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イリョータ

作者: キリュン

 杉並は腕時計に目をやり、「二時間が、たちました」とつぶやくように言った。旧白山通りのマクドナルドは午後三時をまわった辺りから学生たちが集まるので混み出す。イリョータはやって来なかった。イリョータの帰国を祝うために何か企画でも考えるかと唐突に私を呼びだした杉並は、既に飲み干しているMサイズのコーヒーカップを一定のリズムでべこべこ潰しながら、「適当に俺んちでなんかやるか」と何かを結論づけるように言い放った。それは杉並の一種の定型文のようなもので、最初から二人の間に案らしいものがあったわけでもなく、とりとめのない会話をこぼれるがままにしあった。イリョータは韓国と日本のダブルで、小学生時代を日本で過ごしたがその後韓国に帰った。本名が李涼太なので涼太と呼ぶのが自然だったが、子供特有の発想なのか単に語感が良かっただけなのか杉並と私は彼をイリョータと呼んだ。杉並曰くイリョータの帰国がこの時期になったのはコロナウイルスの影響で、当初の帰国予定時期からは半年ほどずれ込む形となったらしいのだが、半年という時間を特別に意識はしなかった。イリョータが韓国に帰ってから11年が経っていた。

「向こうで彼女でもできたかな」

「彼女くらいいてもおかしくはない」

 イリョータは私たちより三つ下だったから今年で20歳になっているはずで、三人で酒でも買ってだべろうぜというような男特有のぐずついた会話の低波長に身を任せていたら二時間が経っていた。

「なにでやり取りしてんの」

「フェイスブック」

「返信ないの」

「ない」

 黄色く紅葉した街路樹がガラス窓越しに揺れていた。学生たちは来なかった。そう言えば、今日は祝日だった。間抜けな吐息とともに杉並が大きく伸びをし、スマートフォンをポケットにしまって立ち上がる。一拍置いて私も杉並に続く。


 ――韓国はもっと寒いよ。

 小学生の頃の記憶、イリョータが私に言った一言を思い出す。前後のやり取りは全く覚えていない。当時よく遊んだイリョータが住んでいたアパート前の小さな駐車場が今になって鮮明に蘇える。バッティングをして遊んでいると、アパートの二階から大柄な男が身を乗り出して、イリョータに向かって聞きなれぬ抑揚で何か言った。イリョータは同じ抑揚で一言二言言い返すと私に向かって「帰らないと」と言い残し、アパートに消えた。

「かっ飛ばせーイ!イ!イ!イ!」

帰り道、杉並が大げさに腕を振りながら頓狂な声をあげた。「そこはリョータじゃないの」「イ! のほうが面白い」これも当時から言っていた杉並の冗談で、そこはリョータじゃないのという私のツッコミも恐らくあの頃と何も変わっていなかった。乾いた風が吹いて路上の落ち葉が足元に散らばった。私は11年分の時間の流れを一度に浴びた気がして、杉並の背中を大股で追いかけた。


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