外伝01 初恋 北畠雪
時期としては054部分『巣立ち』の後、三介が近江から伊勢に戻る時の話になります。
それは、秋が深まる頃のことです。
遠縁の親族に慶事があり、私は義父(北畠具房)の名代として祝いを述べに赴きました。
義父はかなりの巨漢で、馬に乗るのも一苦労。その跡取りとなる私の夫(北畠三介)も、長らく近江に行ったままですので、私が代わって行くと申し出たのです。
「──お雪様、そろそろ紅葉も終わりですね」
駕篭の横を歩いてついてくる侍女のお園が、ふと声を掛けてきました。
そっと小窓を開けてみると、ぼんやり見える遠くの山並みの色合いはあせた茜色で、さらに遠くの山の上の方は、あれは雪なのかしら──?
「あっ、お雪様、また目つきが──。
そろそろ、気をつけるようになさいませんと」
小さな声でお園がたしなめてきます。いけない、また目を細めていたのかしら。
──実は私は、かなりの近目(近眼)です。小さな頃から源氏物語などを読むのが好きで、ずっと暗くなるまで夢中で読んでいたせいなのでしょう。
ものをよく見ようとすると、つい目を細めてしまいがちですし、特に左目が悪いのでそちらをより細めてしまい、かなり目つきが悪くなるそうなのです。
家中の口さがない者たちが、こっそり『眇めの姫君』などと呼んでいることにも気づいてますし。
──まあ、北畠という名門の娘に生まれついた以上、いずれ政治の道具としてどこかの家との縁を結ばされるでしょうし、容姿などあまり関係はないと思っていたのですが。
それでも年頃ともなると、やはり物語に出て来るような見目麗しい殿方との情熱的な恋に憧れる気持ちは密かに抱いていたのです。
あの婚儀が結ばれるまでは、ですが──。
「よろしいですか、お雪様。もうじき茶筅丸殿──もとい、三介殿が近江から戻られるとのこと。
三介殿に、あのような表情を見せてはなりませんよ。『尾張の山猿』なんぞに侮られてなるものですか」
お園のお小言は延々と続いています。
仕方がありません。お園ばかりでなく、家中の者には三介様や織田家から来た家臣団への対抗意識が強く残っているのです。
──北畠家はおととし織田に攻められ、和睦の条件として跡取りを強引に押しつけられてしまいました。決していくさで負けたわけではなく、むしろ大河内城の攻防ではこちらが優勢だったのです。しかし補給線を断たれてしまい、このままでは干上がってしまいかねないということで、やむなく公方様による仲裁を受け入れたのです。
当主である兄上(具房)には、織田家と婚姻を結べるような子がいません。そこで、妹である私が兄上の養女となり、織田家から婿を迎えるということになったのですが──その婿となるのが出来が悪いと噂の次男だということが、名門たる北畠家にとっては耐えがたい屈辱だと受け止められてしまったようなのです。
私と三介様との初対面は二年ほど前、大河内城の戦いの少し後のことです。──当時はまだ幼名の『茶筅丸』と名乗っておられましたが。
婿として家臣団とともに大河内城に来ているはずなのに、正式な対面は何日もなされないままでした。
さすがに私にも理由に察しがつきます。御隠居様(北畠具教、雪の実父)には、私と茶筅丸様とを本当の夫婦にするつもりなどさらさらないのだ、ということに。
恐らく、機会を伺って織田とは強引に手を切り、再び雌雄を決しようとでも思っておられるのでしょう。
まあ、私としても、会ったこともない茶筅丸様に何の思い入れも持ち合わせていませんし、会わないことに何の不都合もなかったので、そのままにしていたのですけど。
ですが、その日──侍女たちと縁側の廊下を歩いている時に、織田の家臣団と茶筅丸様とおぼしき一行と鉢合わせしてしまったのです。
廊下の向こうから歩いてくる茶筅丸様は、老臣のひとりからお小言を言われているようで、ちょっとふてくされた様子でした。
その老臣が私たちに気づいたのか、廊下の端に寄って膝をつけて頭を下げます。それに倣い、他の家臣たちも私たちに道を譲る形になりました。
「誠に失礼ながら、お雪の方様とお見受けいたします。それがし、織田家から参りました津田掃部助(忠寛)と申します。
──お風邪を召されて臥せっておられるとお聞きしておったのですが?」
いけない。私の体調不良を口実に、茶筅丸様との対面を延期し続けていたんでしたっけ。
私が袂で口元をおさえて空咳をしてみせると、侍女頭のお園がすかさずかばうように前に出てくれました。
「左様じゃ、掃部殿。今はたまたま薬師に会いにいくところで、未だお加減も優れませぬ。
立ち話をしているほどのゆとりはございませぬゆえ──」
「しかしながら、ほんの一瞬、我が殿にご尊顔を見せていただくことくらいは叶いましょう。
それすらも出来ぬということであれば、失礼ながら『北畠家には和睦の条件を守る気がない』と受け止めざるを得ぬかと存じますが」
さすがは、織田家から来た家臣団の筆頭だけのことはありますね。掃部殿の言い分はしごく真っ当で、有無を言わさぬものがあります。ここは、顔合わせぐらいは済ましておかぬわけにはいかないでしょう。
そう私も密かに意を決したのですが──。
『わ、若っ⁉ 何をなさっているのですか!』
『お控えください、若様!』
──何と、何を思ったのか、茶筅丸様が廊下からはだしで庭に飛び降り、おもむろに庭の片隅にある木によじ登ろうとしていたのです。
「若っ、こんな時に何をしておるのです! 悪ふざけもいい加減になさいませ!」
掃部殿の怒号は、言葉遣いは丁寧ですが、身がすくむほどの迫力です。さすがに茶筅丸様も木登りをあきらめ、うなだれるように立ち尽くしてしまいました。
「──ご無礼をいたしました。若君はいささか御気分がすぐれませぬゆえ、御顔合わせはまたいずれかの機会に──御免」
掃部殿は取り繕うように早口で言い、茶筅丸様の腕を引っ張ってそそくさと廊下の向こうへと立ち去ってしまいました。
そちらの方から、さっそくお小言が聞こえてきます。
「若っ! せっかくの好機だというのに、何てことをしてくれたのです! 気まぐれも大概になさいませ!」
「い、いや、違うのだ掃部。わしはただ──」
「言い訳はけっこう、少しは大人になっていただかねば困りますぞ! 北畠家に婿入りしたということの意味を何と心得られるのです、だいたい──」
遠ざかっていくお小言を聞いて、お園が少し馬鹿にしたような笑みを浮かべました。
「ふう。やはり、落ちつきのない学問嫌いのうつけという噂はまことのようですね。
お方様、充分にお気をつけあそばせ」
──そう、実は私もその時はそう思っていたのです。
でも、次の日の朝。
目が覚めて、廊下に面した障子を開けたとき、私は廊下に数個の美味しそうな柿が置いてあるのに気づきました。
その下に敷かれた懐紙には、下手な文字で『かぜのときにはこれがいい ちゃせん』と書いてあります。
──その時、私は思い出したのです。昨日、茶筅丸様が登ろうとしていた木が柿の木だったことを。
もしかしたら、このために木登りをしようとしたのでしょうか。私が風邪で臥せっているという話を聞いている最中に、食べ頃の柿に気づき、私に食べさせたいと思っただけなのかもしれません。
確かに褒められた振舞いではないですが、意外と優しいところのある方なのですね。
私はほんのちょっぴり、茶筅丸様のことを見直してあげてもいいような気持になりました。
その後、ほとんど言葉も交わすことのないまま時は過ぎ、茶筅丸様はお館様の命で近江に行ってしまわれました。
その近江での日々の中で、どういう心境の変化なのか、ずいぶんと学問に身が入るようになったということらしいのですが──どこまで本当なのかしら。
最近、文もときおり届くようになりましたが、確かに柿の書付けより字も少しは上達したように見えます。内容も、ずいぶんと背伸びをしたような立派なことがかいてあったりして──。
あの腕白な子供だった茶筅丸様が、次に会う時にはどんなふうになっているのかしら。
そうですね。多少なりとも成長の跡が見られるようなら、ちょっとくらいは大げさに褒めてあげてもいいかも知れないですね。
──私は、何だかしばらく離れていた弟にもうじき会えるような、ちょっと楽しみな気持ちすらも感じるようになっていたのです。
そんなことを考えていると、駕篭の外が何だか騒々しくなっているのに気づきました。
駕篭の歩みが止まり、少し離れたところで荒々しくののしり合っているような声も聞こえてきます。
私が小窓を少し開けて様子をうかがおうとすると、外から小窓が力強く閉められてしまいました。
「お雪様、野盗の襲撃です──! 危のうございますので、そのままお待ちください」
お園の硬い声色に、事態が容易ならざるものだと感じた私は、懐剣をしっかり握りしめました。
「お園、開けなさい。私がここに留まっていたのでは、護衛の者も戦いにくいでしょう。
私も外に出ます」
「お、お雪様、お待ちを──!」
お園が止めようとする前に扉を開け、外に出ると──行く手に三十人ほどの薄汚い格好の野伏たちが、それぞれに武器を手にして立ちはだかっているのが見えます。
こちらの護衛は十人。これは、かなり危ういかもしれません。
「貴様ら、こちらにおわすお方をどなたと心得る! 伊勢北畠家当主左中将様のご息女、お雪様と知っての狼藉か!」
護衛の者たちの恫喝にも応えず、野盗どもはにやにやと下卑た笑みを浮かべるだけです。その後ろから、ひとりだけまともな鎧をつけた騎馬の武者がゆっくりと前に出てきました。
「無論、存じておる。お雪様に危害を加えるつもりは誓ってござらん。
ただ、お雪様にはしばし我らと御同行願いたい」
この男──城内で見た覚えがあります。家中の者なのでしょうか。
いずれにせよ、この戦力差で諍いになるのは避けたいところです。私は、殺気立つ護衛たちを手で制して、声を張り上げました。
「私が雪であると知ってのことなのですね。これは御隠居様の差し金ですか? 私を連れ去って、どうしようというのです!」
「御身の安全は保証いたします。ですが、お雪様にはしばらく身を隠していただき、表向きは野盗に襲われて亡くなったという形にさせていただきたいのです」
「何ですって?」
──その男によると、これは御隠居様のご意向なのだそうです。私が死んだということにして、親族の中から次の婚姻相手を選ぶのに少し時間がかかるという名目で、三介様や家臣の主だったところに一度帰国してもらう。それを期に家中の反織田派で決起し、織田との和睦を破棄しようということらしいのですが。
「和睦を破棄するなど、正気ですか? この和睦は公方様の仲裁によるものなのですよ? それを反故にするなど──」
「なに、その公方様も今や京を追われた身。今さら何のはばかりが要りましょうや。
──お雪様、あの和睦は不当なものです。いくさで負けたわけでもないのに、なぜ名門の北畠家が織田の風下に立たされねばならんのです!
そなたらも気持ちは同じであろう? 織田のうつけ小僧を主として仰ぐことなど、どうして我慢できようか!」
その男が煽るようにこちらの手の者に呼びかけると、皆が納得したような表情を浮かべ始めます。
いけない、これは危険な流れです。充分に気を引きしめねば。
「なるほど、話はわかりました。ですが、どうにも腑に落ちない点があるのです。
なぜ、御隠居様は私に、事前に仔細を知らせていただけなかったのです?」
「あ、いえ、それは──」
男の声にかすかに狼狽の色が混じります。ああ、やはりそういうことなのですね。
「これは、御隠居様の了承を得ていない策──貴殿の独断によるものなのですね? そんな怪しげな話には乗れません、下がりなさい!」
「め、滅相もないことです! あちらの駕篭に、御隠居様からの文がございますので、そちらをご覧になっていただければご理解いただけるかと。ささ、あちらへ──」
「断ります。そんなものが本当にあるのなら、ここまで持ってきなさい」
私が頑なな態度を崩さないので、護衛の者やお園たちも怪訝な顔をしています。ああ、何で気づかないのかしら──!?
「お雪様、その書状を確かめるくらいはよろしいのではないですか?」
「そうです、織田と手を切るためとあらば──」
「その方たち、わからないのですか! この者は、私の安全は保証するとは言いましたが、そなたたちのことは何も言っていないのですよ?
私が野盗に襲われ死んだと偽装するには──いくつか死骸が必要になるではありませんか!」
『──あっ⁉』
私の指摘に、何人かの護衛の者が気を引きしめたかのように刀に手をかけます。
「チッ──まあ、いいでしょう。結果は同じことです」
男が吐き捨てるように言い、肩越しに背後の連中に声をかけました。
「よいな、お雪様には絶対に怪我をさせずに捕えよ。抗うようなら、男どもは斬れ。女どもは──好きに楽しんでもかまわんぞ」
何と下劣な──! 私とて武門の娘、そう易々とやられてなるものですか!
そう覚悟を決めた時──ふいに、腹の底に響くような轟音が響き渡りました。銃声でしょうか。
野盗たちがぽかんと口を開けたまま、私たちの背後の少し上の方を見ています。急いで振り返ると、少し小高くなった丘の頂に、ひとりの騎馬の若者がいました。馬上から天に向けて放ったのか、真上に向けられた銃口からはまだ煙がたなびいています。
「貴様ら、そこで何をしている! 婦女子の一行へのろうぜき、断じて許さんぞ!」
声高に叫ぶその姿は、丘の向こうに沈みつつある夕陽を背に浴びて、私にはまるで後光が刺しているかのようにも見えたのです。
しばし茫然としていた野盗たちは、すぐに我を取り戻し始めました。
「──ふん、若造がひとりか。かまうな、どうせ鉄砲など続けて撃てやせんのだ」
中心の男が、野盗どもに号令を下そうというのか、ゆっくりと刀を抜いて高々と掲げようとしています。
すると、丘の上の若者が鋭い声をあげました。
「小平太、次っ!」
見えないところに控えていたのか、若者の横に少年が立ち上がってもう一丁の鉄砲を渡しました。
「その右手首だ!」
若者がそう叫んで素早く発砲すると──なんと狙いあまたず、男が高く上げた右手首から先を吹き飛ばしたのです! まさか、これほどの距離を狙い撃ちできるだなんて!
「ぐあぁぁぁぁっ!」
男が手首を押さえて馬から転げ落ち、激痛にのたうち回ります。周囲の者たちが狼狽するところに、またあの若者の『次っ!』という声が響きました。
すかさず次の鉄砲を受け取って構えた若者の口から、恫喝の言葉が放たれます。
「見たか、わしはこの距離なら絶対に狙いを外さん! さあ、頭を撃ち抜かれたい奴はどいつだ!」
野盗たちは完全に呑まれてしまいました。真っ青な顔で、どうしたらいいのかお互いにきょろきょろと顔色をうかがうばかりで、撃たれた男を気遣う者もおりません。
そして、若者がすっと右手を上げると、その背後から十数人の騎馬武者たちがわらわらと姿を現しました。明らかに野盗などとは格の違う、歴とした武士ばかりです。
「投降すれば命までは取らん! だが、抗うなら容赦はせんぞ。──者ども、蹴散らせ!」
『応っ!』
騎馬武者たちが一斉に丘を駆け降り、──そして瞬く間に勝敗は決していました。
多少抵抗を試みる者はたちどころに斬られ、ひれ伏して命乞いをする者は捕縛されました。
「逃げた者の深追いは無用! その首謀者は止血してやれ。あとで詮議するので死なせるなよ」
きびきびと指示を出しながら、あの若者がゆっくりと馬を駆って丘を降りてきます。やはりかなり若そうですが、あれほどの武者たちを従えるようなご身分なのでしょうか。
ああ、近目なこの身が恨めしい。その凛々しいお姿をはっきりと見られないなんて──い、いけません、何を考えているのです、雪。私はもう夫を持つ身。そんなはしたないことを考えるだなんて──!
「間に合って何よりでした。皆さま、お怪我はございませんか?」
ああ、お声も涼やかで礼儀正しい。──いえ、そんなことより、まずはお礼を述べねば。
「危ういところを、ありがとうございました。いずれ正式にお礼をさせていただきたく思いますが、失礼ながらどちらのご家中のお方なのでしょう?」
私がそう言うと、その方はちょっとぽかんとしたような顔をされ、そして少し苦笑いを浮かべられたのです。
「それはあんまりですね、雪姫様。もしや、ご自分の夫の顔をお忘れですか?」
「え? ──ま、まさか三介様なのですか⁉」
あの騒動で駕篭が壊れてしまったので、私は三介様の馬に乗せていただきました。三介様はその轡を曳いて、なんと徒歩です。
家臣の方が、馬など自分が曳くから馬に乗るように勧めても、笑って断られたのです。
「雪姫様とゆっくり話せる機会など初めてなのだ。わしにやらせてくれ」
──それにしても、ずいぶんと背も伸びて、雰囲気も大人びてこられました。こんなに短期間で、これほど凛々しくなって帰ってくるなんて、完全に予想外です、反則です!
「あの、三介様。先ほどは大変失礼なことを──」
「気にしてませんよ。自分でも、すいぶん変わったとは自覚しています」
そうは言ってくれるものの、やはり少し申し訳なさは残ります。ここはもう、私の秘密を正直に打ち明けてしまった方がいいのかも。
「三介様。実は私は、かなりの近目なのです。もともと、以前の三介様のお顔もはっきり見えていなかった上に、背格好もずいぶん違っておられたので──」
「え? 何だ、そうだったんですか」
そう答えた三介様の表情は、少し和らいだように見えます。やっぱり打ち明けて良かったのですね。
「──ああ、そういえば以前、切支丹の伴天連から『眼鏡』という道具を見せてもらったことがあります。玻璃(ガラス)をふたつ横に連ねたようなもので、近目の人でも良くものが見えるようになるそうですよ。
あれを姫に取り寄せてさしあげましょう。きっと、見える世界が変わるはずです」
「と、とんでもない!」
三介様の言葉に、横に並んで歩いたお園が悲鳴に近い声をあげました。
「異人の道具など汚らわしい! そんなものを姫様に使わせるなんて──!」
「いや、それは違うぞ、園殿。
漢字も御仏の教えも、元は異国から来たものだ。日ノ本は、昔から異国の良いもの・便利なものをどんどん取り入れてきた国なのだ。
よく知りもせずに『汚らわしい』などと決めつけるのは良くないぞ」
三介様は穏やかな声でお園をたしなめ、引き締まった顔を私に向けてきました。
「これから日ノ本は大きく変わります。異国のものもたくさん入ってくるし、羽柴家の小一郎殿がとんでもない才人で、次々と新しいものを生み出しています。
わしは、北近江でその様をつぶさに見てきました。北近江で新しい産業が次々とおこり、人々が豊かになっていく様を、です。
わしは、あれを伊勢国でもやりたいと思っているのです」
そう言って三介様は、決意に満ちた目を遠く大河内の方に向けました。
「雪姫様──いや、雪。約束しよう。わしは伊勢国を豊かにする。多くの民を幸せにして、そしていつか、『あのうつけが婿に来てくれて良かった』と言わせてみせる。
だから、そなたにはわしのこれからの精進を見ていてほしい。わしのとなりで、妻として、しかと見届けてほしいのだ」
そのお顔に、お声に、胸が高鳴るのがわかります。
ああ、今はっきりとわかりました。これが、私がずっとあこがれ続けていた『初恋』なんだと──。
「承知いたしました。お傍で、しっかりと見守らせていただきますとも。
三介様──いいえ、『我が殿』」




