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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第五章  近江騒動

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043   公家側の思惑   竹中半兵衛重治


 二条関白殿下が小一郎殿のことをおおげさに褒められると、他の公家衆も意を得たりとばかりに追従して、小一郎殿のことを褒め始められました。


「あのやり込め方──まこと、胸のすく思いですな」

「古来より叡山には、朝廷も手を焼かされておりましたからなぁ」

「相手を怒らせたり怯えさせたりと、自在に操るようではあらしゃいませんか。お見事なものですなぁ」

「ほんに、ほんに。兄の秀吉さんも大したお方ですけれど、勝るとも劣らないお方ではありますまいか」


 歯の浮くような誉め言葉の連続に、先ほどまで上機嫌だったお館様がかすかに苛立ちを見せます。

 話題の中心である小一郎殿も、能面の様に完璧な無表情を保ってはいますが──。






 恐らく、関白殿下には焦りもあるのでしょう。


 永禄八年(1565年)、三好三人衆が、(さき)の公方である足利(あしかが)義輝(よしてる)公を殺害しました。それを扇動したのが前の関白(近衛(このえ)前久(さきひさ))殿下だという醜聞を利用し、義昭(よしあき)公をそそのかして朝廷から追放させ、関白の座に返り咲いたのがこの二条殿下なのです。

 叡山陥落後、その義昭公が追放あるいは追討されるようなことになれば、近衛派の巻き返しなどでご自身の足元も揺らぎかねない。その前に、織田家との関係も強めておきたい、という思惑もあるのでしょう。


 かといって、全面的に親織田派に鞍替えするつもりもない。今後、織田と敵対するような事態になった時に備えて、つけ入ることの出来るような隙を作っておくべく、かすかな毒を仕掛けてきている──そういうことなのでしょう。

 先ほどより、小一郎殿一人を褒めたたえ、家中の方々の働きには触れようともしません。さらに藤吉郎殿より小一郎殿の方を高く評価するような言いようです。


 ──ここからでは顔が見えませんが、恐らく、佐久間様や柴田様あたりは相当に不愉快に思っておられるでしょう。もともと、藤吉郎殿の出世を面白く思っていない方々ですから。


 奇妙丸様も──あ、こちらは大丈夫そうですね。いつ『宇津追討』の策を切り出そうかとそわそわしているのが、ここからでもわかります。


 ──問題は、藤吉郎殿です。せっかく最近は兄弟仲も悪くなかったのに、気分を害されないと良いのですが。

 私の予想では恐らく、公家衆はこの後、小一郎殿に官位の話を持ち出すのでしょうが──。






「──やはり、やむを得ないこととは言え、弟君の覚恕(かくじょ)様が討たれたとなれば、お(かみ)はたいそう悲しまれたでしょうからの。この分なら覚恕様のお命は助かりそうで、よろしゅうございましたなぁ」

「ほんに、そうでおじゃりますな」

「おお、そうじゃ! 覚恕様が助かったのなら、お上もきっとそのことに感謝されましょうぞ? 我らとしても、由緒ある叡山が焼かれるというのは忍びなかったですからな。

 ここはひとつ、長秀さんに我ら一同からの感謝の意を込めて、官位が得られるよう奏上仕る、というのはいかがなもんですかな?」

「おお、それはよろしいですなあ。殿下、麿(まろ)も賛同いたしますぞ」


 ああ、やはり来てしまいましたか──。小一郎殿、お願いだからうまく切り抜けて下さいよ。


「さて、羽柴小一郎長秀さん──」


 関白殿下が、もったいぶったように声を掛けられます。


「は」

「此度のそちの働き、誠に見事。

 覚恕様が無事なことを確かめましたらば、麿はそちが官位を得られるようお上に奏上するつもりじゃ。

 あれほど叡山に御英慮の大切さを説かれた、尊王の(こころざし)(あつ)い長秀さんなら、当然、お上の感謝のお気持ちを受けて下さいますな?」


「──いえ、無論、(つつし)んでご辞退申し上げますが」






「は? ──辞退? まさか今『辞退する』と言われましたんか?」


 関白殿下は、何を言われたのか一瞬わからなかったようです。

 大概の大名や国人衆が、朝廷に献金を積んでまで欲しがるのが『官位』です。まして、小一郎殿のような百姓上がりが献金もなしに官位を授かるなど、まさに異例中の異例。

 随喜(ずいき)の涙を流して有難がってしかるべきなのに、それがまさか、これほどあっさり断られるとは──。


「それはまさか、御英慮に逆らう、ということであらしゃいますのか?」

「いえ、殿下。これから奏上されるというのであれば、まだ御英慮は下されておらんということでございましょう?

 ですから、奏上がなされる前に、ご辞退申し上げておるのです」

「な、何ですと──お上からの感謝の気持ちを受けられない、受け取りたくないと言われますのか?」


「──恐れながら申し上げます!」


 関白殿下を威圧するように、小一郎殿が力のこもった声を発しました。


「それがしはあくまで羽柴藤吉郎秀吉の家臣! 帝からご覧になれば、陪臣(ばいしん)のそのまた家臣にすぎません。そのような小物に官位など分不相応、あまりに恐れ多いことにございましょう」

「──」

「それに、臣下の身で主君を差し置いて官位を受けるなど、断じてあってはならないことにございます。それでは家中の『長幼(ちょうよう)(じょ)』というものが乱れます」


「し、しかしですな、お上からの感謝の気持ちを受け取らぬというのは、あまりに不遜(ふそん)、不忠というものではあらしゃいませんか?」

「無論、わかっております。

 どうしてもそれがしに官位を授けるということであれば、ご辞退申し上げた上で、帝への不遜不忠の詫びとして──それがしは腹を斬ります」


「なっ──!?」

「当然、ご辞退の理由については文にて帝に釈明いたしますが、その文中で関白殿下にご辞退の意を事前に伝えてあったともお伝えいたします。さて──」


 ──形勢逆転、ですかね。


「それを見た帝のお怒りは、はたしてどちらに向きますかの?

 腹を斬って謝罪したそれがしに、か──それとも、それがしが腹を斬るとまで言って断っているのに無理に官位を奏上なされた殿下に、ですかの?」

「──っ!?」


「──もうよい、そこまでじゃ。控えよ、小一郎」


 ここで、ようやくお館様が介入されました。


「はっ」

「関白殿下、ここは折れて下され。

 こやつは実に兄思いでな、兄より上に行こうなどとは微塵(みじん)も思っておらん。

 無理に兄より上の扱いを受けて兄の不興を買うくらいならば、こやつは躊躇(ためら)いなく腹を斬る、そういう男じゃ。

 それとも──何ですかな? 殿下は、織田家にも羽柴家にも欠かせん貴重な人材を奪おう、とでもいうおつもりですかな?」

「い、いや、麿にそんなつもりは──」

「どうしても小一郎に官位を授けたいというのであれば、藤吉郎が官位を得た後、藤吉郎より低い官位で、ということになされませ。

 小一郎、その条件で、という話なら断らんな?」

「は、そういうことでしたら」






 結局、小一郎殿の官位の話はなし崩しにお流れとなり、いささか白けたように公家衆が退席していかれ、残るは織田家のものだけとなりました。


「ふう、まったく、あのお方は余計なことを……。

 小一郎、あの方々をやりこめ過ぎてはいかん。後々が面倒だからな。

 ──これで諦めて下されたと思うか?」


 お館様が少し姿勢を崩しながら尋ねられます。


「さて、なにしろ海千山千の方々ですからなぁ。まだ、わしなんぞに考えもつかん何かを仕掛けてくるやもしれませんな」


「──何だかよくわからんな」


 ふいに柴田様が口を開かれました。


「官位などただの肩書ではないか。向こうがくれるというのだ、有難く貰っておけばいいだけではないか。

 何だか妙に勿体(もったい)をつけおって──兄弟そろって生意気な……!」


 ──あ、お館様と目が合ってしまいました。『たわけの相手は面倒だからお前が説明しろ』ということですか……。


「柴田様。殿下のあれは、何も善意で言われてるわけではないのですよ」

「何?」

「公家衆の間を走り回って六角追討にまとめたのは藤吉郎殿です。なのにほとんどそのことに触れずに、小一郎殿だけをやたらに持ち上げた。

 あれは、御兄弟の仲に小さなひびを入れるための罠です。

 ほら、かつて鎌倉殿(かまくらどの)(みなもと)頼朝(よりとも))と九郎判官(くろうほうがん)(源義経(よしつね))の仲を裂いた、あのやり口ですよ」

「お、おう、なるほど……!」


「──まあ、わしは公家衆のやり口はよくしっとるからの、こんな手にひっかかったりはせんわ! 小一郎あってのわし、わしあっての小一郎、わしの自慢の弟じゃからな!」


 藤吉郎殿がことさらに明るく笑って見せます。


「いや、お二人の仲は大丈夫だと思うのですけどね。

 ただ、周囲の者に『あの兄弟はどうも憎しみ合っているらしいぞ』と吹き込んで、二つの派閥(はばつ)が出来るよう仕向けたりと、嫌らしい手口を色々知っている方々ですからね」


「むう、そういうものなのか──」


 ようやく、柴田様にもご理解頂けたようですね。






「──お館様、ここはひとつ、ちょっとした手を打っておきましょうか?

 どうも、あのご様子だと、殿下は『ついうっかり』わしの官位を奏上してしまったりしかねんですしの」


 小一郎殿がぽんとひとつ手を打って話し始めました。


「む? 何か策があるのか?」

「せっかくお館様と兄者から一字ずつ頂いたわしの『長秀』という(いみな)ですが、丹羽様と全く同じ諱なので、以前から少し申し訳ない気がしてまして──。

 この機に、前後を入れ替えて『秀長』と改めてもよろしゅうございますか?」

「ん? ──ははは、なるほど、そういうことか。『羽柴小一郎長秀』あてに官位を与える勅使(ちょくし)が来られても──」

「『そんな名前の家臣は当家にはおりませんが何かの間違いでは? 一度持ち帰ってよくご確認下さい』ということで」

「──おぬしはまた、面白いことを考えつくのう。いいだろう、許す」






 さて、そろそろ散会かという空気になって来ました。

 奇妙丸様が今か今かとそわそわしてらっしゃいますが──。


「さて、そろそろか。他に何かあるか?」

「! ──父上!──」

「恐れながら! ひとつ献策したき議がございます! 

 お館様、この大軍の余勢を借り、もう一人の朝敵、宇津右近太夫(うこんだゆう)を追討するというのはいかがかと」


 奇妙丸様が声を上げられるのを遮るように、ひときわ大きな声で発言されたのは──意外にも、明智十兵衛殿だったのです。






 明智殿がつらつらと口にされているのは、私がお二人に話した内容とそっくり同じものです。

 これはどうやら、立ち聞きされてましたかね──?


 ああ、奇妙丸様、おかわいそうに。先程まであんなにわくわくされていたのに、涙目で藤吉郎殿を(にら)みつけています。


『猿、お前、十兵衛にも話したのか!?』

『とんでもない、わしゃ言っておりませんぞ!』


 藤吉郎殿が無言で顔の前でぶんぶん手を振って否定しますが、ずっと恨めしそうに睨んでますね。


「──なるほど。禁裏御料(きんりごりょう)を取り返して差し上げれば、織田に対する批判も抑えられるやも知れんな。

 よし、いいだろう。

 十兵衛、おぬしの兵は大原あたりに展開していたな。京の側を固めておる二万五千を預ける。叡山の投降と公方の件が片付いた後、宇津追討を任せる」

「は、有難き幸せ!

 それと、朝敵追討ということであれば、お館様の名代(みょうだい)として、どなたか織田の名を持つお方を総大将にお付けいただけないかと」

「ふむ。誰がいいかのぅ──」

「奇妙丸様では如何(いかが)でしょうか?」


 十兵衛殿から提案が出たとたん、奇妙丸様の表情が一気に明るいものに変わりました。


「奇妙丸だと? 元服前だし初陣もまだだぞ? ──いや、待てよ、よい機会か……。

 奇妙丸、やってみるか?」

「は、無論です! 必ずや果たして見せます!」

「よかろう。──三十郎(さんじゅうろう)(織田信包(のぶかね))、一緒に行ってやってくれるか?」

「はっ」


 補佐役にお館様の信頼厚い弟の信包様をつけられて、宇津追討の陣容が固まったようです。


 立ち聞きした話を抜け目なくご自分の手柄にして、さらに奇妙丸様にも恩を売る──。

 明智十兵衛光秀殿、なかなかに(あなど)れないご仁ですね。


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