006 本来の歴史 木下ねね
「まず、わしが知る歴史について大雑把にお話しします。
あらかじめ言っておきますが、わしが風変わりな『生まれ変わり』だという事以上に、かなり荒唐無稽な話です。
……ああ、お二人自身のことについてはあまりお話出来ませんし、一部の人は名前を伏せます。
あまり知り過ぎて、歴史が変わるのもまずいでしょうしな」
そう前置きをして語り始めた小一郎殿の話は、実にとんでもないものでした。
まず、此度降伏させた浅井家が本来はまだ抵抗を続け、二・三年は朝倉と連携して織田を苦しめること。
やがて、その浅井を滅ぼす戦で藤吉郎殿が大手柄を立てること。
そして、いずれ北近江の地で、城を任されるほどになること──。
「まさか、藤吉郎殿が城持ちになるのですか!?」
「それどころではないです。やがて数多の手柄を立て出世して、柴田様、丹羽様にも肩を並べる一軍の将になり、ゆくゆくは毛利との戦の全権を任される総大将となります」
「も、毛利!? いや、まさか、さすがにそれは信じ難い……。織田は周りを強敵に囲まれ、畿内にもまだまだ強敵が──」
「ああ、半兵衛殿、それはええんですわ。
その辺の手強いのは大体、お互いの戦や代替わりで力を弱め、その頃までにいくつかは織田が叩き潰しておりますでの」
「!?──」
事も無げにさらりと流した小一郎殿の言葉に、日ごろ冷静沈着な半兵衛様が、目を見開いて絶句しました。
「──と、まあ、そこまではええんです。毛利攻めも順調に有利に進んでいくのですが、そこで大事件が起きましてな」
「事件?」
「誰かは言えませんが、とある重臣が謀反を起こし、お館様とご嫡男が一度に討たれてしまいます」
「!!?」
「それは一大事ではないですか! 事前にわかっているのなら、何としてもお救いせねば──!」
「それなんじゃがの、わしゃ、無理にお館様を助けんでもええと思うちょるんじゃ」
「──小一郎殿。訳をお聞かせ願えますか?」
私は、必死に感情を押し殺しながら尋ねました。
大恩あるお館様が謀反で殺されてもいいなどと、およそ温厚な小一郎殿らしからぬ冷淡な物言いです。もしや、これが小一郎殿の中のもう一人とやらの本性……?
半兵衛様も、冷静さを保とうとはしているようですが、その手がわずかに脇差に近づいているのがわかります。
「──まあ、二人とも、落ち着いて聞いて下され。
ご存じのようにお館様は大変に御気性激しく、そして危うい。
この先、ますます過激になって、それこそ一向門徒や叡山の僧を大量に殺戮するなど、かなり残虐なことまでするようになります。
確か、謀反が起きる頃には、日ノ本を平らげた後に自ら唐天竺にまで攻め上るなどと公言されているはず。
そして、それだけは断じてさせられんのです!
──大陸に兵を進めれば、間違いなく泥沼の戦いになります。
多くの将兵が無駄に死に、そして、結局何も得るものもなく、後に大きな恨みを残すだけの馬鹿げた戦になる……」
「何故、そんなことが言い切れるのです!」
「お館様の後を引き継いで、いずれ実際にその馬鹿げた戦をやってしまうからです──兄者が」
「……え?」
「藤吉郎殿が、お館様の後を引き継ぐ!?」
「はい。兄者は、毛利攻めの最中に謀反の報を聞き、謀反人の予想をはるかに超える速さで軍勢を引き返して、敵を討ち果たします。
そして、弔い合戦に参戦すらできなかった他のお子達や重臣方を抑えて織田家の家臣筆頭となり、幼君を掲げて実権を握ります。
そして、事実上の『天下人』となるのです」
また、沈黙の時が流れます。
そんな馬鹿な、とは口にできませんでした。小一郎殿がひどく真剣で、そして辛そうなお顔をしていたからです。
「──天下人になっても、おそらく兄者は不幸です。
何より出世を望み、出世が生き甲斐で──でも、頂点にまで登り詰めてしもうたら、もうそれ以上出世のしようがない……。
兄者は栄耀栄華と引き換えに、一番大事な生き甲斐を失ってしまうんじゃ。
その虚しさを埋めるように、兄者は変わってしまう──あの、お調子者で人好きのする優しい兄者が、どんどん横暴で、傲慢で、残酷になっていってしまう──わしはそのことを知ってしもうたんじゃ!
そして、ただ一人兄者の行いを諫めることの出来たわしは、兄者より先に死ぬ。
そうなると、後はもはや誰にも兄者の暴走を止められんようになるんじゃ!」
小一郎殿は、こぶしを何度も膝がしらに叩きつけながら、声を荒げました。
「じゃから、わしはやる! たとえ歴史を変えることになってもしまっても、やる!
兄者が『天下人』にならんよう、今から手を打っておくんじゃ!
兄者を、非道な暴君になどならせてたまるか!
──二人とも、兄者を不幸にせんために、わしに力を、知恵を貸してくれ! この通りじゃ!」