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墓荒らしへの攻勢作戦が表明されてから、とにかくその報告のために家へ一旦帰還した。こちらとしても作戦に際して、ガーベラの発言通りある程度の準備が必要となる。彼女的には俺を最前線へ動員するのは回避したい意図を感じたが、今も昔もリベルタスの人員は頭打ちであり、攻勢作戦に関していえば、軽戦車の取り扱いに秀でた人員が不可欠だろう。そのような側面もあって、恐らく俺は軽戦車部隊に配属され、いわゆる城攻めの一翼を担う結果になるはずだ。最近は軽戦車を用いた作戦には参画していなかったものの、南西戦争のノウハウは未だ健在だ。下手に撃破される結末には陥らないだろうし、そのつもりもない。墓荒らしへの急襲に関して言えば、彼らも手練れが多く戦闘時の犠牲は覚悟しなければならない。だがしかし墓荒らしはアースの治安を乱す不届き者たちであって、違法行為の横行にかなりの寄与を行っていることから見逃すわけにはいかなかった。いくら人死にが出たとしても、壊滅させるべき存在だ。そしてガーベラからの情報で、墓荒らしにはメリディオンの一派が関係している可能性もあった。その実を尋問するためにも、計画の失敗は許されないのだ。
取り敢えず本部から自宅へ帰還して、デイジーの用意した夕食を口にする。相変わらず料理の腕は健在のようで、今回が最後の晩餐にならないことを祈るばかりだ。作戦の実行に際して行軍開始が深夜だとしても、その準備に関わる時間は多大なものがある。だから家にいられるのは本日いっぱいで、明日の早朝からはガーベラの支援に付き合う必要があるだろう。
毎回のことだが、大きな作戦の際にその旨をデイジーに報告するのは気が引ける。それは彼女がこちらへ多大な心配を寄せるからで、デイジーを不安に晒してしまう罪悪感に囚われてしまうのだ。しかしガーベラの計画に参加しない手はないので、デイジーが心配を寄せたところで、途中に不参加を表明するわけにはいかない。デイジーとガーベラの思いの間で板挟みにならざるを得ないのが、立場的に辛いところだ。
「そっか……また大きな作戦があるんだね」
デイジーに作戦の旨を伝えると、彼女は普段の快活さを見せず、意気消沈した表情を宿した。
「細かいことは言えないが、そうだな。ちょっとばかしドンパチやり合うことになった。だが相手は正規軍じゃない。無法者の寄せ集めだから、そこまでの心配は要らないさ」
努めて心配が不要なことを強調するが、やはりデイジーには通用しないようだった。彼女は未だ沈んだ表情を浮かべていて、唇を真一文字に結んでいる。その様子に胸を詰まされるが、これ以上言葉を尽くしても結果に変化はないだろう。
「うん……こんなことしか言えないけど、その、無事に帰ってきてね。お兄ちゃんの大好きな肉料理を作って待ってるから……だから、絶対だよ」
「――ああ。必ず。絶対に大丈夫だよ」
デイジーの悲痛な呟きに胸が苦しくなる。だけれど彼女の心の癒しを俺は持たない。だからこそ何も言葉を発せないが、背後に立つアイリスが声を上げたのはその時だった。
「ドッペル。今の会話から、また危険度の高い作戦に参加されると判断しました。指揮官保護のため、私も同行いたします」
背後のアイリスへ視線を送る。彼女はやはり無表情を貼り付けていて。その態度からいかなる感情を持ち得ないことを再確認するが。
「……いや。今回はいい。お前には家を、いやデイジーを守って欲しい」
「何故ですか?」
「次の作戦は、軽戦車部隊として参加することになると思う。相手は多分戦車の類を所持していないから、直接攻撃される危険性は低いはずだ。まぁ抵抗が激しい場合は俺も歩兵として戦わざるを得ないかも知れないが。だが、お前に護衛してもらう必要性は薄い。だからこそ、お前には妹を、デイジーを守って欲しいんだ」
軽戦車に搭乗して戦闘に参加する以上、アイリスの出番は皆無に近い。そもそも彼女の使命は俺の保護だろう。その必要性が薄いとなれば、彼女が作戦に参加する意義は見い出せない。むしろ家の安全を、デイジーの保護に専念して欲しいと思えた。
「ですが、指揮官が戦闘に従事されるというのに、部下の機械人形が家で待機しているなど」
「言っておくが、これは命令だ。デイジーを守れというな。適材適所という言葉があるだろう。何も俺は、仕事をするなと命令しているんじゃない。デイジーを守れ、と指示しているんだ」
アイリスは何か言いたげだったが、特別反論することなく、身を引いて押し黙った。納得したかは不明だが、理解は示してくれたらしい。その様子に軽く頷き、デイジーへ向き直る。
「そういう訳だ。明日は早朝から空ける。家事は頼んだぞ」
「……うん。気を付けてね」
痛々しくはにかんで見せたデイジーに胸を痛めながら、俺はその感情を振り払うように、目の前のサラダを口いっぱいに頬張った。