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いつしか花も芽吹くから  作者: 柚月ぱど
第零章
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プロローグ

 愚鈍な暗闇が、周囲を完全に包み込んでいる。その漆黒は余りにも鈍重で、付近の様相を完全に覆い隠していた。万物の存在を決して許さない無。そんな空虚な世界が延々と広がっているようだ。しかし、一切瑕疵の窺えない暗黒の中、肚に据えるような深い音が響く。その音響は少しずつ迫り来るようで。どうやら耳煩わしい音は原動機の駆動音らしく、全身を揺さぶるような振動を伴って、次第にその音量を増大させていった。そして不意に、眩い極光が視界を灼く。白い明かりが網膜を引き裂いて、瞼を閉じるその瞬間に、その円形の明かりがモトラッドのヘッドライトであることに気付く。闇夜を切り裂く閃光は、重苦しい景観を咄嗟に照らし出して、周囲の状況を正確に伝達してくれた。


 ユーロシア大陸の北西部に位置する小国ヴェントゥス。農業や牧畜が盛んなヴェントゥスの西側に、旧世界の遺物――放射性廃棄物ラディアント屑鉄スクラップなどの投棄物が山のように降り積もった負の遺産、屑鉄塚ユートピアが在地していた。主に有り余った放射物の功績で、線量計ガイガー・カウンタの測定で常時一マイクロシーベルトを越える放射線量を誇るこの地には、塵屋以外は危険で殆ど近づかない。だけれどそんなディストピアに、一台のモトラッドが頭上弁式オーバー・ヘッド・バルブのバンカラな駆動音を反響させている。空冷OHV二気筒のレトロな音響は、脳内のアドレナリンの分泌を促進させて、口内に粗野な苦みを覚えさせた。


 周囲に屑の類が乱雑に放棄されているのは、暗闇に隔離された現在でも、ヘッドライトの眩い極光を通して確認できる。基本的に旧世界のジャンク・パーツ――電子計算機コンピュータの部品であったり、乗り物モビリティのスクラップが投棄されていた。それらの部品が進路妨害が如くごまんと路傍に転がっていて、万が一乗り上げた時に懸架装置サスペンションで衝撃を吸収し切れるか不安が残る。子細な塵屑は無視して直進するが、多少目に留まる部品はハンドルを軽く切って回避しつつ先を急ぐ。


 ガーベラの事前情報に間違いがなければ、付近にメリディオンの部隊が駐留しているはずだ。今回の作戦は、件の部隊が屑鉄塚から掘り上げた発掘品の強奪であった。ヴェントゥスの情報作戦部(IOU)から秘密裏に委託された本作戦は、守秘回線を介して依頼された非常に重要度の高い任務であったが、それ故にリベルタス自警団の人員を表立って動員できない。表向きリベルタスとメリディオンは停戦状態であって、下手に波風を立てれば協定が反故される危険性も有している。大手を奮って部隊を従事させられない以上、小数精鋭で作戦に当たる他ない。そこでこの俺に白羽の矢が立ったわけだ。ガーベラの私兵として行動できる人材は、今回のような秘密作戦で重宝する。もし計画がメリディオン側に露見したとしても、スクラップ屋の一義的な妨害だと言い逃れが可能だからだ。


 しかし周囲を軽く周遊した限り、メリディオンの部隊は特に見当たらない。このような極秘作戦では、情報の優先度プライオリティがとても高い。不確実性を実証性で排除した確かなインテリジェンスが重要なのだ。相手の行動予測に瑕疵があれば、その軽微なミスが作戦の失敗に直結する。ヴェントゥスの情報作戦部、いやそれ以上にガーベラの情報に間違いがあるとは到底思えないが、時にして情報戦の失敗は実働隊の生死さえも握ってしまう。可能性の一つとして、作戦そのものが罠にすげ変わっている場合も考えうるのだ。だけど今更不安がっても仕方ないので、取り敢えずもう一度周囲を索敵しようとモトラッドのクラッチを開いた時だった。


 前方から四輪車の駆動音が僅かに響く。この時間帯に屑鉄塚を訪れる酔狂者は珍しい。瞬時に目標の存在を認識して、モトラッドのアクセルを捻った。


 手早くギアを最大の四速まで入れて、副変速機でオーバートップにシフトする。上体が加速のGの影響を受けて後方に引っ張られる感覚を堪能しながら、念のためヘッドライトのスイッチを切った。


 確認できる範囲内で、四輪車と二輪車が数台走行しているらしい。条件を鑑みても間違いなくメリディオンの部隊だろう。本来であれば目標物を掘り上げた段階で攻撃を仕掛けたかったが、多少出遅れたようだ。連中の移動方向的にも、屑鉄塚からの離脱コースに入っているし、発掘品は四輪車が運搬していると判断するのが妥当なはず。こうなればまずは気付かれないように部隊の後方へ接近し、取り巻きの二輪車を撃破するべきだ。


 モトラッドが実現できる最高速度を記録しながら、メリディオンの部隊へ接近していく。夜目を利かせて前方を確認すると、百五十フィートほど先に、敵部隊の車列が確認できた。だけど流石にこちらのエンジン音に気付いたのか、周囲に展開していた二輪車三台が、速度を落としつつ、こちらへ距離を詰めて来る。どうやらそれぞれが二人乗りで移動しているようで、後部座席に位置している隊員が、小銃らしき武器を取り出した。


 素早くレッグホルスターからリボルバーを抜き去り、瞬間的に一番近場の二輪車へ照準を合わせる。そして一切の迷いなく引き金を引くと、.410ゲージのショットシェルが爆発するように放たれた。


 このようなモビリティの追跡チェイスにおいて、ショットシェルは有用である。細やかなエイムが走行中は難しい以上、多少照準を外しても拡散するショットシェルの方が確実性が高いからだ。それに取り回しの簡単なリボルバーからショットシェルを発射できるなら、それに越したことはない。


 .410ゲージの直撃を受けた二輪車は、溜まらず搭乗者をスクラップ畑に撒き散らしながら横転する。その様子を視界に収める前に、ハンドルを切って回避運動を取った。


 一瞬前に自分のモトラッドが通行していた位置に、火線を描く小銃弾が炸裂する。飛来した弾丸は地面に転がった鉄屑に衝突して跳弾し、周りのジャンク・パーツに直撃して火花を散らした。


 モトラッドの姿勢を戻して、迷いなくリボルバーの照準を、残った二輪車に合わせていく。そして軽く発砲して、手短に一台撃ち落とす。最後の一台もこちらへ小銃の銃口を合わせつつあったが、エイミングの動作はこちらの方が早い。一瞬でエイムを合わせ切ってトリガーを引くと、残りの一台も派手に横転して、スクラップの山にライダーたちを粗雑に投げ捨てた。


 護衛の二輪車を喪失した四輪車は、逃亡できるつもりなのか加速を続けている。月明りが照らし出す四輪車はカーキ色に染め上げられていて、軍用であることを意識させた。躯体はトラックのような形状であって、荷台にはエステル帆布が被せられている。この荷台カバーの下に、目標物が安置されているはずだ。


 速度を緩めることなく、最高速度を維持したまま、四輪車へ肉薄する。相手は貨物車カーゴであることから、こちらのモトラッドほど速度が出ない。じきに追い付かれることをようやく理解したのか、四輪車の助手席の窓が開かれて、小銃を持った部隊員が上体を晒した。しかし隙があり過ぎる。もちろん小銃を撃たせるつもりなどさらさらなかったので、身体を外部に曝け出した段階でリボルバーを放つ。短い炸裂音とほぼ同時に助手席から身体を出していた男が外へ投げ出される。蜂の巣になった屍体に乗り上げないように、こちらは少しだけハンドルを切った。


 残りは後一人――荷台に人員が伏せている場合も考えられるが、ここまで接近して応戦してこないということは、度外視して良い可能性だろう。なれば最後に仕留めるべきは四輪車の運転手であって、目標物の安全を念頭に置くならば、派手に射殺するわけにはいかなかった。


 リボルバーの残り弾数は一発。再装填する手間を考えると、なるべく次発で仕留めたい。運転手を殺害すれば加速したままスクラップの山に突入することになるので、目標物が破損する可能性もある。目標物についての情報がない以上、不確定要素も満ち満ちていたが、このような状況では迅速は判断が求められた。グズグズしていては、一人の戦士として長生きはできないのだ。


 素早く判断を下して、リボルバーの照準を運転手側の前輪に合わせる。そしてエイムがタイヤを捕えた瞬間に引き金を引いた。ショットシェルが暴発するように放たれて、狙い通り前輪のタイヤを貫通する。


 摩擦力を喪失した四輪車は、そのまま右手に逸れながらスクラップの山に車体の側面を削っていく。赤々しい火花が散って、徐々に速度が落ちていった。最高速度のままスクラップ畑に突っ込んだわけではないから、目標物も恐らく無事だろう。モトラッドを緩やかに減速させつつ、リボルバーを再装填して、停止した四輪車から淡い黒煙が立ち上るのを他人事のように眺めた。




 どうやら、交戦したのはメリディオンの屍肉喰い(ジャッカル)だったらしい。統合作戦本部直轄の特殊作戦群ご一行がどうして屑鉄塚ユートピアに侵入してきたのかは見当も付かないが、相手が相手だったし、無事に事が済んで安心、と言ったところか。


 四輪車の運転手は、外部から圧力の加わったボンネットに潰されたようで、生死を確認するまでもない。一応荷台に兵士が隠れていた場合を鑑みて、油断なく通常の拳銃弾を装填したリボルバーを構えながら進む。四輪車のエンジン部から煙が上がっている以上、爆発炎上する可能性が高い。そうなれば目標物も爆散してしまうわけで、エンジンオイルに着火する前に奪取する必要があった。


 エステル帆布を左手で除けながら、荷台の内部にリボルバーを向ける。しかし武装した兵士の類はいないようで、ぼんやりとした空洞が広がっていた。


 しかし視界の端に、何か金色の色彩が映り込む。瞬時にそちら側へリボルバーを向ける。だけれど、リボルバーの銃口の先に存在していたのは、白いワンピースに身を包んだ少女だった。彼女は戦闘の只中であったというのに眠りこけていて、未だに柔らかく目を瞑っている。見た限り武装は施されていないので、一応警戒しつつ少女に近づいて行く。


 銃口を彼女に向けながら、空いている左手で少女の頬に触れる。だけどその肌は恐ろしく冷たくて、女の子が屍体であることを示していた。


 しかし、指の感触に違和感を覚える。人間の肌にしては、あまりにも硬い。軽く頬を指先でつまんで、ようやくこの少女らしき遺体が良くできた機械人形であることに気が付くのだった。


「――機械人形アンドロイド――?」


 指を離すと、不意に目の前の人形が身じろぎをした。瞬時に後方へ飛び去ってリボルバーを構える。だけど彼女に攻撃の意思はないのか、緩慢な動作で身体を起こすと、ゆったりとした動きでこちらを視界に収めた。


 リボルバーを握る手のひらに力が籠る。しかし起き上がった機械人形は、綺麗過ぎて逆に不気味な碧い瞳で、こちらをしっかりと見据えた。


「対象、承認しました。シスターズ……オールロスト。切迫状況におけるプログラムに従い、スタンド・アローンで起動します」


 何事かを呟いた彼女は、感情の宿らない胡乱な瞳で静かに告げた。


「……初めまして、指揮官コマンダー









   『いつしか花も芽吹くから』

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