必要な存在
翌日の早朝。まだ日が昇り始めたころ、ルカとルーナ、クリューは荷馬車にいた。
すでに荷物の積み込みを終え、ルーナも荷台に乗っている。あとは出発するだけという時、クリューはルカへと声をかけた。
「ね、ねぇ。ルカ兄」
「ん? ああ、土産ならちゃんと買ってくーー」
「そうじゃなくて!」
あまり感じない雰囲気で一瞬茶化そうとしたがその強い語気と雰囲気にルカは押し黙る。
そして次に来るであろう言葉を待っていたのだが、それが出されることはなく彼女は俯いた。
ルカは不審に思い、恐る恐るで彼女の顔を覗き込みながら声をかける。
「どうした?」
「そ、その、急にごめん。えっと、これ」
途切れ途切れの言葉と共に言って差し出したのはミサンガだ。
虹の7色と黒の糸で編まれたミサンガ。
彼女の手先の器用さや今まで織物を続けてきた成果が現れていおり、かなり丁寧に編まれている。
「すごいな。うん。これなら売りにも出せるよ!」
「う、売らないでよ! それはルカ兄のために作って……あっ」
言わないつもりだったことをぽろりとこぼしてしまったクリューは顔を赤面させ、ルカの左手首にそれを結びながら慌てて言葉を続ける。
「そ、そのほら、私もこれだけできるようになったよってことを伝えたかったし!
最近王都の方は物騒で、ミクズムもそうかもって……だからお守りってことで!
あと、それに」
ルカには彼女が本当は別に言いたいことがあることをなんとなく察した。
しかし、彼女の中で何かためらいがあるのだろう。
そのせいで言葉が形になっていないということも感じたルカは言葉を急かすことはしなかった。
いつものように笑みを浮かべると優しい声音で諭すように言う。
「そう焦らなくていいって。
今回はちょっと長くなるかもだけど、ちゃんと戻ってくるんだからさ」
いつものようにミクズムに行っていつものように店に下ろしてその代金を貰う。
いくつか必要なものをまとめて買って村へと戻る。
今回はそこにルーナの件もあり、少し時間がかかるかもしれないが、商人や商会に話をして任せるだけでそう時間はかからない可能性もある。
「また普通に会えるからこうして話すこともできる。
その時にまとめて話すのもいいだろ?」
そう言うルカに言葉を返そうとしたクリューだったが、飲み込みながら頷いた。
そして、自分に言い聞かせるように彼女は心の中で呟く。
(そうだよ。また会える。心配のしすぎ……うん。そう、だよね)
その反応を見たルカはまた笑みを浮かべると荷馬車の御者席に座り、手綱を握った。
感覚を確かめたルカが荷台に乗っているルーナへと目配せでいつでも行けることを伝えると彼女はクリューへと頭を下げた。
「クリューさん。昨晩は泊めていただいてありがとうございました。
ご家族の皆様にも改めてお礼をお願いします」
「うん。ルーナさんも気をつけて」
「はい! クリューさんも12使徒の加護があらんことを」
「んじゃ、行ってきます」
2人の短い会話が落ち着いたのを見計らってそう言ってルカは荷馬車を走らせた。
クリューはその背中が豆粒ほどのサイズになるのを見届けてから家へと戻った。
◇◇◇
家の玄関を開いた先にはちょうどクリューの母親がいた。
「あ、おかえりー。それで、どうだっーー」
出迎えた彼女はニマニマとしていたが、クリューの顔を見てその笑みを消した。
「ーーもしかして、また言えなかったの?
昨日の夜『今日言うんだ!』って言ってなかった?」
このままではルーナではなくとも、他の誰かにルカを取られるかもと思い、昨日の夜はそう息巻いた。
覚えている。しっかりと、嫌という程に。
ゆえにクリューは体をビクつかせると視線を逸らし、無理やり絞り出した小さな声でそれに反論する。
「で、でも、ミサンガは渡せたし……」
そのいつもと同じ娘の姿に頭を抱えた母親は呆れたように息を吐くと、仕方ないという雰囲気をまざまざと表しながら言う。
「こうなりゃ、ルカに言おうかしらねぇ。『クリューはあなたのこと大が付くほど好きなのよ』って」
「や、やめて! それは絶対にやめて!
わ、私が言うから……うん。きっと」
しかし、そう言い続けて早数年。このままではいつ想いを伝えられるか分かったものではない。
それはクリューも自覚しているところであるためか、後半はもはや今すぐにでも消え入りそうなほどの声だった。
再び息を吐いたクリューの母は頭を掻きながら言う。
「いつかいつかって後回しにしてると後悔するわよ?」
「お母さんは後悔したことってあるの?」
「そりゃあるわよ。小さいものも含めたらいっぱいね。
危なかったのはお父さんの時かしら」
「そうなの?」
「ええ。お父さん、結構モテたのよ〜。
私なんかじゃって躊躇う子も居てね。でも私は言わないで後悔するのが嫌だからって突っ込んだのよ」
その結果今がある、と昔を懐かしむように彼女は頬に手を当てながら少し遠い目をして微笑んだ。
言わない後悔はたしかにしたくはない。
しかし、伝えた後のことを考えると少し躊躇ってしまう。
なにせどう考えても関係は大きく変わるからだ。
その不安を感じ取ったクリューの母はその頭を優しく撫でる。
「こう言うとあなたに重荷を背負わせちゃうみたいで言いたくなったんだけどね。
みんなルカが心配なのよ」
たった1人であの家に住んで、たった1人で自警団をやっている彼を気に病まない村人はいない。
もちろんクリューも、彼女の母もそうだ。
しかし、ただの制止で彼は止まらない。
自分が決めてやっていることだ。
自分が望んでやっていることだ。
そう言って向けられる手を払いのけてしまうからだ。
「そんな彼を止めることができるのはたぶん、家族なのよ」
「家族?」
「そう、あの子の頬を叩いて『私を守って』って、『隣に居て』って言える存在、あの子の隣で手を握ってあげられる存在。それが必要なのよ。
そして、この村で一番それに近いのがーー」
「私?」
クリューの確認の問いかけに彼女の母はゆっくりと深く頷いた。
彼女に全て押し付けるようで心苦しいところはある。
だが、事実この村で彼の一番近くにいるのはクリューなのだ。
「私が、ルカ兄を支える」
クリューは自分の手のひらを見つめる。
ルカと比べればずっと小さくて細い手だ。この手で彼を守ることはできない。
だが、この手で彼の手を握ってその背中を支えることはできる。
(本当に?)
心の中でそう問いかけたところでクリューの母は言葉をかけた。
「支えると言ってもそう大仰なことはないのよ。
家事をしたり、畑を手伝ったり、ワイバーンなんかの解体をしたり、ね?」
「それって……」
その関係は今までとさして大きな違いはない。
いつもやっていることだ。
手が空けばルカの所に行っては家事をしていた。
畑の種もよく持っていくし、ワイバーンの解体の手伝いはまだ慣れていないが、時々ルカから聞くことがあるため頭には入っている。
それに気が付いたクリューは決意新たに瞳に光を宿すと強く頷いた。
「私、ルカ兄が戻ってきたらちゃんと言う。好きって!」
彼女の答えに満足した母親は褒めるようにその頭を優しく撫で、綺麗な指で髪を梳いた。
そして、からかうように言う。
「なら、まずはそのルカ兄って呼び方を変えなきゃね〜」
「うっ、これは……そ、そのうち!」
照れ笑いを浮かべた彼女に釣られて母親もまた笑った。




