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【本編完結!】戦国維新伝  ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候  作者: 歌池 聡
第三章  織田筒

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022   関ケ原を行く   藤堂与右衛門高虎

話数が増えてきたので、章分けをしました。

あと、半兵衛視点の話が増えてきたので、今回は別の者の視点にしてみました。

──またご感想、ご評価をお待ちしています。

 小谷の羽柴屋敷から美濃の菩提山城まではおよそ八里。

 馬に揺られながらゆっくり進んでも、朝に出立して夕方には着く。大した距離ではない。

 もっとも、こんな雪の多い時期にわざわざ行くことがあろうとは思ってもみなかったのだが。




 羽柴家が、どうも俺が知っている武家とはかなり違う変な家だということは、仕官してすぐに気づいた。

 何しろ、仕官が認められた初日に、紹介された奥方のおね様からいきなり、『あら、じゃ、一緒にご飯食べていきなさいな』などと誘われたのだ。

 主君の御舎弟といきなり食事の席を同じにするというのも驚きだが、さらに女性のおね様まで一緒だったのだ。

『あら、うちでは昔からこうですよ』と、気にする様子もない。


 まあ、御大将が百姓の出だというのは以前から聞いていたし、ご本人も公言されているのだが、いくら何でも今の御身分にふさわしい武家のならわし、というものがあると思うのだが……。


 おね様はおおらかで、家臣にも良く話しかけて来られるお優しい方なのだが、困ったことに、事あるごとに俺や他の方々をからかおうとしてくる。能天気なようでいて、時に鋭いことを言ってきたりもするし、ついでに三介殿をおだてるのが異様に巧い。よくわからん。


 ──そして、もっとわからないのは御舎弟の小一郎様だ。

 俺でもまだ足元にも及ばぬほどの凄い剣豪なのに、なぜか人を斬るのが嫌いだという。

 この前も、御大将襲撃犯をあっさり許してしまっているしなぁ。


 いつもふらふらと領内を回って、鉄砲の改良だの、清酒の改良だの、農機具の改良だの、およそ武家の仕事とは関わりのないことにばかり首を突っ込んでおられる。


 ──まあ、確かに、あの新式の鉄砲は凄い。

 俺や三介殿も試射に付き合っているが、これまでの鉄砲とは射程距離も命中率も格段に違う。

 だが、それって家臣筆頭がやるような仕事なのか!?


 ──そういえば、三介殿のこともよくわからん。

 おね様の親戚だとは聞かされたが、すぐに本当の素性には察しがついた。

 気付いているのかいないのか、ご自分で妻の名が雪姫だとか、伊勢に教育係がいるだとか、あっさり口にしてしまっているしなぁ。

 何故、北畠家に婿入りした茶筅丸様が、偽名を使ってまで羽柴家に逗留しているのかはまだ謎なのだが。


 ──と言うか、俺のような若造にあっさり見破られるようでは駄目だろう?

 羽柴家って、全体に少し緊張感が足りなさ過ぎないか?






「このあたりが関ケ原か──」


 広々とした野が開けた場所に出た。一面雪に覆われているが、このところ好天続きだったためか、街道は乾いていて馬の歩みも捗りやすい。


「はい、三介殿。ここは何百年も前に帝の跡目を巡って、大海人皇子(おおあまのみこ)大友皇子(おおとものみこ)の軍勢が戦った古戦場なのですよ」

「ふぅん──なるほど、いかにも大軍同士が戦えそうな開けた場所だな」

「いい考え方ですね。

 こういう旅の最中にも、漫然と景色を眺めるだけではなく、ここで戦うならどこに布陣すべきか、敵が潜むならどの辺りを選びそうか、などと考えてみるのはとても良いことですよ」

「なるほど」


 半兵衛殿と、虎松を前に乗せた三介殿が馬上でそんな会話をしていると、ふと駒殿が馬を寄せてきた。

 今日は一人で騎乗しているのだが、さすがに武家の娘、馬の扱いは慣れたものだ。

 ちなみに、道中では若侍のような男装をしている。


「──ねえ、与右衛門殿。三介殿って何者?」

「は?」


「おね様の甥御だとかいう事だけど、それにしては半兵衛様の気の使いようが、ね。

 半兵衛様って与力武将でしょう? 羽柴家の家臣ってわけじゃないわよね。

 それにしては三介殿も随分、半兵衛様に偉そうに口をきいているし……」

「し、知らん! 三介殿はおね様のご親戚、それがしはそう聞いている! それ以上でもそれ以下でもない!」

「ふぅん、ま、いいわ。

 あんたって隠し事が下手ねぇ。今の答え方じゃ、『何か知っているけど教えられていないから言えない』って言ってるのも同じよ。ほんと、不器用よね」 


「……お前、俺に対してだけは、本っ当に辛辣だな」

「口調が素になってるわよ。

 ──まあ、あんたは第一印象が最悪だったからね」

「ふん、お互い様だ」


 ──やっぱり俺はこいつが苦手だ。






 昨日、半兵衛殿とおね様の護衛でこの娘の家を訪ねた時。

 駒殿の手首に、まだうっすらと俺がつかんだ時の跡が残っているのに気が付いた。

 で、折を見て、俺としてはずいぶん勇気を振り絞って、駒殿に謝罪をしたのだ。


「駒殿、その──昨日はすまなかったな」

「は? 何が?」

「いや、そなたを取り押さえたこと自体は、お役目でもあるので謝るつもりはないのだが──少し力を入れ過ぎていたようだ、その点については謝る」

「はぁ──あんたねぇ、たかが小娘を取り押さえるのにどれだけ力込めてるのよ。

 おまけに、謝罪とか言いながらその仏頂面──あんた、このままじゃ女の子にもてないわよ」

「余計なお世話だ!」


 ──くそ、今思い出しても腹が立つ。






 道中、ちょっとした見晴らしのいいところで小休止をして、軽く握り飯などを食う。


「ああ、旨い。──うん、この分なら、まだ日の高いうちに着けそうですねぇ」

「あの、半兵衛殿。その、もう少し緊張感を、ですね……。

 途中で、六角や野盗の奇襲などあるかも知れませんし──」

「ははは、彼らはこんな雪の中で待ち伏せするほど、勤勉ではありませんよ」

「そうだ、心配しすぎだぞ与右衛門殿。

 ここならまわりもよく見えるし、一面まっ白だから、近づいてきても目立つ。与右衛門殿とわしの『織田筒(おだづつ)』でなら、かんたんにねらい撃ちじゃ!」


 威勢よく言った三介殿に、虎松が問いかける。


「あの、三介どの、『おだづつ』とはなんですか?」

「羽柴家が作った新式のてっぽうだ」

「しんしきのてっぽう!?」


 虎松が目を輝かせて話に食いつく。やはり幼くとも武家の子だな。

 ──あ、いや、三介殿! 駒殿の前でその話はまずいっ!


「おお、そうだぞ虎松。今までのてっぽうよりも強くて、ずーっと遠くまでとどくのだ。小一郎殿が改良したのだぞ」

「小一郎が……?」


 む、駒殿が眉間にしわを寄せている。やはり、まだ恨みは消えていないのか……?


「──あの、半兵衛様。近所の人が噂してたんですけど、小一郎──殿は人を斬るのが嫌いだっていうのは本当ですか?」

「ええ、本当ですよ。金ケ崎でも十数人、全て峰撃ちで倒したと聞いています」

「でも何か変じゃないですか、それ? 人を斬るのが嫌いとか言いながら、鉄砲を改良して強くするのって、ちょっと矛盾してません?」


 ──そう、実は俺もそこのところが少し引っ掛かっていたのだ。


「そう見えるかもしれませんね。でも小一郎殿は、より多く敵を倒すためというより、戦を避けるために、と言ってましたよ」

「何それ?」


「──与右衛門殿。そなたならどうです?

 自分が旧式の鉄砲隊百人を率いていたとして、相手が織田筒の鉄砲隊百人、その性能の違いも良く知っている。

 その状況で戦いを仕掛けますか?」

「仕掛けませんな。まず勝ち目がないので、その部隊との戦いは避けます。

 それがしは、どこぞの無鉄砲なイノシシ娘とは違います」

「イノシシ娘って誰のことよっ!」


「まあまあ、二人とも。

 ──まあ、部隊単位ならその戦いを避けることも出来るでしょうが、では、相手の全ての部隊が織田筒だったとしたら?

 圧倒的な力の違いを見せつけることで、早くに相手の戦意を失わせたり、場合によっては織田に歯向かうことを始めから諦める陣営も出てくるかもしれない。

 つまりはそういうことですよ」


 おお、なるほど!


「ふうん──小一郎って、やっぱり変なやつ……」


 ──無礼な奴だなこいつ。


「ところで、駒殿。

 今言った織田筒のことですが、ここにいる者と、羽柴の御兄弟しか知らない秘密の話です。

 新年の評定でお館様や重臣方には披露することになっていますが、しばらくは竹中家に行っても口外無用で願いますね」


 ──いや、半兵衛殿、さすがにそれは少し甘すぎやしないですか?


「それと、一昨日の襲撃の件ですが、これも口外しないでください。

 さすがに弟にだけは、事前に文で事情を伝えてありますが、それ以外のものには普通に奉公先を斡旋しただけ、という事にしたいので。

 例え私の妻に聞かれても、絶対に言わないでくださいね」

「誰にも言いませんよ。せっかくの働き口、フイにしたくはないもの。──それよりも」


 駒殿が、少し呆れたように、三介殿の方に目をやる。

 ──あああ、三介殿、荷物から織田筒をわざわざ取り出して、虎松に見せて自慢してしまっているし。


「──むしろ、三介殿から秘密が漏れることを心配した方がいいと思うんですけど?」

「……留意しておきましょう」


 すると、虎松にいいところを見せたいのか、調子に乗って次々に鉄砲を構える様々な姿勢を取っていた三介殿が、ふいに遠くに何かを見つけた様に顔を上げられた。


「おや? ──半兵衛殿、どうやら『うわさをすればかげ』みたいだぞ」


 三介殿が示す方には、はるか後方から単騎で近づいてくる、ちいさな影がひとつ──。


「……おぉーい、半兵衛殿ぉ──……」

「おや、小一郎殿ですか」

「なっ──!? こ、小一郎っっ!?」


 急に、駒殿がおたおたと慌てだした。──怪しい。 

 声も裏返っているし、顔も紅潮して少し強張っている。

 ──こいつ、まさか、まだ何か良からぬことを企んでいるのではあるまいな。

 小一郎様には出来るだけ近づけないようにせねばなるまい。

 俺は、気を引き締め直して、さりげなく駒殿の近くに馬を寄せた。


 ──半兵衛殿、あなたもにやにやしていないで、少しは緊張感を持って下さいよ!


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