アギル
扉を開いた先に続いていたのは外、ではなく豪華な廊下だった。
「なっ!?」
ルカはあまりにも急な景色の変わりようにルカは自分が歩いてきたはずの後ろを振り返る。
だが、そこには洒落たシャンデリア、廊下は手入れの行き届いている少し暗い赤の絨毯が敷かれた通路が伸びているだけで扉はない。
その視線をずらせば壁側には調度品がとこどころに置かれ、それらをベランダのガラス戸や窓から差し込む日差しが照らしている。
ここには見覚えがあった。
細かく「この場所だ」とは言えないが場所の雰囲気だけでわかる。
「ここは、ミクズム城塞?」
「そうだよ」
周りをキョロキョロとしていた時にはいなかったはずの少女がルカの右斜め前にいた。
「あの人はお城のある場所どころか国すら言わなかった。だからお兄ちゃんの中にあるものを使って作ったんだよ」
「慣れてるんだな」
「お兄ちゃんよりも意識だけになることには慣れてるから」
微笑んだ少女は最初から目的地がわかっているかのように迷いなく足を踏み出した。
それに続いて歩き始めたルカへと少女は続ける。
「今の私たちは体ももちろん意識以外の記憶も融合しちゃってるの。
だからこうしてお兄ちゃんの記憶から人を借りて世界を作ることができるんだよ」
「……でも、俺はお前の記憶が見えないが?」
「当たり前だよ。お兄ちゃんは私を受け入れてないんだもん。
だから私という意識の認識で止まるの」
「つまり、俺が拒否しているからお前の記憶を認識していないってことか?」
「そんな感覚でいいよ。あ、ついた」
少女がつぶやき足を止めた場所は外への扉だった。
近くの窓から見える景色的には中庭にでも続くのだろうがルカは先ほどのこともあり少し身構えていた。
そんな彼に「大丈夫だよ」と答えると少女は迷いなく扉を開く。
少し強くなった日差しに一瞬だけ目が眩んだルカだが、すぐに慣れた。
その視界に映るのは男性と女性。2人の姿には見覚えがある。
「あの2人は……」
「うん。男の人はあの人で女の人は……あの人が愛した人だよ」
少女の言葉からアギルに間違いない男性はルカと似ているがもう少し大人びた雰囲気がある。何よりも目の色が違う。
その隣、アギルが愛した人、と呼ばれた女性はどことなくルリナと似ている。
今その2人は中庭を散策し、丁寧に剪定された低木や花々を見て仲睦まじく会話を交わしていた。
会話の内容はまるで聞こえないが覚える雰囲気としては悪いどころか良い。
「2人はどういう関係だったんだ?」
「見たとおりだよ。とても仲が良かった。恋人同士って言っても良いくらいに」
「そう、か……」
少し意外にルカは感じた。
自分の父親ながらもアギルが誰かを愛していたなどあまり想像できなかった。
「アギルはなんでここにいたんだ?」
「貴族の家系で学者なんだって。城にいるのもその研究所が近くにあるから」
「そうなのか……ん? ちょっと待て!? 貴族!?」
「うん、そうだよ。だからお兄ちゃんも一応貴族の子どもなんだよ」
ルカは「まさか」とも思ったがこんなところでそんな虚勢をはる理由はないためおそらく事実なのだろう。
しかし、疑問がある。
リジオ村の人々は普通に接していたのを考えるとおそらく誰も知らなかったのだろうが祖父が知らないわけがない。
彼の疑問は少女にはお見通しなようで言う。
「大丈夫。それもすぐにわかるよ」
そう言った少女は視線を女性に向けて口を開いた。
「あの人はネスデッド。あの人を救うため、ううん。あの人みたいな存在を作らないために私たちは動いている」
少女が言い切り、それに言葉を返そうとしたルカの耳に不自然なほどにはっきりとした会話が耳に入る。
「なぜ、なぜ君がこの場に囚われ続ける?
やはり間違っている」
「ありがとう。優しいね、アギルは。
でも、これでいいの。これが私の役割だから」
ネスデッドである女性の言葉からルカは思った。
彼女はルリナと同じような覚悟を決めたのだ。
自分の自由の代わりに誰かの帰る場所である続ける。
少女によればこれは夢、それもルカの記憶から作り出したものであるため似てしまうのかもしれないが、なんとなく本当にルリナと似たような雰囲気で言っていたような気がする。
(でも、もしそうならアギルのやってることはーー)
ルカがそれへと行き着いたのと同時に少女は声をかけた。
「行こうか。お兄ちゃん」
「……ああ」
出てきたこの答えを伝えるべき相手を頭に思い描きながらルカは少女に続いて中庭へと入った扉へと向かった。
扉の先は通路ではなく、寝室。
ベッドや化粧台はレリーフが丁寧に彫り込まれていたり部屋自体もかなり広めだ。
ルカが「ここは?」と疑問の声を口にする前に女性の声が響く。
「なぜですか!? アギル!」
「これは君のためなんだ」
怒声も混じる疑問の女性の声に答えるアギルの腕には赤子がいた。
キョトンとした顔で指をしゃぶる赤子を指差して少女は言う。
「あれがお兄ちゃんだよ」
「なら俺の母親は、もしかして」
「そうあのネスデッド。この3日後にギフテッドになるんだけどね」
父親は貴族の家系で母親はギフテッド。
今まであまり興味がなかった自分の生まれの衝撃を受けたルカだったがすぐにその考えが浮かんだ。
(待てよ? それなら俺の母親はまだ生きて……)
ルカがそれに行き着く頃、女性の訴える声が響く。
「私はそのようなことは望んでいません! 私はーー」
「誰かにそう言わせる世界をおかしいとは思わないのか!」
「ッ!」
「人の生き方を決め、その子どもすらも自由に生きられないようにすることを良しとするのか!」
「それは……! そうしなければこの国を守ることができないから。
アギルもそれはわかっているはずです!」
「ああ、わかっている。わかっているからこそ目指すんだ。
死ぬことも老いることもなく、食べ物や水すらも必要とせず、この世に存在するものすべての頂点に立ち、そして争いがない世界を」
「それが、あなたの言う。誰かが誰かを守る必要がない世界、ですか?」
アギルは静かに頷くととベランダへと向かい、その扉を開け放った。
「アバード・クラッド」
呟きアギルはアバードを纏う。
そのままベランダから外へ出ようとところで女性が叫んだ。
「ヴェルダー!」
「はっ!」
女性の声にどこからともなく答え、姿を現した存在は即座にアバードを展開するやいなやアギルの腕から赤子を奪い、ベランダに立つ。
「あのアバードはーー」
ルカにはあまりにも馴染みがありすぎるアバードだった。
全体的に細身で深い緑。スネと腕部にあるブレードが特徴的なその姿を見間違えるはずがない。
「ーー爺ちゃんの!」
それは間違いなくルカに戦い方と生き方を教えた祖父のアバードだった。
赤子を突如として奪われたアギルは深緑のヴェルダー・アバードへと視線を向け、さらに行動を起こそうとしたところで女性は声を飛ばした。
「ヴェルダー! あなたの主人として命令を下します。そのまま逃げて下さい!
その子を決してアギルの思い通りにさせないで!」
返事の言葉や所作もなく深緑のアバードはベランダから飛び出した。
その背中を歯噛みして見送るしかなかったアギルは拳を握りしめると女性の方へと振り向く。
「……私は、諦めない。必ずこの世界を変える」
そう言い残したアギルもまた外へ飛び出した。
それと同時にぶつん、と辺りの景色が途切れて暗闇に染まった。
闇の中にただ佇むルカへと少女は呟く。
「その後に私は作り出された。
お兄ちゃんと融合して世界を変える存在になるために、ね」
ルカは隣に立つ少女へと視線を向ける。
同時に少女もルカを見上げると微笑みながら言葉を続けた。
「ねぇ、わかったでしょ?
あの人は自分のためじゃない。みんなのために世界を変えようとしているの」
たしかにそうだろう。
アギルは自分ではなく、あの女性を救うために、彼女のような者たちを救うために力を世界に与えようとしている。
「お兄ちゃんだって救われる存在なんだよ?」
ギフテッドの子どもがどういう扱いを受けるかはルリナを見ていれば理解できた。
そんな者たちを必要としない世界を彼らは望んでいる。
「私だってお兄ちゃんとは戦いたくない。だからこのまま1つになろう?」
少女は言うとルカに歩み寄りその手を取り微笑んだ。
その子どもらしい小さな手を見ながらルカは口を開く。
「理解はする、同情ぐらいなら俺もできる。
でも、納得はできない。するわけにはいかない」
「ッ、なんで!!
あの人の望みはお兄ちゃんのためでもあるんだよ!?
これは1人だけじゃない! たくさんの人を救えーー」
「でもアギルの望みだ。誰かの望みでも、ましてや願いでもない!」
続けようとした説得の言葉を押し込められた少女は目を見開く。
そんな少女の手を取り、自分の手からゆっくりと離れさせたルカは続けた。
「自分の望みを人に押し付けようとするあいつを俺は許すわけにはいかない」
「お兄ちゃんの……お兄ちゃんの分からず屋ぁ!」
「ッ!?」
瞬間、ルカは何かの力により大きく吹き飛ばされた。
転がりながらもすぐに取り立ち上がったルカへと涙を浮かべた少女は声を荒げる。
「例えあの人に作られた存在だとしても、普通とは違う存在だとしても!
私がお兄ちゃんを助ける!」
「俺は、それを求めていない!」
そう、今のルカはそれを望んではいない。
今の彼が求めるのは帰る場所とそこで待つ者たちを守る力だ。
全てを超える力ではない。
「なら、私はお兄ちゃんを殺す。私自身の力で!」
「俺はお前たちを倒す。ただ、俺であるために!」
声を荒々しくさせながら言葉を交わした2人は同時に叫ぶ。
「「アバード・クラッド!!」」
それが響くと同時、暗闇の広がる空間が割れた。




