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いつしか花も芽吹くから  作者: 柚月ぱど
第二章
14/46

4

 それからしばらくは、平穏と呼べる日常が続いた。メリディオンによるアース侵攻は未だ起こらず、こちらとしても防備充填は杞憂に終わりそうだ。俺はリベルタスから依頼された雑用を適当にこなし、日銭を稼いでいた。デイジーはアイリスがいる日々をとても楽しそうに過ごしていて、こちらとしても非常に嬉しい。当初はアイリスを家で雇うことに反対していたが、段々と彼女のいる日常が普通と呼べるように変化していく。アイリスも次第に我が家の環境に適応し始め、多少の問題行動は起こしたものの、特段大きな事態は引き起こさない。そうして三人での生活が当たり前になり始めたところで、ガーベラからの非常招集が伝達されるのだった。




 リベルタス自警団の団長室、つまりガーベラの執務室には、自警団の幹部たちが召喚されている。俺は自警団の幹部ではないものの、彼女からの招集が入り急遽参上した。リベルタスの幹部が呼び出されるということは、これまた大きな問題が発生したのかと猜疑してしまうが、まず間違いなく幹部クラスに伝令する必要がある事態なのだろう。だからこそ襟首を正してしまうし、事の次第を早いところ知りたいという思いが先行してしまう。


「よし、全員集まったな」


 執務席から立ち上がったガーベラが、向か合うように立ち並ぶ幹部の顔を流し見て、執務机に手を置く。


「今回お前たちを緊急に招集したのは他でもない。先に状況を説明しておくが、昨今、アースの領有地内で機械人形の強奪事件が頻発していることは知っているな?」


 しばらく前にガーベラから警告された、機械人形の強盗事件。アイリスの存在もあるし、多少の警戒を促されてはいたが。


「我々リベルタスも、卑劣な窃盗事件として捜査を継続してはいたが、ここに来てようやくその尻尾を掴んだ」


 彼女はそう言うと執務席から離れて、配置してあったホワイトボードに歩み寄る。そしてその薄汚れたボードに、一枚の写真を掲示する。


 その写真は、大型のバンに乗り込む黒衣の男たちを映したもので、彼らは大きなズタ袋を車のトランクへ投げ込んでいた。


「この前の被害報告の際に証拠品として提出された写真だ。写真の提供者はアース領地内で機械人形の使用人を雇っていた老人によるものらしい。彼は強盗が家に入り、所有していた機械人形を強奪されたと供述している。その際、屋外へ逃げた時に撮影した写真というのが、この一枚だ」


 犯行は夜中に行われたのか、写真は一見すると真っ暗でその子細な情報は凝視しなければ読み取れない上、焦っていたのかピントが多少外れていた。


「この写真を鑑識に回した結果、犯行を行っているのは、アースでも悪名高い『墓荒らし(レイダー)』であることが判明した」


 墓荒らし(レイダー)。アース一の反社会組織であり、武器密造や奴隷売買、違法薬物の製造も行っている連中だ。かなり高度に組織化されており、その活動はメリディオンによって支援されているという噂もある。


「知っての通り、連中は犯罪組織であり、機械人形以外の物品の強奪や、武器密売に違法薬物製造、そして奴隷売買さえも行っている正真正銘の屑どもだ。以前から墓荒らしに関して数多くの対応策を講じてきたが、組織の壊滅までは至っていない。こちらとしても治安維持にとって目の上のたんこぶなわけだ」


 墓荒らしは組織の長が狡猾なためか、現在も貧民街スラム闇市ブラック・マーケットを根城に寄生を続けている。彼らは低所得者に利益の還元を行っており、それが犯罪行為の助長となっているのは言うまでもない。貧民街スラムの連中も、自らに資する墓荒らしを売るような真似をしないため、組織の壊滅に二の足を踏んでいる状態なのだ。


 ガーベラはそこで言葉を切ると、少しだけ姿勢と声のトーンを低くする。


「密告があった。それは墓荒らしの根城、貧民街の奥地に存在する奴らの本拠地の位置についてだ。これまで連中の本拠地には数多くの仮説が存在し、下手に部隊を動かせない状態であったが、リーク元は信頼に値する」


 ガーベラは顔を上げると、この場にいる全員に宣言した。


「墓荒らしの本拠地が判明した以上、これを叩く以外の手はない。戦闘に際しては多くの犠牲が予想されるが、アース内の治安維持のため早急に本拠地を叩く。決行は明日の真夜中。そして当然だが、ここで得た情報は他言無用だ。良いな?」


 団長室に集合した幹部たちが、はっきりと声を上げる。そして皆が自分の職務を全うするため、すぐさま団長室から退室していった。その光景を傍観するように眺めながら、全ての幹部が部屋を出るのを待つ。


 そうして間もなく、団長室には俺とガーベラだけが遺された。彼女は執務席に腰掛けて、こちらを真っ直ぐに見据えていた。


「どうした? 何か話があるか?」


 そう呟くガーベラに苦笑を返し、


「それはこっちのセリフだ」


 呆れたように呟き返すと、ガーベラも軽く微笑んだ。


「流石、元部下だと言いたいな。上官の面持ちに注意を払えという命令が実践されていて、私としては誇らしいよ」


「なら、早いこと要件を教えて欲しいものだな」


 慈愛の表情を浮かべたガーベラは、すぐさま真剣な表情へ戻った。


「先に説明した通り、今回墓荒らしの本拠地が割れたのは、密告があってのことだ。だがな、そのリークはヴェントゥス政府に送り込んでいる工作員モールからなされた」


 話が一瞬見えないが、すぐにその重大さに気が付く。俺の表情の機微からこちらが勘付いたことを悟ったのか、ガーベラは重々しく頷いた。


「そうだ。密告がヴェントゥス内部の間諜からなされたということは、メリディオンが墓荒らしの一件と密接に関係している可能性が高い。実際、件の間諜もメリディオンの筋からの情報だと話していた」


「噂は本当だったのか」


「かもしれん。メリディオンが墓荒らしに支援を行っているというのは与太話、というのが私の見解だったのだがな……奴らもアース制圧に向けて、着々と手を進めているらしい」


 前提として墓荒らしは反社会勢力であり、表向き経済的な支援を受けるのは困難だ。だからこそ彼らに資金的援助を行っている黒幕がいるという噂もまことしやかに囁かれていた。だがメリディオンが墓荒らしを支援している可能性があるとは。沸々と怒りが湧き上がってきたところで、ガーベラは机の上で指を組んだ。


「しかしわからないのは、何故墓荒らしが積極的に機械人形の捕獲に乗り出しているのかということだ。高値で売れることには間違いないが、それにしたって執拗すぎる。何か裏があると見た方が良さそうだ」


「もしかするとメリディオンからの指示かもしれない、ということか?」


「断定はできんがな。しかしメリディオンからの特命だと仮定するにしても、どうして機械人形を狙う? 私にはまるで機械人形の捕獲が目的なのではなく、特定の個体を探しているように思えるのだ」


 そこでふと、アイリスの横顔が脳裏を横切った。美しい彼女の面持ち。アイリスは元々屍肉喰い(ジャッカル)の連中が追っていた筋だ。もしかすると、メリディオンの目的は――そこまで思考が至って、馬鹿げていると頭を振る。どうしてあんなポンコツアンドロイドを、墓荒らしを使ってまで追うというのだ。もしアイリスを鹵獲することが目的だとしても、それで得られるメリットが少なすぎる。俺にはアイリスという存在が、国家ぐるみで追跡するに足るファクターだとはどうしても思えないのだ。


「いずれにしろ、本拠地の襲撃に変更はない。明日の夜、貧民街で一戦交えることになるぞ。――お前を巻き込みたくないのは山々だが、今回は軽戦車が主戦力だ。ドッペルの存在は半ば不可欠だろうな」


 淡く俯いたガーベラに頷き返し、そのまま団長室の出入り口へ向かって歩き始める。しかし頭の中を埋めていたのは、アイリスに関することであって。もしかしたら彼女に関係する甚大な事態なのかもしれない。その僅かな兆しが頭に深く根付いてしまったようで、中々脳裏から離れてくれないのだった。

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