーベラの護衛であって、彼女の隣を固めつつ前進を続けた。
一階から上階へ続く階段を発見して、ガーベラはそのまま進み続ける。階上から多少の抵抗はあったものの、冷静に対処し、一人ずつ確実に処理していく。流石に不意の接触も考えられたので、ガーベラの先へ斥候として進む。不意打ちを狙って攻撃を仕掛けて来る墓荒らしを慎重に排除し、階段や廊下には彼らの亡骸がごまんと転がった。そもそも階層を大きく重ねる形の建造物ではないのか、二次元的に横幅が広いだけで、建物自体は二か三階建てのようだ。一階の制圧はほぼ完了しているだろうし、目下の問題は墓荒らしの頭を捕えることではあるが、果たして本拠地に留まっているだろうか。貧民街の人々はリベルタスに非協力的であるし、事前にこちらの侵攻作戦が漏れていたから、先手を打って逃亡を図っているケースも考えられる。本拠地を制圧すれば墓荒らしの勢力を大幅に割くことが可能だが、組織の頭が存命の場合、再起される可能性もあった。確実性の観点から言えば、なるべく墓荒らしの頭を逮捕しておきたい。
二階の制圧もほぼ完了して、最上階である三階へ歩を進める。未だ抵抗は鳴り止まないものの、段々とその勢力は弱体化の一途を辿っていた。もう戦闘に回せる人員が数少ないのだろう。このまま行けば本拠地の制圧は確実に完了するが、気を抜いてはいけない。もう一度緊張の糸をしっかりと引くが、それとほぼ同時に三階の最深部へ到着していた。
恐らく頭の部屋だろう。他の部屋とは異なり、ある程度のサイズを維持している。ガーベラもすぐにこの大部屋が頭の部屋だと悟り、散弾銃を持ち寄るように指示を出す。すぐさま壁破り用の散弾銃を持つ隊員が後方から現れて、大部屋の入り口を吹き飛ばした。それと同時に閃光手榴弾を投げ入れると、大部屋内を眩い極光が支配する。そして間髪入れずにガーベラと共に内部へ突入し、部屋を制圧した。
やはり大部屋は頭の執務室か何かのようで、多少小綺麗さを覚えさせる内装に彩られている。数人の墓荒らしが両目を抑えてもんどりうっていたが、すぐさま点射で殺害し、抵抗を許さない。しかし室内に組織の頭の姿はなく、既に逃亡した後かと思わせた。
「団長! 奥の部屋に!」
すると、大部屋から繋がっていた小部屋を制圧していた団員が、大声でガーベラを呼んだ。すぐさま彼女と共に小部屋に入って、その内部を検分する。しかしそこには中年の男が泡を吹いて倒れていて、本能的にこの男が組織の頭であることを悟った。
ガーベラは慎重に男へ近づき、その首元を確認するが、すぐにこちらへ顔を向けて首を横に振る。どうやら勝機を見い出せずに服毒自殺を敢行したらしい。墓荒らしという巨大な組織を束ねていた責任から逃れるために死を選ぶとは。これまでどれだけ多くの人間を不幸に陥れ、だがしかしその報いを受けずに死んでいく。胸の内に怒りを通り越した青い炎が湧き上がる。それはこの場に詰めかけた団員全てが共通に抱いた感情のようで、皆が悔しそうに唇を噛んだ。しかし屍骸から立ち上がったガーベラは無表情を浮かべていて、俺の肩を軽く叩いた。
「野盗の死に際などこの程度のものさ。責任を追及できなかったのは悔しいが、墓荒らしの長を抹消できた。得られたものは少なくない」
「……そうだな」
だがガーベラ自身もやはり無念があるのか、無言のままこちらに背を向けた。その背中はいつもより小さく見えて、今回の作戦で犠牲になった団員たちを偲んでいるように映るのだ。
「――墓荒らしの本拠地の制圧に成功した。現状を維持しろ。残党については、投降するなら殺すな」
低く了解した団員たちは、各々の役目を果たすために散っていく。彼ら自身もこの結末には納得していないようで、義憤に肩を震わせているようだった。そんな団員たちを苦々しい思いで見つめながら、ガーベラの傍に立つ。
「……今の時点で、リベルタスの団員たちの一割を喪った。――私の命令で、多くの生命が喪われたんだ……」
ガーベラは両腕で肩を抱き、両肩を小刻みに震わせる。その姿は、生命の尊さを一心に抱えてしまっているようで。
「墓荒らしを壊滅させるのは重要な任務だったが、果たしてここまでの犠牲を出して成し遂げるべき作戦だったんだろうか……計画が漏れていなければ、もっと犠牲は少なく済んだはずなんだ……本当に、私が自警団の長で良いんだろうか……」
ガーベラが弱っている姿を見るのは、これまでも何度かあった。だけどその全ては自分のことに関してではなく、他人の思いや、生命に関することで。自分以上に他人を思いやる人間というのは、この時代かなり少ない。だからこそ俺はガーベラがリーダーを務めるべきだと思うが、それは無責任というものだ。彼女の背負わなければいけない思い、そして生命。その責任を彼女に押し付けているだけなんだろう。だから悔しい。俺はガーベラの傍にいいてやることしかできない。その無力さ情けなさが、胸をきつく詰ませるのだ。
俺は悔しさを胸に抱きながら、それでもガーベラの肩を抱いた。年下のガキが出過ぎた真似だと毎度思うが、それでも俺はガーベラを支えたい。俺を導いてくれた、愛しい上官を。
「……ガーベラがリベルタスを立ち上げなければ、アースはとっくにメリディオンに制圧されているし、より多くの犠牲が出た。今回の作戦も、墓荒らしを放置すれば一層の被害が出ただろう。そして、そもそもガーベラじゃなければ、墓荒らしの撲滅を成し遂げることも不可能だったと思う。生命の責任を負うべき立場は辛いだろうが、立派に責任を果たしているよ。大丈夫だ。団員たちはガーベラを信じて戦っている。そしてこの俺も、支えたいからここにいるんだ。俺に組織の長は難しいけれど、辛くなったら傍にいてやるから。俺は見捨てたりしない。死ぬときは一緒だ」
少し過ぎた真似かなと思いつつも、軽く彼女の頭を撫でてやる。やっぱり多少恥ずかしくて手先は若干雑になってしまうけれど、ガーベラは優しくはにかんで、こちらを抱き締める。
彼女の温もりが、胸に心地よく安心感をもたらす。柔らかい身体の感触が脳を甘く麻酔して、眠気を呼び起こした。
「……ありがとう。お前がいるから、私は戦えるんだ。――だからこそお前を戦場で戦わせたくない。喪いたくないんだ……」
「俺がいなきゃ、独断専行するだろ? 歯止め役がいるんだよ、ガーベラには」
身体を離したガーベラは少しだけ不服そうな表情を浮かべたが、すぐに慈愛に満ちた面持ちに戻る。軽く微笑みながら彼女の二の腕を軽く叩き、ガーベラから完全に離れた。
「団長! よろしいでしょうか!」
すると、小部屋に一人の団員が走り込んできた。すぐにガーベラは仕事の表情に戻り、何事か尋ねる。
「は、それが捕らえた墓荒らしに尋問を行ったところ、今夜は別働隊が動いているようでして」
ガーベラの眉がひそめられる。
「それも機械人形の捕縛に動いているとか。それで目標地点を聞いたのですが……」
すると、団員の視線が申し訳なさそうにこちらへ向けられる。一瞬その意味を図りかねるが、すぐにその理由に勘付く。
背筋を冷たい汗が伝った。ガーベラも団員の意図を悟ったようで、しまったと言った風に表情を硬直させる。
「その、位置的にドッペルさんの自宅が目標地点らしく……報告に――」
言葉が終わる前に、素早く小部屋から走り出した。墓荒らしの残党がデイジーの元へ――その事実は正常な思考回路を破壊し尽くすには十分であって。俺は灼き切れそうな脳を伴ったまま、自宅へ急行するのだった。