034 お説教 竹中半兵衛重治
前回が殺伐とした話でしたので、今回はお口直しに軽めのエピソードを……w
さて、お館様の命で我々は北近江に戻ることとなりましたが、その前に岐阜でいくつか片づけなければならない用事があったのです。
まずはお館様に、清酒の手付金の一部を先に貰えるようお願いしなければ、と思っていたのですが──。
驚いたことに、清酒奉行の丹羽(長秀)様が気を回して、羽柴屋敷に金を持って来て下さいました。
「鉄砲の量産にも、先立つものが必要かと思うてな。お館様にお許しを貰って来てやったぞ」
「おおっ、これはかたじけない! 今からお願いしに行かねば、と思っていたところなのです。丹羽様、誠に有難うございます」
「なあに、わしも清酒の総奉行という事でいささか儲けさせてもらっとるからな、お安い御用じゃ。
それに、わしも少しは機転が利くところをおぬしらに見せておかねばな。
──これからも丹羽家と羽柴家、うまくやって行こうぞ」
それから、小一郎殿が不調から回復したということで、織田筒に強い関心を持つ重臣方の来訪が続き──。
また、浅井長政殿には、治部左衛門殿を召し抱えた事の報告と謝礼に伺いました。
──少し意外だったのは、了斎殿とフロイス殿が羽柴屋敷に訪ねてきたことです。
「京に戻る前に、ご挨拶をと思いまして。
先日は大変失礼をいたしました。また、肥前の人買いの件のご忠告、誠に有難うございました」
「やはり、小一郎様は慈悲深い方デシタ。あの忠告を無駄にしないよう、何とか商人どもを説得してミマス」
「はは、まあ、頑張って下され」
「はい。本国の奴隷貿易も、難しいとは思いますが、何とか止めるよう提案し続けマス。
小一郎様にキリシタンになっていただくためには、まずはそこからですカラ」
「え? ──まだ、諦めては下さらんのですか?」
「勿論デス、今は無理でも、いずれは、ト。
小一郎様は将来、商人になってキリシタンの国々とも商売するおつもりなのですヨネ? それならば、同じキリシタンになっておいた方が何かと有利だと思いマスヨ?」
「──は、ははは……」
さすがに、はるばる海を渡って来るような方は、性根が座ってますね。
──色々と雑事を片付けて、三介殿や与右衛門殿と共に、ようやく小谷の羽柴屋敷に戻って来ました。
門をくぐった途端走り出して、雪まみれのまま真っ先に玄関に飛び込んだのは三介殿です。
「伯母上、ただいま戻りました!
父上に今のわしのすがたを見ていただき、たいそうほめていただきましたぞ!」
「まあ、それはよかったですね。三介殿の頑張りの成果ですよ」
「何を言われます、みな、伯母上のおかげです! 父上にも伯母上がしてくれたことをちゃんと伝えてまいりました。
父上が、重臣方の前で、伯母上こそ三国一の嫁だとぜっさんしておられましたぞ!」
「何とまあ、とても名誉なことで──」
久々に会うおね様に少し甘えるような三介殿の声を聞きながら、雪をはらって玄関に入ると、温かさに生き返るようです。
「おね様、ただいま戻りました」
「義姉上、ただいま戻りました」
「────お帰りなさいませ、小一郎殿、半兵衛様」
我々に向けられたおね様の声のあまりの冷ややかさに、まるで極寒の地に叩き出された心地がしました……。
「お疲れのところ申し訳ありませんが──お二人にはとても大切なお話があります」
「……あのう、義姉上、せめて何か温かい飲み物でも──」
「後になさい。──二人とも、そこにお座りなさい」
中広間で、小一郎殿とふたりで、おね様と対峙します。
ええと、何か私たちに、おね様を怒らせるようなことでもありましたかね──?
「──お二人とも、何か私に報告せねばならないことがあるのではないですか?」
怒りを押し殺したようなおね様の問いに、小一郎殿が首を傾げます。
「報告ですか? えーと、まず新式鉄砲のお披露目は上首尾でした。今の三介殿を伊勢衆に見せるのも──」
「そのことではありません」
「──ああ、兄者はお役目でしばらく京に滞在です。春ごろに大きな動きがあるので、それまではなかなか戻れないのではないかと──」
「そのことでもありません」
「うーん──ああ、あと、わしの秘密を知る者が二人ほど増えて、忍びを里ごと召し抱えて、伴天連から切支丹になるよう勧誘されました」
「そんなことでもありません。
──たったひと月足らずの間に、何ですかその盛り沢山な内容は!?」
「うーん、他には何が──」
「まだわからないのですか? ──お駒殿のことです」
……あぁっ、しまった──っ!?
「ああ、お駒たちなら菩提山城で無事、新しい生活を始めたところですが──」
いや、小一郎殿、その話ではなくて、ですね──!
「──嫁取りの件、お駒殿に決めたそうですね? 私、聞いてませんでしたけど?」
「あ、あの、おね様、その件についてはですね、それがしの妻が──」
「いきさつは結構です。仔細は、お駒殿から来た文にしたためてありましたので」
ぴしゃりと言い放ち、おね様はふところから一通の文を取り出しました。
「半兵衛様の奥方様の誤解を解くためとはいえ、よりにもよってお駒殿のお相手が小一郎殿だということにするなど──
あなた方は一体、何 を 考 え て い る の で すっ!!」
おね様の裂帛の怒声が広間中に響き渡りました。
「だいたい、お駒殿にすでに決まったお相手がいるということにするなら、それこそ与右衛門殿でもよかったではないですか!!」
「──いや、義姉上、そりゃさすがに無理じゃ、あの堅物の与右衛門にそんな芝居が出来るとお思いですか?
与右衛門とお駒が、ふたり仲睦まじく語らい合っているふりとか──」
「ぅぐぇ……ぅ──」
おね様の口から、カエルが踏み潰された時のような呻き声が漏れます。どうやら、うっかり世にも珍妙な光景でも思い浮かべてしまったのでしょう。──私も少し危なかったですし。
「──ゴホン! そ、それは無理だとしても、何も小一郎殿にすることはないではありませんか! ついこの前まで仇と思っていた相手と、方便とはいえ、許嫁ということにされてしまったのですよ!?
──確かに、お駒殿はいい子です。あのような子が私の義妹になってくれるのは、素敵なことだと思いますよ? でも、お駒殿の気持ちはどうなるのです。どれほどやりきれない気持ちになったと思うのです!?」
「あ、義姉上、それはわしも考えましたが──」
「お駒殿の文にも書いてありましたよ? 『あまりに急なことで、戸惑っております』と。
あなた方はこんな小手先の小芝居で、この先、お駒殿に良き縁談が来る可能性をも潰してしまったのですよ? 小一郎殿、そのことにいったいどう責任をとるおつもりなのですか!?」
「い、いや、その場合はわしが責任を持って嫁ぎ先を探すか、最悪、わしの嫁に貰うかしてですね──」
「そうこうしているうちに、あの子が行き遅れてしまったらどうするのですっ!
あなた方は、女の子が嫁に行くということの重みを何と心得ているのです!?
それに、仇である小一郎殿の嫁にされてしまうなど、それこそお駒殿にとっては最低最悪の結末ではないですかっ!!
今すぐにでも菩提山まで引き返して、撤回してきなさいっ!!」
ああ、これはまずい。おね様は着物の日以来、駒殿に会ってないですからね。
小一郎殿の話をしている時や、直に会った時の駒殿の様子を見れば、すぐに気付けたはずなんですが──。
仕方がないですね。──駒殿、あなたに無断で種明かししてしまいますが、どうかご勘弁下さい。
「あのう、おね様──」
「半兵衛様は口を挟まないで下さいませっ!!」
「いえ、そのですね、駒殿のお気持ちなんですが、心配はいらないと思いますよ」
「はぁっ!? 何を言っておられるのです!?」
「いや、その文にも『戸惑っている』とは書かれていても、たぶん『嫌だ』とは書かれていなかったでしょう?」
「え!? ──ええ、それはまぁ……」
おね様の勢いが少し弱まりました。ここです!
「大丈夫です。駒殿は──ご本人もまだうっすらとしか自覚していないようですが、小一郎殿のことをちゃんと懸想しておられますよ」
『は? ──はあぁっ!?』
私の発言に、お二方が声をそろえて仰天します。まあ、それはそうですよねえ。
「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ半兵衛殿! いくら何でもそりゃないじゃろ!?
与右衛門も、お駒がまだわしの命を狙って妙な目で隙を窺っとると言っておったし──」
「懸想するお相手を熱いまなざしで見つめるなど、ごく普通の事ではないですか。あのまなざしは、どう見ても恋する乙女のそれでしたよ?
やれやれ、まったく与右衛門殿はどこまで朴念仁なんだか──」
「待って下さい半兵衛様! ついこの前まで仇と憎んでいた相手なのですよ!? それを──」
「おね様、お忘れですか? 元々、駒殿が憎んでいたのは藤吉郎殿ですよ?
それを、急に小一郎殿から『わしを憎め』と言われても、そう簡単に憎む相手を変えられると思いますか?
何とか憎もうとして小一郎殿のことをずっと考えても、浮かんでくるのは小一郎殿の機転で命を救われたことばかり。──そのうち、いつの間にか想いが変わってしまっても不思議ではありませんよ。
何しろ、人を憎むことも、懸想することも、強く誰かを想い続けるという意味では同じようなものなのですから」
「……そ、その、半兵衛殿、いつからお駒の気持ちに気付いとったんじゃ?」
しばしの沈黙の後、小一郎殿がおずおずと訊いてきます。
「んー、割と早かったですね。おね様が着物を持って行った日でしょうか」
「まさか!? 小一郎殿と出会った次の日ではないですか──!?」
「まあ、その時は、何故か小一郎殿の事で頭がいっぱいになってずっともやもやするとか言ってまして、もしや、とは思ったのですが。
はっきり確信したのは──関ケ原で小一郎殿と再会したあたりですかね?」
「な、何でもっと早く教えてくれんかったんじゃ!」
「面白そうだったからです」
お二人が、口をあんぐりと開けて固まってしまいました。
──うん、駒殿には悪いですが、この顔を見たかったのですよね。
「お二人がこの先どうなるか、一人で密かに観察して、にやにやしながら楽しもうと思っていたのですけどね。まさか、あんな急展開になるとは──」
「──な、何て悪趣味なんじゃ……」
さあ、形勢逆転です、私の責任を追及されないうちに、そろそろ畳みかけましょうかね。
「それにしても──小一郎殿!!
よりにもよって、与右衛門殿の間抜けな見立てを鵜呑みにして、駒殿の気持ちにまったく気づかないとは、うかつにも程があります! 駒殿がかわいそうではありませんか!
小一郎殿も、『駒殿を嫁にすることに異存はない』と言ってましたよね?」
「お、おう……」
「女の人にはそれでは駄目です。『異存はない』ではなく『お前を嫁に欲しい』とはっきり言って欲しいものなのです。
駒殿を嫁に欲しい、と思ってますか?」
「そ、そりゃ、まあ、の……」
「はっきりしなさい! 駒殿のどこが良くてそう思ったんですか!」
「──い、意思が強そうなところじゃ! お駒なら、ただわしに守られるだけでなく、苦難を共に乗り越えてくれそうだと思ったんじゃ!」
「──それだけですか?」
「あ、い、いや、その──見た目も別嬪だとは初めから思っとったし、わしにずけずけとものを言ってくるところも楽しいし、その、少し意地っ張りなところも可愛いと──」
もう、顔が真っ赤ですね。
何だかんだ言って、もうすっかり惚れ込んじゃってるじゃないですか。
──まあ、この辺で勘弁してあげましょうかね。
「だったら、それを文にでも書いてあげなさい!」
「は、はい──!」
「──それと、おね様! 駒殿に返事は出しましたか?」
「い、いえ、まずはお二人に問い質してから、と思っていましたので──」
「だったら、すぐにでも書いてあげて下さい!
いいですか、貴方が義妹になるのがとても待ち遠しい、とでも書いてあげて下さい。
駒殿が『嫌だ』ではなく『戸惑っている』と書いてきたのは、実は内心、信頼するおね様に背中を押してもらいたかったからなのです。その辺を汲んであげて下さい!」
「は、はい!」
「──では、二人とも文を書いて下さい、ほら、ちゃっちゃと動いて!!」
『は、はい!』
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