再戦(上)
ルカとリヴァレの決闘から5日が過ぎた。
彼らの戦いぶりを語る勢いもだいぶ衰えたころ、ふとルリナは窓の外から青い空を見上げた。
所々で泳ぐ雲と自由に飛ぶ鳥がそこにはいる。
「心配ですか?」
そんな彼女へと声をかけたのはミカエラだ。
何があっても対応できるようにとその身にアグゼアリークロスを纏っている。
窓からは見えないが近くの庭には彼女のデメテリスもあるのだろう。
「ええ、心配です」
素直に答えたルリナにミカエラはどう言葉をかけようかと頭を悩ませたが、それを不要とでも言うようにルリナは笑顔を浮かべて続けた。
「ですが、不安はありません。ルカさんは皆さんと共に必ず戻ってきますから」
「断言、できるほどにですか?」
ミカエラが眉をひそめるのは当然だ。
数的有利は取れているが相手は未知数、しかもルカは敵の狙いであるにもかかわらず右腕の喪失というハンデがある。
他の者が生き残る可能性はあれど彼はほぼない。
ミカエラの出した質問は純粋な疑問ではなくルリナが断言できるほどのものを彼女も欲した結果出たものだ。
状況が不利であるのを知ってなお止めることができなかった自分を慰めるものが欲しかった。
縋るような雰囲気が知れず出ていたのかもしれない。
そうミカエラが思うほどにルリナは胸を張り、自信ありげに答えた。
「だって、約束しましたから。必ず戻って来る、と。
ルカさんを信じるのにそれ以上の理由を私は必要としませんわ」
その自信にミカエラは「なるほど」と呟き、小さな笑みを浮かべた。
「では、私はルリナ様が信じるルカを信じましょう」
言うとルリナに続いて空を見上げ心の中で続ける。
(必ず戻れよ。ルカ)
◇◇◇
リジオ村から西に少し向かった平原。そこにルカたちクロスブレンはいた。
そこは度々子どもたちとともに訪れたことのある場所だ。
近くにはちょっとした林があり浅い川がある。
(ここで、戦うのか……)
思い出の場所がことごとく戦場になることを素直に受け入れることはできない。
しかし、するしかない。
ルカは深呼吸をして再び思考の海に潜る。
(いや、これは決別だ)
それはふと心のどこかからか湧き上がったものだったが、不思議と受け入れられた。
帰る場所があり、そこで待つ者がいて、しかしそれに気がつかず守れなかった自分との決別。
そうして戦闘への心構えを作り、深呼吸。
ちょうど息を吐いたところで右側から声がかかる。
「ルカ、いけますね」
問いかけるリヴァレに心配の色は一切ない。
ルカを信頼した確認の言葉にルカは頷き言葉を返す。
「……はい。いつでも」
彼らの掛け合いを見ていたガリスはわずかに頷くと口を開いた。
「さて、作戦と呼べるほどの策はない。
ルカで釣り、アギルを捕らえて、白いアバードを潰す」
最優先の目標は今回の首謀者であるアギルの捕縛だ。
彼を優先するのは計画の全容を明らかにしていないことや白いアバードを止められる可能性が僅かながらもあるためだ。
彼を捕らえるための装備もルカとリヴァレのデメヴィオで持ってきており、すでに林に置かれている。
「アギルは私たちで捕まえるから、ルカ君とリヴァレちゃんは白いアバードを倒すことにだけに集中して。
多少の怪我はいいけど死ぬようなこともやめてね」
「「はい」」
2人の返事を受けてガリスは空気を引き締めるように両手を叩き合わせ、宣言する。
「では、行動開始」
ガリスは言うとツェルト共にデメヴィオを纏うと林の方へと向かった。
その2機を見届けて軽く息を吸ったルカとリヴァレは同時に叫ぶ。
「「アバード・クラッド!」」
黒と赤のアバードが平原に現れたが、辺りに目立ったような変化はなくただ静かに時間は流れる。
待機する時間としてひとまず決めたのは2時間程度。
もしその間に現れなければ休憩し、またアバードを展開して待機を繰り返す。
だが、クロスブレンの面々はその事は頭から排除していた。
なぜならこの1回で絶対に来るという確信があったからだ。
そして、それは正しかった。
それから約30分ほど経ったそのとき、空から何かが落ちてきた。
「ルカッ!」
「ああ、わかってる!」
急降下してきたそれは着地というよりも激突に近い衝撃を地面に与えた。
巻き上がる土煙と風に2人は動じる様子もなく、作り出した剣で煙を払い飛ばした。
彼らの先にいたのは白いアバード。
ルカへと今にも襲いかからんとするそれに続いて空からは言葉が降ってきた。
「いやはや驚いたよ。まさか君たち2人だけとは……」
アギルの言葉、声音からは心底から驚いた様子が見て取れる。
それに先ほど彼はルカとリヴァレを指して2人と呼んだ。ということはガリスたちには気が付いていない。
(つまり、白いアバードへは一方的な命令だけで意思疎通はできているわけではない)
それは不意をつけるということであり、自分たちが立てた作戦が成功する可能性があるということだ。
さらに数的有利も取れている。
アギルがルカ並みに強い可能性があればその有利もひっくり返されるが、それならばミクズムで動かなかったわけがない。
「ルカ、私たちでなんとしても白いアバードを」
「ああ……」
ルカが返したのは生返事だった。
その原因は頭にチラつく白いワンピースの少女。
たまたま見た変な夢。そう思いたかったが白いアバードと改めて対峙して確信できた。
形はそこにあるはずなのに大事な何かが綺麗に抜け落ちているせいでおぼろげに感じる雰囲気はかなり似通っている。
違いとすれば夢ならばなんともなかったが、現実ではこの世にあってはならないと本能が訴えていることだ。
『お兄ちゃん』
その声音がふと脳裏によぎるがそれを振り払うようにルカは首を横に振り、口を開く。
「リヴァレ、右側は任せる」
「え、ええ、もちろん!」
生返事から急にはっきりとした言葉を発したことに驚きながらもリヴァレは答えた。
そうして剣を構える時と同じくしてアギルが指示を下す。
「いいな。四肢は食ってもいい。しかし殺すな。お前の役割は繭を作ることだ」
白いアバードは唸り声を答えとした。
再び黒と白いアバードの戦闘の幕は切り落とされた。
◇◇◇
「来ましたね」
「ああ」
ガリスは焦れる気持ちを落ち着かせるように息を吐くと自分に言い聞かせるようにツェルトへと言う。
「タイミングを待つぞ。白いアバードは無理でもアギルだけはここで捕らえる」
「捕らえられなかった場合は?」
「もちろん殺す。
……可能であれば俺か君の手でな」
ほんの僅かだがたしかに低くなった声音からガリスの本気が伝わり、ツェルトは頷いた。
例えそれが自分たちのわがままであったとしても故郷を失い、友人を失ったルカにいくら復讐の相手とはいえ肉親を殺させたくはない。
これ以上、彼に心に残る傷を負わせたくはない。それが彼らの思いだった。




