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オルタナティヴ・アバード  作者: 諸葛ナイト
第3章 黒と白

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たったそれだけの

 白いアバードが作り出した繭にルカが取り込まれてそろそろ1時間という頃。

 空気がガラリと変わったのを白い繭を見ていた者たちは感じた。


 何か音がしたわけでもなく、何か見えているわけでもない。

 しかし、なぜかはわからないが「そうだ」という感覚はあった。


 本能がそれを訴え、体に自然と力が入り何も逃すまいと感覚が尖る。

 ジリジリとした嫌な空気が流れ始めた中、地面に腰を落としていたアギルはゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。


「さて、中から何が出てくるか」


 期待を込めた眼差しを繭へと向けるアギルから視線を外し、横目でガリスたちを見ながらリヴァレは声をかける。


「もし……もし彼の予定どおりのモノが出てきたら、どうしますか?」


「足止めをしている間に誰かをミクズムに向かわせる、しかあるまい」


「問題はどれだけ時間を稼げるか、でしょうね」


 ツェルトが苦しげな表情と声音で呟いた。


 真剣勝負とはいうが相手は人だったためルカも無意識のところで手を抜いていただろう。


 しかし、それでもなおルカは強かった。

 間違いなくクロスブレンどころかヴェルシー王国の中でも随一の力だ。


 そんな彼がもし命を奪うつもりで攻勢をかけたとしたら時間稼ぎができるかすらもかなり怪しい。


「まぁ、やるしかない」


「そう、ですね。リヴァレちゃんはもしもの時は迷わず飛んでね。

 この中で一番速いから」


「……はい」


 リヴァレが答えたところで繭にヒビが入った。

 ズンッと重く響く衝撃と共にヒビは広がり、そこからは光が溢れ始める。


 不安が多数を占めるが一度も見たこともない知らない存在に興味というものもあった。


 全員が全員、固唾を飲んでそれを見つめる中で繭が弾け飛ぶ。

 それと同時に何かが何かに吹き飛ばされた。


「何が!?」


 リヴァレが言いながら弾かれたように視線を向けた場所にいたのは黒いアバード。

 上空に浮かぶそれを見て言葉を詰まらせる彼女の代わりにガリスが口を開いた。


「ルカの……アバードか?」


「の、ように見えますけど」


 ガリスの疑問とツェルトの自信なさげな声の理由はその外見だ。


 外骨格の黒い色や刺々しい外見はルカ・アバードの頃と似ているが特に目に付くのはその右腕だ。

 他の場所は黒だが右腕だけは真反対の白なのだ。

 そのため、その部分だけ後から取り付けたような印象を受ける。


 次いで目に付いた変化としては尻尾が細くなり、代わりに腰部からは背部のバインダーと似たものが生えている点。


 アバードは成長により多少サイズが変わることはあれどその外見を大きく変えることはまずない。

 そのこともあり、彼らは4枚のバインダーから炎のように揺らめくエレマフォトンを放出させる黒いアバードをルカだと断言できなかった。


 リヴァレたちがルカか否かを見極めようとしている中、黒いアバードは自身が吹き飛ばされた繭があった場所を見つめる。


 その黒いアバードに習いひとまず彼女たちも繭の方へと視線を移した。

 半ば予想どおり白いアバードがそこにいた。


 それももまた外見に変化がある。

 大まかな外見は空にいる黒いアバードと似ているが側頭部からは腰ほどの長さがある生物的な光の翼を伸ばし、手足は先の方になるほど太く大きくなっておりどこか獣じみていた。


 それが崩れ去った繭から黒いアバードを睨み据えている。


「そん、な……」


 2体のアバードを見てポツリとアギルが呟く。

 その顔には驚愕がありありと浮かんでいた。


「あり、得ない。融合したはずだ。繭の中で……なのに、なぜ2体のままなんだ!」


 彼は叫ぶと両手で頭を抱えて喉奥で声を咬み殺すようにブツブツと言葉を吐き始めたがそこまでは聞いていられなかった。


 アギルの反応だけでこの事態が想定外で誰の手中にも収まっていないのを理解したリヴァレは声を上げる。


「ルカ! もしあなたが変わらないと言うのなら、もしあなたがあなたのままならばそれを今証明してください!」


 黒いアバードは軽く頷くと剣を作り出し白いアバードへ。対するそれも少し長めの剣を作り出し飛んだ。


 空中で2体の剣がぶつかり合い火花を散らした。

 互いにその衝撃を押し殺すように後ろに飛び再び接近。


 先ほどとは違い素早い剣戟。

 横や縦、斜めの斬撃の間に刺突も織り交ぜた剣戟がぶつかり合うことで断続的に甲高い音を辺りへ響かせる。


 鍔迫り合いの状態からどちらが言うでもなく、何かわかりやすい合図があったわけでもなく揃って後ろに下がると同時に剣を投げる。


 そこまでは同じだったが白いアバードは頭部の翼を大きく広げるとそこから無数の光弾を撃ち出した。

 それにより黒いアバードが投げた剣は早々に撃ち壊された。


 対する黒いアバードは迫る光弾から逃げるように上空へと飛び上がると冷静に弓矢を作り出し、矢を放つ。


 その一撃は正確に白いアバードの左翼に命中。

 翼を折るほどの一撃ではなかったが左側の攻勢は弱まった。


 生れたその隙を突くように剣を生成した黒いアバードは左側から急接近。

 懐に入り込むとその胸部へ一筋の切り傷を付けて蹴り飛ばした。


『ぐっ!? お兄ちゃんはどうして苦しい道を選ぶの!?

 ずっと楽なのに、ずっと平和なのに!』


 それは頭から直接響く声だった。

 おそらく不完全だったとはいえ一度混ざり合った結果得たものだろう。

 ルカも違和感なくその声を受け入れ言葉を返す。


「ああ、そうかもしれない。いや、たぶんそうだろう」


 争いがないことも、平和なのも良いことだ。

 もしあるのならそれは祝福される楽園だろう。


 白い右腕で剣を握りしめたルカはその切っ先を迷うことなく向けて言葉を続けた。


「でも、やっぱり受け入れらない。その世界には俺が帰る場所がない」


『ッ、なんで……たったそれだけで!』


「俺はもう後悔したくないんだ。自分を待ってくれる存在を知らないで、失ってから気がつくなんてことも。

 俺が俺でいられる場所を失うことも」


 今のルカが剣を取るのはそんな理由だ。


「それが俺のたったそれだけの大切な理由だ」


 空へと向けられたその剣が左右に展開、黒いエレマフォトンを無差別に放出させる。

 その炎は次第に収縮し剣の形を作り出すと固定化された。


 生み出されたのは黒い刃と金のレリーフを持つ剣。

 一見では儀礼剣のようにしか見えない美しさを感じるその剣はそれを握りしめる者の意思を表している。


『そっかぁ……私は……私じゃ、ダメ、なんだ』


 今にも泣きそうなほどに震えた声だった。

 本当ならば彼女も救いたい。人間としての生き方を教えて思い出も作っていきたい。


 どれほど思うと救う手立てを今のルカは持ち合わせていない。

 ただの道具でしかない彼女をこの世界に残すわけにはいかないという思いだけでルカは動く。


「ーーーッッ!!」


 ルカは無意識に叫び声を上げながら距離を詰める。


 時間にして数秒。

 間合いを詰めた黒いアバードは体に染み込んだ動きに従い剣を振り上げた。


『お兄ちゃん。大好ーー』


 そして、目の前にある白いアバード。

 普通の生まれ方とは違い、普通の人間ではない道具として生まれ、そう生きることしかできなかった妹へとルカは剣を振り下ろした。


 縦真っ二つになったそれは頭部の翼を霧散させると地面へと一直線に落下。

 ほぼ同時に響いた2つの落下音は剣をゆらりと構える黒いアバードへも届いた。


 それは剣を握りしめるとふっと緩め頭部を青い空へと向けた。

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