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【短編】習作・アイデア切り抜き

少年の始まりの契約

作者: 結崎 梟

あらすじ・タグのご確認をお願いします。

「……チクショウ、チクショウ!」


 歯の隙間から漏らすようにそう零した少年は、とある魔法を学ぶ学園の劣等生だった。

「魔法は血に憑く」という言い方をされ、契約した精霊の力を借りて自分一人が行うより上の力をふるう事が魔法と呼ばれるこの世の中で、彼は平民の特待枠として合格しながらも、魔法が使えない『筆記の優等生』として、同じ学年のなかでは蔑まれる立場にあった。


 今日も魔法の模範という名目で同じクラスの貴族から泥を不意打ち気味に浴びせられ、体中泥だらけになり怒りと寒さに震えつつ一人になれる場所、学園内にある深い森の内にある静けさに満ちた泉へとその足は向かっていた。

 その場所はかつて人が過ごしていた小屋などの痕跡はあるものの、今はあまり人に知られた場所ではないようで、度々通う少年も誰一人として見かけたことがなかった。


 泥を洗い落とすのにも寮の近くの水道などには相手が張り込んでるかもしれないためわざわざ森の中を進むが、道なき道を歩いてそこそこ遠い距離にある泉と往復するには、時間の問題から夕食を逃すことも一度や二度ではなかった。

 ただ僅かにその場所のいいところといえば、その場所は風も吹かず他者からの視線などもなくすごしやすい環境にあったので、そこまで行かされる悔しさと空腹を除けば快適であった。

 泉に辿り着いた少年はローブを脱ぎ捨て、近くにある小屋から持ってきたたらいに水を汲んでローブを洗った。

 ローブで防げなかった手足や頭、口の中にまで入り込んだ泥をすすいで、汚れた水をその辺の木々の根元に捨てると、ローブで隠し内側に巻いていた小さな鞄から干し肉を取り出して、齧りながら授業の復習や魔法を使うための試行錯誤を始めた。


 そんなこんなをしていると、さすがに連日いじめを受けて精神が疲労していたのかいつの間にか眠っていた。

 目が覚めた時には満天に星が輝いていて、この時ばかりはすべてを忘れてただ茫然と見惚れるままに時間が過ぎていった。

 ふと、暗い中でも手元がよく見えることに気付き、あたりを見回すと泉が僅かに光を湛えていた。

 小屋から持ち出したものや私物を纏めている木の寝床から泉に近づくと、月光や星の光の反射かと思っていた泉の光はそれ自体が光っているかのようであり、星も月も映さず、覗き込んだ顔も含めて一切の反射をしていなかった。

 さすがにこれほどの深い夜までこの場所にいたことがなく、なにも映さない泉に強い魔法の力を感じて恐ろしくなって帰ろうとしたときに突然声がかけられた。


<ほう、人の気配を感じて見に来てみれば、目覚めたわたしの迎えではなく可愛らしい小童じゃないか>


 脳裏に響くようなその声を聴いて、周囲の警戒と肌身離さず持っている対精霊の魔具を握っていると、それをほめるような声が続いた。


<精霊の存在を感じて一番に警戒をするのは上々。用意している道具は下の上といったところだが正しい効果を持つ物だな>


 そう声を発したその存在は、泉の光と闇が渦巻くように収束し現れた。


「さぁて、迎えは来ぬようだし、目の前のヒトはなかなかの人物のようだな」


 望むなら契約をしてやらん事もない。とそう笑みを浮かべながら手を差し出してきたその精霊は、すべての声を聴きとらんとする獣の耳に他者を魅了する吸血鬼の眼、神を讃え言祝ぐ人の体といった混ざった存在のようであったが、継ぎ接ぎや混ざった不自然さを感じさせぬ、まさに「魔」を体現するような姿であった。


「……代償は、なんだ」


 僅かにほほ笑むだけで惹きつける美しさと惑わすその声に称賛され契約に飛びつきたくなるのを必死に抑え契約の対価を聞いた。

 精霊との契約はその多くが多大な対価を必要とするが、貴族の血筋は一族で担うなり、初代とされる人物などがすでに払い済みであることで、その子々孫々は極めて軽度な、もしくは無償でその血筋に沿った魔法が使えるのであった。

 だからこそ魔法は貴族のモノであり、新たな契約は命が惜しくないのか、と薄れつつある傾向にあるのが現状だった。

 こちらが契約に飛びつかずに代償を聞いたことに楽しそうな笑みへとその表情を変えつつその精霊は応えた。


「いやはや、実に優秀なニンゲンなようですね、貴方は。わたしも目覚めたばかりなので大した力も奮えません。サービスもかねてほんの軽いもので大丈夫ですよ」


「代償は、なんだ」


 こちらが間髪入れずに問い直すと、纏う空気すら変えて発した甘言になびかないことにますます顔を楽しそうに歪めつつ、甘やかに微笑んだ。

 その表情を見て、自分が完全に契約する方に偏ってることに気付いた少年も、覚悟を決めて答えを待った。


「フフフ、問答を間違えるようであれば対価を搾るだけ搾り取って使い捨てにしようかと思ったのですが……リップサービスに違わず優秀なようだ」


 そう改めてこちらを褒めると、わたしとの契約の対価は貴方の「知識と器」ですよ。と囁くように返してきた。

 その詳細を求めると、精霊は目覚めたてであることも事実、今の知識や常識が欲しい、長き薄れた薄れた力を安定させるために肉体に憑依させてもらう事、お互いの了承のもとにたまに体を貸してもらえればいい。とのことだった。

 それ以上の対価を貢ぐなら喜んで貰うし、それ相応の返礼と、また貢ぎ物次第で契約解除の対価の軽減や子孫にもわずかに手を貸してもいいと付け加えた。

 その、腕一本や寿命十年というようなものより重くなりそうな対価に怯え覚悟が揺らぎながらも、「知識の所在」や「お互いの了承」、「契約解除の対価」などの定義を詰めて、こちらに有利なようにしたのをあっさり了承されたのをもって契約を了承した。


<我、■■■■■■と「私、▲▲▲▲は以上の内容をもって契約を締結する」>


 契約内容を読み上げお互いの秘匿名(ミドルネーム)の名乗り上げを行う事で、空中に鮮明な文字列を浮かべながら契約書が生まれ、それにお互いが拇印を押すと、契約書はくるくると巻き閉じられ、現れた時と同じように何の起こりも見せず消え去った。

 少年は学園でいじめてくる輩を警戒するよりはるかに神経を摩耗させる時間が終わったことに息を漏らしながら座り込んだ。


<フフフ、さすがに疲れたようだがまず左手の小指の先を見てみるがいい>


 そう契約とともに姿を消した―――憑依した―――精霊に促されるままに見ると、爪に文様が刻まれていた。


<それがわたしとの契約の印よ。……契約紋を持つ精霊はかつても少なかったわけだがはてさて>


 こちらの知識が共有されたようで含み笑いをしつつ、対価を貢ぐことで精霊が貸す力が増えると、その紋も数や範囲が増えていくとのことを伝えてきた。

 ここでようやく対価などに気を取られて精霊の力を聞き忘れていたことに気付いて尋ねると、


<わたしが与える力は他との隔絶よ。今は防ぐ程度のことしかできぬがいずれ使い道も増えよう>


 わたしを憑依させてるおかげでわたしの知識に魔を見る眼もついてくるのだ。お得だな?と笑う声を聞きながら、一度緩んだ緊張を戻してその詳細を確かめる事も出来ず、少年は眠りに落ちていくのだった。

お読みいただきありがとうございました。

習作ですので様々なご意見ご感想のほどよろしくお願いします。

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