繭
彼女はカゴの中にいる鳥だった。
美しい翼を持ち一言あればその翼で空を飛べるというのに彼女はカゴの中にいた。
私は彼女に「なぜ」と何度か問いかけたことがある。
しかし決まって彼女は笑顔でこう答えた。
「これでいい」
私はそれが許せなかった。
逆恨みと謗られようと彼女から訴える言葉すら奪った者たちを、そうしながら自由を当然のものと享受する存在を許したくはない。
誰かを犠牲にしてしか得られぬ自由であればそれは真の自由ではない。
我々が自身で力を得るのだ。誰かの守りを必要としない力を持ち、自らの足で立ち上がるのだ。
そうすれば彼女もまたカゴから出て空を飛べる。
だからーー
◇◇◇
「ぜやぁ!!」
力を込めるための声と共にリヴァレ・アバードは繭へと剣を突き立てる。
しかし、その一撃は「ガギンッ!」という音を鳴らすだけに終わり、繭に一切の傷を付けるに至らない。
「まるで大岩を切ってるみたいですね……」
焦る頭を必死に回すことで出た答えをリヴァレは口にする。
「ツェルト! もう一度ブレイク・バレルを!
矢なら私が作ります。だからーー」
「落ち着け、リヴァレ」
「ッ!? ですが!」
言葉を容赦なく切られたガリスへと抗議の言葉を続けようとしたが、ツェルトも首を横に振り止めた。
「ダメよ。そもそもブレイク・バレルの次弾は調整しなきゃ使えないし、もし無理に使っても中のルカ君が無事かもわからないのよ?」
ブレイク・バレルはこの作戦のために倉庫から引っ張り出して調整した試作兵装。
ナテスアからも「1発だけなら問題なく撃てる。2発目はわからないから撃つな」と釘を刺されている。
砲身の崩壊だけであればまだマシだが反動でツェルトの右腕が吹き飛ぶ可能性もある。
加えてそれらを承知で使ったところで繭の中がどうなっているかわからない現状、触るべきではないだろう。
「それが、賢明な判断だ」
「「「ッ!?」」」
彼女たちが視線を向けた先では灰色のアギル・アバードが地面に足を付けていた。
アギルは迷うことなく彼らへと歩み寄りながらアバードを解く。
人間の彼はたしかにルカの父親なのだろう。
肩ほどまであり後ろで束ねているがグレーの髪や少々やつれながらもどこか童顔な目鼻立ちはルカとそっくりだ。
明確な違いとしては目の色が青ということ。
「アバードの剣や通常兵装程度であれば問題はないが、流石にそのような超火力や火には弱いのでね」
いつでも飛び掛かれる、いや、首を切り飛ばせるように剣を構え腰を軽く落としたガリスは問いかける。
「逃げないのか?」
「必要がないからな」
「繭ができているから、ですか?」
リヴァレの問いにアギルは頷き、口を開いた。
「私の目的は繭を作ること。それは今叶った。
であれば私はもうどこで死のうと変わらん。
強いて言うならそうだな……これからなにが出るかは見届けたいかな」
「その言い方だとあなたも繭から出るものを知らないのかしら?」
「無論、知っているとも。
しかし、だ。箱の中身は蓋を開けるまではわからんものだろう?
特に中身をドロドロに溶かして再構成する場合はな」
「貴様!」
リヴァレはそう叫ぶことで今にも切りかかりそうな自分を抑え込む。
さながら威嚇する猛犬を思わせる彼女に眉ひとつ動かすことなくアギルは口を開いた。
「私も君たちもこの繭をどうこうすることは出来ない。
ならば共に見届け祝おうじゃないか新たな存在の誕生を」
彼は笑みを浮かべている。
それは何かの重荷を降ろした後のような達成感すら覚えるものだった。
◇◇◇
ルカが意識を取り戻した時、目に入ったのは少し懐かしさを感じ始めたリジオ村の自宅、そのリビングだった。
ふと違和感を覚えて視線を下に降ろすと失った右腕がある。
その感覚を確かめるように手の開閉を数度繰り返すと声を上げる。
「……いるんだろう?」
「もちろん」
声にハッとするとそこには白いワンピースを着た少女が椅子に座ってテーブルに突っ伏して微笑んでいた。
突然目の前に現れた彼女に少し驚きながらも軽く息を吐いて問いかける。
「ここは、夢か?」
「夢、みたいなものだよ。今の私たちは体が溶け合ってぐちゃぐちゃに混ざり合ってる。
あとはこの意識が混ざれば完成。楽しみだよね」
「いいや、全然」
即答したルカに少女は困りと悲しみが半分ずつになったような表情を浮かべた。
「なんで?
世界で一番かどうかはちょっとわからないけどとてつもない力を手に入れるよ?」
「俺が欲しいのは世界で一番の力じゃない。帰りを待ってくれる人を守る力と帰る力だ」
「今のままでもいずれ一番になるかもしれないよ。今手に入れれば誰かを失う、場所を失う恐怖から解放される。
それでもそう言い切るの?」
「言い切るさ。だってそれは結果だ」
どこまでいっても、どれほどの力を得ようともそれは結果であり目的ではない。
ルカが望むものはあくまでも帰る場所でありそこで待つ者たちであって力ではないのだ。
「それに、俺は約束してるんだ。俺のまま帰るってな。
だからお前たちの意思には従えない」
「……そうなんだ」
ポツリと溢した少女にルカは少し躊躇いを覚えたが最終的にはそれを口にした。
「俺も聞くぞ? お前はなんでそこまでして力を求める」
「それはあの人がそうしろってーー」
「違う。お前自身の理由だ。
父さ、アギルがいつも正しいとは限らないんだぞ?」
「……何を言っているの?」
心底から「わからない」と訴える少女。
そんな彼女を見てルカは言葉を失った。
「あの人が間違ってるわけがない。間違っているはずがない。そんなことはありえない」
静かにしかしルカの耳にもはっきり届くような言葉に彼は疑問符を浮かべるしかなかった。
少女にとってアギルが大切で彼のいる場所が自分のいる場所である。そう定めて戦うことは理解できる。
(でも、これは……本当にそれだけか?)
最初に出会った時、彼女は「らしい」と口にしていた。
それはつまり、彼女にも彼女なりの理由があると言うことだ。
口から出ることがなかったはずのルカの疑問に答えるように少女は椅子から立ち上がり玄関扉へと向かいドアノブを掴んだ。
反射的にルカはその小さな背中に声を飛ばす。
「あ、おい。どこにーー」
「見せてあげる。あの人が私に刻んだ記憶」
「記憶……」
「うん。私は話を聞いただけだから少しお兄ちゃんの記憶にある人を借りるけどね」
にっこり微笑み言うと迷うことなく、さながら演劇の幕を下ろすようにドアを開けた。




