事の終わり
真っ二つになり地面に落ちる白いアバードを横目にガリスは問いかける。
「貴様の野望は潰えた。戦う理由はないはずだ」
「投降しなさい。そうすれば命だけは残るわ」
狙撃杖を構えるツェルトに対してアギルはふっと鼻で笑うと答えた。
「命だけ残ったところでもはや意味はない。
いや、私自身にもう存在する価値がない」
そう断言したアギルは迷うこともなくアバードを纏った。
彼の唐突な行動を見たリヴァレの動きはガリスの指示よりも素早いものだった。
「抑えます!」
短い言葉と同時リヴァレ・アバードは一息でアギルへと近づくと迷いなく足を払い右腕を背中に付けさせ、頭を地面に押さえつける。
容赦ないその動作によって受けた痛みで「ぐっ」と声を漏らしたアギルだったが彼は息を吐くと再び口を開いた。
「私の計画は、潰えていない。完成もしなかったがな」
「……どう言うことだ」
「言葉の通りだよ。奴はたしかに至った。
完全ではないがアバードでも、ネスデッドでも、ましてやギフテッドですらない存在へと」
それはあまりにもはっきりな言葉だったが強がりには感じられなかった。
しかし、それは彼の言葉が真実であると言う事。
眉をひそめながらリヴァレは力を抜く事なくアギルに疑問をぶつける。
「貴様はなにをした。
彼に、彼からこれ以上なにを奪うつもりだ!」
「奪ってなどいないさ。むしろ与えている」
「ッ! 貴様は!!」
リヴァレが怒声を上げたところでアギル・アバードの背中から伸びている鞭のような物の先端がゆっくりと上がり、そこから紫色の光が走る。
本能的に危機を感じ、離れようとしたが怒りの感情があったせいか数瞬遅かった。
アギルの上から飛び退くよりも速く「バチッ」という音ともに刺すような鋭い痛みがリヴァレの体を襲った。
「く、この程、ッッッ!?」
着地し、再び飛びかかろうとしたところでリヴァレは突然駆け抜けた痛みに喘ぐ。
じっとしていればピリピリする程度だが、一歩でも動こうとすればそれが激痛へと瞬く間に変化するのだ。
(これ、では……話すことさえも!)
四つん這いになり顔を上げるのがせいぜいのリヴァレへとゆっくりと立ち上がったアギルは言う。
「動かない方が良い。それはエレマフォトンに反応する毒だ。痛みから逃れたくばアバードを解くのだな。
元々は抑えつけるための安全装置だったがまさかこんな形で使うとはな」
しかしリヴァレは彼の言葉を素直に受け入れる気はないらしく、アバードを解く気配はない。
アギルが「強情だな」と呟くころ、ガリスが口を開く。
「ツェルト、俺が機会を作る。そこで奴をーー」
「必要ないよ。言ったはずだ。私の生きる意味はないと」
彼が作り出したのは1本の杭だ。それを両手と背部から伸びる鞭で掴むとその切っ先を胸へと向けた。
「……償い、ではないな。かと言って諦観でもない」
「不完全とはいえ繭から出たアレがこれからどんな変化を遂げるのか、見届けられないのは歯がゆい。
しかし、私の存在が変革を阻む可能性がある現状、ここで命を絶つしかない」
アギルはあくまでもルカたちの存在を自由のための導としか扱っていない。
そんな彼だからこそ自分の存在が争いの種にしかならないのを理解している。
望んでいるのは戦いではなく、ただどこまでも世界の変革。
アギルという男はそれだけを胸に秘めて行動していたのだ。
「なぜ、そこまでの意思があってあなたはこんな方法しかできなかったの?」
「そうするしか私には方法がなかった。たったそれだけだ」
何事もないようにアギルは言うと杭を軽く上げた。
狙いは自分の中央から少し左の部分。ちょうど心臓がある場所。
ガリスはそれを見て眉ひとつ動かすことなく問いかける。
「貴様の息子だろう。なにか言葉はないのか」
なんとなくアギルが出す答えはわかっている。
それでも聞いたのは全てを失うルカにせめてなにか残して欲しかったからだ。
例えルカが今の状況に陥った原因でも、彼にとってはただ1人の父親であることに変わりはない。
そんなガリスの願いを否定するようにアギルは答えた。
「ない。奴も全ての元凶である私の言葉なんぞ欲しくもないだろう」
「……だろうな」
静かなガリスの同意の言葉にアギルはどんな顔をしていたのか彼らは知る由はない。
ただ響くのは杭がアバードの外骨格と肉を貫く水っぽい音だけであった。
◇◇◇
アギルと白いアバードの戦いから1週間が過ぎた。
彼らの起こした一連は「アギル事件」と呼ばれるようになり、ようやく後処理や聴取を終えたルカはミクズムの住宅街の外れに足を運んでいた。
彼の前にあるのは集団墓地。
墓地といっても大きな石碑が置かれているだけで地下になにか埋められていたりするわけではない。
ただ生者が死者を思う場所としての役割しか持たない場所だ。
ルカがどんな言葉を出せばいいのか迷い、立ち竦んで数分。
後ろから歩み寄る気配を感じた。
振り向いた視線の先にいたのはルリナだった。
彼女の後ろの方にはミカエラとリヴァレがいる。
そのことを確認し終えたルカの隣に並んだルリナは石碑を見つめながら口を開いた。
「そういえば、この1週間まともに話すこともできませんでしたね」
「……ああ」
視線を石碑へと戻して答えたルカは続けて問いかける。
「後悔していることがあるんだ」
「白いアバード、いえ、妹さんのことですね」
ルリナが白いアバードのことを妹と呼んだことに少し驚きながらもルカは頷いた。
あの時はああするしか方法はなかった。いや、今でもあれしかなかったと思っている。
彼女はどこまでいっても道具だった。
人になれず、意思疎通もまともにはできず、そして拠り所であったアギルも失った彼女にとって生は苦しみしか与えない。
「あれでよかった。そう割り切れれば楽、なのに」
アギルは己の望む世界のために動き、白いアバードはそれに従いながらもルカのために戦いその結果、衝突した。
視線を落とし自分の左右の手を見比べる。
よく見れば右腕だけ少し肌の色が白く、肉質は違えど色はどことなく夢で見た少女のものに近い。
「割り切れないのであれば背負うしかありません。
争いとはおそらくそういうものでしょうから」
「わかってる。でも苦しいし、辛いんだ!
押し潰されそうなんだ……」
1度目は気付かぬうちに失い、2度目は失ったことに気付くことで失い、そして3度目は自分から切り捨てた。
見つめていた両手で頭を抱えるルカへとルリナは言葉をかける。
「それでも、ルカは戻って来た。苦しいとわかって、辛いとわかってなお約束を守ってちゃんと私のところに帰ってきた」
無言でルリナへと視線を向けたルカに彼女は微笑みながら言葉を続けた。
「帰ってきたのならば私もその苦しみを背負います。その辛さを和らげます。
それが私がルカにできる数少ないことですからできることですから」
包み込むような優しい笑みだった。
しかし、それもルカのハッとした表情と弱々しい瞳に見つめられたルリナはその笑みを崩すことなく続けた。
「私にはそれぐらいしかできませんけど。あなたの帰る場所で待つ者としてあなたの苦しみを受け止めます」
それがルカの我慢を打ち破る言葉になった。
声を押し殺しながらも涙を流し始めたルカの肩を優しく抱き寄せたルリナへとルカは言う。
「ごめん、なさい……!」
「謝らないでください。私とルカの仲ですよ?
泣いてもいいんです。私も泣きたい時はルカに頼りますから」
小さく笑ったルリナはさまざまな理由から涙を流し続けるルカを胸に抱きしめると優しく撫でながらこの1週間で伝えることができなかった言葉を口にする。
「おかえりなさい。
それと、ありがとう。私との約束を守ってくれて、帰ってきてくれて」
「ああ……! うん、ただいま」
涙交じりの声と笑顔でルカはそう答えた。
抱きしめるルリナは縋るように腕に力を込めるルカに思う。
(どうか。しばらくは彼が何か苦しむことはないように……心穏やかに過ごせる日々を)
その願いを引き受けるように2羽の鳥が空を飛んでいた。




